第三十九話 記憶喪失

「また君か。短期間によく来るものだ。無茶しすぎではないのか?」

「はあ……そうですか」


 女医先生の言葉に俺は素っ気なく返す。ぼーっとした頭で窓の外を見ると、空飛ぶ車がビュンビュンと行き交い、人や物を運んでいる。結構な速度で立体的に移動しているのにブツからないのは、この星の科学力の賜物か。


「そろそろ退院してもいいぞ。あと、もう少し契約条件がいい生命保険をオススメするぞ」

「はぁ、分かりました。では、失礼します」


 俺は荷物をまとめて病院を後にする。外に出ると眩しい光が俺を照らす。“火吹き山“の太陽と異なり、身を焦すほど暑くないけど、陽の光の強さは俺にあの時の光景を思い出させる。


 俺はその足でいつものカフェに行く。入り口に立つと液状に扉が溶け、中にいる筋骨隆々の人型ロボットがいつもの席に案内してくれる。

 陽の当たるその席には、憤懣ふんまんやる方ないアリスと疲れた顔をしたクックロビンがいた。俺は無言でテーブルに着き、黒銀茶を注文した。しばらくすると、何もないはずの空間から黒銀茶が現れた。俺は一口を付け、久方振りの科学の味を堪能する。


 美味い……思わず甘美なため息が漏れる。ああ、生きているって素晴らしい。暖かい陽が疲れた俺の心を癒してくれる。


 だが、ノホホンとしている俺の態度に納得いかないのか、アリスが怒った口調で話し始めた。


「ゴンスケぇ〜、なに呑気にお茶なんて飲んでるのよ」

「うん? そうかな。ま、たまにはいいだろ。それよりも、俺は一体全体、なんで死んだんだ? 今回は殆ど記憶が無いんだよなぁ。ただ、今まで以上に心が晴れやかなんだ。いいことがあったのかな?」

「……ゴンスケくん。それ以上は動画を見れば分かるよ。シャクだけど、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の動画が全てを晴らしてくれる。一緒に見ようか」

「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“? ああ、そんな奴いたなぁ」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の名前がどこか遠くの記憶に感じる。なんだろうか、今の俺にとって、特に何も感じない。今までは怒りの対象だったけど、今はどうでもいい。この感情は何か大きなことを達成した感覚に似ている。恐らくだけど、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に勝つことができたのだな。

 あれ? 最大の敵を倒したはずなのに、なんで俺は死んでしまったんだ? 一体、誰が俺を殺したんだ? この動画を見れば、全てが分かるのだろうか。俺は再び黒銀茶に口を付け、皆と一緒に動画を見始めた。


