第二話 レベルアップ

 結局、その日はカタログに載っているお店を巡っただけで終った。今、俺の手元には購入したチタン合金ミスリルの盾と鋼鉄製の剣がある。


 本当なら超科学兵器がいいけど、アリスの会社は原始的な殴打・斬撃武器ミーリーウェポンか人力による投射武器ミサイルウェポンしか許可してくれない。MovieChでは剣と盾で戦う動画が人気だから、と言うことらしい。その他の理由はアリスが近接戦が好きだから、と言う程度だ。


 因みに、MovieChでは電子銃やパワードスーツで戦っている動画もあることにはある。だが、戦っている相手が星間テロリストや宇宙海賊といった同じく超科学兵器で武装した連中が多い。


 流石に剣と盾で電磁バリアをまとった殺人ロボットや宇宙戦艦相手に戦うワケにはいかない。いかないって言うより相手にならない。


「剣と盾、か。せめて防具は最新鋭のアイテムがいいなぁ」


 俺はアリスから支給された鉄兜と鎖帷子を部屋に並べてポツリと呟いた。如何にと言っても痛いのは嫌だ。だから、防具だけは原始的なモノは避けたい。


 因みに、惑星ネクロポリスでの俺の住居はアリスの契約した会社の一角だ。会社と言ってもマトモなオフィス機能は無く、倉庫といっても過言ではない。


 殆どの中小企業はオフィスを借りず、コワーキングスペースやバーチャルスペースに会社の住所を置いている中、アリスはわざわざビルの一角を借りている。理由を聞いたら、“地球がそうだから“と宣っていた。地球ファンもここに極まれり、だな。


 俺は埃を被ったプラスチックに似た素材の箱に目をやる。そう言えば、この箱の中には何が入ってるんだろう。アリスは“会社“の物以外に“私物“が入っていると言っていた。私物、か。私物ねぇ……。


 ちょっと掃除をしたくなってきた。そう掃除だ。この部屋は汚れている。生活する上で清掃は大事だ。

 たとい、その掃除の中でアリスの“色んな私物“が見つかっても掃除だから仕方がない。そう、その、あれだ。セクシーなモノが見つかっても掃除だからな、うん。


「掃除、そう、これは掃除なんだ。掃除、掃除……ぐへへへへ」


 おっと、いけない。変な声が漏れた。たかが掃除に興奮するなんて俺らしくない。


 俺は目を血走らせてをする。そうなのだ、俺はが好きなんだ。決してやましい気持ちではないと心から宣言しよう。


掃除セクシーなモノ掃除セクシーなモノ掃除セクシーなモノ〜」


 箱を開ける。中には小型のナイフが詰まっていた。ハズレだ。

 箱を開ける。中には石がたくさん詰まっていた。なんだこれ?

 箱を開ける。中には地球産の手榴弾が詰まっていた。危ねぇ!

 箱を開ける。箱を開ける。開ける、開ける……開ける。


「ない、ない、掃除セクシーなモノが無い!」

 

 俺は部屋の中の箱を全て開けたが、掃除セクシーなモノが無かった。無駄に散らかったガラクタの中、俺は少し冷静になった。


「私物があるっていっても……流石にそんなモノはないか。はぁ、俺は何をやってるんだ」


 尻餅をついて棚に背を持たれかける。俺の体重が掛かったせいか棚が揺れる。その振動につられて、棚奥に隠れていた箱が俺の頭に落ちてきた。


「んが!」


 強い衝撃が頭部に走り、箱が俺の目の前に落ちてきた。箱はそのまま中身を打ち撒け、目の前で散らばった。


「くそー、やっちまった。仕方ねぇ、本当に掃除するか」


 俺は散らかった中身を箱の中に詰める。妙な装置デバイスや刃物、それにアクセサリー的なモノが大半だった。

 その中で、球状の変わった物体が俺の目に止まった。他の道具アイテムと比べて毛色が違う。一体何に使う道具アイテムなんだ?


