第六話 原住民
「あ、あの……どうしましたか?」
俺は原住民たちの不快げな表情に怯え、丁寧に尋ねた。だが、原住民はより一層に眉根を寄せ、怒りに満ちた表情をしている。
なんだろう、この感じ……非ッッ常にまずい状況な気がする。俺がオロオロとしていると、原住民の一人が話し掛けてきた。
「そうですね。いい天気です。この天気に見合う血の雨を降らせたいですね。貴方の血で」
「そ、そうですよね、血の雨を降らせたいですよね……って血の雨? 俺の血で?」
相手の問いに俺は驚きで返した。この原住民、なんだって丁寧に物騒なことを言うんだ!?
俺が驚いていると、他の原住民も次々と口を開いた。
「そこのお嬢さんには、私たちがイヤらしい行為をさせていただきます。体格が良い貴方はチューブラーベルたちのご飯になってもらいます」
「お嬢さんはその後、娼館に売却します。どうでしょうか。いい提案でしょう?」
どこが!? どこがいい提案なの? 俺には全くもって理解できなかった。
混乱している俺を余所に、アリスは“くっくっ“と声を押し殺した笑いを喉の奥から漏らす。その後、原住民たちに罵声を浴びせた。
「それには及ばないわ。お前たちゴミ共には、ここで全員死んでもらうわ。特に、私を侮辱した原住民。お前は手足をへし折ってチューブラーベルの餌にしてやるわ」
おお! アリスの罵声は素直に罵声に聞こえる。……これは、もしかすると、ひょっとして、脳内チップのせいなのではないだろうか。
アリスの言葉を聞いて、原住民どもが手に持った武器を俺たちに向けてきた。あ、あかん。これはアカン奴だ。
「面白いお嬢さんですね。貴方が泣きながら私たちに陵辱されることを思うと、とても興奮します」
「私は貴方みたいな気の強い女性を力づくでモノにする行為が大好きです」
さらっと原住民が倫理的にバッドな発言を丁寧に口にする。これはもう間違いない。脳内チップが誤作動を起こしているに違いない。
原住民たちはニヤついた笑いをアリス……でなく、俺に向ける。え? なんで俺? アリスじゃないの?
俺の驚きを余所に原住民は武器をきらめかせ、俺に襲い掛かってきた。
「え? え? なんで俺なの!?」
「貴方が死ねば、後はか弱い女性だけです。なので、貴方から先に死んでください」
なるほど……納得できる。……いや、できない! 俺よりアリスの方が絶対に強い。お前らはアリスに襲い掛かって返り討ちに遭って下さい!
「では、死んでください」
薪割り用の斧を持った原住民が大上段から振り下ろす。俺は、とっさに“
硬い金属がぶつかり合う音と衝撃が響く。左手に残る感触は相手からの明確な殺意を感じ取るには十分な効果を持っていた。
俺は留め具をサッと外し、鞘から剣を取り出した。そして、鞘から出した勢いで原住民に切り掛かった。
「痛いです」
「お!」
原住民の額を浅いながら切り裂いた。原住民は額から血を流し、丁寧な言葉を吐きながら後ろによろめいた。俺は相手に攻撃が通じたことに、思わず歓喜の声が漏れた。
だが、束の間の喜びは次なる原住民の攻撃で、すぐさま現実に引き戻される。
「おふざけはここまでです。さあ、死になさい」
剣を持った原住民が俺に斬り掛かってきた。俺は咄嗟に左手の盾で受け止め、右手の剣を力任せに突き出した。俺の力が乗った剣は目の前の原住民に勢い良く向かう。そして、俺は剣の切っ先から強い反作用を感じた。
「オグゥ……」
原住民から濁った声が漏れる。同時に先ほどの反作用が、俺の剣が原住民の腹を突き刺した感触だったと理解した。
「ゴ、ゴボ…ゴボ……」
原住民の口から赤い液体が漏れる。血だ。血だ……血だ!
俺の驚きを余所に赤い鮮血を吐き出した後、原住民は地に伏した。そして、ピクリとも動かなくなってしまった。
「あ……あ……ああ…」
声が出ない。やってしまった。やってしまった…! 俺は、俺は人を殺してしまった。ショックのためか、俺は剣を取り落としてしまう。
「貴方、よくも私の仲間を刺してくれましたね。死になさい」
仲間を殺られて激昂した原住民が薪割り斧を振り上げて俺に襲い掛かってきた。迫り来る凶器を前に俺は急速に意識を取り戻す。咄嗟に左手の盾を突き出し、相手の武器を防ごうとした。
“ジャリリリ“
金属と金属を擦り合わせた不快な音がする。原住民の放った斧が盾の表面をなぞり、横滑りして俺の肩に向かってきた。
“あっ“と思う間もなかった。薪割り斧は勢い良く肩にめり込み、鎖帷子ごと俺の肉を断ち、骨まで斬り込んでいった。
「うわぁああああ!」
「うわぁ、痛そー」
肩から血があふれる。痛みと恐怖で涙と鼻水がこぼれた。焼ける様な痛みが肩だけでなく、脳を通して全身に走った。アリスの他人事の呟きも遥か遠くからに聞こえる。肩の痛みに耐え兼ね、俺は膝から崩れ落ちて原住民の足元に突っ伏した。
原住民は痛みに喘ぐ俺などお構い無しに斧を引き抜こうと力任せに引っ張る。その度に強烈な痛みが骨から頭に駆け巡り、俺は悲鳴を上げた。
「ぅああああああ! い、痛いぃいい!」
俺の悲鳴など気に掛ける素振りも見せず、原住民は斧を引っ張る。だが、深く食い込み、簡単には抜けない。力を入れる度に俺の絶叫がこだまし、原住民の額に不愉快なシワが寄せられる。