───

──

『あ、あれ?』

『ふははは、焦らせやがって』

『もう、地球人さん。ダメですよ。強引に契約破棄しちゃ。契約違反で地球人さんの筋肉はもうズタズタですよ』


 動画には地面に伏した俺が映っている。筋肉で帽子屋ハッターの魔法を打ち破ったと思ったけど、全然ダメだったのか。契約魔法を破った反動で俺は体が動かせなくなっていた。


『ぐ……く、クソォ…… せ、世界の……理に掛けて……』

『じゃあな、地球人。また惑星ネクロポリスで会おうぜ』


 “バシュバシュ“と言う音と閃光が画面に轟く。強烈な光が収まった後、俺が倒れていたはずの場所には破壊された光子フォトンブレードだけが残されていた。

──

───


「俺、結局、やられちまったのか……」

「私もいなかったしね」


 俺は憎っくき相手に殺された現場を見たはずなのに、何故か心がクリアなままだ。どう言うことだ? 自分の心の有り様が理解できず、少しばかり動揺した。


「おかしいな……なんでだろうか……?」

「ゴンスケ? どうしたの?」

「ああ、大丈夫だ。うん、なんか記憶が混濁してるみたいだ。不利益デスペナルティかな……そう言えば、アリスはなんでいなかったんだ?」

「ああ、大変だったのよ、本当にもう!」


 これ以上の話を嫌がり、アリスの話題に逸らしたところ、彼女は憮然とした口調で不満を言い放つ。


「私はダムディー達の空間転移装置で全然別の惑星ダンジョンまで連れていかれちゃったのよ。アイツら、空間転移だけなら私の魔法より断然強力なのよ」

「別の惑星ダンジョンだって? どんなけ飛ばされたんだよ。それに、よく帰ってこれたな」

「大変だったのよ。飛ばされた先は超危険な惑星ダンジョンで、周りは巨大な実験生物や廃棄されたロボットが闊歩かっぽしてたんだから。ダムディー達はサッサと逃げちゃうし。悔しいったらないわ」


 アリスが手を拳で打つ。“パシリ“と乾いた音の高さが彼女の怒りの度合いを感じさせた。


「でもよ、俺たちがリタイアしてもムアニカとクックロビンがいるだろ? 結局どうなったんだ?」

「そうだね。じゃあ、動画の続きを見よう」

───

──

『げ、原住民の……分際……で……』

『ふん! 邪悪な魔王の眷属め。地獄で後悔するが良いわ!』


 首だけになったMovieCherが活動を止めた。動画にはクォンタムブレーカーVer12 Update5を持ったムアニカと光り輝く弓を手にしたクックロビンが映っている。


 彼らは謝肉祭コラボ動画に参加したMovieCherを倒し、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を迎え撃たんとしていた。


『ムアニカ。量子ビットアーマーのエネルギー残量を見せてくれないか?』

『はい、ロビン様。……どうでしょうか』


 ムアニカが差し出した球を見たクックロビンの顔が一瞬曇る。それだけで、量子ビットアーマーのエネルギー残量が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の攻撃に耐えられないと分かる。


『? ロビン様、如何なされました?』

『ああ。なんでもないよ、ムアニカ。さて、これから“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“がここに来る。やれるね?』


 クックロビンがムアニカの手を取り、囁く様に告げる。彼女は頬を赤く染め、彼の手を強く握った。


『ロビン様……私、あなたと一緒なら必ず魔王に勝てると信じてます』

『うん。僕も信じてるさ。君は女神が見込んだ、この星きっての英雄だ。君ならば、絶対勝てるさ』

『ありがとうございます。ロビン様……』


 ムアニカがクックロビンの胸に顔を埋め、クックロビンはそのまま彼女を強く抱きしめた。


 以前の俺なら“ケッ“とツバ吐く光景だが、今は何故か心が温かくなる。彼らが目的を同じくする仲間だからだろうか。それとも、俺自身、彼女の思いに共感できるからなのか。この胸に去来する思いを薄らぼんやりする俺の頭ではうまく説明できなかった。


 二人がいる大広間の扉は、板塀で留め付けられている。ロココ調で丸みを帯びた装飾に角ばった板塀は凋落を思わせる悲しき風情があった。

 こんな付け焼き刃な防御など、魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の前には何も意味を為さないだろうに、少しでも希望にすがりたい人々の思いの現れなのだろう。


 ムアニカはアリスの思惑通りに救国の英雄に突き進んでいる。それが彼女の思いに適っているかなど関係ない。今や彼女は騎士団長の立場から、惑星“火吹き山“を救う英雄の立場に変ったのだ。世界の期待を一身に背負う宿命を負わされた彼女の心労はどれ程重いのだろうか。俺は今更ながら、一人に女性に辛い十字架を背負わせてしまったと知った。


“ドガ“


 扉を強く叩く音がする。


“ドガン“


 更に扉が強く叩かれる。


“ドガン、ドガン“……


 数度の衝撃の後……


“ズギャシャーン“


 力任せに扉が破壊された。扉のあった場所には朦々とした煙が上がる。


『まったく、無駄に“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“を使わせやがって』

『原住民さーん。無駄な抵抗は意味がありませんよ〜』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と帽子屋ハッターが破壊した扉を押し除けて大広間に入ってきた。


