第九話 フンババ村
「ゴンスケ、お尻怪我してるわね。はい、これ打って」
アリスが青い液体の入った試験管に似た棒状の物体を渡してきた。
「何だこれ?」
「回復アンプルよ。それをお尻に打てば、それくらいの怪我は治るわ」
「打つ?」
俺はもらった回復アンプルをマジマジと見る。回復アンプルはプラスチックと思しき透明な入れ物で青い液体を満たした物体だった。底は湾曲しており、入口はフタで閉ざしてある。“打つ“という言葉が指すならば、針らしきモノがあると思うのだが、見当たらない。
「どうやって打つんだ? これ」
「あ、そうか。地球には回復アンプルなかったんだよね。じゃあ、代わりに打ってあげる。お尻出して」
「え? いやいや、流石に女の子にお尻を見せるのはちょっと……」
「ま、イイからイイから。変なことしないから。私を信じて」
変なことって何だ? 女の子のセリフと言うより、ヒヒ親父のセリフにしか思えないが、まぁ良しとしよう。俺は恥ずかしながらも、怪我した部位を突き出した。
「エイ!」
「おっふ……」
勢いよく回復アンプルを尻に叩き込まれる。瞬間、何やら針状の物が突出して尻に刺さる感触を覚える。どうやら、フタの辺りに隠し針があり、衝撃によって飛び出てくる仕組みのようだった。
回復アンプルの中身が俺の尻に注がれる。刺された箇所が熱くなり、ドクドクと熱い液体が流し込まれる感触がする。熱いモノを流し込まれた影響なのか、俺は何とも言えない多幸感に包まれ、尻から得も言われぬ快感を味わっていた。
……何だか怪しげな表現になってしまったが、とにかく痛みが引いてきた。
「はい、終わり。もう傷も
「なに? そんなこと……本当だ!」
手で触るとナイフで刺された箇所が
「使用期限が一ヶ月ほど切れていたけど、ちゃんと効果あったわね」
「……」
最後の一言は聞かなかったことにしよう。
「さて、気を取り直して行きましょう。ゴンスケに武器も渡さなくっちゃね」
「そうだよ。武器が無きゃ始まらねぇ。危うく死ぬところだったしな」
「そうよね。はい、じゃあ、これ」
アリスが何も無い空間から剣と籠手、それに鎖帷子に鉄の兜を取り出した。
手に受け取るとずしりと重みを感じる。これを着て戦うのか。動きが鈍るな。
ふとアリスを見ると、比較的軽装だ。胸当てとグローブ、服に至ってはただの白いシャツであまり防御性能が高いようには見えない。
「アリスは鎧とか着ないのか?」
「私はこれで十分よ」
「でも、結構な軽装だろ? と、言うよりただの服じゃないのか? そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫よ。問題ないわ。この服は耐刃・耐刺突・耐熱・耐寒などなどを備えたミレトス社製ブラウスなの。それに、このグローブは筋力・握力などなどを強化してくれるイオニア社製のグローブよ」
「何だか追加効果がすごいな。俺の装備にも、特殊な効果があるのか?」
「無いわよ。ゴンスケのは原住民が作った装備だもん。見た目以上の効果は無いわ」
原住民の装備? 響きだけであんまり出来が良くなさそうな感じがする。かと言って、無防備なのはいただけない。仕方が無いので、俺はもらった装備を身につけることにした。
「なかなか良いじゃない。似合ってるわよ」
「ああ。ありがとう。しかし、結構重いな、これ」
「身を守るんだもん。仕方がないじゃない」
「俺もアリスが着ている服が欲しいなぁ」
「そのためにも
アリスが空間から地図らしきモノを表示させてる。地図には緑に光る二つの点が点滅している。どうやら俺たちを指すマークらしい。地図の右下を見ると、何やら文字と小さく光る青色と黄色の点々が見えた。グラスを掛けて俺は青色の点に書いてある文字を見ると“フンババ村“と読み取れた。
今度は左に視線を向けると“フンタイ族集落“と書いてある文字を見つけた。“フンタイ族集落“は俺たちがいる場所から比較的近い。行くならば“フンタイ族集落“か。だが、この場所は赤い点々しか存在していない。一体違いは何だろうか。
「なあ、アリス。俺たちが行く場所って“フンタイ族集落“か?」
「違うわよ。そこはオークたちの集落よ。オークたちは人類との敵対種族なのよ。私たちが行くのは“フンババ村“よ」
「そうなのか。もしかして、この赤や黄色の点々って、人を表してる?」
「正解。赤は敵対種族、黄色は中立、青は友好種族よ。“フンババ村“は原住民の集落で青色だから、いきなり襲っては来ないから安心して」
いきなり襲っては来ない、か。じゃあ、ゆっくり襲ってくるのか? ……いや、そうじゃない。悪さをしなければ、敵対しないと言うことだろう。まぁ、悪さをする理由もないが。
「じゃぁ、行くわね。あ、そうだ。ゴンスケの掛けているグラスの右側にボタンがあるでしょ? ボタンを押すと、地図が網膜に表示されるからね。ただ、一人用だからみんなに共有できないから、覚えておいて」
俺はボタンを押すと、先ほどアリスが映した地図が視界に入ってきた。なるほど、網膜に表示とは目に直接見せているのか。少し目に悪そうだが、仕方がない。もしまたハグれた時に地図がないと大変だ。それに、クローンとか生体技術が発展している世界だ。目が悪くなっても治す術とかありそうだ。
俺はアリスと共に“フンババ村“まで行くことにした。地図から読み取れる実寸は地球の距離からすると5キロほどらしい。徒歩で行くには一時間そこらか。
普段から鍛えている体なら楽勝だろう!
