第十六話 覚悟

 先程、武器を下ろして無抵抗になった盗賊が突然頭を抱えて悲鳴を上げた。

 

「うぁぁぁぁあオォォォォォオバァアー」


 "バシャリ"


 男は頭部があり得ないくらい怒張し、水風船を割ったかの如き音を出して血液と呼ばれる赤い水を撒き散らした。


「うわ! な、何が起きたんだ!」


 俺の混乱は加速する。助けられたはずの男は頭部を無くしてピクリともしない。


「あれは魔法よ。帽子屋ハッターお得意のね」

「な、何だよそれ」

帽子屋ハッターが使った魔法は、契約魔法よ。契約魔法は相手と取引をすることで発動する魔法よ」

「契約だって? それはあの男と帽子屋ハッターとの間にか?」

「そうよ。契約魔法によって、契約した内容を履行するために、契約者は強力な力を得るわ。ただ、契約内容に違反すれば、得られた力に応じた制裁が己に還元フィードバックされるわ」

「その結果があれか……」


 アリスの言葉で先ほど盗賊たちの能力表ステータスシートを確認した時に妙な“+“が表示されたことに合点がいった。彼らは契約魔法で能力向上を図られた代わりに、帽子屋ハッターと死の契約を結んでいたのだ。


 それにしても、帽子屋ハッターは見た目と発言を見る限り幼さが抜けてない。幼さこその残虐性なのか盗賊たちに死の契約を誓わせるなんて、酷すぎる。


 しかし、不思議な点もある。盗賊たちは仕方無しとは言え帽子屋ハッターと契約していたのだ。契約破りに拠る制裁も認識していたのではなかろうか。だとすると、死亡した盗賊は不注意が過ぎるのではないか。


 だが、俺の考えを否定する発言をアリスがし始める。俺はアリスの言葉を聞き、強い怒りを覚えた。


「私が帽子屋ハッターを苦手としているは、彼女の特異性よ。彼女は契約魔法を相手の同意無しに押し付けることが可能なのよ」

「な、なんだって? じゃ、じゃあ、相手との取引なんてしてないじゃないか。それなのに勝手に契約されるなんてヒドいぞ」

「そうよ。それが帽子屋ハッターのハッキングスキルよ。相手の脳内に侵入して、同意無しに契約を結ばせるの。まともに侵入抵抗イントルードレジストできない原住民なんか、とてつもない不平等の契約を結ばされてるはずよ」

「く……じゃあ、アイツら全員が望んでいない契約を結ばれてるのか?」

「その蓋然性は高いわね」


 結局、俺の行いは無駄な足掻きだったのだ。盗賊たちは一瞬見えた希望の光から一気に地獄に叩き落とされ、絶望の表情を浮かべる。


「さあ、原住民のみなさーん。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんが回復するまで時間を稼いでください」


 帽子屋ハッターの言葉でハッと気づき“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に視線を向ける。すると、ダムディーが謎空間から何やら機械を取り出し、治療に当たっている。流石に右腕を斬り飛ばされたんだ。回復アンプルでは回復しきれなかったのだと分かる。


 俺が視線を奪われていると、背後からクックロビンの強い声が発せられた。


「ゴンスケくん、前だ!」

「ン? げっ!」


 盗賊の一人が剣を振りかぶって俺に斬り掛かろうとしていたのだ。俺は咄嗟に盾で受け止めるべく、左手を男の剣の動線に合わせる。

 “ガイン“と強い音と衝撃が手に持つ盾から伝わる。く、この力強さは完全に俺を殺すつもりだ。ふと見ると、今度は右側から槍を持った男が俺の脇腹を狙ってきたのだ。だめだ、この状況では盾で防ぐことも躱すことも出来ない。殺られる!


「ゴンスケ、危ない。えい!」

「ぐぼぉあ」


 アリスが槍を持つ男を真横から胴薙で両断する。男は上半身を支える足場を失い、地面に倒れた。

 仲間の死に動揺したのか、目の前の盗賊の力が緩まる。俺はその隙をついて、力任せに盾を押しやる。


「っく……パワー!」

「うおぁ!」


 俺の力に押し負けて男は倒れ込む。何とか助かった。だが、事態が好転したワケでは無い。他の盗賊たちも全員武器を持ち直し、俺たちに向かって来る。

 ダメだ、もう説得なんて通用しない。彼らは帽子屋ハッターの“死の契約“により、俺たちと戦うしか道が残されていない。


「ゴンスケ、覚悟を決めなさい。アイツらを殺さずに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と戦うなんて無理よ。さあ、剣を抜いて」

