第十五話 策の内

 アリスの額に汗が流れる。呼吸も鼻から出なく口に変わっている。いつもは人を食う態度で相手を舐めまくってるアリスだけに、今の緊迫した状態は俺を不安にさせる。


「ア、アリス……」

「あ、ゴンスケ。大丈夫、大丈夫よ。少し想定から外れていただけ。すぐになんとかするから」


 まるで自分に言い聞かせる口調で俺に言葉を返す。

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“だけでなく帽子屋ハッターダムディーといったイレギュラーの登場がアリスの計算を狂わせたのか、心の動揺を隠しきれてない。


 アリスとは対照的に"蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は余裕溢れる表情で言い放つ。先程までアリスの青白く光る剣に驚いて狼狽していたくせに!


「ふははは、アリスよぉ〜。虎の子のエレニウムブレードを避けられて気分はどうだ? 顔色が悪いぜ、大丈夫かい?」

「うっさいわね! はぁっ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の挑発に煽られてアリスが青白い剣"エレニウムブレード"を振るう。またもや切っ先が何処かに消える。


「無駄だぜ、ダムディーがいるんだ。お前の時空魔法だって意味がねえ」

「座標をずらして」「刃を躱す」

「アリスさん、無駄ですよ〜」


 "蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちがケタケタとアリスを笑う。しかし、アリスは剣を振るうことを止めない。一振り、二振り、三振り……


 振れば振る程、アリスの顔色が悪くなり、動きも鈍くなる。おかしい、アリスの顔色が悪いのは、"蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“達に対策を打たれた焦りからだと思っていた。しかし、焦りだけで、あそこまで体調が悪化するのだろうか。もしかして、あの青白い剣が原因か?


 俺は遅まきながらアリスの不調の原因に気付いた。しかし、時既に遅く、八度目の剣を振り終わった後、アリスは膝を突く。息は荒く、額からは滝の様な汗が流れている。体がぐらつき、今にも倒れんばかりだ。


 焦った俺は、倒れ行く彼女の肩に手を伸ばそうとする。しかし、俺よりも早くクックロビンが走り込み、アリスを支える。


「アリス、あんなに長時間エレニウムブレードを使うなんて、無茶だよ。被曝死しちゃうよ」

「ふふ、ちょっとやり過ぎたかしら」


 ぬぅ、クックロビンにお株を取られたか。しかし、被曝死だって?もしかして、あの剣は放射性物質で出来ているのか?


 アリスはトロンとした目でクックロビンを見る。そして、若干惚けた表情を見せ、クックロビンの頬に手を寄せる。


「でも、クックロビンがいるから安心して無茶できるわ。早く……お願い」

「ああ、任せてよ」

 

 な、なんだか怪しげな雰囲気だな……と、思っていたら、クックロビンはアリスの顎を軽く持ち上げ……そして口づけをした。


「な、な、な、な、な!?」


 突然のことに俺は頭が真っ白になった。な、何をしてるんですか、お前たち!やっぱり、そう言う関係だったのか!?


 俺がアワアワしている間にも口づけは続く。時間としては数秒の短い時間だったかも知れない。だが、置いてけぼりで二人のを見せつけられた俺は、数分、数十分にも感じた。

 俺の混乱が収まらないまま、が終わった二人は、重ねた唇を離した。


「ふぅ。ありがとう、クックロビン。少しばかり楽になったわ」

「体内の放射性物質除去ラッドアウェイは出来たから、内部被曝は大丈夫だよ。でも、体にはまだ放射線物質が付いているから、早く戻って体を洗わないとね」

「へ?」


 内部被曝?どう言うことだ?確かに先ほど被曝死についてクックロビンが言及していたけど、あの青白い剣から発せられる放射線についての話だったんじゃないのか?


