第十四話 説得

「死んでくださいぃ!」


 俺が眼鏡型装置アイウェアの爆発に気を取られていると、盗賊の一人が斬り掛かってきた。先ほど能力ステータスを確認したヌーマとか言う剣士だ。脳内チップの誤作動だとしても、丁寧に殺意を向けられると違和感を感じる。


「おわ!」


 俺は慌てて盾で庇う。“ガツン“と鈍い音がして、剣を受け止めた。だが、ヌーマは攻撃を止まない。ギリギリと剣を押しつけ、金属が擦り合う音が盾から聞こえた。どうやら力任せに押し切ろうと考えているみたいだ。だが、甘い。


「パワー!」

「ぐあっ!」


 俺は盾を力任せに押しやりヌーマを弾き飛ばした。ふん、ビッグ3の合計が400に達する俺に、力で対抗するなど十年早い。


「地球人、やるじゃねぇか。おい、原住民ども。あの筋肉バカを殺れ。アイツ一人を殺したら全員助けてやる」

 

 おーーーーーい! 待ってくれ、話が違う! 俺たちの内、誰かを殺せば一人解放するって話だったろ。これでは、盗賊たちの狙う先がアリスやクックロビンに分散してくれず、俺へ集中しちゃうじゃないか。

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“め、どうせならアリスを狙うように盗賊たちに言ってくれよ。それならば、全員がアリスに向かって行って、返り討ちにあったのに。


 盗賊たちは血走った目で俺を見る。荒い息づかいからは、強い命への欲求が感じられた。そんな彼らを嘲笑うかの如く、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は下卑た笑みを浮かべて盗賊たちを急き立てる。


「オラァ、早く行けよ、原住民!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に急かされ、盗賊たちが一歩、また一歩と近寄ってくる。彼らの足取りは重く、絶望感に溢れていた。


 くそ、こんな相手を殺すのか! なんてことだ。


 いや、待てよ。殺す……? 俺はコイツらを殺さなくてはいけないのか? 俺は頭の中で流れる考えが、現状の最適解なのか疑問に思った。


 今、盗賊たちは俺を殺そうとにじり寄って来ている。この状況ならば“相手を殺さなくては、己が命は助からない“と誰しもが思うに違いない。

 しかし、相手を殺すこと以外に道はないのか? 本当に殺すことが正しい考えなのだろうか。当然、アリスならば躊躇ちゅうちょなく盗賊たち全員をぶっ殺すに違いない。しかし、俺ならば如何だろうか? 殺す以外に道はないのだろうか。


 今更何を言うと思う者もいるだろう。そもそも、俺は人殺しをするために、盗賊たちのアジトである火山洞窟に来たのではないか。正義感ぶる偽善者め、となじる者もいるに違いない。


 確かに、俺は人を殺すために盗賊たちのアジトに来たのだ。しかも“動画撮影のため“という迷惑系Youtuberも真っ青な理由だ。

 ついさっきまでの俺は、嫌々ながら盗賊たちを殺すことは正しい行為だと思っていた。治安を荒らし、人々に危害を与える盗賊ならば、殺すのも仕方が無いと自己欺瞞で己を隠していた。


 だが、目の前にいるのは圧倒的強者により虫ケラの如く殺され、怯える人だ。如何に悪人だろうと、戦意が無く絶望した相手を殺すなんて、殺人鬼のすることだ。

 俺はこれからもMovieCherとして活動する限り、生命を殺す。殺すに違いない。だが、無闇に殺しなどしたくない。俺は殺しを楽しまない。生きるために仕方なく殺すのだ……と思いたい。


 自分の考えと行動にギャップを感じた俺は、思わず盗賊たちに向かって大きな声を上げた。


「おい、お前ら聞いてくれ! 俺たちは後ろの奴を倒しにきたんだ。武器を下ろしてくれ。お前たちに危害を加えるつもりはない」

「うぅぅ、う、う、う、うるさいです! あ、あ、あ、あなたを殺さなければ、私たちが殺されるのです!」


 ガタガタと膝を鳴らしながら、斧を持つ男がどもりながら反論する。完全に恐怖に支配されているためか、俺の言葉に聞く耳を持っていない。

 だが、諦めてはいけない。ここで諦めれば、盗賊たちを全員殺す羽目になってしまう。俺は惑星ネクロポリスのクレイジーな奴らと違うんだ。

 

「頼む! 本当だ。信じてくれ。俺とアイツらのやりとりを見てれば分かるだろう!? 俺たちの本当の敵はアンタらじゃないんだ。殺す気はない!」

「し、し、信じるものですか! そそそそれに、わ、わ、私たちはあなたを殺せば助かるんです! ぶぶぶぶ、ぶっ殺して差し上げます!」


 だめだ。全然話にならない。どうしようか……どうすればいい?