「くそ、分かったよ。分かってるよ!」


 俺はアリスに苛立ちをぶつける。ただの八つ当たりなのは分かっている。おれは自分勝手な怒りをアリスにつけたこと、自分の力の無さに歯噛みして自己嫌悪に陥る。


 アリスは俺の理不尽な怒りに当てられてもまったく動じない。むしろ、戦闘狂の血が騒ぐのか剣を握る手に力が入っている。握っているのは、まったく新しい剣だ。また謎空間から取り出したモノだろう。


「さあ、盗賊たち。掛かって来なさい。このアリス様に勝てば生き残れるわよ」

「い、言われなくてもやってあげますよ!」

「こ、殺してあげます!」

 

 盗賊たちも完全にやる気だ。丁寧な言葉(もとい罵声)に切り替わり、俺たちへの敵意を向けて来る。ジリジリと盗賊たちがにじり寄り……一斉に襲い掛かって来た。


「オラァ、死…ポア!」


 風切り音と共に先頭に立つ男の脳天へ矢が突き刺さる。クックロビンからの援護射撃だ。男は“死ね“と言い掛けて絶命した。

 しかし、一人くらいが死んでも盗賊たちの突撃は止まらない。男の死体を踏み越え、次々に襲い掛かってくる。


「…やってやるさ……そうだ。やってやる」

 

 俺はブツブツと呟き迫り来る男に剣を向ける。頭の中で“自分は出来る、自分は出来る“と反芻する。そうだ、俺は既に人を一人殺している。なら、二人だろうと三人だろうと変わりが無い。それが惑星ダンジョンなら……火吹き山では普通なら、俺が殺しても仕方が無い。


 剣を持った男が俺の眼前に躍り出て来る。そして、持っている剣を俺の腹目掛けて突き出して来た。


「死になさーい」

「くそ、くそ、くそ、クソォ!」


 持っている盾で剣を力任せに弾き飛ばし、俺は剣を盗賊の胸に突き入れる。相手は防具を身につけていないため、簡単に肉に剣が突き刺さる。“ゾブリ“という音と共に肉を刺す感触が手に伝わる。

 

「うぉ……ぉ…い、痛い…。い…痛…い」

「あなた、よくも! 殺しますよ!」

「う、う、うるせぇ! うるせぇえええ!」


 男は胸を押さえ、口から血を吐いて絶命した。俺は手に残る感触を忘れないまま、絶叫して別の男へ斬り掛かる。


“ブゥン“


 俺はバットを振るう要領で男の頭を狙ったが、剣は空振りとなり相手の髪を掠めただけとなった。力任せに振るった剣に振り回され、俺は態勢をよろめかせる。その隙に、男は俺の脇腹を力任せになぎ払った。“メシリ“とした鈍痛が脇を襲うが、鎖帷子を断ち切るまでにはいかなかった。


「イッテェじゃねぇか!」


 俺は返す刀で相手の武器を力任せに弾き飛ばし、先ほどより少し下を狙って剣をぶん回した。


 “ド…カツ“


 肉を裂いている途中に何か硬い物に当たったかのような音がする。剣が相手の首半分を切り裂いたのだ。俺の剣は相手の首の骨に止められ、首の両断までにはいかなかった。


「グォ……オォォボォボォゴォボ……」


 剣が相手の呼吸器官を阻害したのか、血泡を吐く男は不気味な呼吸音を挙げながら力なく倒れる。これで二人……二人殺した。生きるために、二人殺した!


「ハハハハ、やるじゃねぇか、地球人。ただの腰抜けマンチキンだと思っていたぜ」

「黙れぇ! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の下品な笑い声に俺は苛立ちを隠せない。キッと睨み付けると、俺は想像だにしていない光景に視線を奪われた。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の右腕があった箇所には重厚な機関銃のようなモノが取り付けられていたからだ。


「よーし、準備は出来たぜ。おい、帽子屋ハッター

「はーい、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さん。何かご用?」

「アリスに契約魔法を掛けろ。アイツの時空魔法に限らず、全部の魔法を使えなくしろ」

「分かりましたー。でも、それだと私の制約も多くなっちゃいますし、容量も一杯一杯になっちゃいますよ〜。多分、私はこれ以上、何も出来なくなっちゃいます〜」

「ああ。構わねぇ。アリスお得意の魔法さえ封じれば、俺に敵う奴なんざいねぇ。もう遊びは終わりだ。この“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“で全員灰にしてやるぜ」


 “荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“?何だそりゃ。完全に近未来兵器だ。どう考えても俺の持つ剣や盾じゃ相手にならない。

 アリスも“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の武装に気づいたのか、焦りの表情を浮かべている。


「やば……。あれは流石にまずいわ。ちょっとゴンスケ、クックロビン。そろそろ引き際かも知れないわ」

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