第十三話 時間の概念

「老化を抑える薬ィ? 違う違う。そんなのじゃないわよ」


 アリスは俺の疑問を一蹴する。ならば、十年前ってアリスが相当小さい時だよな。子供の時からオークを嬉々として殺すアリスの姿を想像して、とんでもないガキンチョだと俺は身震いした。

 アリスは俺の表情を読み取ったのか、“違う違う“と手を振って話を続ける。


「あのね、この星は時間の流れがネクロポリスと違って、早いの。私がオーク討伐したのって、一ヶ月前よ」

「時間が早い? 一ヶ月前? そんなことあるのか?」

「まぁね。オークランドに限らず、惑星ダンジョンとネクロポリスは相対性理論的な時間差があるの。オークランドでの十年は、ネクロポリスの時間換算で大体一ヶ月よ」


 相当な時間差だな。もしかすると、オーク討伐が終わってからネクロポリスに帰ると、シセロやコレットにはもう会えないかもしれないな。

 俺は時間の流れという無慈悲な現実に、言い様の無い寂寥感せきりょうかんを感じた。


 今回、オークの部族……地図上はフンタイ族と出ている部族への集落には、馬で向かっている。これは、徒歩での疲労を軽減するためだ。

 シセロやコレットは馬にまたがり華麗に操っている。だが、馬なんて乗ったことない俺とアリスは、二匹の馬が引く荷車に乗せられることとなった。

 草原とは言え、舗装されてない道を行く荷車はガタガタと揺れるせいか、気分が悪くなる。俺と同じく荷車に乗っているアリスや他の討伐隊の面々はケロリとしている。うらやましいぜ。

 

 青い顔をして遠い景色を見ていると、だんだんと森が近づいてくることが分かった。眼鏡型装置アイウェアのボタンを押して地図を確認すると、どうやらフンタイ族はあの森に居を構えている様だ。


 ガタガタと揺られ、車酔いと戦いながら、森に近づく。今の俺にとって、オークよりも荷車が敵だった。森の入り口付近に到着すると、少しばかり大きな衝撃と共に馬が止まった。

 シセロは荷車に馬を寄せ、状況について報告してきた。


「アリス様、ここから先は徒歩での移動となります。流石に馬車では森の中は困難ですので」

「オッケー」


 相変わらず軽いなぁ。


「おい、オーク。降りろ。お前も歩くんだ」

「兄さん、いくらオークでもあんまりよ。ゴンスケさん、降りてください。ここから歩きですよ」


 シセロは相変わらず俺への態度がでかい。車酔いで気分も悪いが、コイツの態度も気分悪いぜ。


 ま、オーク討伐が終われば、コイツとも顔を合わせなくて済む。……コレットちゃんに会えなくなるのは悲しいけれど、仕方がない。


 しかし、コレットちゃんの発言も自然ナチュラルにオークを差別しているな。

 いや、ここで日本の常識を持ち込むのはおかしいだろう。オークと人間は殺し合う仲なのだ。骨肉相喰む世界では、むしろ、コレットちゃんのオークへ理解を示す態度がおかしいのかもしれない。……もっとも、俺はオークじゃないけど。


 俺は横たわった剣を担ぎ、荷車から降りる。この剣はアリスから受け取った会社支給の剣だ。原住民が作った剣と言ったが、この星の原住民……シセロやコレットちゃんみたいな人たちが作ったのかな。

 

 俺は剣を手に取り、ふと考える。そう言えば、オークってどれくらいの強さなんだ?

 アリスは十年前にオーク討伐を起こし、村では英雄かの様に扱われている。当然ながら、オークの強さも知っているだろうし、オークより遥かに強いのは間違いない。


「アリス。聞いてもいいか?」

「なに?」

「なあ、オークってどれくらいの強さなんだ?」

「強さ? うーん、そうね。筋肉量はあるけど、結構不器用なのよね。あと、あんまり知性がないわね」

「なんだか抽象的な表現だな。具体的な例はないのか?」


 俺の問いにアリスは俺が掛けている眼鏡型装置アイウェアを指さした。


「例、ね。ゴンスケ、眼鏡型装置アイウェアの左にあるボタンを押してみて」

「ボタン? これか」


 眼鏡型装置アイウェアの左フレームに指を当てると、ボタンらしき突起があるのが分かった。軽い反動を人指し指に覚えつつボタンを押す。すると、左目に何やら表らしきものが上がってきた。


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