第四話 恨まれる

 転送ポータルの中で、俺は自分の境遇を嘆いている。今日は惑星ダンジョン“火吹き山“に行く日なので、本来ならば新しい冒険に胸をおどらせるはずであった。だが、俺は悲しい気持ちで胸がいっぱいな状態だ。


 ああ、なんて俺は不幸なんだ。


 アリスのせい(?)で“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“ことトップMovieCherに余計な恨みを買ってしまった。トップMovieCherと言うことは、それなりに業界に力がある人なのだろう。そんな人の恨みを買ったら、どうなることやら……

 俺は自分の将来にふさがる余計な障害を想像して、沈鬱な気持ちに落ち込んでいった。


 だが、俺の思いとは裏腹に騒動の元となったアリス本人は“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のことなぞ気にも留めて無い様子だ。“火吹き山“の冒険が楽しみなのか、アリスは無邪気な笑みを浮かべる。アリスの顔を見て、俺は自然とため息が漏れた。


「ちょっと、ゴンスケ。私の顔を見てため息吐かないでよ」

「ため息も吐きたくなるよ。俺は“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とか言う、おっかないヤツに目をつけられちゃったからなぁ」

「ブフー! アハハハハ」


 アリスが俺と“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のやり取りを思い出したのか、突然噴き出した。……コイツ、完全に他人事だと思ってやがる。


「ヒーヒー、いやぁ、ゴンスケ最高だったわ。“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツ、ムチャクチャ怒ってたってことは、“ブサイクゴリラチキン野郎“って言葉が心に響いたんでしょうね」

「響いたって言うか、誰だって“ブサイクゴリラチキン野郎“なんて言ったら怒るに決まってるじゃないか」

「でも、アイツはゴリラみたいなブッサイクな自分の顔を気にしていたから、かなりダメージ負ったはずよ。ゴンスケ、グッジョブ!」


 グッと親指を突き出すアリスの言葉に俺は呆れていた。コイツはあの“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が怖くないのか?と言うより、惑星ネクロポリスでもゴリラやチキンって単語が通じたのが不思議だ……近い言葉に変換されただけかもしれないけど。

 それよりも、なんだってアリスは“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に敵愾心てきがいしん剥き出しなんだ。


「なあ、アリスはなんだって“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に辛辣な態度を取ったんだよ。まあ、アイツが絡んできたせいもあるけど……」


 俺の疑問にアリスが笑いを止めて、顔を上げる。そして、笑い過ぎて目に浮かんだ涙を拭いながら答えを返してきた。


「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とは動画のポリシーが合わないのよ。私は、剣と盾で戦うリアルマン真の冒険者をポリシーにしているわ。でも、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツ、最新装備で武装して惑星ダンジョンの敵対生物を殺しまくる動画をポリシーにしているの」

「え? それだけ?」

「それだけって何ヨォ? 重要な問題よ、これは」


 アリスがジト目で俺を睨む。重要な問題だと言っても趣味嗜好の違いじゃないのか。それに、ポリシーが違うなら、動画の視聴者も棲み分けできてイイんじゃないのか?


 だが、アリスの考えは違うようだ。腕を組み、人差し指を口の端に寄せて、俺に言い聞かせる口調で言葉を続けた。

 

「いい? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツは殺し過ぎるのよ。最新兵器で惑星ダンジョンの敵対生物を一気に殺しちゃうの。それがどう言うことか分かる?」


 アリスは斜に構えた感じで話をしているが、目が笑っていない。どうやら“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に対して、腹に一物あるようだ。過去に何かあったのかな?


「いや、敵対生物ってんなら、殺してもいいんじゃないのか? それが何か悪いのか?」

「大アリよ、大アリ。いい? 敵対生物って言っても、結局は生態系を構成する生物の一角なのよ。それを際限無く殺したら、その星の生態系が狂ってしまうわ」

「それは分かるけど……でも、敵対生物って、お前ら“惑星ネクロポリス“の奴らが放逐した実験生物なんだろ? むしろ殺した方がいいんじゃないのか?」

「チッガーウ! ゴンスケ、違うわ、その考えは! 敵対生物て、意味は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に敵対している生物のことよ。実験生物だけじゃ無いわ」


 アリスが俺にグイッと顔を寄せて否定する。急に間近に近づいたアリスの顔とほのかに香る甘い香りに、心が一瞬ドキリとした。


「それらの生物は、惑星ダンジョンで立派に生態系を築いているの。そこを急に全滅させたらどうなると思う?」

「えっと、新しい生態系が……生まれる?」


 俺は間の抜けた回答をアリスに返す。なんともアホな回答だ。新しい生態系が誕生するだけなら、アリスがここまで感情的な態度をとる訳がないだろう。

 だが、アリスは人差し指を自身の唇に当て、考えるような口調で返してきた。


「新しい生態系、か。ある意味あってるわ。でもね、一つの生物が全滅した後の生態系はどうなると思う?」

「え……? 別に何にもならないんじゃ?」

「違うわ。今まで安定していた生態系が崩れて、生態系異常を引き起こしちゃうのよ」

 

 確かに、生物が丸々いなくなると、その生物を天敵としていた生物が大量発生する事例は地球でもあった。天敵の存在は生物の数を自然調整する安定装置スタビライザーの役目も担っているのだ。

 しかし、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が殺し尽くす、と言っても人の手では限度があるだろう。せいぜい、惑星内でも限定地域だけの話ではないのか?