 俺が混乱していると、クックロビンがアリスに回復アンプルを渡した。


「はい、アリス。回復アンプルだよ。放射性物質は除去できたけど、被曝による細胞ダメージは残っているからね。回復アンプルを使って回復して」

「あ、あの〜……ちょっといい?」


 アリスとクックロビンの会話に割り込み、俺は疑問を投げつける。一体どうなってるんだ。


「内部被曝って…どうしてそうなってるんだ? さっきの剣、“エレニウムブレード“って言ったっけ? あれが関係してるのか?」

「そうそう。私のエレニウムブレードはチョット特殊なの。切れ味と精神感応テレパス強度は抜群の剣なんだけど、放射性物質で出来ているから使えば使う程、命に関わるのよね」

「で、でも内部被曝ってなんでだ? 別に放射性物質を飲み込んだワケじゃないだろ? 一体何故……」

「そうだ。ゴンスケくんもアリスの近くにいたよね。念のためだから、君も放射性物質除去ラッドアウェイをしようか」

「え?」


 クックロビンが俺に近づいてきた。え? なんで? 一体何をするつもりだ。まさか、まさか!


 “ガシリ“


 クックロビンが俺の手を掴む。俺は次に起こる状況を察してしまい、軽く“ヒッ“と声を挙げてしまった。


 “ブチュウゥゥゥゥ“


 ドイツの科学力が産んだ掃除機の如く、クックロビンが俺の唇を奪う。ウヒョォオオオ! や、止めてぇえええ!


「エレニウムブレードってのはね、“エレニウム456“って言う放射性物質の元素で形成した剣なの。精神感応テレパス強度が高く、私の時空魔法との相性は抜群なんだけど、一点問題があるの。それはね、魔法を掛けると原子間の結合エネルギーが極度に減少しちゃう特性があるんだ。だから、私の時空魔法を使って一振りすると、剥離したエレニウム456が辺り一面に散らばっちゃうんだよね」


 アリスは回復アンプルを打ちながら淡々と説明をし始める。俺はクックロビンとの熱い口づけに脳を溶かされながら、何故に内部被曝の話が出てきたのか理解した。


 “剥離したエレニウム456“……目には見えなかったが、アリスの一振りで大気中に放射性物質がばら撒かれていたということだ。それに、時空魔法とさらっと言ったが、空間を飛び越えて剣が振るわれるなんて、すごい魔法を使えるものだな。


 クックロビンは俺の体内からエレニウム456をすべて吸い尽くしたのか、唇を離す。うぅ……助かったけど、エレニウム456以外に俺は心の何かを吸い尽くされた感じがした。俺はいつしかクックロビンを乙女の表情で見つめていた。


「おい、お前ら。用事は済んだか?」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が声を掛けてきた。相変わらず余裕の表情だ。

 そう言えば、コイツらわざわざ俺たちが放射線物質除去ラッドアウェイをしている間にずっと待っていたのか。せっかくのチャンスだったのに、原住民をけしかけもしなかった。一体何が狙いだ。


「待たせてもらう間、いい映像を撮らせてもらったぜ。地球人が男にキスされて惚ける姿がなぁ。色々脚色つけてMovieChに投稿してやるぜ」

「げ!」

「何言ってるのよ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! その動画は私たちも投稿する予定なのよ。それに、男が男を好きになって何が悪いのよ! 愛の形は千差万別よ!」


 アリスさーーーーーん! フォローになってないよぉ! 確かに言い分はもっともだと思うけど、今回に限っては違うんだよ!


「ぅお……確かにアリスの言う通りだ。トップMovieCherである俺としたことが、恥じ入るばかりだ。地球人、頑張れよ」


 なんでそんなところだけ理解が早くて優しいんだよ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!

 あ、止めろクックロビン。うっとりした目で俺を見るな、止めて下さい。


「だが地球人……お前の愛は死んでから考えなぁ! 原住民、何している! 早く殺れ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の一声に盗賊たちが態勢を取り直して武器を強く握る。くっ……結局、俺たちの強さを盗賊たちに見せつけることが出来なかった。このままだと、コイツらと戦わざるを得ない。


「あれ? おかしいな。私たちの時空障壁への」「アクセス記録ログが少ない気がする」


 その時、ダムディーたちから疑問の声が漏れる。記録ログ?なんの話だ。ふと傍にいるアリスを見ると、不敵な笑みを浮かべている。何やら心当たりがあるみたいだ。


「ふっふっふっ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“〜。私が何にも考えずに同じことを繰り返すと思う? 私がこうやって腕を組んで余裕なのは……」