 その時、アリスが声を掛けてきた。なんだ?何かいい案があるのか? 俺は期待を持ってアリスの言葉に耳を傾けた。


「ゴンスケ、いい調子ね。相手を油断させて一気にやるつもりね?」

「バ、バカやろう! そんなワケないだろう?」


 なんて言う奴だ。この状況を見てもなんとも思わないのか!


 いや、違う。相手に殺意を向けられているのに、相手をおもんばかる俺がおかしいのかも知れない。生きるために戦うのは、生き物として当然の自己防衛だ。

 だが、この場は違う。俺は生き物の本能より俺の道理に従うんだ。


「アリス、俺はどうしたらいい? アイツらは脅されているだけなんだ。あんなに怯えている人を殺すなんて、俺にはできない」

「ふぅーん」

「頼む、アリス。何か方法ないか? 俺たちが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に対抗できると信じさせる方法だよ。俺たちが強ければ、アイツらも“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の言うことなんて聞かないはずだ」

「あんな奴らを助けてどうするの? また地球の理屈ね」


 アリスは半ば呆れた表情を見せる。アリスの言う事も分かる。この盗賊たちを助けて、彼らが改心するとは限らない。結果として、俺の自己満足にしかならない可能性は否定できない。


 アリスは軽く息を吐いて言葉を続ける。


「ま、オークランドでは結果として、いい動画を撮れたしね。また何か起こるかもしれないし、協力してあげる」

「本当か!」

「このアリス様にまかせて」


 アリスは謎空間を出現させ、手に持った剣を放り込んだ。そして、代わりに別の剣を取り出した。新しく取り出した剣は青白い光を放ち、どことなく荘厳さを感じさせる。

 アリスは新しい剣を“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に向け、毅然とした態度で言い放った。


「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 覚悟しなさい」

「ぐ……テメェ、アリス! を使うつもりか」

「わ、わ、わ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん。アリスさん、本気ですよ。どうしましょう〜」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と帽子屋ハッターが慌て出した。なんだ? 一体この剣にどんな効果があるんだ?


「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! まずはアンタの腕をもらうわ!」

「くっ……原住民! そいつを止めろ!」

 

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の声に釣られて、盗賊たちがアリスに斬り掛かる。アリスは盗賊たちを無視して何やら呟いている。どうやら魔法を使用するつもりみたいだ。だが、このままでは魔法の詠唱が終わる前に盗賊たちにやられてしまう。


 その時、後方から矢が飛んできた。矢は盗賊たちの足元の岩盤を貫き、強い光と音を鳴り響かせた。


「うォォ!?」

「ぐぁあ!」


 盗賊たちから声が上がる。強烈な光と音で盗賊たちは視力と聴覚を失い、平衡感覚がおかしくなって倒れ込んだ。


「アリス。今のうちだよ」


 俺の少し後ろからクックロビンらしき声が聞こえる。どうやら彼が何かをしたと分かる。おそらくだが、クックロビンが放った矢にスタングレネードのような効果があったみたいだ。


「ナイスよ、クックロビン。さあ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 覚悟しなさい」

 

 宣言と共にアリスが何もない空間に剣を振るう。剣は青白い光を瞬かせながら、虚空を舞う。一体何をしているかと思ったがよく見ると先端部分が消えている。

 一体どうなっているのか、と思った刹那、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の真横に青白い剣が出現した。


「その腕、もらった!」


 先ほど唱えていた魔法の効果なのだろうか。理屈は分からないが、アリスの剣は空間を飛び越えて“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に襲い掛かる。


「おい! ダムディー、なんとかしろ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の怒声にアリスが一瞬ピクリとした。


 しかし、青白い剣は止まらない。次元を斬り裂き、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の右腕を斬り落とした……かに見えた。


 剣は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の腕をすり抜け、空しく虚空を舞う。どういう事だ?何故に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は無事なんだ。


 その時、俺の混乱を晴らすかの様に再び暗闇から声が聞こえた。


「僕たちの」「次元操作が」


 声の主はカツンカツンと地面を硬い靴で鳴らしながら歩いてくる。区切られた言葉は同じ声に聞こえるが、少しばかり違和感を感じる。


 暗闇の奥から白い靴と青い靴が見える。靴の数は二足……そう、声の主は二人組だった。


「間に合ったね」「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“」


 同じ顔、同じ背丈、同じ声……違うのは白と青の服装と胸の膨らみくらいだ。


 二人とも中性的な顔立ちをしている。男か女か判別がつかない。辛うじて分かるのは、白い服の相手は胸があり、女性であると言う事だけだ。


帽子屋ハッターだけでも厄介なのに、なんでこいつらもいるのよ!」


 アリスが珍しく焦っている。いや、珍しいというより、こと戦闘において、アリスの焦りを初めて見た。


 アリスの言葉に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はニヤリと野蛮な笑みで返した。


「お前がいると分かってるんだ。対策を怠るなんざ、トップMovieCherの俺がするワケないだろ?」


 アリスの顔から完全に余裕が消えた瞬間だった。

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