『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、久しぶりだね』

『アリスがいねぇ代わりにクックロビンか。アリスとは違う意味で、てめぇは油断がならねぇ奴だ』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が嫌な笑みを浮かべる。一方のクックロビンは爽やかな笑顔を見せる。


『そう思えて光栄だよ。トップMovieCherであるキミに褒められるのは、悪い気がしない』

『はん。だが、お前は所詮、アリスに従う犬だ。俺にかなうと思うなよ』

『別にキミに勝つつもりはないさ。それに、僕はアリスに盲目的には従ってないよ。彼女と僕で目的が一緒な仲間なのさ』

『アリスの仲間、か。気に食わねぇな。どちらにしても、お前は俺の敵だ。死ね! クックロビン』


 セリフを聞く限り、アリスに限らず、クックロビンも“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と浅からぬ因縁があると分かる。ずっと聞きそびれていたが、彼らは一体どういう関係なのだろうか。


 クックロビンは弓を“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に向ける。ムアニカもクォンタムブレーカーVer12 Update5のきっさきを魔王に向ける。ムアニカは剣に力を込め、眼前の敵に言い放つ。


『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 貴様は……貴様だけは絶対許さん! くらえ、波動斬!』


 ムアニカの先制攻撃だ。あらゆる物を原子レベルで破壊する硬度無視の遠隔攻撃である。亜音速で迫る剣閃が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に迫る。


『ぉお!? それは最新モデルのクォンタムブレーカーじゃないのか!? アリスの奴、奮発しやがったな』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の奴、全然違う観点で驚いてやがる。だが、その余裕が不気味だった。なぜあんなに余裕なんだ? 


 その理由はすぐに分かった。波動斬が奴の体に届いたその時、輝く剣閃が瞬く間にき消えた。


『なに!? い、一体……何が起きたのだ?』

『ムアニカ。ちょっと想定外だったけど……“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も量子ビットアーマーを装備しているみたいだ』


───

──


 量子ビットアーマーだと? なんてことだ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も、あの防具を持っていたのか? 

 

 動画を見て、驚きを隠せない俺に、アリスが口を挟む。


「あのゴリラ、量子ビットアーマーまで持ってくるなんて火吹き山で少し懲りたのかしら」

「おい、これじゃあ、ムアニカ達に勝ち目はないンじゃないか? クックロビン、これからどうなったんだ?」

「そこから先は、動画を見ればわかるよ。ゴンスケくん」

「む……。まあ、そうだな」


 おかしいな。圧倒的な不利な状況の動画を見ても、俺は落ち着いて見てられる。何故だ? 

 アリスやクックロビンが落ち着いているからか? いや、そうじゃない。記憶が混濁する。……なんだろうか。俺はこの光景を知っている気がする。そして、この先に何が起きるのかも知っている気がする。言い様の無い心の有り様に俺は戸惑いを覚えていた。


──

───


『ならば、量子ビットアーマーの限界を超えるまでだ。くらえ! 連続波動斬!』

『ちぃ! 原住民が! 借り物の力でイキるんじゃねぇ!』


 剣閃が多数に展開され、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の元に届く。“パリン、パリン“と何かが壊れる音が響く。目には見えない防壁が波動斬の攻撃で破壊されているみたいだ。このまま攻撃を続けていけば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の量子ビットアーマーを破壊できるかもしれない。


『量子デコヒーレンスを無視して量子レベルで破壊する攻撃か。面倒な性能だぜ』

『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん。私の魔法で援護しますよ〜』

『おう、やっちまえ、帽子屋ハッター


 帽子屋ハッターが幼い手をムアニカに向ける。鈍く輝く少女の手から、契約魔法が放たれるその刹那、クックロビンが素早く動いた。


帽子屋ハッターちゃん。僕がいるのを忘れていないかい?』

『!? 何するつもりだ』 

『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“……僕はいつも作戦立案者で表には出てなかったけど、裏で支援と妨害工作を常に行ってたんだよ。相手の裏をかく戦術なら、僕の独壇場さ。世界の理に掛けて……“過負荷オーバーロード“!』


