第三十三話 空飛ぶ生首
ファンの女の背後から出てきた物体が視界に入ると、俺はギョッとした。その物体は非常に異質で俺の想像を遥かに超えていた。
生首だ。生首が四つ飛んでいる。生首は髪の長い若い女性、シワクチャな年老いた老婆、髭面の老人、短髪な女性の生首たちであった。生首は首の付け根に何やら謎の機械を付けており、その機械が空を飛ぶ機能を持っているようだ。ふわふわと浮いた生首は口元から呻き声を漏らす。
「う……ぅう……た…助け……」
「あ……あぁ…こ……殺し……」
喋った。生首が喋った。機械の効果なのか魔法の力なのか分からないが、生首は生きていると理解できた。
「どうかしら? 私の可愛いコレクションたちよ」
「コレクション? この生首がか?」
女はニタニタしながら両手を広げて生首たちを紹介する。生きた人間の生首をコレクションにするとは、悪趣味過ぎる。
「この子たちは私がいろんな惑星ダンジョンで集めた原住民の生首よ。皆、優秀な魔法使いだったから、首だけにして延命装置で生かしておいてるの」
コイツ……サラッととんでもないこと言ってやがる。俺がドン引きしているのを無視して、女は恍惚の表情を浮かべて話を続ける。
「ふふふ、こちらの髪の長い娘は原住民ながら強力な精神魔法が使える天才なの。こっちのババアとジジイは“火と氷の両輪の大魔法使い“とか言ってたわね。そこそこ強かったけど、ま、今となっては私のおもちゃよ。最後のこの娘は私のお気に入り。命を投げ出す代わりに自国の人を救ってくれって言ってたけど……結局、“
「この極悪人め!」
「いやねぇ。私は悪くないわよ。弱いコイツらが悪いんだから。それに、国を滅ぼしたのは“
反吐が出る理屈だ。“
いや、俺の言う倫理観は地球の──それも日本の──倫理観だ。コイツらと倫理の軸が違うのだ。奴らにとって、惑星ダンジョンの人々は取るに足らないおもちゃの如き存在だ。子供がアリの巣に水を流し込んで遊ぶかのように、惑星ダンジョンの人々に何しようとも、全く持って悪いとは思っていない。
とは言え、盗賊を殺した俺が何を言っても、同じ穴のムジナだと思うかもしれない。だが、俺は面白半分に殺しはしない。殺す必要が無ければ殺しはしたくない。避けて通れない火の粉を振り払う時、俺は相手を殺すかもしれない。
そんな俺と奴らとの相互理解はいつまで行っても平行線だ。だから、俺は俺の倫理観に従って行動するのみだ。
それに、ここでコイツを何とかしないと、“火吹き山“の人々があの生首と同じ目に会ってしまう。それは許せない。
でも……どうしよう? 俺でコイツに敵うのか?
女はニコニコしながら、短髪の女性の生首を抱え、頭を撫でている。生首からは苦しみの嗚咽が漏れており、見るだけで痛々しく感じる。
「話してばかりいても動画映えはしないわ。そろそろ行くわよ〜」
「げ! ちょ、ちょっと待て!」
「ダメよ〜。さぁさあ、行きなさい。私の可愛いコレクションたち。原住民たちを皆殺しにして、地球人を捕らえなさい」
女の一言で生首たちが一斉に襲い掛かってきた。なんてことだ、この生首はアイツの攻撃手段だったのか。
「せ……世界の……理に掛けて……
「ぅぅー、世界の理にか……掛けて
「い、痛い……痛い…世界の……理に掛けて……
生首たちが一斉に魔法を唱えてきた。なんだなんだ!? あの生首、魔法が使えるのかよ。しかも、苦悶の表情からすると、自分の意志でなく、あの女に操られているようだ。
生首たちの土台になっている機械から射出口が現れ、魔法触媒を発射した。魔法触媒は魔法の力に応じて炎やキラキラ輝く液体、紫色の霧の姿に形を変えて、俺たちに襲いかかってきた。
「みんな、逃げろー!」
俺の一声に騎士たちは咄嗟に身を翻して魔法を避ける。流石に訓練された兵士なだけあって、動きが素早い。しかし、魔法の威力は俺の想像を超えていた。躱し損ねた騎士が魔法に巻き込まれてしまった。
「グォおおおお! ひ、火が〜! だ、誰か消してくれ〜」
