第十七話 二回目の死亡

 アリスの口からまさかの“撤退“が出る。コイツのことだから、死んでも構わないから突撃すると思っていた。


「アリス、いいのかい? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を目の前にして」

「いいのよ。今の状況ではアイツに勝てないわ。さっきの攻撃が限界よ。それに……」


 アリスが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“をキッと睨む。そして、憎々しげに言い放った。


「アイツにやられるなんてしゃくなんだもん。それならさっさと逃げるわよ」


 なるほど。アリスは“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を嫌っている。負けるくらいなら逃げ出そうと言うことか。


「確かにそうだな。……しかし、逃げるんならもっと早く逃げれば良かったんじゃないのか? そうすれば、俺も人を殺さなくて済んだのに……」

「それじゃぁ、いい映像が取れないじゃない。ギリギリまで抗わないと、腰抜けマンチキンの動画になっちゃうわよ」


 ぐ……こんな時までMovieChが中心か。いや、よそう。それが惑星ネクロポリスことMovieCherの流儀なのだ。文句を言っても理解はされまい。


「それに、ゴンスケ。ただ逃げるだけじゃ無いわ。隙を見て一発かましてやりましょう」


 一発かます? 何だろう。もしかして謎空間に何か不思議アイテムがあるのか。


「アリス。盗賊たちが迫ってくるよ。相手をしている間に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の武器のチャージが終わってしまう。早く引き上げよう」

「オッケー。じゃあ、撤退よ。走って!」


 それだけ言うと、俺たちは敵に背を向けて一目散に走り出した。俺は憎き相手と救えなかった人たちを振り返ることなく全力で走り出す。

 

 だが、それを見て見逃す程、相手もお人好しでは無い。俺の背中から“キュイィィィィイン“と低くこもった機械音が聞こえる。


「逃すか! くらえ」


 “バシュシュシュシュシュ“と何処か抜けた音がすると同時に周りの壁や天井に強力な光の塊が命中する。光の塊は周りを崩壊させ、轟音と共に火山洞窟全体をも揺るがした。


 恐ろしい程の威力だ。俺はたまらずアリスに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が持つ武器を尋ねる。


「ア、ア、アリス! アレなんだよ!?」

「最新鋭の荷電粒子砲よ。ゴンスケ、気をつけて。あんなのに当たったら、体が蒸発しちゃうわ」

「き、気をつけてどうにかなるレベルかぁ!?」


 背中越しでも分かる光と熱の物体が感じられる。武器の命中精度はそれ程高く無いのか、光の塊は周りの環境をひたすら破壊するだけで、いまだに俺には届かない。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は自身の攻撃が当たらないことに苛立っているのか怒声で咆哮を挙げている。


「くそ! 全然当たらねぇ!」

「妙ですね。アリスさん、もしかして」「魔法で攻撃を避けてる?」

「あり得るな。おい、帽子屋ハッター! 早く契約魔法でアリスの魔法を封じろ!」

「そ、それが〜……思った以上に容量不足でアリスさんまで契約を回せないんです〜。原住民さんの契約が無くなれば大丈夫なんですけどぉ、勝手に破棄は出来ないしぃ」


 帽子屋ハッターが右手に装着した謎の武装を弄りながら、モジモジとしている。盗賊たちへの契約が残っている?そんなのさっさと放棄すればいいんじゃ無いのか。破棄できない理由があるのだろうか。

 

 しかし、帽子屋ハッターの言い分は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“には納得がいく道理だったようだ。突如、粗暴な武器を盗賊たちに向けて“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は言い放つ。


「なるほどな……だが、安心しろ、帽子屋ハッター。雑魚どもを殺せば契約は解除だ」


 うねりを上げ、爆音を響かせる武器から眩い光の塊が多数射出される。その塊は盗賊たちを飲み込み一瞬で命を蒸発させた。


「オラオラ、原住民! 邪魔だ邪魔だ! さっさと死ね」

「あ、命中。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、」「今度はあの原住民に当ててみて」

「弾が当たると爆発して綺麗ですねぇ〜」


 背後から盗賊たちの悲鳴と絶望の絶叫が聞こえる。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちは面白い見せ物を見ているかの如く呑気な会話をしている。はっきり言って、不快極まる。


 俺たちは混ざり合う声を背後に置き去りにして走る。徐々に声が遠くに聞こえる。俺は申し訳なさと悔しさが入り混じった感情を押さえ、アリスが魔法で作った光を頼りに火山洞窟を走り抜ける。

