第八話 オークランド
「あ、ニゲタ」
「オイガケルゾ」
身の危険を感じて逃げる俺の背後から、二人組が追い掛ける音がする。ヒィイィ。諦めてください。来ないでください。
「や、や、や、やばいやばいやばい」
独りでに声が漏れる。あかん、アンなのに捕まったら今日の晩ご飯にされてしまう。
俺は必死で逃げるのだが、二人は俺よりも足が速いようだ。振り向く度に徐々に差が縮まってきている気がする。
「マデぇ〜、ニゲルナァ」
「痛イのはサイジョだけダァ〜」
いやいやいや、痛いのは最初だけって、この場合のセリフじゃない。そんな剣で切られちゃったら、死んじゃうよ。あ、死ぬから最初だけ痛いって意味か。
って、オイ。そうじゃない、そうじゃないんだ、俺、変なことを考えるな。焦りから、意味不明な思考が駆け巡る。誰か、誰か助けてくれーーーーー
「オラァ!」
背後から声がする。それと同時に何かが飛んでくる風切音が聞こえてきた。
サクリ……
お尻に熱い何かが当たった気がする。俺は熱い何かが気になり手で触ってみると、お尻に長い物体が生えていることに気づいた。そのまま物体を
「いて」
指に熱い痛みを感じた。恐る恐る痛みを感じる指を見ると、赤々とした血が付いていた。
も、もしかして、お尻にあるのって、ナイフ?
頭が尻に生えた物体をナイフと捉えた瞬間、俺のお尻から強烈な痛みがほとばしった。
「ッイッテェエエエエエ」
あの二人が俺に目掛けてナイフを投げたのだった。あかん、お尻が痛い。走る度に鈍い痛みがお尻から中心に広がる。モモが、ヒザが、爪先が痺れてきた。
肺が熱い。痛みのせいで肺の中から空気を絞り出す気力も萎えてくる。ダメだ、これ以上、走れない。俺はヒザを着き、その場に倒れ込んでしまった。
逃げなくては行けないけど、足が前に出ない。俺は
だが、二人は待ってくれない。草を踏む音が徐々に大きくなり、二人が俺の元までたどり着いてしまった。
「ヤッド、追いツイタ」
「ニグのグゼに生イギだ」
あ、ああ、あかん。もうあかん。二人は剣を俺に向けて、笑みを浮かべた。歪んだ笑みは、ただでさえ醜悪な顔を一層、
そんな顔は見たくない。恐怖から俺は目を閉じてしまった。
その時……
「オラァ!」
また“オラァ“だ。この“オラァ“で俺は死ぬんだ。ああ、儚い人生だったなぁ……死んだら、またクローンで生き返るのかなぁ?
末期の時を覚悟した俺は頭の中で取り止めもないことを考える。その時間は、一秒が何倍にも引き伸ばされた感覚がした。ああ、確か死ぬ直前は数秒の間に様々なことが一瞬で脳裏に流れるって聞くもんなぁ。これが、走馬灯ってやつかな……
だが、待てと暮らせど、“オラァ“の後が来ない。あれ? おかしいな。そう言えば、さっきの“オラァ“は女の子の声だったような気がする。
俺は閉じた目を開け、視界を広げる。
すると、そこには、右手に剣、左手に相手の首を持った美少女が立っていた。首の相手は二人の内の一人に違いない。顔の違いははっきり言って分からない。だが、近くに首のない死体があるだけで十二分に理解できた。
「間に合って良かったわ。まったく、転送事故なんて。後で文句言わなくちゃ」
「ア、アリス!? ……さん?」
俺は思わずさん付けで呼んでしてしまった。いや、さんでいい。アリスさん、会いたかったです!
安堵の表情を浮かべる俺とは対照的に首がある方の人が驚愕と絶望の表情を見せて絶叫を上げた。
「あ、あ、あ、アオイアグマダァーーーー」
青い悪魔? それって、アリスのことか?
「誰が悪魔よ。エイ」
「あぽ」
アリスが“ブン“と剣を振ると、情けない一声とともに、相手の首が飛んでいった。何が起きたのかわからないのか、首の無い体がしばらく頭があった周りを手で
だが、首が無くなったことを理解したのか、程なくして“ドゥ“という音を立てて草むらに体が沈んだ。
「ふぅ。何にも出来ずに死んじゃったら、今回の目的が無意味になっちゃうところだったわ。はい、立って」
「あ、ああ」
アリスが手を差し出してくる。俺はアリスの手を取り立ち上がった。お尻が痛いのは変わらないけど、生への実感を感じる。ああ、生きているって素晴らしい。
「だけど、いきなりオークたちと出会うなんて、ゴンスケはMovieCherの素質があるかもね。持っているわ」
「持っているって何を?」
「運よ、運。ほら、芸人が笑いの神様が降りてくる時に持っているとか言うじゃない。MovieCherなら面白い動画を撮れる運は超重要なのよ」
アリスは地球、それも日本をベースにした例え話を入れてくるな。日本で車を運転していて、俺を
……いや、ちょっと待て。それよりも、さっきアリスが聞き捨てならない一言を言っていたぞ。
「あの、アリス……さん? ちょっと聞いてもいいかな?」
「何よ、ご丁寧に。さんづけなんて気恥ずかしいわよ」
「あのさ、ここ“オークランド“って言ってたよね? オークって……もしかして、ファンタジーモノによく出てくる“オーク“のこと?」
「そうよ。何言ってるの? 今さら」
オーク≠
オーク=人類に仇なす邪悪な存在
「オラァ!」
ちゃぶ台を投げる素振りを見せる。いや、ちゃぶ台が無いからエアーちゃぶ台返しだ。
「キャッ! 何するのよ。オークに頭でも殴られたの?」
「オイ! どこが『アメリカのオークランドみたいなもの』だ。いや、そうじゃねぇ。オークってあのオークかよ! ファンタジー丸出しのヤベェ奴じゃねぇか!」
「だから言ったじゃない。オークランドって。ここはオークの部族が乱立するオークの惑星、オークランドよ。アメリカのオークランドもこんなものでしょ?」
「アメリカのオークランドはこんな物騒な場所じゃねぇ。……行ったことないけど」
「じゃあ、多分こんな感じよ。名前が一緒なんだもん」
んな訳あるか!
一迅の風が草原に吹き、草をたなびかせる。風は声にならない俺の叫びを持ち去っていった気がした。
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