第十話 オーク討伐
俺たちは若者に連れられ、村の中ではとりわけ大きな家に案内された。家の中に入ると、白い髭を
村人たちは皆一様に険しい顔をしている。その表情から、村がどれほどオークによる被害を受けているのか察するに余りある。そんな大人たちの悩みなど気にも留めてないのか、子供たちは周りを無邪気に走り回っている。
若者が俺たちを玄関に留め置き、白い髭の老人の元に向かう。そして、何やら耳打ちをしているかと思うと、老人が飛び跳ねて俺たちの方に向かってきた。
「アリス様!……お久しぶりです。もう十年は経つでしょうか。相変わらずお美しい」
「あれ? もうそんなに経ったっけ」
「ええ、ええ。もう十年も前です。アリス様のおかげで私の村は救われました。その節は大変ありがとうございました」
“私の村“、か。言葉の端から考えるに、この老人が村の村長なのだろうか。若者が老人のみに耳打ちしたのも、他の村人に聞かれたくない内容があったのだろう。
若者と同じく、アリスは村長とも顔馴染みだった。村長はアリスに対して、上にも置かない態度で接している。深い事情は分からないけど、十年前にアリスが村を救った英雄なのは話の内容から理解できた。
村長がアリスと談笑している間、俺はただ呆然と見てるしかなかった。俺は居心地の悪さを覚え、辺りを忙しなく眺めるしかできなかった。
部屋には木でできた質素な調度品が数点あるのみで、村長の家と言えども贅沢な生活レベルとは思えなかった。それに、調度品の出来具合を見ても、お世辞にも文明度が高いとは思えなかった。
俺が奥の調度品に目を向けると、子供に目があった。子供は俺に気づくとキョトンとした目を向ける。
おっと、この目は知らない人がいてビックリしている目だな。俺は怖がらせないために、笑顔を作り、手を振った。
“ガッ“
「痛ぁい!」
俺の額に衝撃が走る。何やら小さな塊が飛んできたみたいだ。なんだ、一体。
額に手を当てると鈍痛がするが、血は出ていない。足元に目をやると、小さな石が落ちていた。
石? いったいどこから?
驚いて顔を上げると、子供が憎々しげに俺を見ている。手には小さな石らしき塊を数点持っている。
俺があげた声に気づいたのか、村長や村人たちが一斉に俺を見る。その目には少なくない驚きと恐怖、それに憎悪が
「ア、アリス様……。こやつは一体…」
「ああ。ゴンスケよ、ゴンスケ。私の仲間ね。みんなよろしくね」
アリスは当たり前の様に俺を紹介する。いや、名前だけじゃなくて、もっと説明して欲しいんだが…… 。仕方がない、細かなところは俺がしよう。
俺は少し前に出て、頭をかきながら挨拶をしようとすると……
「ペッ」
俺の顔面に村長がいきなり唾を吐き掛けてきた。ひどい!
「アリス様! こやつはオークではないですか? 何故この様な輩を引き連れておるのです!?」
「別にいいじゃん」
おい、そんな理由はないだろう。村人たちが返答に困っているぞ。オークは村を襲う存在なんだから、ちゃんと説明しろよ。……って言うより、まずは俺が人間だと説明してくれ。
「わ、分かりました。ま、まぁ、アリス様がそう仰るなら、大丈夫なのでしょう……」
村長が渋々ながら納得している。いや、絶対に納得してないな、この表情は……。村の恩人のアリスだから仕方無く許してるだけに見えるな。
「それよりも、アリス様。立ち話もなんですので、奥までどうぞ」
───
──
─
アリスは、村長と村人たちと丸机を囲みながら、何やら昔話を楽しんでいるようだ。
彼らの手元には湯気が昇る飲み物が配膳されたが、誰も手をつけてない。積もる話がありすぎて、飲み物を飲むことさえ忘れている。
一方の俺は、正座をして待っている。まるで授業中に騒いで怒られた
横には俺に矢を射掛けてきた若者が直立不動の姿勢で待機している。若者からは凄まじい悪意の視線を向けられており、目が合うと身震いしたくなる。
しかし、悪意に満ちた視線はまだマシな方だ。村長の家の
なんだって、こんな仕打ちに合うんだ。
俺は屈辱と石の痛みに耐えながら、アリスたちの会話に聞き耳を立てる。どうやら昔話が終わって、村の現状について会話しているところだった。
村長は昔話の時とは打って変わって神妙な面持ちになっている。最初に家に入った時、オークたちの被害について話している表情と同じだった。
「実は、アリス様がオークの部族を討伐してから数年後、部族長の息子を名乗る新手が現れたのです」
「そうなの? それは大変ねぇ」
「部族長の息子、アグナロックは散会していたオークたちをまとめあげ、新たな部族を作りました。その規模は十年前とは比べものになりません」
「そうなの? 厄介ね」
「はい、そうなのです」
その言葉を最後に、重い沈黙が流れる。
村長は次に続く言葉を投げかけてよいのか
数秒の沈黙の後、絞り出す様な声で村長はアリスに嘆願した。
「……アリス様、無理を承知でお願いします。十年前と同じく、我らにご助力願えませんでしょうか。オークたちの討伐に、あなた様のお力が必要なのです」
「オッケー」
軽い。軽すぎる。
あまりの軽さに村長もポカンとしてるぞ。もっと、こう、相手の重さを受け止める応え方があるだろう!?