……と、思っていた頃が俺にもありました。やっとの思いで村に着いた頃には、俺はヘトヘトになっていた。
甘かった。
装備の重量は俺の体力を削り、一時間程度でげんなりしてきた。どうも原住民の装備はあまり洗練されていないみたいで、装備の防御力と重さが正比例になっているみたいだ。
疲れ切った顔をしてフンババ村を見る。村の周囲は簡素な堀で覆われており、堀の内側は逆茂木で出来た柵が建てられていた。どうやらオークへの襲撃に備えているみたいだ。
無理もない。人を見て“ニグ“とか言って襲ってくる食人鬼が相手だ。むしろ、あの程度の防衛設備で大丈夫か不安になる。
村の入り口は跳ね橋になっており、普段は出入りできなくなっていた。入り口の先を見上げると、監視台が立っており、その中に一人の若者がいた。若者は俺たちに気付くと大声で警告を発してきた。
「そこのオーク! 止まれ!」
なに⁉︎ オークがいるだと。どこだ?
俺はとっさに辺りを見回す。だが、周囲一面見晴らしがいい草原が広がるばかりで俺とアリス以外に人影はない。隠れる場所も無いようだし、一体どこにオークがいるんだ?
俺が若者を見上げると、なんか弓を引き絞っている姿が目に入った。あれ? もしかして、俺を狙ってる?
「オーク、その女性を解放するならば、見逃してやる。もし歯向かうならば、私の弓がお前の
オーク?……オーク……オーク?……って俺をオークと間違えてる? ふと見ると、アリスが声を殺して笑っている。ちくしょう!
いや、それよりも誤解を解かなくては。俺は両手を上げ、必死に弁明する。
「ちょと待ってくださーい。俺はオークじゃありませんよ。人間です。この娘も仲間で、人質とかじゃありませんから〜」
だが、俺の呼び掛けに若者は残念そうな言葉を返す。
「……チッ……人語を解さないヤツか。装備を見るからに知識層のオークに見えたんだがな…」
言葉が話せない? いや、ちゃんと話してるやん。聞いてくださいよ。俺は焦りから両手をブンブン振り、必死で“敵じゃない“アピールを繰り返す。
だが、返答は矢で返された。一筋の線が俺の頬をかすめ、背後の草むらに突き刺さる。頬に手を当てると、赤い血が流れていた。
「これは警告だ。言葉が通じなくとも、今ので意味は分かっただろう」
いえ、言葉通じてます。今の警告も言葉以上に理解しております。なので、止めてくれ。俺はオークじゃないんだ。
その時、抑えきれなくなったのかアリスが大声で笑い始めた。
「アハハハハ。ゴンスケ、オークに間違われてるわよ。確かにオークみたいな体格してるもんねぇ、アンタ。アハハハハ」
「わ、笑いごとじゃねぇ。何でか知らないけど、あの人、全然言葉を理解してくれないんだ。アリス、なんとかしてくれ」
「アハハハハ。わ、分かったわ。オーイ、私よ、私ぃ〜。大丈夫よ〜」
「アリス様!?」
若者がアリスの顔に気づいたのか驚きの表情を見せる。そして、驚きから、すぐさま俺への強烈な敵意に変わった。
「キサマァ、よくもアリス様を! アリス様、今お助けします」
お、お、お、お、お、おい! 状況悪化してるじゃないか。俺は必死にアリスへ視線を送る。アリスも“やっちゃった“顔をしている。
「あ、違う違う。え〜っと、そう! このオークは私が捕まえたの。だから大丈夫よ。安心して」
「そ、そうだったのですか。さすがアリス様。安心しました」
おい、ちょっと待て。誤解を解くどころか悪化しているぞ。完全に俺がオークになってるじゃないか。
「ま、いいじゃない。気にしない、気にしない。それに後でちゃんと説明してあげるわよ」
跳ね橋が降りてくる光景を見つつ、俺は先行きに大きく不安を感じるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます