第三話 ムカつく奴! 

「は、は……死ぬ…かと……思った……」


 俺はカフェで黒銀茶を飲みながら、いまだに鈍痛がする体に違和感を感じていた。レベルアップをしたのならば、何かしらの変化があって然るべきだ。しかし、俺の体は何も起きていない。ただ鈍い痛みが断続的に続くのみだ。


「ゴンスケ。大丈夫?」

「ウゴッ! だ、大丈夫って言わないで……。ただでさえ全身が痛いのに、額まで痛くなる」


 俺は額を押さえ、首を振る。


「やはり精神的外傷トラウマの除去を優先すればよかったかな……」


 端末を開いてクレジットの残高を見る。画面には2万クレジットの文字が表示されている。


「脳内チップのアップグレード費用が痛かったなぁ。あれで結構な額が飛んだからな」


 レベルアップ用カプセルを飲んだ後、そのまま病院で脳内チップのアップグレード手術を受けた。以前の脳内チップに比べて性能・機能ともに格段に良くなったのだが、未だに旧式チップの域を出ていない。


 女医先生に脳内チップ価格を見せてもらったが、最新版は価格がべらぼうに高額だった。上は数十億クレジットから下は数億クレジットと億の域を脱しない価格帯では、俺には手も足も出なかった。


 結局、型落ちの型落ちの型落ちのそのまた型落ちくらいの脳内チップなら何とか手に届いたため、妥協した結果が今に至るのである。


「それでも脳内チップに手術代込みで30万クレジットか。それに対事故保証で5万クレジットを加えると、35万クレジット……たっかいなぁ。装備代とレベルアップ費用を足すと、殆どクレジットが無くなっちまったよ」

「仕方ないわ。脳に直接働きかけて能力増強する装置デバイスなんだもの。精密かつ極小で人体への親和性を担保するため、高度な技術や素材を使ってるの。自然と高額になっちゃうわ」


 高機能な装置デバイスほど高額なのは理解できる。むしろ安すぎると機能面に不安が残る。だからと言って、今の俺には金がないから、手が届く範囲で妥協するしかないのだ。

 それに、今回の購入した脳内チップは大昔に結構人気モデルだった物を購入している。前回の冒険では言葉が通じずに散々な目にあった。今度の冒険では言葉の翻訳で誤解を受けることは避けたい。


「くよくよしても仕方がない。ある程度準備は整ったから、次の動画のために、どこの惑星ダンジョンに行くか決めようぜ」

「お、ゴンスケ。乗り気ね」

「当たり前さ。俺には目標があるんだ。立ち止まるワケにはいかない」

「うんうん。良い考えね」


 アリスが強くうなずいた。俺が乗り気なことが嬉しいのか顔には眩しい笑みが浮かんでいる。

 アリスは空間にスクリーンを展開して、宇宙の形をした映像を映し出した。中央には赤く燃える球体が存在し、その周囲を小さな点が一定の軌道法則に則り、周回していた。図からするに、球体が恒星アルタイル、小さな点が惑星や衛星を表していると推察できた。

 

 アリスが楕円軌道で回る点に指で触れると、新たなスクリーンとビューが展開された。

 

「しばらくは次のレベルアップのためにも初心者向けの惑星ダンジョンがいいかしら……。こことかどう?」


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 惑星名:No.4−345α−21γーΛX


 通称:火吹き山


 概要:地殻活性度が高レベルの惑星ダンジョン。豊富な鉱物資源と天然エネルギーを保有する鉱山惑星

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「火吹き山? これのどこが初心者向けの惑星なんだ?」

「そうねぇ。まずはあんまり強い生物がいないことかしら。後は、小国が乱立していて、強大な国がいないことが挙げられるかしら。何かあっても対処できる程度の惑星よ」

「つまり、大して強い相手がいない、ってことか。なるほど、確かに初心者向けの惑星かな」

「でしょ。じゃぁ、もっと細かい情報出すね」


 アリスが点を表をタップすると、更に展開され、追加の情報が表示された。


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 生態系:遺棄された実験生物とコミュニケーション可能な人種が生息している。

 実験生物は“ファイアワーム“、“チューブラーベル“、“レッドサッカー“、“ゴブリン“などが生息する。殆どの実験生物は肉食且つ攻撃的なため、有効なコミュニケーションは不可能と判断されたし。人種は別項に記載する。なお、“ゴブリン“は若干のコミュニケーションが可能なため、以降は人種として識別する。


 人種:ホモ系人種“トールマン“、“リトルフット“、“ブリスル“が中心である。火山帯地域には被迫害人種の“ゴブリン“と“ピクシム“といったいったデミ・ホモ系人種が散逸して生息している。


 治安:全体的に危険である。

 ホモ系人種は概ね友好的である。しかし、文明・文化度が発達しておらず、経済面および政治的理由で犯罪者に身をやつす者が多数いる。犯罪者は徒党を成して行動するケースが多く、人気のない場所での潜伏を好む。よって、集落以外で多数の原住民を確認した場合、犯罪者集団と看做して先制攻撃をすることを推奨する。

