第四十話 ああ、無情
転移魔法で飛んだ先は騎士たちが詰めている玉座のある部屋だった。少し位置取りに失敗したためか、空間に投げ出されて背中から落ちた。
「うぐ……い、いってぇ〜」
「ゴンスケ、生きてたんだね。よかった!」
突然現れた俺の姿を見て、アジエが飛んで抱きついてきた。“ドカッ“とした衝撃を首に受け、思わず喉が詰まった。まったく、困ったやつだ。
それよりも、壁にめり込んだりせず、上手く転移できたことで俺はホッと胸を撫で下ろした。
俺が使った魔法は、指定した近場の座標へ瞬間移動する魔法だ。効果範囲は精々数百メートルの移動にしか使えない。それ以上の距離を指定すると、惑星の自転や公転を考えなくてはいけなり、下手すると、宇宙空間に放り出されてしまう恐れがあるのだ。
アリスの使ったような長距離転移の魔法は、もっと高度で、残念ながら俺には使えなかった。
「それよりも大変だ。遂に“
「その話、詳しく聞かせてくれぬか。神獣ゴンスケー殿」
端正な顔立ちで、少し上等な革鎧を来た初老の男性が話し掛けて来た。ズールー王国の国王だ。所々に傷を負っているところを見ると、ただ守られたのでなく、自らも戦いに参加したのだと分かる。
「戦況はどうなっておるのだ? 何故、ゴンスケー殿だけここに参ったのだ?」
「は、はい。えと……」
俺はアリスが王国に到着してからの経緯を説明した。
「…… “
俺の言葉を聞いて、横合いにいたハネスが苦々しい顔をして俺を睨む。
「く……私にもう少し力があれば……ゴンスケー、お前は団長の元に戻るのか? ならば、俺も連れて行け」
「ああ、それは構わないが……。いいのか?」
俺はチラと国王を見る。ハネスはムアニカ率いる騎士団の副団長で決して足手まといになる存在ではない。そんな彼がここにいるということは、万一の場合の国王の護衛役なのだろう。
「うっ……確かに、団長からの命で、国王様を守れとは言われている。しかし……私は……」
「ハネス。私のことはもう良い。ムアニカを助けに行ってくれぬか」
「よ、よろしいのですか? 国王陛下」
「魔王の眷属により、我が弓騎士団、魔法騎士団、槍騎士団、斧騎士団も壊滅し、残りはムアニカ率いる剣騎士団しかおらぬ。最早、お主らと聖剣を持つムアニカだけが頼みなのだ。今更、私を守って何になるのだ」
おいおい、ムアニカの騎士団以外壊滅って、大損害じゃないか。苦しそうに言葉を口にする国王の顔には、悲しみと覚悟が見て取れた。
「わかりました。陛下、それでは剣騎士団の副団長ハネスが……」
「皆! 屈め!」
「お姉ちゃん!?」
「団長!? 皆、頭を低くしろ!」
ハネスのが片膝を突き、敬礼をする刹那、ムアニカの声が扉の外から大きなこだました。と、同時に、高圧縮された荷電粒子が“ドシュドシュ“という音を立てて扉を突き破って俺たちに迫ってきた。
咄嗟に命令をするハネスの声に全員が頭を下げる。
「ゴンスケ、怖いよぉ!」
「アジエ、頭を上げるなよ、絶対にだ!」
俺はアジエの頭を低くさせ、地面に伏せさせる。く…… “
「ギュ」
「わ」
警戒する声に反応しきれなかった騎士の何名かが殆ど声を上げることなく、が光弾に当たり、体を蒸発させた。国王は事態の急変にオロオロしている。
「陛下!」
ハネスはいち早く立ち上がり、国王の身を屈めさせる。しかし、忠誠心の代償は、彼の身に不幸をもたらした。
「ガッ……な……何? ……あ、わ……私の腕が!?」
国王の頭を下げた右腕に“ガシュ“と光弾がかすめた。と思った刹那、一瞬でハネスの右腕を蒸発させた。ハネスは何が起きたのか分からず、一瞬戸惑っていたが、流れ出る血と右腕が無くなっていることに気付き、痛みと恐怖で顔が強張った。
「ハ……ハネス…お主……私を庇って…すまぬ」
「ッ……!? い、いえ。国王陛下が……ご無事ならば……」
それだけ言うと、ハネスはガクリと首を垂らして気絶した。本当ならば、彼を助けるために手当などをしなくては行けないだろう。しかし、俺の視線は破壊された扉の先にいる光景に釘付けだった。
「原住民……そろそろ量子ビットアーマーが保たなくなってきたんじゃないか?」
「ふん、貴様こそ、私の波動斬を受けきれなくなっているのではないか? 貴様の攻撃も軌道が逸れてきてるぞ」
その先にはムアニカとクックロビンが“
「確かにそうかもなぁ。だがな、これは軌道を逸らしたんじゃねぇぞ。そろそろ
「ムアニカ! “
“
「これで俺の勝ちだぜ。くらえ!」
「量子ビットアーマー展開!」
ムアニカが咄嗟に銃口の前に出て量子ビットアーマーを展開した。“キュイィィィィン“と言う機械音と共に放たれた輝く光弾は、彼女の前で虚しく消え去る。
「無駄だ、魔王“
「おぉ、おぉ、流石だな、女騎士さんよ。俺の武器もこれで弾切れだ。だがな、俺にはまだ次元砲があるぜ。お前の消耗しきった量子ビットアーマーで防げるかな?」
ムアニカが眉根を寄せて苦しそうな表情を見せる。それだけで圧倒的な不利な状況だと分かってしまう。彼女の持つ量子ビットアーマーは既に一回次元砲を防いでいる。それに加えて、先ほどの荷電粒子砲を凌いだせいで、もうエネルギー残量は少ないはずだ。