「ぐ……斧が抜けませんね。貴方は邪魔です」
腕力だけで斧を引き抜く行為を諦めたのか、原住民は斧の柄を持ちつつ、俺の胸に足を乗せ、力強く蹴りを入れた。
俺の胸に強烈な衝撃が走る。原住民は蹴りの力で斧を強引に引き抜き、勢いよく斧を引き抜いた。
俺は外科手術とは言い難い異物の除去に絶叫しながら、反動で勢い良く後ろに倒れ込んだ。
「うぎゃぁあああああああ!」
「ははは。貴方の左手はもう使い物になりませんね。では、次は頭です」
原住民が斧を高々と持ち上げる。俺は左手に持つ盾で頭部を庇おうとするが、肩の傷はかなり深く、左手はピクリとも動いてくれない。
ああ、また斧だ。オークランドでも斧で殺され、ここでも斧で殺される。つくづく斧には縁が無いと言わざるを得ない。
俺が全てを諦めた時、男が動きを止めた。あれ?一体なんだ。
「はい、そこまで。これ以上はゴンスケが死んじゃうわ。ここからは私が相手よ」
「ア……アリス…」
アリスが原住民の腕をギリギリと捻り上げていた。一体、その細腕のどこにそんな力があるのだろうか。ボヤつく思考の中で、俺は疑問を感じた。
「ぐ、ぐぐぐぐ……は、離してください」
「ダメよ。今からアンタの体中の骨をボキボキに折ってあげるんだから。まずは、右手ね。はい」
“ボキリ“
太い枝を折ったかの様な音が辺りに響く。その音と同時に原住民の絶叫が響き渡った。
「はい、次は左手ね。その次は右足、最後は左足ね。その後はチューブラーベルの巣穴に叩き込んであげるから」
「や、やめてください。その手を離してください」
脳内チップの誤動作から言葉だけ聞くと、アリスが
「貴方、その手を離してください」
「お、忘れてた。アンタもいたわね」
弓を持った原住民が状況の変化に遅ればせながら理解したのだろうか、矢を番えて威嚇してきた。矢の先端は鋭く、俺の装備なんか簡単に貫けそうだ。
だが、アリスは気にも止めず、もう一人の斧を持った原住民の左手をへし折っている。周りに動ぜす初志貫徹をするアリスさん、俺はあんたが恐ろしいよ。
無視をされて気に障ったのか、弓を持った原住民は怒りの表情を見せる。そして、忠告を無視するアリス目掛けて矢を引き絞り、勢いよく解き放った。
「貴方、死になさい」
矢が風を切り、アリス目掛けて飛んでいく。あまりの速さに俺は声も出なかった。危ない、アリス!
“パシ“
「へ?」
「ぬぉ!?」
俺と弓を持った原住民は素っ頓狂な声をあげてしまった。
アリスは斧を持った原住民の右足を踏み折りつつ、左手の人差し指と中指で矢を軽々と掴み取ったのだ。矢の勢いはとてもじゃないが、指二本で止められる程度ではなかったはずだ。アリス、お前、一体何者だ!?
「ふふふふ、これは地球で読んだ漫画から編み出した技よ。じゃ、これはアンタに返すわ。はい!」
アリスが二本の指で挟み込んで矢を投げ返した。矢は勢いよく空中を飛来し、弓を持った原住民の脳天を貫いた。そして、原住民は声もなく、その場に倒れ込んだ。
「はい、命中。そして、後はコイツの左足だけ、っと!」
「ウギャァあああああ」
原住民の絶叫がこだまする。アリスが踏み抜いた先には原住民の足が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
「はい、おしまい。後はコイツをチューブラーベルの巣穴に投げ込むだけね」
アリスが本気でバケモノの巣穴に投げ込むつもりと分かって、原住民は涙を流しながら、声を上げた。
「おい! 止めろ、このアマ! なんでもするから、止めやがれ!」
アレェ? なんでか知らないが、急に原住民の声が粗暴になったぞ。もしかして、敬語と罵声が逆に翻訳されてるのか?
だとすると、あの原住民は必死で命乞いをしていると言うことか。煽っている様にしか聞こえないが……
「ダメダメ。情けは人の為ならず、って言うでしょ? あ、あそこなんか、チューブラーベルがいそうね。じゃ、いってらっしゃーーーい」
「て、てめぇ! 止めやがれ! 後生だぞ、いいのか!?」
男の声を無視して、アリスは暗がりの広がる火山洞穴の近くに原住民を放り投げた。うーん、なんていう怪力だ。信じられん。
と、言うより、“ 情けは人の為ならず“って意味が違うぞ。
原住民は地面を二転三転して、火山洞穴の近くで横たわった。原住民はもはや生きているのが、やっとの如く荒い息と苦悶の表情を浮かべる。全く可哀想に。アリスに喧嘩なんて売るから、そうなるんだぞ、と心の中で思った。
俺が原住民のいる辺りを見ていると、暗がりから何やらウネウネとした物体が目に入った。なんだあれ?
「ア、アリス。あの辺りに変な生き物がいるように感じるんだけど……」
「ゴンスケ。見てて、今から最高のショーが始まるわ……ほら来た!」
アリスが歓喜の声を上げる。一体何だろうかと俺がアリスの視界の先を見ると、触手状の生き物が原住民を囲んでいた。
「チュ、チューブラーベルだぁ!」
原住民がそれだけ言うと、為す術なく触手に絡め取られ、火山洞窟の奥に引き摺り込まれた。
恐ろしい光景だ……これが、火吹き山か。俺は大自然の厳しさに思わず肩の痛みを忘れて見入っていた。
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