第七話 転送ポータル

 夜が明けて、日付が変わる。今日は初めての冒険の日だ。昨日は、あまり眠れなかったせいか、少しばかり体がだるい。翌日の冒険に興奮していたこともあるだろうけど、宿泊先の問題も少なくない。


 昨日俺が泊まった場所は、ホテルとかではなく、アリスの経営する会社の一室だった。案内されたオフィスは雑多に散らかっており、寝る場所と言えば、長椅子形状の革張りのソファーしかなかった。本当はホテルが良かったけど、零細企業にあまり無茶は言えなかった。


 仕方なくソファーで寝たのだけど、寝心地は思った通り最悪だった。起きたばかりだというのに、早くも欠伸あくびを噛み殺す必要に迫られている。


 眠たい目を擦りながら、アリスに連れられて怪しげな建物に連れられる。入り口に入ると、小柄ながら女性らしい体つきをした受付が案内してくれた。


「いらっしゃいませン。転送ポータル“旅人の泉“へようこそン。今日はどちらに転送しますかン?」

 

 妙な話し口調の受付女性が部屋の中を指し示す。そこは、カプセルの様な機械が多数並ぶ不思議な空間だった。周りを見ると、俺たち以外にも多くの種々多様な人々が訪れており、混雑具合が見て取れた。


 人々は案内係らしき者たちに連れられカプセルに入る。一人が入った後のカプセルにまた別の人が入っていく光景が視界に入る。入った人数は、どう見てもカプセルのキャパシティを超えていると思う。


 転送ポータルと言う言葉から察するに、あのカプセルはワープ装置的な機械なのだろうか。普段ならば『そんなバカな』と一笑に付すところだ。しかし、この異常なほどに科学が発展した世界ならばあり得るだろう。


「……に行くわ。ね、ゴンスケもそこでいいでしょ? ちょっと、聞いてる?」


 俺が周りの状況に気を取られている間に、アリスは受付女性と話を進めていた。俺はハッと意識を取り戻し、アリスの話を聞き返す。


「あ、悪い。ちゃんと聞いてなかった。どこに行くって?」

「もう! オークランドよ。オークランド!」

「オークランド? って、あのアメリカのか?」

「アメリカァ? よく分かんないけど、そんなものよ。さ、行くわよ」


 アリスは俺の手を取り、カプセルまで連れて行く。やや強引に握られた手の平から、彼女の体温が感じられ、少しばかりドギマギした。アリスに連れられて、カプセルの前まで行くと、タキシードみたいな服を着た長身の店員が起立して立っていた。

 

 俺たちを視界に入れると、店員は指を“パチン“と鳴らす。すると、カプセルの入り口が溶ける様に開かれ、中への道が開けた。そして、右腕を胸に当て、左手をカプセルに向けるポーズを取り、無言で“カプセルに入れ“言わんばかりの目で先へと促される。

 

 手を握られてるせいなのか、得体の知れない機械への不安なのか、俺の心はドキドキが止まらない。この胸の鼓動は、緊張なのか、それとも期待なのか。俺自身も判断がつかない。


 今から行くオークランドはアメリカを模倣した惑星ダンジョンなのだろうか。ネクロポリスでは“地球“が流行っているとアリスは言っていた。俺の着ている服がアメカジっぽいのも、地球のファッションセンスを取り込んだからだろう。身の回りですら地球要素があるならば、アメリカそっくりな場所が作られていたとしても不思議ではない。


 アメリカかぁ……それもオークランドか。行ったことないけど、どんな感じかな?


「ではン、今から転送しますン。道中、ご無事でン」


 店員の声が聞こえる。それと同時にカプセル内に青く光る粒子が舞い上がり、辺りを包んでいく。


「な、なんだこれ?」

「転送が始まったのよ。大丈夫よ。落ち着いて」


 アリスの説明が耳に入る。俺は動揺、というより驚きを隠せなかった。


 光が視界を覆い、全身がくまなく覆われたと同時に俺は妙な浮遊感を覚える。慣れない感覚に包まれ、だんだんと意識が遠くなっていく。これが……転送かぁ。


───

──


 目を覚ますと、俺は大草原にいた。天には眩しい太陽と、日中にも関わらず薄らと二つの月が見えている。


「……ここは?」


 俺はゆっくりと体を起こす。どうやら転送中に気を失ってしまったようだ。辺りを見渡すが、だだっ広い草むらが広がるだけで、アリスどころか人影すら見えない。


「オーイ。アリス〜」


 返事がない。隠れているのか?


