第十五話 フンタイ族集落の激戦

「みな、止まれ」


 シセロの一声で全員の足が止まる。何かあったのかと先を見ると、視界の先に集落らしき物があった。

 あれが、オークたちの住まう“フンタイ族の集落“か?よく見ると、筋骨隆々とした人間らしき者が辺りを闊歩している。


 フンババ村と違って、周りには柵も何もなかった。代わりに武装しているオークたちが多数いる。


 なるほど。オークたちは戦闘に特化している者が多いのか。フンババ村は、殆どの者たちが農夫か何かだった。戦闘に立てるのは今この場にいる連中くらいだろう。圧倒的に戦力に差がある。人々がオークを恐れる訳だ。


 しかし、遠目では相手の数が把握できない。どう考えても、この場にいる俺達より数が多いだろう。真正面から行くのは得策ではない。


 少数の俺たちが多数と戦うには策を練らなければいけない。まずは数の有利を取り除かなくては。相手の陣地に乗り込むのでなく、誘い出してワナに掛ける方法もいいだろう。


 俺は頭をフル動員して考える。大学では俺の筋肉を見て、皆が脳筋野郎と指差している。しかし、本当は筋肉を鍛えている人は頭も良いのだ。どの様なトレーニングが有効で、食事をどうするべきか、最新の運動生理学を学ぶために論文すら読む人もいる。


 俺だって、それなりに鍛えているんだ。肉体フィジカルだけでなく、今こそ筋トレで培った知性インテリジェンスも発揮してやる。


 ……と、思っていた時が俺にもありました。


 突如、集落から鬨の声が上がる。明らかなる戦闘の狼煙の声だ。

まさか、気づかれたか!? オークたちに俺たちの行動がバレていたのか。


 俺は恐る恐る声の先を見て、凍りついた。


「やあやあ、私こそはオーク討伐に参ったアリス様よ。さあ、腕に覚えのある者は出ておいで! 刀の錆にしてくれるわ」


 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、アリスさん!? なにやってくれてんですかぁ!


 俺がアリスのスタンドプレーに混乱していると、背後にいるシセロやその仲間たちも一斉に鬨の声を上げた。


「みんな、アリス様に続け〜。突撃ぃ、突撃〜!」

「うぉおおおおおおお!! ぶっ殺してやるぅ!」


 シセロの号令で村の者たちがオークの集落に突撃する。あのコレットちゃんも目を血走らせて突撃して行った。ねぇ、コレットちゃん? 君、見かけに依らず、かなりバイオレンスなんだね。


 もはや作戦なんて何もなかった。先ほど、アリスが孫子を引き合いに出したのは何だったんだ。

 俺たちは相手のことは何も知らないし、仲間のこともキチンと把握してない。これじゃあ、“彼を知らず己も知らず百戦危うし“だよ!


「オラァ! 鬼と会ったら鬼を斬り、仏と会ったら仏を斬る。ただ目の前に立ちはだかる者は〜、全員、Kill!」


 アリスさんが傾奇者の様なことを仰っている。最後の『Kill』だけ英語だけど、気にしないでおこう。

 しかし、なんて楽しそうなんだ。アイツ、絶対ヤバいやつだよ。


 対するオークは必死に戦っている……かと言うと、意外とそうでもない。


「ひゃあああああ! あ、アオイアグマガキター」

「イヤだー、ジニダグない〜」

「に、ニゲロ〜、ミンナ、ニゲロ〜」

「ニゲルナ〜! ダダガエ! アクマからニゲルナ〜」


 これじゃどっちが悪者か分からんな。いや、どう見てもこっちが悪者だろう。


 それに“青い悪魔“って異名はアリスの青髪のせいなんだろう。顔に血がついても剣を振るう手を止めない姿を見て、オークたちの言うことはもっともだ、と感じた。


 俺が呆気にとられている間に集落のアチコチから火の手が上がった。村の連中が火を放ったみたいだ。


 このまま見ていようか。いや、しかし、コレットちゃんですら乗り込んでいったんだ。俺がこのまま黙って見ているのはよろしくない。それに、アリスから臆病者マンチキンと呼ばれてしまうかも知れない。

 それに、どうせ死んでも生き返るならば、少しは冒険してもいいだろう。俺は昂る心臓を抑えながら、集落に乗り込んで行った。


「ひっでぇ有様だな」


 俺は集落の状況に眉をしかめる。オーク、オーク、人、オーク、オーク、また人……


 オークと人が折り重なる死体の山があたり一面に広がっていた。人よりもオークの死体が多いのは、アリスの強さがオークと人との戦力均衡を破っているせいか?