 盗賊たちの悲鳴が収まり、遠くでは光の塊が火山洞窟を破壊する音のみとなった時、アリスの様子が変わった。


「ぐっ……帽子屋ハッターの奴、私にハッキングを仕掛けて来たわ……」

「なに! アリス、大丈夫か」

「抵抗したけど……魔法禁止の契約は有効になっちゃったわ。これで魔法はもうダメね。でも、帽子屋ハッターも容量的にこれ以上の契約魔法は無理よ。ある意味、彼女を封じてやったわ」

「容量だって? よく分からんが契約の条件か? でもよ、アリスの契約を解除して俺たちに仕掛けてくる可能性は無いのか?」

「それはありえないわ。契約は無条件に結べても、契約破棄は別よ。もし契約を私の同意無しに破れば、契約破棄の罰則ペナルティが彼女を襲うわ」


 契約破棄の罰則ペナルティ……そうか。帽子屋ハッターが契約を破棄できないと言った意味はそれか。原住民の契約を破棄してまでアリスへの契約魔法を掛けると、自身に何らかの罰則ペナルティが掛かってしまうからだったのか。脳内をハッキングできるなら、破棄だってお手の物かと一瞬思ったけど、現実は甘くないと言うことか。


 契約魔法の一部を理解したからと言って、事態は好転しない。むしろ、事態がどうしようもなく悪化したことを理解したに過ぎなかった。


 だが、アリスやクックロビンはさしてショックを受けてない。むしろ、ここからが勝負といった顔付きをしている。何か策があるのか?


 現状、アリスの魔法が無効になった時点で俺たちの戦力は大幅ダウンだ。相手も帽子屋ハッターの契約魔法を封じられたが、最大戦力と思しき“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は最新兵器で武装して未だにピンピンしている。


 俺の疑問に答え合わせするかの如く、クックロビンが語り始める。


「ゴンスケくん。今こそ君の力を発揮する時だ」

「え? 俺?」

「そうよ。ゴンスケ。何のために魔法触媒射出器マジックランチャーがあると思っているの?」

「魔法? でもよ、俺の魔法触媒射出器マジックランチャーにアリスが使ったような強力な魔法が入ってるのか? そもそも、俺は魔法なんて使ったことないんだけど」

「それは大丈夫さ。君が使うのはたった一つ。シンプルな魔法さ」

「そうよ。今から言う言葉を口に出して。“世界の理に掛けて、我が身を捧げる。火神よ、この身に宿れ……“」

「世界の理に掛けて、我が身を捧げる。火神よ、この身に宿れ……?」


 アリスが魔法の詠唱を伝える途中で、洞窟の奥から“ガシャンガシャン“と重厚な機械を鳴らした音が聞こえて来た。


「くっ、最後の一言なのに……時間が無いわ。クックロビン、お願い」

「僕は時空魔法が苦手だからなぁ。上手く地上まで移動できるかな? ええっと、“世界の理に掛けて……相対座標転移リラティブコードテレポート!」


 “ブン“と言った音が聞こえたかと思ったら、二人が俺の目の前から消えた。え? え ? え? えぇぇええええ!? ど、どこ言ったの? 二人ともぉ!?


 俺は右往左往して辺りを見渡す。どこ? どこ? どこにいるの? 二人とも! アリスさん、クックロビンさん! 俺を置いてかないで!


 俺が大混乱に陥っていると、脳内に妙な声が聞こえて来た。え? なに、これ?


(ゴンスケ、いい? 最後の言葉を教えるわ)

「あ、アリスさーーーーーん! どこにいるのさぁ!」


 アリスだ。アリスの声だ。俺は思わず絶叫した。一体俺を置いてどこに行っちゃったの? 俺は迷子の子供の様に半泣きでアリスの名前を読んだ。


(落ち着いて。私たちは転移魔法を使って地上にいるわ。今話しているのはクックロビンの使う魔法“念話テレパシー“よ。私は今、クックロビンを通してゴンスケに話し掛けてるの)

「テ、テ、テ、テレパシー!? いや、ちょっと待て。それ以前に何で俺を置いていったんだよ!」

(それは作戦のために仕方がなかったのよ。本当はもっと時間があったらよかったんだけど、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が迫って来たから私たちだけ先に戻ったのよ)


 何で先に戻るの?まだまだ相手が来るまで時間があったのに判断早すぎだよ。て言うか俺も一緒に地上に連れてってよ!