「オーイ。隠れてるのか? 冗談はやめて出てこいよ」


 やはり返事がない。爽やかな風に乗せられて虚しく俺の声が草原に響き渡る。


 まったく、趣味が悪いな。俺は惑星ダンジョンに来たのは初めてなんだぞ。それに武器も何にも持っていない。大方、どこかに隠れて俺が焦るところを見ようとしているんだろう。


 俺は辺りをキョロキョロ見渡す。だが、青々とした草原から立ち込める草いきれ以外に自分が感じるものは何も無かった。周りは青い絨毯が広がるのみで、隠れる場所は見当たらない。いったい全体どうなってるんだ?


 そんな時、俺はある一つの可能性に思い当たる。


「もしかして……転送が失敗した?」


 SFなんかでたまにあることだ。転移座標の指定に失敗して、思わぬ場所に出てしまう転移事故……もしかして、その転移事故が俺に起きてしまった?


 俺は急に強い不安に襲われる。どうしよう。こんな場所に一人、しかも武器も無しで一体どうすればいいんだ?


 途方に暮れていると、背後からかすかに声がした。


 人? 人がいるぞ!


 誰でもいい。まずは人に助けを求めよう。こんな世界で放り出されちゃ、たまったモノじゃない。俺は声がする方角に走って向かって行った。


 最初は何も見えなかったが、声を頼りに足を出す。ある程度の距離になったところで、人影らしき者が視界に入った。俺は嬉しくなり、大声で人影に駆けていった。


 完全にを視界に捉えたとき、俺は相手の姿にギョッとした。


 そこには、厚い筋肉をまとった人らしき醜悪な生物が二体ほどいたからだ。


 姿形はパッと見て人に見える。だが、鼻は潰れ、口からは凶悪な牙が生えており、人と形容していいか疑問な顔をしている。厚ぼったいまぶたと赤く光る瞳が、醜悪な顔に拍車を掛けていた。


 その生物は何やら言葉を交わしている。遮る物がないために、二人の会話がクリアに俺の耳へ入ってきた。


「ニグ?」

「ニグっぽい。でも、なかまッポイ」


 日本語が聞こえる。“ニグ“の意味は分からないが、どうやら俺を仲間と思ってくれているようだ。ならば、話が早い。

 

 俺は更に近寄り、二人に助けを求めた。


「あの、すいません。俺、ここに来た人とはぐれちゃって、困ってるんです」


 二人(?)が顔を見合わせている。なんだろう。俺、変なこと言ってるかな?


「相手がどこにいるか分からないんですけど、ここよりも人がいる場所に行けば、何かしらの手掛かりがあるかもしれないと思います。なので、街まで案内してもらえませんか?」


 やはり二人は反応が無い。うーん、何だろう。すごく悪い予感がする。


「……ナニ言っでるが、ワガンネ」

「ヤッパリ、ニグだ。アレ」

「デモ、オレだぢにニデルぞ」


 似てるって言われた。俺、あんなに変な顔してないけどなぁ……


 しかし、相手の言っていることは何となく分かるけど、俺の言葉が通じてない。何でだ?


「あの〜。すいません。俺の言っていること、分かりますか?」

「ヤッバジ、ナニ言っデルがワガンネ。ニデルだけで、ナガマじゃネェ。ニグにぢがいネェ」

「ジャ、バラすか」


 二人は俺の言葉を無視して、腰に下げた剣を抜いた。俺は剣を見てギョッとした。その剣には、赤くヌラヌラした血がついていたからだ。


 も、もしかして、バラすって……解体バラすのことか? ニグって、肉? そのお肉って、俺のニグ!?


「や、ヤベェ! に、逃げるぞ!」


 俺は二人に背を向けて全速力で駆け出した。じょ、冗談じゃない。生き返ってすぐ死ねるかよ!

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