 デミ・ホモ系人種の“ゴブリン“は知能が低く凶暴なため、接近時に攻撃を受ける可能性が高い。なお、実験の過程で埋め込まれた従僕遺伝子により、強者への指示は忠実に遵守する。

 もう一つのデミ・ホモ系人種の“ピクシム“は高い知性と平和的な性格を持つ。ただし、差別により、ホモ系人種全体への種族的憎悪を抱いているため、比較的ホモ系人種に似ているネクロポリス住人が友好関係を結ぶことは困難である。


 文明度:国家体制を構築する程度は発展している。ただし、高度な法体系や権力暴走を抑止する仕組みまで発達しておらず、一部の為政者の独断と偏見による圧政が横行している。

 経済は粗悪そあく鋳造ちゅうぞうによる貨幣経済が発展している。都市間を低レベルの可搬機能かはんきのう(馬などの生物運搬)で結び、流通経済を確立している。

 生産技術は低水準で、個人依存が大きい。だが、大規模都市になれば、ギルドなどの互助会により、品質格差の是正を行っている。


 宗教:自然崇拝、特に火を司る火神の信仰が厚い。火神の信仰者は聖地巡礼を生涯で一度こなす事を至上の目的としている。


 魔法強度:火を司る神々の信仰が多数派のため、火炎系魔法の効果が高い。システムリンク時に“火神の加護“について言及することでリンクボーナスを得られる。


 備考:問題解決員トラブルシューター遺棄いきした自走式火炎放射砲台の目撃例が散見される。特定秘密プロジェクトで使用された兵器らしく、製造コードなど一切不明。

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 ファンタジー要素がありながら、それなりに文明も発展しているようだ。しかし、治安が“全体的に危険“とあるけど、これで初心者向けなのか?


「惑星ダンジョンなんて、こんなものよ。大体、武器を持って戦いに行く場所よ。治安が良かったら話にならないじゃない」

「う、確かにそうだな。平和な世界で剣を振って暴れ回るワケにはいかないよな」

「そうそう。ま、たまにわざと平和な惑星に行って、国家転覆とかはかって戦争を引き起こしたりするMovieCherもいるけど、大体は最初から治安が悪い惑星に行くのが定石よ」


 さらっととんでもないことを言っているな。平和に暮らしている人々を戦火に巻き込むとは、MovieCherとは恐ろしい奴らだ。


「で、どう? この惑星は?」

「“どう?“って言われてもなぁ。正直、良いか悪いか判断つかない。でも、アリスがお勧めするなら、行ってみるか」

「よし! 決っまり〜。あ、今回からウチのCDOも参加するから、よろしくね」

「CDO? ああ、もう1人の社員の人か」

「社員じゃないわ。役員よ、役員。Chief チーフ Dungeonダンジョン Officerオフィサー、略してCDO。最高ダンジョン責任者よ」


 また珍妙な会社役員がいたものだ。最高ダンジョン責任者?惑星ダンジョンについての最高責任者ってか。一体何の責任が取れるのだろうか。


「彼は後から合流するわ。とりあえず、先に行きましょう」

「なぬ? ? 相手は男なのか」

「そうよ。何か問題でも?」

「……いや、別に」

「あ、女の子かと思っていたでしょ。なーに残念な顔しているのよ。この私がいるじゃない。この美少女アリス様が〜」


 自画自賛しているアリスがバンバンと俺の背を叩く。俺は思わずむせ返った。まったく、もう少しお淑やかにできないものだろうか。


 それに、CDOが女の子じゃないから残念に感じたワケではない。男、と言う点に少し引っ掛かった。一体アリスとはどういう関係なんだろうか。俺は少しながら、心に引っ掛かりを感じた。


 その時、俺の僅かな心の澱を吹き飛ばすかの様な粗暴な声が俺の背後から聞こえてきた。

 

「おう、アリスじゃねぇか。あと、そこにいるのは……話題の地球人か」

「……ふぅ、嫌なヤツに会っちゃったわ」


 アリスの普段とは違う声音を聞き、俺は顔を上げた。そこには、不愉快さをにじませたアリスの顔があった。アリスは辛辣しんらつな目線を俺の背後に向けている。普段俺に向ける目とは異なり、怒りが深淵しんえんに含まれていることが分かる。


 俺の背後にいる存在はアリスの視線に動じていないのか、不遜ふそん声音こわねで俺たちに言葉を投げかける。


「ハッ! ツレねぇじゃねぇか。俺とお前の仲だろう? もっとも、俺はトップMovieCher、お前はしがない底辺会社の社長様とか言う立場ではあるけどヨォ」

「うるさいわね。たまたま撮った動画が当たっただけじゃない。調子に乗らないでくれる? ムカつくわ」

 

 アリスがツッケンドンな返事を返す。一体相手は誰なんだ、と思い振り返ってみる。そこには2メートル近い巨体で赤いモヒカンを頭部に蓄えた屈強な男がいた。

 男は、全身を覆うラバースーツのような服を着ており、服の上からでも筋肉の発達度合いがわかる。なかなか鍛えているな。顔はお世辞にも美形とは言い難く、厚ぼったい唇と無駄にデカい鼻が顔のパーツ配分を崩していた。


