第五話 火吹き山

 俺たちが降り立った地は硫黄の匂いが鼻腔に絡みつく黒い大地だった。溶岩が流れた後にできる火成岩の大地は荒い岩肌を俺たちに向け、自然の脅威を誇示しているかの如き様相を見せつける。

 黒々とした地肌は俺の陰鬱とした想いを型取っているかのようだ。


 ここは惑星ダンジョン“火吹き山“──活火山が多数存在した鉱物採取に適した植民惑星だ。

 今回の俺たちのMovieCh冒険の舞台はこの惑星と言う訳だ。


「相変わらず暑いわねぇ……」


 アリスが手をパタパタとあおぎ、団扇うちわがわりに風を起す。本来ならば、暑さのために薄着になっているかと思うだろう。俺も薄着ムフフな服装を期待した。

 ところが、全然違った。


 暑さを気にせず結構な服を着込んでいる。俺は残念な気持ちと共に“暑くないのだろうか“、と疑問がもたげる。


「なあ、アリス。お前、そんなに着込んで暑くないのか?」


 俺は着込んでいる鎖帷子くさりかたびらから伝わる熱を背中に感じながらアリスに問い掛けた。


「ん? 大丈夫よ。私の着ているミレトス社製ジャケットは“熱コンバーター“機能が付いてるの。これくらいの暑さなら丁度いい温度に変えてくれるのよ」

 

 なんとまぁ……超科学は俺の夢を見事に打ち砕いてくれた。


 だが、“熱コンバーター“とか言うモノで温度の調整をしてくれる服があるとは素晴らしい。高温多湿な日本生まれの俺としては、服の効能に感嘆せざるを得なかった。


「ヘェ〜すごいなぁ」

「でも、服で覆ってない顔から暑さは感じるわ。耐熱クリームはお肌に合わないし、かと言って“熱コンバーター“付きのフルフェイスマスクをかぶると動画映えしないし……」

「またPhotoshop空間をねじ曲げる能力的なモノで何とかすりゃいいんじゃねぇのか?」


 Photoshop空間をねじ曲げる能力の一言で一瞬アリスがギクリとした顔をした。当然ながら、俺はアリスの表情の移り変わりを見逃さなかった。

 やはりな……オークランドで撮った動画を見た上でのアリスが画像編集して美化している説俺の冴え渡る推理は正しかった。


 アリスはどことなくバツが悪いのか、慌てた素振りで俺に話しかけた。


「と、とにかく、暑いのは仕方がないわ。そんなことより、CDOが待っている街まで行くわよ!」

「……へへ」

「何よ、ゴンスケ。文句ある!?」


 思わず漏れた失笑にアリスが少しばかり頬を赤らめて憮然とする。

 アリスもPhotoshop空間をねじ曲げる能力が少しばかり後ろめたいのだな。俺の見透かした笑いに喰って掛かって来たことがその証拠だ。中々、可愛げがあるじゃないか。


 アリスの膨れっ面を俺は笑みで返す。アリスは虚を突かれたのか、俺の微笑みが理解できず戸惑いの顔を浮かべた。


「……変なの。まぁ、いいや。それより、この先の街にCDOがいるわ。サッサと行きましょう」

「へいへい、アリスの仰る通りにしますよ」


 俺は釈然としないアリスの横に並び、歩き出した。歪な溶岩道の先にある街、"アッパライト"に向かって。


 アリス曰く火吹き山は四つの小国と点在する亜人種の集落で構成されている。小国を構成するのはホモ系人種──いわゆる“人“に属する原住民──で構成されている。

 一つは“トールマン“と呼ばれる西洋的な顔つきをした人種が集まり、国体を為している“ズールー王国“、二つめは“リトルフット“と呼ばれる小柄な人種が集って共和政を敷いている“ソマリ共和国“、残り二つは“ブリスル“と呼ばれる非常に毛深く屈強な体躯を持つ人種が治める“ツワナ王国“と“サン王国“の四つに分かれている。因みに、“ツワナ王国“は“サン王国“から派生した国家だと言う。派生したと言ったが、“ツワナ王国“は実質“サン王国“の属国だ。主従関係がはっきりしている。


 ホモ系人種の王国間はそれなりに交流があるとのことだ。だが、人種の違いか人の欲望か、各国での争いは絶えない。時と場所は違えども、地球と同じく人間同士が争うとは皮肉なモノだ。


 なお、ホモ系人種は火吹き山のわずかに開けた平野部に生息している。一方で火山帯の危険な地域に生息している人種もいる。彼らはデミ・ホモ系人種と呼ばれる、いわゆる亜人種だ。

 亜人種と言っても様々いるらしい。俺がオークランドであったオークもデミ・ホモ系人種とのことだ。ここ火吹き山にいるデミ・ホモ系人種は“ゴブリン“と“ピクシム“と呼ばれている。

 

 “ゴブリン“はまんまファンタジーのゴブリンだ。知性は低く、リトルフットと同じ程度の体躯で、身体能力も子供くらいだ。だが、欲望に忠実に生き、小狡く、凶暴だ。集団で少数を襲い掛かり略奪を繰り返す非生産的な生き物だ。


 対して“ピクシム“はゴブリンと違い、清貧で高い知性を持ち、平穏を好む種族だ。見た目は非常に小柄で、大人となっても“リトルフット“の半分の体躯しかない。まともな人権意識が無い世界では、体の大きさが種族全体の強さに繋がる。自然、“ピクシム“は長身のホモ系人種から差別的な扱いを受け、いつしか引きこもるかのように平野部から姿を消した。今では火山帯の安定した地域にひっそりと過ごしていると言う。