 

 辺りに散らばる塊となった肉塊から赤々と血が流れる。その肉塊からは血の臭いと生臭い魚の様な臭い、それに肉の焦げる臭いといった生命に由来する悪臭が充満している。赤い川と命の悪臭のコンボで俺は吐き気を催してきた。


 喉の奥から流れる酸っぱい物を押し込め、俺は少しでも生き残りがいないか辺りを見渡す。平和な日本で生まれた俺にとって、この風景は精神衛生上、よろしくない。少しでも生きている誰かを見て安心したかった。


 なんてひどい光景なんだ……あれ? ちょっと待てよ。


 先ほどまで俺が望んでいた光景がこれじゃないのか? 俺はこの状況を望んでいたのじゃなかったのか?

 

 俺は自分が考えていた作戦が村々を焼き払い、死体を積み上げるためのものだったと、今更ながら理解する。作戦自体は実行されるどころか話も聞いてもらえなかったが…… 

 俺は自分の無邪気な残虐性を理解し、言い知れない罪悪感から呆然とするしかなかった。


 その時、呆然としている俺に向かい、怒声を上げて向かってくる者がいる。


「オノレー! ニンゲンメ〜!」


 オークだ。


 両手には巨大な戦槌バトルハンマーを持ち、怒りに満ちた目をしている。ヤバイ、ムチャクチャ怒っている。


 罪悪感どうこう言うのは後にしよう。まずは命を大事にしなくては。

 

 俺はとっさにもらった剣を鞘から抜く……抜く……抜こうとしたが、上手く抜けない。剣が途中で何かに引っ掛かって最後まで鞘から抜けないのだ。

 うわー、なになに!? あ、柄が留め具で留められている。


 俺はあわてて留め具を繋ぐ紐を解くが、オークの突撃は止まらない。目の前まで接近し、怒声を上げて巨大な戦槌バトルハンマーを振り上げた。そして、重厚な槌を俺の脳天に振り下ろそうとする! 

 

 ダメだ! 南無三……


 と、思ったらオークがピタリと動きを止めた。


「ア、チガッだ。仲間カ」

 

 だから、仲間じゃねぇって!


 と、毒吐どくづきたくなるが、ここは黙っておこう。オークは安心したのか、俺の肩に手を置き、荒い息で話し始めた。


「オマエ、ブジか? ホカのヤヅらはジッデイルが?」

「あ、えと。俺は平気です。他の奴らは……知りません」


 俺は非常にゆっくり話す。ゆっくり話せば、脳内チップの翻訳機能トランスレーションが有効だと聞いているからだ。

 しかし、言葉が通じたとて、今のオークの質問に答えられる情報を俺は何も持ってない。とりあえず、分かる範囲で返してみた。


 俺の言葉が分かったのか分からなかったのかオークはしばし考え込んだ後、言葉を続けた。


「ゾウガ、ホカのヤヅらはジラナイが……」


 俺から何も得られなかったせいか、オークは残念そうな顔をしている。無理もない。こんな混乱の状況なら何かしらの情報を求めるのも当然だ。

 だが、オークはすぐさま頭を切り替え、俺に話を続けた。


「オマエ、剣をモッデイルナ。よし、オマエモダダガエ」

「え? 俺も戦うんですか?」

「アダリマエダ。ソノ剣はガザリか」


 飾りじゃないけど、飾りであって欲しい。俺は紐を解いて鞘から剣を取り出した。ところどころ刃こぼれしている。こんな剣で大丈夫か?


「ヨシ、オデはアチラにイグ。オマエはコッチニイゲ。ニンゲンドモをゴロぜ」


 オークは俺に行き先を指差し、いなくなってしまった。あれ? 一緒に戦ってくれないのか? まぁ、戦ってくれても困るけど。

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