「あの、アリス。この人、どちら様?」

「ブサイクゴリラチキン野郎よ」


 アリスが吐き捨てる様に言い放つ。そんな名前の人がいてたまるか。


 いや、待てよ。この星では“クソ森“とか“ゲロ道“とかロクでもない名前が流行っている。ならば、“ブサイクゴリラチキン野郎“と言う名前も、あながちおかしくないのかも知れない。


 どちらにしても、この男が俺たちに絡んできていることは明白だ。この星に来てから、いいところがまったく無く(今まであったかどうかは疑問だが)、俺の扱いがゾンザイになっている気がする。ここいらで俺の株を挽回するため、目の前の“ブサイクゴリラチキン野郎“さんに毅然とした態度でのぞみ、男らしさをアピールしてみよう。


「あの、“ブサイクゴリラチキン野郎“さん」

「あん!?」


 おお、怖エェ。改めて見ると、威圧感があっておっかない。地球で見たら絶対に話しかけない相手だ。

 だが、ここで引いては男がすたる。今こそ俺の存在価値を知らしめるのだ。


「ぶ、“ブサイクゴリラチキン野郎“さん。申し訳ないですが、ちょっとアリスとのお話は後にできませんか?」

「てめぇ……なめてんのか!?」

「いや、あの、そんなつもりはありません。俺……いや、私は争い好きではないです。なので、お話しがあるなら、後で平和的に話し合いましょう」

「話し合いダァあああ!? てめえ、それが話し合いをする態度かぁ!?」


 あれ? ……あれあれあれ??? なんか、ムッチャ怒ってる。


 ふとアリスを見ると、下を向いて震えていた。そうだよなぁ、こんな大男に怒鳴られたら、怖くて下を向くよなぁ……ん? なんだかおかしい気がする。


 って、声を殺して笑ってる!?


 アリスは全身をプルプルして小刻みに震えていた。おい、今のどこに笑う要素があったんだよ!?


 アリスは堪えきれなくなったのか、ついに顔を上げて、大声で笑い出した。


「あははははは、“ブサイクゴリラチキン野郎“さんだって! “ブサイクゴリラチキン野郎“さん! ヒィーヒィー、ブサイクなゴリラで、チキン野郎なのに、“さん“ヅケって、ハハハハハ」


 え……? “ブサイクゴリラチキン野郎“って、やっぱり名前じゃなかったの?

 

 アリスはテーブルをバンバンと叩き、横隔膜おうかくまくが引きつったかの笑い声を上げている。挙げ句の果てには椅子から転げ落ち、腹を抱えて転げ回り始めた。


 アリスの狂笑きょうしょうとは対照的に、背後にいる“笑いの対象“はどうなっているのだろうか。

 俺は恐る恐る背後に視線を向けると、““さんが頭のモヒカンと同じくらい顔を真っ赤にして、こちらを見ている。プルプルと震えているが、面白いワケでは無さそうだ。“ブサイクゴリラチキン野郎“の憤怒の表情を見て、自分の早とちりに死ぬ程後悔した。


「てめぇ……地球人、いい気になるなよ。今すぐぶっ殺してやってもいいんだぜ?」


 俺は胸ぐらを掴まれ、椅子から引き上げられる。くっ、俺の体を片手で持ち上げるなんて、かなり筋肉があるな。


 俺の顔にモヒカン男の顔が息の掛かるくらい近づいてきた。俺は慌てて、弁明する。


「ちょ、ちょっと待って、話せば分かる。俺はアリスに騙されたんだ! “ブサイクゴリラチキン野郎“なんて名前、あるワケないのに、あるように思わされたんだ!」

「嘘つけ、地球人! てめぇ、アリスが言った悪口に乗っかって、間髪入れずに俺のことを“ブサイクゴリラチキン野郎“とか言いやがったくせに! どこに騙される時間があったんだ!?」


 ヒィイイイ、大正解です。ごめんなさい。私の早とちりだったんです。

 しかし、俺は怖くて、これ以上の言い訳が口から出なかった。アワアワしていると、若干落ち着いたアリスが腹を押さえながら、ぶっきらぼうに言葉を放った。


「ちょっとそれ以上はイケナイんじゃないですかねぇ? 仮にもトップMovieCherなんですよね、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さん? 治安維持隊けいさつのお世話にはなりたくないでしょ?」


 アリスの一言でヤンキーの当て字みたいな“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が手を離した。体を支える力学的支点が急に無くなり、俺はそのまま重力の影響を受けて、床に落ちた。痛い!


「地球人ヨォ、てめぇ、火吹き山に行くんだってな。覚えてろよ。惑星ダンジョンが治外法権だってことを思い知らせてやるからな!」


 それだけ言うと、床に倒れ込む俺に一瞥して“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は憮然とした表情でカフェから出て行った。

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