「植民惑星だと言っても、色々あるんだな」

「そうよ。星にはその星に適した生態系があるの。たとえ私たちには理解できない文化や風習でも、彼らはその中で生きているのよ」


 アリスが暑さから長い髪を束ね、ポニーテールにしつつ俺に語る。


「私たちは惑星ダンジョンからすると異物の存在よ。その星の文化に干渉して行く末を導く先導者となるか、ただ成り行きを見守る傍観者となるか……。どう進むかは動画のポリシーによるわ」

「ポリシー、か。俺たちはどちらの方向性で行くんだ?」

「どっちもよ。自らが道を切り開くのもいいけど、他人の進む道を補佐するのも自由よ。ただリアルマン真の冒険者らしく、どちらを選んでも臆さず進むのみよ」

リアルマン真の冒険者ねぇ……」


 アリスは力強く剣を掲げ、ビシリとポーズを取る。何やら力強さを現しているのだろう。

 だが、アリスの思いとは裏腹に俺は“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と出会ったら真っ先に逃げる腹づもりだった。頬をポリポリと掻き、冷めた目でアリスのポージングを見ていた。


「まあ、リアルマン真の冒険者もいいけど……結局、今回はどうするんだ?」

「ゴンスケはまだまだ初心者だからね。まずは馴れることとレベルアップに必要な戦闘データ収集が目的よ。だから剣と盾、それに魔法で相手をぶっ殺すのみよ!」


 なるほど。今回は特にポリシー無しということか。発言が危ないのは毎度のことなので、少し慣れてきてしまった。


 オークランドでは図らずも人とオークの紛争に巻き込まれて悲惨な結果になってしまった。しかし、今回は他人の人生を背負う必要性が無く、小難しいことを考えずに純粋に冒険に勤しめるに違いない。


 そうだよ。これでいいんだよ。“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は気になるが、ファンタジーな冒険なんてワクワクするじゃないか。


 俺は明るい感情を取り戻し、元気よくアリスに先を促した。


「さあ、まずは“アッパライト“に行こうぜ! 何があるか楽しみだぜ!」

「お、ゴンスケ。やる気じゃない。いいわよ、その意気よ」


 俺はアリスと談笑しながら“アッパライト“を目指す。左手には買ったばかりの“チタン合金ミスリルの盾“を付け、右手にはアリスから貰った中古の魔法触媒射出器マジックランチャーを付けている。よし、装備は万端、冒険の始まりだ。


 俺が浮かれていると、目の前から三人の男たちが向かって来るのが見えた。男たちはお世辞にも身綺麗とは言えない格好をしており、ボロの衣服に薄汚れた革鎧を身にまとっている。

 彼らは手には抜身の小剣を持つ者、小さな弓を肩から外して矢をもてあそんでいる者、錆びた薪割り用斧の背でリズミカルに肩を叩いている者たちで、それぞれが武装をしていた。

 男たちの表情はニヤニヤと締まらない顔つきをしており、視線は俺ではなくアリスに向いているようだ。男たちはアリスの肢体をイヤらしい目線でめつける。

 うーん、なんてスケベな奴らだ。あからさま過ぎる視線を送ったら、バレバレでないか。俺の様に横目でチラ見する技術を得るべきだ。


 だが、当のアリスは、男たちの視線など意にも介さず受け流している。強い。しかし、俺は彼らが持つ武器が不安でたまらない。なんで武器を仕舞わずにいるのだろうか。俺は不安な気持ちで一杯だった。


「ア、アリス……」

「ん? なに?」

「あのさ、あの人たち、なんで武器を手に持ってるのかな。もしかして、俺たちと同じMovieCher冒険者なのかな?」

「違うわよ。アイツらはこの星の原住民ね。小汚い格好してるわね。文明度が低いと、格好までみすぼらしいのかしら」


 原住民への差別的な発言を惜しまないアリスの言葉に、俺は開いた口が閉まらなかった。なんてことを言うんだ! 相手に聞かれたら、気を悪くするじゃないか。


 アリスの言葉が彼らに聞こえたのかどうかは分からない。だが、彼らは歩みを止めず、真っ直ぐに俺たちに向かってきている。


 俺は原住民たちの接近に身をすくめた。ああ、嫌だなぁ……もしさっきの会話を聞かれていたとすると、また面倒なことになる。 “ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の件もあるし、不用意な発言で相手に責められるのは嫌な気分になる。……それが俺の発言でなくてもだ。

 

 彼らの顔がしっかりと認識できる距離になった時、俺は少し胸を撫で下ろした。

 相手は別段に怒っている表情ではなかったからだ。原住民たちはニヤニヤと、アリスを値踏みするかの如くイヤらしい顔をしている。若干の不快感を覚えるが、相手が怒っていないと分かっただけでも安心だ。


 ふとかたわらにいるアリスを見ると、無表情で原住民を見据えている。やはり、あのニヤつき様は相手を不快にさせるのだな。……俺もやらしいことを考えているとあんな感じになるかもしれない。気をつけよう。


 原住民が俺たちと数メートル近くの距離まで来た時、相手側が俺たちに声を掛けてきた。


「こんにちは。今日はいい天気ですね」


 なんだ? ヤケに紳士的じゃないか。先ほど見せた不快な表情とは大違いだ。挨拶をされたならば、挨拶で返そう。それが礼儀だ。


「こ、こんにちは。いい天気……ですかね?」


 俺はふと空を見上げる。上空には火山灰で覆われた雲が立ち込め、お世辞にもいい天気とは思えなかった。でも、この“火吹き山“では、これくらいが丁度いい天気なのかもしれない。


 そして、視線を空から原住民たちに向き直ると、驚くべき状況になっていた。相手が非常に不愉快な表情でこちらを睨みつけてきてるからだ。……あれ、まさか天気の話で雰囲気がこうも変っちゃうの?

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