 俺は道具に書いてある文字を眼鏡型装置アイウェアを通して見る。途端に文字が変換された。


「E……M……P? どんな道具だ?」


 聞き覚えのある単語に頭を傾げていると、ドカンと音がして扉が勢いよく開いた。


「ゴンスケ! 起きてる? 今日はレベルアップしに行くわよ」


 アリスだ。俺は咄嗟に球状の物質を懐に隠した。アリスは散らかった部屋を見て眉をしかめる。


「うわっ、何これ? ゴンスケ、何してたの?」

「いや、あの。掃除をしようと……」

「掃除、ねぇ。大方、私の私物を探してたんじゃないの? 悪いけど、ここにあるのは武器とか防具とか冒険に使えるものしかないわ。アンタのお目当てのモノは置いてないわよ」


 ギクリとした。


「ワ、ワ、ワハハハ。な、何を言っているのかな、アリス君は! ワハ、ワハ、ワハハハ」

「ふーん。あ、そう」


 アリスのジト目が俺を刺す。コイツ……俺を疑ってるな。


「ま、いいや。それよりも今日はレベルアップに行きましょう」

「レベルアップ?」

「そう、レベルアップよ」


 レベルアップとはこりゃまたゲームっぽいな。そう言えば、眼鏡型装置アイウェア能力表ステータスシートを閲覧した時、“Level“と言う表記があったな。


 ゲームと同じならば、レベルアップすれば、俺の能力も上がるんだろうか。俺の筋肉もより強くなるのだろうか。

 俺は少しワクワクした気分になり、アリスにレベルアップの方法を聞いてみた。


「アリス、レベルアップってどうやるんだ? レベルが上がるとどうなるんだ?」

「お、興味津々ね。ま、言葉で話すより身を持って体験した方がいいわよ。早速、出かけましょ!」

「出かけるって、どこにさ?」

「そりゃ決まってるじゃん。先生のいる病院よ」


 レベルアップに病院に行くとは珍妙な答えだ。病院でレベルアップ? 宿屋に泊まってレベルアップするゲームはあるが、病院とは初耳だ。


 ん? 病院か……病院ということは……あの美人な女医先生がいる場所だな。うーむ、俺も病院が正解な気がしてきたぞ。


「はい、アリスさん。病院に行きましょう。是非とも!」

「……一緒に頭も見てもらった方が良さそうね」


 アリスのジト目が止まらない。だが、俺にはレベルアップ美女のミニスカで頭がいっぱいなのだ。さあ、行こう、より良い未来へ!


 ───

 ──

 ─


「なんだ、キミ。また来たのか? この前頭を割られて死んだばかりだろう? 今度は何の用だ?」


 女医先生が冷たい視線を俺に向ける。うーん、切れ長の目が、より一層細められている表情はそそるモノがあるな。


「いや、先生。今日はゴンスケのレベルアップをしに来たのよ。あと、ゴンスケの頭のチェックも」

「ほう……レベルアップか。オークランドで戦闘データでも蓄積したのだな」

「そうそう。ゴンスケの奴、オークの四天王ってのを倒したらしいの。でね、その結果、戦闘データが結構貯まったみたいなの。今なら、レベルアップできるはずよ」

「ほう……なかなかの体験をしたみたいだな。ならば相当の戦闘データを得ただろうな」


 戦闘データってなんだ。あれかな、経験値的なものかな。俺の疑問に対して、アリスが答える。


「戦闘データってのはゴンスケの脳内チップに貯め込まれた記録よ。ある程度の戦闘データが貯まれば、ビッグデータと突合して類似処理を施すの。で、回帰と分類を繰り返した結果を脳内チップに還元フィードバックするの」

「類似処理?」

「ええ。繰り返される所作は血となり肉となり、いつしか己自身になるの。歩くために右足を出せば次に左足を出す。言葉を発するために口を開く。当たり前のことが出来る様になるためには経験が必要なのよ」


 言わんとすることは分かる。確かに、子供の時には出来なかったことも歳を取るに連れ、当たり前にできる様になる。

 昔はベンチで60Kgも上がらなかったけど、今なら100Kgは軽く持ち上げられる。デッドをすると姿勢が悪くて腰を痛めていたけど、今なら正しい姿勢で脊柱起立筋に負荷をかけることが出来る。


 そうなのだ。経験は力なのだ。と、言ったところでレベルアップとどう関係があるんだ?