 俺は疑問に思い、アリスに尋ねてみる。だが、俺の思いを一蹴するかの様にアリスは“ヤレヤレ“と言った態度で返してきた。


「ふぅ、ゴンスケ。アンタが考えている数の数倍、いや数十倍は殺し尽くすわよ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は。下手すると、惑星内の生態系を崩壊させる位しかねないわ」

「ええっ?」

「アイツの動画ジャンルは“虐殺動画ジェノサイド“……。目の前にいる敵だけでなく、惑星全体の敵を殺し尽くす動画なのよ」

「“虐殺動画ジェノサイド“……」


 俺はゴクリと唾を飲む。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は見た目も言動も暴力的な奴だった。そんな奴が最新兵器を使ったらどうなるか。


「アイツの暴れた後は星の生態系はガタガタになるの。それがどの様な結果をもたらすか……最終的に私たちの撮影場所も無くなっちゃうのよ!」


 結局は撮影場所の問題それか。


「それに、私だって惑星ダンジョンの生き物と戦いたくて戦ってる訳じゃないわ。動画撮影のために仕方なく戦い、殺しているのよ。だから、アイツの無駄に殺し尽くすやり方が気に入らないの」


 前半は嘘だな。コイツは絶対に戦闘狂だ。だが、後半の思いは俺にも共感できる。

 

 生き物を無駄に殺すなんて、日本で育った俺には受け入れ難い。MovieCherとなって、殺さざるを得ない状況だとしても、無駄に殺しを楽しむ動画を俺は撮りたくない。


 とにかく、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はとんでもない奴だと分かった。生物の虐殺は度し難い行為で許容はできない。しかし、だからと言って駆け出しのMovieCherで、金も力も無い俺に何かできる訳がない。

 許し難い相手だが、無力な俺が出来ることは、できる限り関わらない様にすることだ。口惜しいが、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は放っておこう。


 だが、俺の一種諦めた思いは一瞬で砕かれた。


「ゴンスケ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はアンタに馬鹿にされて相当おかんむりだったわ。アイツ、結構根に持つ上にちっちゃい人間だからね。だから、火吹き山では“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が絶対仕返しにくるはずよ」

「嘘ォ!?」

「そうよ。だって、アイツ、私たちの行き先を確認してたわよね」


 そう言えば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も俺たちの行き場所が火吹き山であることを確認していた気がする。それに、何やら“治外法権“とも言ってたな。それって……


 そんな俺の思いを読んだのか、アリスの一言が更に俺を凍り付かせる。


「仕返しって言っても、ただゴンスケをボコるんじゃないわよ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は、絶対にゴンスケを殺しにくるわよ」

「ここここここ殺し!? 殺しは犯罪だぞ、アリス! 惑星ネクロポリスでは殺しが許されるのか!?」

「そんな訳ないわよ。ただ、惑星ダンジョンは惑星ネクロポリスの法律が及ばない治外法権の場所よ。優先されるのは原住民の法律……というか原始的なルールくらいね。まぁ、原住民でも大体が殺人は犯罪なんだけどね」

「じゃ、じゃあ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の奴、原住民に捕まるんじゃないのか!?」

「“虐殺動画ジェノサイド“を撮る“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が原住民に大人しく捕まると思う? 原住民を薙ぎ払ってでも、ゴンスケを殺しにくるわよ」

「なんだって!? そんなルール無用なことをするの、あの人!?」


 なんと言うことだ。恨みを買うどころか命を狙われるとは。しかし、悪口言われただけで、人殺しをしようとするなんて、惑星ネクロポリスの住民はどう言う常識モラルしてるんだ。


 絶望で混乱している中、アリスは俺を励まそうとしているのか、ポンと肩に手を置いて口を開いた。


「良いこと思いついた」

「え?」


 アリスが満面の笑みを浮かべている。なんだろう、この表情には悪い予感しかしない。


「私たちが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を返り討ちにする動画を撮影をするのよ」

「ホゲェ!? あ、あんなのと戦うの!?」

「そうよ。アイツをぶっ飛ばす動画なら結構視聴数を稼げるわよ。それに、火吹き山の生態系も守れるしね。よし、ゴンスケ、頑張れ!」

「が、が、が、が、頑張れってどうやって!?」

「死ぬ気で頑張るのよ」


 “死ぬ気で“って言うか“死ぬ“しか思いつかないんですけど!

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