「お、おお。流石はアリス様。十年前と変わらず、軽い……基い、ご判断の速さは感嘆を覚えます」
「そうでしょ。即断即決が我がモットー。やらぬ後悔より、やって後悔するタイプなの」
「……それは考え無しのバカじゃないのか?」
しまった。思わず声が出てしまった。アリスから冷たい視線が飛んできた。と、同時に首筋を掴まれ、床に引き倒される。
「オークよ。何をほざいたか知らぬが、アリス様に失礼だろう? このまま首を捻じ切ってやろうか」
先ほどの若者だ。首根っこを掴まれて身動きが出来ない。くそ、不用意な発言が裏目に出た。どうやら俺もやって後悔するタイプだったみたいだ。
「シセロ、止めろ。オークとは言え、アリス様の持ち物だぞ。お前がどうこう出来る権利はない」
「チッ…、オークよ、命拾いしたな」
村長の一声で若者ことシセロが俺の首を離す。くそぅ、情けないぜ。下唇を噛んで悔しがっていると、アリスが俺を覗き込む。何故か笑っている様に見えるのは気のせいか?
「ねぇ、ゴンスケ。さっきから何で現地語で話さないの?」
「現地語? 何だよ。ちゃんと話してるぞ」
「ん? あ、もしかして」
「なんだ? 何か心当たりがあるのか?」
「うん。多分だけど、脳内デバイスでの
「ラグ……? そう言えば、周りの人の声も口の開きと音の入りが少しずれている気がするな」
村長や若者の口元を見る。確かに、とある腹話術師みたく声が遅れて聞こえる。これがラグか?
「ヒアリングはラグがあっても、いったん耳に入れてから、少し遅れて翻訳すればいいの。だけど、スピーキングは発声時に即時翻訳しなくてはいけないから、ラグのせいで変換出来ずに、そのまま日本語で出ちゃっているみたい」
「そうなのか。通りで話は聞こえても言葉が通じない訳だな。でも、なんでラグが生じてるんだ?」
「ゴンスケの脳内デバイスに付いている
「日本語を地方の方言みたく言うなぃ。でも、どうやったら上手くしゃべれるんだ?」
「ネクロポリスに戻って脳内デバイスをアップグレードすれば、手っ取り早いんだけど……そうだ。すっごく、ゆっくり、考えながら話してみたら? そうすれば、変換のラグを吸収できるかもよ」
「ゆっくりか……こうかな?」
俺は頭の中で話す内容を一言一句決めて、ゆっくりと声に出してみる。普段の思考や話し方の二倍、三倍くらい掛けてゆっくりと、じっとりと話してみた。
──これは後からMovieChを見て分かったことだが、俺の口調は( )に記載したように聞こえたらしい。──
「えっと、俺はオークじゃありません。一応、人間です(お、おでは…オーグでねぇ。人間に……なりデェんだ)」
「なんだ貴様、しゃべれたのか。フン、人間だと? ハッ、オークのくせに生意気な」
シセロの口調は
アリスを見ると、手で成功を示す◯を作っている。なんとか翻訳できているみたいだ……半笑いなのが気になるけど。
「嘘じゃありません。まあ、ちょっと体格が似ているけど人間なんです。仲良くしましょうよ(うぞじゃねぇ。おでは顔が人間に似でいるがら、人間と…ながよぐできると思っでるんだ)」
「フン。似ている、か……確かに、顔は人間寄りだな。だからと言ってオークを信用などできるか」
「いやいや、オークじゃありませんって。俺、あんな悪そうに見えます? そうだ。俺もオーク討伐に参加するなので、そこで違うと証明しますよ。それでいいでしょ?(おでは、もうオーグたちとは暮らぜねぇ。ぞれに、アイヅラは悪いヤツだ。だがらオーグ討伐にオデも参加ズル。そこで、アイヅラと違うと証明ジデやる。ソデならイイダロ?)」
「面白い。ならば、せいぜい証明してみるのだな。だが、もし裏切ってみろ。その場でお前を殺してやる」
……なんか会話が成立しているのは、脳内チップが勝手に意訳して
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