 突如、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たちの足元から堅い物を破壊する音が聞こえる。


「作戦は既に終わって、アンタたちが嵌ってるからよ!」


 アリスがビシリと指を“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に向ける。それと同時に彼らの地面が“ズガガガン“と音を立てて崩壊した。


「ぬぉおおおお!」

「はわわわ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん、足元が〜」

「そうか、しまった。一部の剣撃の時間を変えてたのね」「おまけに私たちでなく、岩盤を狙うなんて、障壁の想定座標と違うわ」

 

 時間?もしかして、アリスが振るった剣の幾つかは時間を超えて今出現したのか?魔法とはよく言ったものだ。空間と時間の両方に干渉出来るなんて、地球の科学では理解できない。


 突如の出来事で回避できなかったのか“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“たち四人は岩盤の崩壊に呑み込まれる。全員が折り重なる岩の下敷きになり、身動きが取れなくなった。


「くそ! おい、ダムディー! 岩を転移テレポートさせろ」

「わかった」「今やるよ」


 彼らを押し包む岩が“ビュン“という音と共に目の前から消える。言葉の通り岩を何処かにテレポートしたと分かる。先ほどから見ていると、あのダムディーとか言うのは空間を操る能力に長けているようだ。その力が超科学に拠るものか魔法なのかは分からない。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の体から岩が離れて自由になる。まんまと策に嵌められて怒り心頭なのか顔には血管がピクピクと浮かんでいる。


「ぐくぅ、帽子屋ハッターダムディーがいると思って油断したぜ」

「油断? 今は油断してないって言うの?」

「あん! ま、まさか!」


 アリスの一言で“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は、自身の過ちに気付くには遅過ぎた。突如として青白い剣先が空間に出現したのだ。


「し、しまった。ダム……」

「遅いわ!」


 アリスの言葉通り、すべてが遅過ぎた。青白い剣先は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の右腕を肩の付根から刎ね飛ばしたのだ。


「うおおおぉおおぉ!」

「うわーん、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんの右手が無くなっちゃったよー」


 帽子屋ハッターが悲しそうな声を上げる。悲壮感が薄く聞こえるのは、右腕が無くなっても惑星ネクロポリスの医療技術ならば、問題無いことを理解しているからだろうか。


「どう? ゴンスケ。私の剣捌き。中々いい映像が撮れたでしょ?」


 アリスが笑みを向ける。俺はアリスの笑みに右手の親指を立て、“最高“を示すポーズで返した。


 そして、俺たちの攻防を見て、盗賊たちの動きが止まる。アリスの一撃が場の情勢を一変させたのだ。


 今、盗賊たちは思っているだろう。俺たちが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に打ち勝ち、自分たちを救ってくれる存在である、と。

 最初はまったく信じてくれなかったが、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“陣営が俺たちに押されている状況を見て、盗賊たちは俺の言葉を信じ始めていた。


 盗賊たちは俺たちに恐る恐る話し掛ける。


「ほ、本当に助けてくれやがるのか? 凡骨」


 う……助けて欲しい口調じゃないな。いや、俺は脳内チップのせいで丁寧な言葉が汚く変換されてしまうんだ。言い換えれば、この汚い言葉は、盗賊たちが俺を信じて丁寧な言葉遣いで話し掛けてきたことの証左だ。よし、いいぞ。これで哀れな盗賊たちと戦わなくて済む。


「お、俺はお前を信じるぞ、脳まで筋肉詰まってそうだが、お前なら信用できる」


 う……結構傷つくなぁ。


 俺の心のダメージは置いておいて、目の前にいる盗賊が斧をゆっくりと下げた。そして、そのまま静かに武器を地面に下ろし、両手を上げて無抵抗の態度を示す。


 やった。まずは一人だ。暫くすれば、他のみんなも抵抗を止めてくれるはずだ。


 だが……


「あぁ〜! それは契約違反ですよ、原住民さん。制裁発動です」


 帽子屋ハッターの一言で事態はまたもや急転する。

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