(ごめんごめん。ま、“念話テレパシー“で話せるからいいじゃない)

「よくねぇ! それよりも早く俺も地上に連れてってくれよ!」

(何言ってるのよ。これからゴンスケは“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“をブッ飛ばす英雄になるのよ。MovieCher冥利に尽きることよ、これは)

「冥利だって? だからと言って……!」

(これは良い映像になるわよぉ。上手くいけばゴンスケの人気もうなぎ登りね。もしかすると、ファンがつくかもね)

「ファ、ファン? ファンだって?」

(そうよ。ファンよ。ゴンスケ、これが成功したら惑星ネクロポリスに戻ったらモテモテよ)


 モテモテ……先ほどまでの様々な感情によこしまな感情が割り込んできた。怒り…無力感…絶望…悲しみ……俺の心はシリアスな状況につき物の感情に溢れているはずだった。だが、新しく出て来た感情はもっと人間の欲求に忠実なモノだ。


「いいだろう、アリス。続きを言ってくれ。俺が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を何とかしてやろう」

(よし、いいわよ、ゴンスケ。じゃあ、最後の一言を教えるわ。いい? “極大核自爆魔法!“)

「核……? 自爆……? ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!」

(なに?)

「こ、こ、これってもしかして、あの自己犠牲魔法ってヤツだよね? 自分を核爆弾にする魔法の!?」

(そうよ。今の状況なら火山洞窟ごと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を吹き飛ばせるわ。さあ、ゴンスケ。今こそMovieCherの見せ所よ)

「嫌じゃぁあああ! 何でじゃぁあああ!」


 俺は泣きながらアリスに反論する。先ほどまで出て来た感情は既に引っ込み、“生きたい“という感情がトップに躍り出る。


(なんでよ。死んでも生き返れるのよ。痛いのは最初だけよ)

「ならお前が死ねよ! 何で俺なんだよ! し、し、死んで生き返るって言われても、ホイホイ死ねるか。痛いんだぞ!」

(私がやっても意味無いわよ。ゴンスケだから意味があるの。トップMovieCherがどシロートのMovieCherにやっつけられるなんて、最高のシーンよ!)


 唖然とした。それだけ? ねえ、それだけの理由なの? ……いや、この理由は完全にMovieCherの理由だ。一般的な日本人の俺が理解できるべくもない。心の整理が追いつかない俺の背後から野太い声が聞こえて来た。俺は声を聞いてビクリと体を震わす。


「おらーーー、アリスゥ、地球人んん〜、おまけにクックロビン〜! ここがお前らの死に場所だぁ!」


 ヤバイヤバイヤバイ! 絶対ヤバイ! とにかくここから逃げなくては!


 明かりを作り出したアリスがいないため、洞窟内は足元すら見えない暗闇に包まれている。俺は暗闇の中、見えるはずもないのに辺りを見回す。ふと見ると、遠くに明かりが見える。あれは出口の明かりだろうか。くそ、足元が見えないのは不安だが、わずかな希望の光だ。小さな明かりを頼りに俺は走り出した。


 見えない視界の代わりに手足の感触を頼りに四つん這いで先に進む。途中で何度も態勢を崩して膝や肘を擦り剥いたが、気にしていられない。進むんだ。何が起きても進むんだ。


 念話テレパシーでアリスが何か言ってるが、聞いてられるか。むしろ覚えてろ! 後で仕返ししてやる!


「オラオラオラオラァ! どこにいるぅ!」


 “荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“から轟音と共に光の塊が射出され、洞窟内を破壊する。地響きと共に岩壁が崩壊し、俺の周りに大小の石が落ちてくる。火山洞窟自体も“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“の影響で地盤が活性化したのか小刻みに地震が起き始めている。


「ヒイィイイイ!」


 俺の絶叫が洞窟内にこだまする。畜生、なんて威力だ。このまま死ぬくらいなら、本当に自己犠牲魔法をぶち当ててやろうか!

 

 その時、俺の足元が大きく地割れを起こした。

 え? と思った時には遅かった。俺は真っ逆さまに地割れに落ち、逆巻く溶岩だまりに落ちてしまったのだ。


「あっちいいいいいいいいぃ!」


 俺の絶叫が洞窟内にこだまする。遠くなる意識の中、俺は“また死んでしまった“と思ったのだった。


── 

─── 

『バカす』

『アホす』

『草』


 俺の死に様をアップした動画につけられているコメントが辛辣だ。PV数は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の動画の“関連動画“として扱われているため、おこぼれなのか悪くない。アイツに施しを受けたみたいでムカつくぜ。


「あーあ。もう少しだったのになぁ」


 傍にいるアリスの呑気な言葉を聞き、俺は怒りを通り越して、呆れが湧いて来た。

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