第六話 あなたの名前は?

 契約締結はサインとか判子でなく、何やら得体の知れない機械に指を当て、制約の誓いを述べることで完了した。


 美少女曰く、この機械で遺伝子レベルでの個人認証を行い、声のトーンで本人が確実に契約締結に合意したか精神状態を分析しているとのことだ。

 この技術が確立される前は望まぬ者を暴力や薬で操って無理矢理に不利な契約をさせる詐欺が横行していたという話だ。


 地球でも本人が本当に望まないのに、周りの圧力に押されてイヤな契約を結ばされる場合がある。この星の技術が地球に持ち込まれれば、そのような悪事はなくなるだろう。俺は、この星の技術と倫理性を少しばかり垣間見た気がした。


 社員契約の後、今度はMovieChに登録した。MovieChの登録は社員契約と比べて、結構簡単で、よく分からないスクリーンからメニュー画面を選び、一つ二つボタンを押しただけで登録が完了した。

 なお、契約書と同じく、規約が出てきたので、すべてを読み解くまでに時間がかかったことには触れておこう。


「よし。これで登録完了ね。今後ともよろしくね! えっと……そう言えば、キミ、なんて呼べばいい?」

「俺か。俺の名は……何だっけ?」


 俺ってなんて名前だっけ? あれ? 思い出せない。何でだ?


 地球での思い出があるけど、名前だけは思い出せない。一体、俺はなんて名前だ?


 俺が困り果てていると、美少女が哀れんだ顔をして言葉を掛けてきた。


「もしかして、名前、忘れてる?」

「……うん」

「あちゃぁ。まぁ、死亡時にはたまにあるから気にしないで。時間が経てば思い出すわよ」

「でもなぁ。名前がわからないとなると、不便だよなぁ……どうしよう?」

「じゃあ、一時的な名前をつけたらどう? たとえば……」


 美少女が人差し指を顎に当て、何やら考える態度をとる。時間にして十秒ほど経った後、思いついたように言葉を発する。


「クソ森」

「却下」


 何だ、その小学生低学年が考えるような名前は⁉︎ 舐めてんのか! 人の名前でつけてはいけないTop3に入るネーミングだぞ。


「えぇ〜? じゃあ、他になんて呼べばいいのよ〜」

「名前忘れた俺に聞くなよ。もっといい名前があるだろ! ほら、この星でメジャーな名前でもいいよ」

「うーん。じゃあ、ゴンスケね」

「何でだよ!」


 日本昔話でしか聞いたことねぇ名前だぞ! どんなセンスしてやがる。


「何言ってるのよ。今、この星では地球言語の名前をつけるのが流行ってるのよ。その中でもゴンスケはクソ森に次いで人気の名前なのよ」


 なんて星だ。


 地球由来の名前が流行っていると言うが、ゴンスケが人気な訳ないだろう。それに、クソ森なんて名前、絶対に地球上に存在しないぞ!


「じゃあ、ゲロ道、アホ三郎、土下座右衛門、どれがいい?」

「……ゴンスケでいいです」


 選べる名前の中でゴンスケが一番いいなんて、ひどいセンスだ。俺は嘆息して、名前については諦めた。

 ひとまず、日本昔話で畑を耕しそうな俺の名前はいいだろう。では、目の前の美少女の名前は何だろうか。


「それより、俺がゴンスケなのはいいんだけどさ。お前の名前はなんて言うんだ?」

「私? 私はアリスよ」

「アリス? 何だよ。ずいぶんまともな名前だな」

「そう? この名前は地球で読んで、気に入った本から適当に取ったものよ」

「……俺の名前も本から取って欲しかったよ……」

「あら? さっきの名前も本から取った名前が多いわよ。例えば、“おどりゃ、クソ森“とかね」


 引用元がアカン気がする。


「名前なんて気にしても仕方ないわ。ゴンスケ、それよりもこれからのことを話しましょう?」

「釈然としねぇが、いいだろう。まず、俺は動画投稿とかその辺りはよく分からない。一体どうすりゃいい?」

「そうねぇ。基本的な武器や防具は会社から支給するわ。よりグレードの高い物が欲しければ、自分で買ってね」

「えぇ……仕事の道具すらキチンともらえないのか?」

「戦える程度の物は支給するわよ。それに、会社支給のショボい服や靴でいい人もいれば、パリッとしたスーツやピカピカの靴を自分で買って身嗜みを整える人もいるでしょ? 何事も自分への投資なのよ」

「うーむ。まあ、確かにそうなのかなぁ」


 俺は地球、それも日本の文化を思い出す。社会人の人は会社とは別に自分でいい服や時計を買う人や自ら資格取得するために自己投資でお金を使う人もいるな。確かに会社に依存していては自分の幅は広がらないかもしれない。今回の武器や防具が自己投資に当たるのかはよく分からんが、それが惑星ネクロポリスの常識なのだろうか。


 俺がアリスの言葉を頭の中で咀嚼していると、話は次の内容に移った。


「次に、生命保険の話だけど、ゴンスケはお金がないから、会社が用意する保険しか加入してないわ。最低限度の保証だけど、ちゃんと死んだら生き返るから安心して。もっと特約がある生命保険は自分で契約してね」

「ん? 生命保険に加入したら生き返るって、なんだ?」

「生命保険があれば、死亡しても保証の範囲内で生き返らせてくれるのよ。MovieCherがおもいっきり戦えるのは生命保険があるからね」


 地球の生命保険とはだいぶ保証内容が違うな。違うと言うより、もはや別物だ。地球では生き返らせてはくれないからな。俺自身が生き返ったことを鑑みるに、惑星ネクロポリスでは人の生死は曖昧なのかもしれない。


「よし。じゃあ、他にも色々あるけど、まずは体験してみましょう。まずは初心者向けの惑星ダンジョンに行ってみよー」


 アリスが快活な笑みを浮かべる。““が気になるけど、生命保険で命の保証があるならば、体験してみるのも悪くない。

 それに、剣と盾で戦うと言ったファンタジーな感じも少なからず俺の心を踊らせる。鍛えた体を試す機会としても悪くない。


「おう、分かったぜ。だけどさ、俺、一応、生き返ったばかりだから、明日からの方がいいかな」

「ん、そうね。分かったわ。じゃあ、今日はゆっくり体を休めて、明日から一緒に頑張りましょ!」


 つい先程まで、俺はプロテインを買いに行く途中だったのに、今ではファンタジーな冒険をすることになった。突然の日常から非日常への切り替わりに頭がついていかない代わりに、心だけが先行してる感じだ。


 言い知れない期待感を抱きつつ、その日は暮れて行った。

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