炎に巻かれた騎士が絶叫を上げる。そして、誰かに火を消してもらいたくて辺りを走り回るが、次第に力尽きて火を燻らせながら、ズシャリと地面に倒れ伏した。
「か、体が……こ…凍……て」
液体を浴びた女性の騎士は半身を氷漬けにされた。液体窒素のような物なのだろうか。だが、冷凍する威力は段違いだ。凍った手で助けを求めるべく前に差し出してきた。しかし、手の動きに連動して、徐々に体が崩壊を始め、生身の体の半分を残して、彼女はこの世を去った。
ひどい……なんて魔法だ。俺は二人の最後に思わず顔を逸らした。
と、その時、騎士の一人がいきなり俺に切りつけてきた。
「死ねぇええ!」
「うぉお!? あ、危ない!」
俺は咄嗟に剣の鞘で受け止める。攻撃してきた騎士は目を血走らせている。一体なんだってんだ? もしかして、あの紫色の霧の効果なのか? 確か、
「死ね死ね死ねぇええ!」
「ぐ……パワー!」
俺は力任せに騎士を跳ね飛ばした。狂乱した騎士は勢いよく跳ね飛ばされ、地面にすっ転んだ。
しかし、すぐさまに起き上がり、またもや俺に向かって突進してきた。
「うぉお!? だ、誰かこの人をなんとかしてくれ!」
俺の絶叫に残りの騎士たちが応じて狂った騎士を押さえつけた。俺がホッとしたのも束の間、突然、押さえつけた騎士たちの集団に強力な電撃が走った。
「グァああ!」
「うぁああああ!」
「きゃああああ!」
悲鳴を上げて倒れる騎士たち。固まったところを狙われたのだ。“キッ“と視線を向けるとファンの女性に抱えられた短髪の生首から電気のような
「そうそう。この娘の得意技は電撃魔法よ。スゴイでしょ? 電気の概念を理解できない原住民のくせに、電撃魔法を使えるのは珍しいのよ〜」
くそ……なんと言うことだ。これで俺以外は全滅してしまった。このままじゃマズい。時間を稼ごうにも四つの生首とMovieCher相手じゃ、それもままならない。
どうする? どうする? アイツらの攻撃を躱しつつ、時間を稼ぐ……どうするべきか。俺の強みを活かす方法は何かないかと考える。
俺の強みと言えば、鍛え上げた筋肉……そうだ、筋肉があるじゃないか。この筋肉を活かし、奴をなんとか出来れば、死中に活を見出せるかもしれない。
俺は
「世界の理に掛けて……"
ガシャリと
「地球人のくせに魔法を使うなんて、生意気ね〜。さぁさぁ、みんな、行きなさーい。地球人を生捕りにするのよ〜」
「ぅあああ……」
「ぐあぁあぁ……」
「う……世界の…」
「あぁ……世界の理に……」
女の命令に従い、生首たちが俺の周りを飛び交い、一斉に魔法唱えてきた。コイツらの攻撃は先ほど見ている。早々、同じ手を食うものか。
「世界の理に掛けて、"
「あら!」
女が驚いた顔を見せる。俺が"
俺は勢いよく生首たちに突進した。俺が一気に近づいたおかげか、放たれた魔法触媒は"
俺は鞘から剣を勢いよく引き抜き、目の前の老婆の生首に上段から斬り伏せた。
「うぉおおおお! メーン!」
老婆の生首は上空に逃れようと浮き上がる。しかし、俺の剣撃はそれを逃さない。一気に生首ごと機械を破壊する。
「まだまだぁ! うりゃぁ!」
勢いに任せて横薙ぎした剣が老人の生首の付け根を切り裂いた。首から機械が分離し、生首は“グチャ“という音と共に地面に落ちた。これで炎と氷の魔法を使う奴は倒したぞ。
俺の攻撃を見て、女は感心した表情で俺をしげしげと見つめてきた。
「へぇ。やるじゃない。地球人」
「へっ……そりゃどうも! 次はアンタだぜ。女だからって、アンタみたいな奴には容赦しねぇぞ!」
「あら? 女だからって関係あるのかしら? 地球人は変な考えを持っているのねぇ?」
む……てっきり“女性に手をあげるなんてサイテー“とか言われるかと思った。やはり、地球の理屈は惑星ネクロポリスの住人には通じないのだな。
「地球人のせいで、コレクションが二つも無くなっちゃったわ。新しいコレクションが欲しいわぁ」
「悪趣味なコレクションは感心しないな。それに、アンタはここで退場だ。コレクションは別の場所で……」
いや、別の場所でもコレクション集めは如何なモノかと思う。かと言って、この女が別の惑星ダンジョンに行って新たなコレクション集めに精を出すのを俺は止める術が無い。