「経験を積んでも肉体が追いつかない場合もあるわ。レベルアップと言うのは、経験に応じた肉体を得るために、強制的に肉体強化する手段よ。はい、じゃあ、先生、お願いね」


 アリスの一言に女医先生が俺にカプセル状の変な薬を手渡してくれた。


「ここからは私が説明しよう。このカプセルを飲めばレベルアップが出来る」

「このカプセルが? 何が入ってるんだ?」

「そうだな。肉体を成長させるためのタンパク質、カルシウムにミネラルやビタミンだな。それにエレ……ゴホゴホ。すまんな、……が入っている」


 何だろう。最後が聞き取れなかった。俺はもう一回言って欲しいとお願いした。


「そうか。このカプセルは肉体を成長させるためのタンパク質、カルシウムにミネラルやビタミンが入っている。それにエレ……(パーパー、ゴゴゴゴ)……が入っている」


 またしても雑音にかき消された。エレなんだろうか。どうにも人智を超えた力が働いているみたいだ。


「まぁまぁ、ゴンスケ。このカプセルを飲めば、レベルアップによってアンタの筋肉もバキバキに膨れ上がり、知能が上がって頭が膨張して、知覚が上がって耳目が飛び出て、耐久性が上がって体中に剛毛が生えて、素早さが上がって足が追加で生えてきて、人望あふれる身からは人を惹きつける奇妙な匂いがあふれ、幸運を引き寄せるために身体中から光がほとばしるようになるのよ!」


 なるほど。総合すると俺を化け物にするカプセルと言うワケだな。誰が飲むか! そんなモノ!


「お嬢、表現が無茶苦茶過ぎる」

「そう?」


 “そう?“じゃねぇ! “そう?“じゃ。奇妙奇天烈過ぎるカプセルじゃネェか!


「このカプセルは強制的に身体的・精神的に人を成長させる薬だ。君の戦闘データに応じた強化を受けられるぞ」

「強化?」

「そうだ。脳内チップを通して脳を刺激し、成長ホルモンを促し、カプセル内の栄養と相まって急激な身体的・精神的成長をさせるんだ」

「そうそう。私が言いたかったのは、そう言うこと」


 女医先生くらいシンプルな言葉でいいんだよ。アリスの言いたいことは詰め込み過ぎて訳がわからなかった……それ以前の表現もあったけど。


 アリスの言い分は無視して、女医先生の話によれば、俺の体の成長にもつながるカプセルらしい。病院で扱っていると言うことは、医学的にお墨付きを得ている薬剤なのかな?


 俺は女医先生が持つカプセルに対して、手の平を差し出した。


「いいでしょう。では、カプセルをください。俺もレベルアップして強くなってやるぜ」

「ああ。いいだろう。ほら、受け取れ」


 俺は女医先生からカプセルを受け取った。そして、そのまま間髪入れずパクリと飲み込んだ。

 女医先生は俺の行動に気づかなかったのか、何事も無かったかのように医療品が入った棚から注射器を取り出した。そして、注射器の中身を確認した後、俺に向き直り、何かに気づいたのか訝しんだ顔をして尋ねてきた。


「……おい、君。カプセルはどうした? もしかして……そのまま飲んだのか?」

「え? そうですけど………あ、あ、あ、あ、あんぎゃーーーーーーーー」


 女医先生が珍しく驚いた表情を見せたと同時に俺の体から強烈な痛みがほとばしった。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛ったーーーーーーい!!


「……痛み止めの注射を打たなければ、全身に走る成長の痛みは止められないぞ。あぁ、もう遅いか」


 あぎゃぎゃぎゃギャギャギャぎゃ………………………


 クソ痛ーーーーーーーーーーーい

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