第十八話 燃える思い

「ゴンスケ、また火吹き山に行くわよ」

「えぇ〜? 何でだよぉ?」


 火吹き山で俺が死亡してから二日ほど経過したある日、カフェで黒銀茶を飲んでいるところにアリスが現れた。アリスはまたもや火吹き山に行きたいらしい。まったく持って懲りない奴だ。


 それよりも、俺は火吹き山と聞いて、マグマだまりで全身が焼ける感触を思い出してしまい、身の毛がよだった。おまけに死んでから体の調子が非常に悪く、肩が凝ってしょうがない。なんか反応も鈍くなったのか、ちょっとした段差でも足が引っ掛かることが多い。


 女医先生に聞いたところ、死亡時の遺伝子コピーミスで不利益デスペナルティを受けてしまったとのことだ。今の俺は筋肉や知覚に身体異常バッドステータスが生じている。しばらくすると自然治癒するとのことなので、俺はここ二日ばかりゆったりして過ごしていた。

 

 気怠い感覚を押しながら、無駄に元気なアリスの言い分を聞いてみた。


「“なんで?“ って、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“をぶっ飛ばすためよ」

「……アイツ、まだ火吹き山にいるの? 惑星ダンジョンって時間の経過が早いんだよな。何年いるんだよ」

「何言ってるのよ。オークランドと違って火吹き山は比較的時間の流れが惑星ネクロポリスと近いのよ。ここの一日が火吹き山では十日くらいよ」

 

 なんだ、オークランドと大分違うな。ということは、俺が死んでから火吹き山では二十日しか経ってないのか。


「で? 行ってどうするんだ? まさか“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とまた戦うなんて言わないだろうな?」

「そのまさかよ! やられっぱなしなんて悔しくないの!」

「まあ……悔しいけど。でも、あんな兵器に勝てる気がしねぇよ。それにまた火吹き山に行って“自己犠牲魔法を使え“なんてゴメンだぞ」

「自己犠牲魔法は止めたわ。それよりも、今度は原住民の協力を得るのよ」

「……原住民が無駄に死ぬんじゃねぇの?」


 火山洞窟で“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に惨殺された盗賊たちを思い出す。別に彼らに思い入れがあるワケではない。


 ただ、目の前で可哀想な人たちが何もできず死ぬ姿を見たくないだけだ。……俺が見てなくても死ぬ人は死ぬかもしれないけど。


 それに今の俺は完全に火吹き山に興味を失っていた。自分の努力が報われない結果を目の当たりにしたことと、あの“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とか言うおっかない奴に会いたくないからだった。


 俺はアリスに素っ気ない態度を向けてため息を吐く。どうせなら、もっと楽な惑星ダンジョンに行きたいものだ……


 俺は黒銀茶を飲みながら、アリスを無視して空飛ぶ車が行き交う光景を漫然と眺めていた。そんな俺の態度に少し呆れたのか、アリスはぶっきら棒に俺の感情を波立たせることを言った。


「無駄死になんて、もう起きてるわよ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の奴、火吹き山で原住民を殺しまくってるわよ」

「え?」


 俺の疑問に対して、アリスが無言でMovieChを映し出す。しばらくすると、空間上に妙なタイトルをつけた動画が始まり、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちの姿が映し出された。


『力こそがすべて! はい、みなさんこんにちは。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“です。今回は地球人を追って火吹き山に来てみました』


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、帽子屋ハッターダムディーといった火山洞窟で出会った四人組が映し出される。軽快で珍妙な出囃子を見せられ、若干面食らった。しかし、この出囃子の軽快さとは裏腹に、次に彼らが述べた内容は非常に危険極まりないものだった。


『地球人と遊ぶ前に、まずは私たちに絡んで来た文明度が足らない野蛮な原住民をしつけに行きまーす』

『最初は社会性皆無の盗賊とか言う生態を持つ原住民をしつけします』『その後は治安維持を放棄している無能な原住民の群れをしつけします』

『と、言うことで、いつもの行ってみましょう。"おう、MovieChの前のみんな。俺の活躍をしっかり見てろよ"』


 

 

 動画に映し出されたのは、俺たちが行った火山洞窟だ。入り口には盗賊の男が一人で見張りをしている。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は手始めに見張りをしている盗賊を襲撃する。アイツは光を放つ謎の兵器を使い、男を灰に変える。その背後では帽子屋ハッターダムディーが拍手で讃えていた。“どこに褒めるところがあったのか“と俺は吐き捨てる。


 洞窟内部では突如現れたミミズ状の“ファイアワーム“を謎の光学兵器でバラバラに切り裂いた。まるで相手にならない。


 しかし、この光景を見て、アリスたちが“ファイアワーム“の死体で何かを感づいた理由が分かる。

 “ファイアワーム“の死体の切り口には“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の持つ光学兵器で焼け焦げた跡が付いていたからだ。──“奥にいる奴は相当楽しめる“──今更ながらアリスの言っていた意味が分かる。


 動画はなおも続く。次に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちが洞窟の奥で出会でくわしたのは盗賊の集団だ。盗賊たちは奴らに対抗するため、簡易的な陣地に立て篭もって交戦していた。

 しかし、少しばかり善戦したが、最後は帽子屋ハッターの契約魔法であっけなく屈した。


 ……その後は俺が知る通りの流れだ。くそっ!


 動画では俺を見失って悔しがる“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が映っている。アイツ、結局溶岩だまりに落ちた俺を見つけられなかったのか。アイツの悔しがっている顔だけは溜飲が下がる。ざまあ見ろ。


 しかし、俺のちっぽけな自己満足もその後の動画で吹き飛んだ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はと称して火吹き山の街や村を襲い始めたのだ。


 当然ながら原住民たちは反抗する。しかし、剣・槍・弓・斧といった原始的な武器では“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちに敵うべくも無い。無残に死体の山を積み上げるだけだった。


「アイツ……なんてひどいことを…!」

「これが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の虐殺動画ジェノサイドよ。ムカつくでしょ?」

「ああ……ああ! 十分にムカつくよ!」


 俺は声を荒げて返事をした。動画の中では“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“が火吹き山の軍隊を一瞬で消滅させる。街の中では逃げ惑う人々が流れ弾に当たって消し飛ぶ動画が流れる。

 ひどい……なんてひどいことをするんだ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 俺は消えかけていた怒りの炎が心の奥底で再燃するのを感じた。


「原住民を殺しまくったら、動画の華が無くなっちゃうわ。原住民からの依頼で冒険をこなすのが結構人気なのに」

「う……そうか」


 アリスの一言で俺の炎が若干揺らいだ。コイツといると何だか俺の怒りが独りよがりの思いに感じる。


「しかし、アリスよぉ……。確かに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はムカつくけど、あんな武器を持つ相手にどうするんだ? まさか、俺たちも最新兵器で武装するのか?」

「それじゃあ、つまんないわよ。私たちはあくまで剣と盾、それに魔法が中心のMovieCherよ。だから、原住民たちと協力してアイツをぶっ飛ばすのよ」

「協力って……と?」


 俺は動画で“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に蹴散らされる軍隊を指差す。吹き飛ばされる軍隊を見て、アリスは首を縦に振って肯定する。アリスの何も考えて無さそうな反応を見て、俺は大きく嘆息した。

 彼らは“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に全然歯が立ってない。こんな連中と協力しても勝ち目なんかまったく見えない。


「ふふん。ゴンスケ、任しておいて。私に一計があるわ。それよりもゴンスケ、アンタはもうちょっと戦闘スキルを覚えた方がいいわ」

「あん? 戦闘スキル?」

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