だが、少なくともこの“火吹き山“では止めなくてはいかない。いや、止めてみせる。
生首を一気に二つも倒した俺は何とかなるかもしれないと思い始めてきた。俺の体は"
俺は勝機を得たとばかりに自信に満ちた表情を見せる。しかし、女はまだ余裕を崩さない。それどころか俺の自信満々の表情がおかしいのかクスクスと笑い始めた。
「地球人って、浅はかねぇ〜。それくらいでもう勝った気でいるのかしら」
「……アンタは余裕だな。言っておくが、今の俺なら一気に距離を詰めてアンタを斬りつけられるぞ。俺の筋肉を舐めるなよ」
「あらあら。地球人は野蛮なのねぇ〜。出来るならばやってみては?」
チッ……コイツ、俺が出来ないと思っているみたいだな。そういえば、コイツは俺の動画を見ているとか言ってたな。ならば、人を斬るのに俺が抵抗感を持っていることも知っているのか。……だが、俺は無駄な殺生が嫌いなだけだ。コイツのように人を人とも思わない相手に容赦する気など毛頭無い。
「出来るか出来ないか……試してみるか!」
俺は言葉と共に一足飛びに飛び込んだ。距離にして二十メートル位を数歩で駆け揚げて女の懐に入り込んだ。
女は俺の動きが予想外すぎたのか、ほぼ無防備状態で棒立ちになっていた。
「……予想より…早い!」
「アンタが遅いんだ!」
「く……お前たち、魔法を……」
「くらえ!」
生首たちが魔法を放つ前に、俺は女に攻撃を仕掛ける。全身の筋肉から勢いよく放たれた剣で、女の胴を薙ぎ払い両断した。
……かに見えた。女は俺の剣で数メートル吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がった。しかし、地面に伏す体の上半身と下半身は未だに繋がったままだった。
女性はゲホゲホと咳き込み、顔を歪ませながら口を開いた。
「ふ……ふふ……。お…思った以上だったわ。この筋肉バカめ……ミレトス社製の強化ローブがなかったら……本当に死んじゃうところだったわ」
ミレトス社製……アリスが来ていた服と同じメーカーか。あんな薄生地なのに俺の剣撃を防ぐとは、尋常な防御力じゃないな。だが、少なくないダメージを与えたと分かる。女は足元がふらついており、表情からも苦しそうだ。肋の何本かはへし折ったみたいだ。
「ちょっと……あ、遊びが過ぎたわ。本気で……相手する必要がありそうね」
「そのまま遊んでくれると、俺としては助かるな」
「ふふふ……そうはいかないわ。ここからは私のとっておきを見せてあげる」
「とっておき?」
マズい。生首以外に攻撃手段があるのか。ならば、もう一度だ。やられる前にやってやる。今度は無防備な頭を狙えば防ぎようがあるまい。
俺が下半身に力を入れて、飛び掛かろうとしていると、生首が邪魔をしてきた。俺の行手を塞ぎつつ魔法の詠唱を始めてきた。俺は咄嗟に間合いに入り、生首の魔法を"
しかし、これが女に隙を与えてしまった。女は勝ち誇った笑みを浮かべて俺を指差した。くっ……しまった、攻撃が来る!
「さあ、私の魔法、
なに、アイツも魔法攻撃なのか? てっきり電子銃や機関砲みたいな武器かと思っていた。しかし、惑星ネクロポリスの住人の魔法は只の魔法では無いに違いない。いつ魔法を唱えるのか俺は女の素振りに警戒する。
だが、女は何も唱えない。あれ? もしかして魔法触媒が切れていたのか? だとしたら間抜けな話だ。いや、そんなあり得ない事態を期待するだけ無駄だ。
俺の戸惑いを他所に、女は不快な笑みを崩さず俺を見ている。くそ……あの表情からすると、何かしでかした後みたいだ。一体何をしたんだ!?
「あ……あ……」
「う……うぅ……」
「な、何だ?」
呻き声が足元から聞こえる。そして、何かが俺の足首を掴んだ。嫌な予感がして足元を見る。すると、そこには先ほど死んだはずの騎士たちが俺の足首を掴んでいた。
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