 クックロビンが帽子屋ハッターに向けて魔法が放たれる。一瞬の間の内、帽子屋ハッターの体に電撃がほとばしった。


 “バチバチ“と激しい電気の音と共に、帽子屋ハッターから煙が上がった。そして、そのまま彼女は“バタン“と倒れ込んだ。


『きゃうーん……』

帽子屋ハッター! クックロビン、テメェ、帽子屋ハッターに逆ハッキング仕掛けて、魔法を暴発させやがったな!?』

『火山洞窟では帽子屋ハッターちゃんが来てると知らなかったから、この魔法触媒を準備してなかったけど、今回は対策はバッチリさ。流石に同じ轍は踏まないよ』

『くそが! 調子に乗るなよ、帽子屋ハッターがいなかろうが、テメェらくらい……』

『そうかい? 後ろを見た方がいいよ』

『なに!?』

『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! くらえ!』


 “ドドドド“と大広間を駆け抜け、突如現れた見知った人物は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顔面を勢い良く蹴り飛ばした。

 強烈な蹴りで片膝をついた“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は憎々しげに言い放つ。


『テメェ……地球人! なんで生きていやがる!』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に強烈な一撃を食らわし、不敵な笑みを浮かべて、その場に立つ人物……なんとそれは、俺自身だったのだ。あれ、なんで俺、生きてるの? その疑問は自分自身の発言で直ぐに氷解した。


『アリスの得意技はよぉ……空間転移魔法だったよな。俺がもらった魔法触媒射出器マジックランチャーにも、それが入ってたんだよ』

『なんだと!?』

『“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、キミのミスさ。もしセンサーでタキオン粒子反応を調べていたら、ゴンスケくんが空間転移したことも分かったはずだ』

『残念ながら、武器はどっかいっちまったけどな。だが、これで三対一だ。覚悟しろ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!』


 俺の拳で口中を切ったのか、流れ出る血を拭き、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が立ち上がる。憤怒の表情を見せる魔王だが、昔みたいな恐怖は感じない。むしろ、俺の中にある正義の怒りがコイツの怒り以上に燃え上がっている。


『舐めてたぜ、お前らをよ……アリスさえ対処すれば、どうということもない相手だと、油断していたぜ。俺は反省するぜ。お前らにはもう油断しねぇ。全力で潰してやる!』


 全てが合点がいった。なんと言うことだ。中々機転が効くじゃないか、俺。さあ、ここまでコイツを追い詰めたんだ。後は……後は? 


 おかしいな。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に勝ったのならば、アリスやクックロビンの機嫌もいいはずだ。だが、二人とも不機嫌極まりない。何故だ?


『貴様らを消してやるぜ。この次元砲でな』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が何もない空間から丸い球状の物質を取り出した。と言っているが、どこにも砲身のような形には見えない。


『次元砲、展開オープン! 目標相対座標は俺を中心とした{13:34:45:23}地点内だ。吹き飛べ、ゴミども!』

『! ムアニカ、量子ビットアーマーで重力波シールドを展開するんだ』

『は、はい。ロビン様』


 いつもと似つかわしくないクックロビンの焦りようにムアニカも事態の危うさを感じ取った。ムアニカは量子ビットアーマーを掲げ、重力波シールドを展開する。辺りの空間がぐにゃりとひしゃげ、ムアニカ達を包み込んだ。……俺を残して。


『お、俺が入ってないぞ! く、くそ、二人との距離がありすぎたんだ! こうなったら、魔法で! 相対転移魔法リラティブテレポーテーション!』

『次元砲、発射!』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を中心に光を飲み込む暗黒空間が広がる。暗黒の闇は辺りを削り取り、俺の体をも呑み込もうとしている。


 マズい、魔法が間に合うか!? 貪欲な闇に喰われる刹那、間一髪で転移魔法が発動た。意識が辺りに溶け込み、俺は別の場所に消えていった。


───

── 

 そう、俺は思い出した。あの時のことを。そして、この動画の先のことを……

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