「させるものか、“
「はん! クックロビンよぉ、そんな原始的な
“
「さてね? それはどうかな」
「何を考えている? お前は油断ならねぇ奴だ。先に始末するか。手加減はしねぇ! 次元砲、
“
「ロビン様!? 重力波シールド展開! お願い、ロビン様を守って!」
ムアニカから放たれた光が空間をねじ曲げ、暗黒空間にポッカリと穴を開ける。暗黒空間はクックロビンを飲み込もうとするが、光に阻まれ、しばらくすると雲散霧消した。
「ムアニカ……何故僕なんかのために……僕なんて放っておけばいいのに」
「そんなこと言わないでください、ロビン様。貴方が死んでしまっては、私は……私は…」
ムアニカは泣きそうな顔をしてクックロビンを見ている。その顔を見て、クックロビンは自分の過ちに気づいたのだろう。
クックロビンはたとい死んでも、生命保険で生き返ることができる。だから、自分の命を投げ出してでも、次元砲の使用回数を減らしたかったのだ。
アリスが言っていたことが本当ならば、次元砲の使用回数は三回、量子ビットアーマーで防げる回数も三回で同等だった。しかし、
だからこそ、己の身を犠牲にしたのだが……事情を知らないムアニカにはクックロビンの策など分からない。クックロビンを失いたくない一身で、最後かもしれない量子ビットアーマーのエネルギーを使って次元砲を防いでしまったのだ。
“
「さあて、動画はこれでお終いだな。最後だから、派手にいくぜぇ!?」
「おい! ブサイクゴリラチキン野郎!」
俺の一言で“
「ゴンスケー!?」
「ゴンスケくん……」
「神獣ゴンスケー殿!?」
「ゴンスケ……」
全員が俺に視線を向ける。ああ、クックロビンがミスしたならば、今度は俺がやってやる。俺は在らん限りの罵声を投げつける。
「おら、今度は俺が相手してやるぜ、この底辺MovieCherがな。たまたま当たった動画でいい気になるなよ? オラ、悔しかったら掛かって来いや!」
「ほ……ほほぅ? 地球人、舐めた口を利くなぁ?」
“
「ふ……ふふ……アリスの仲間ってのは、どうして、こう挑発が上手いんだろうなぁ? 残念だったな。クックロビンやお前の策は読めてるぜ。大方、次元砲を使い切らせようとしている魂胆だろうが。甘いぜ、甘すぎる」
「なっ……!」
「残念だったな。トップMovieCherの俺はテメェらの策にハマる程、愚かじゃねぇぜ!」
「く……なら、これでも喰らえ」
俺は
「次元砲、
“
「神獣ゴンスケー。ロビン様を頼む」
「え?」
その時、ムアニカは笑っていたかもしれない。彼女はクックロビンを抱き抱え、俺に向けて放り投げた。飛んでくるクックロビンを俺は全身の筋肉を使い、受け止める。
受け止めた時、軽く軽く背中を打ったのか、クックロビンは苦しそうな顔で咳込みながら、口を開く。
「ゴホ……ムアニカ……止すんだ」
「ロビン様……私は幸せでした。短い間でしたが、貴方に会えて……」
嫌なセリフだ。どう考えても彼女は自分を犠牲にして“
「ムアニカ、止めるんだ。逃げなさい……」
「ロビン様、それはできません。私はズールー王国最後の騎士団長。国王陛下をお守りするために、この身を捧げたのです」
ムアニカの言葉に国王が自身の拳を強く握る。自分の不甲斐なさに怒りを感じているのだろう。何か言葉にしようとしているが、言葉に為らず、口を開いては下を向く動作を繰り返している。
「ゴンスケー。貴様の魔法で全員を脱出させてくれ。頼む……」
「ムアニカ……。分かった」
「ゴンスケくん!?」
クックロビンが驚きの顔を見せる。だが、俺の表情とムアニカの顔を見比べ、覚悟を悟ったのだろう。目を閉じて天を仰いだ。
「おネェちゃん!」
「従士アジエ……ムアニカ騎士団長と呼べと言ってあるだろう?」
「……ムアニカ…騎士団長! やめて! ロビン様の言う通りに逃げて!」
「……私には王国を守る義務がある。それは聞けない相談だな……」
「団長!」
「ごめんね、アジエ」
ボソリと呟いた後、ムアニカが俺たちに背を向ける。そして、剣を構えて“
「量子ビットアーマー
「甘い! 死ね!」
暗黒空間が“
地面に“ビシビシ“と亀裂が入る。ムアニカの表情は焦りと苦痛で歪んでいた。彼女は俺を横目で見て、語気も強く口を開く。
「く……何をしている、ゴンスケー! 早くしないか!」
「分かった! おい、クックロビン、お前も手伝ってくれ。こんなにたくさん、転移できないぞ」
「……もちろんさ。さあ、みんな、集まって」
皆を集め、俺とクックロビンが魔法を唱える。残り少ない魔法触媒を使い、俺は転移魔法を唱える。
「「
二人の魔法が同時に放たれる。グニャリと視界が歪み、周りと感覚が溶けあった。消え去りそうな意識の中で、俺は確かに彼女の声を聞いた。
「ロビン様……私、貴方に会えて……幸せでした」
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