第二章 火吹き山の英雄譚

第一話 武器屋

 オークランドでの一件から数日が経った俺は、報酬リワードによる80万クレジットを手にしていた。


 80万クレジットを手にした、と言っても数値の話だ。別段、手元に現物がある訳ではない。俺はアリスから支給された情報端末を見ている。端末には80万クレジットが自分の暗号口座クリプトウォレットに入っている画面が表示されていた。


「実感が湧かないなぁ」


 俺はカフェで黒銀茶を飲みながら呟いた。コーヒーのような苦味があるかと思えば、後から甘さが口中に広がる。相変わらずよく分からない飲み物だが、味は最高だ。

 

 俺の呟きに傍にいる青髪の美少女ことアリスが反応した。


「ま、表示上はただの数字だけど、実際にはちゃんとお金として使えるわよ。80万クレジットかぁ。初投稿では、かなりの報酬よね」

「やっぱり?」

「ウンウン、上出来、上出来。やっぱりオークランドでの戦争の引き金になった動画だもん。見る価値ある動画よねぇ」


 アリスはとても嬉しそうだ。一方の俺はとても複雑な気分となった。


 しかし、金が入ったのは嬉しい。一文無しの俺の80万クレジットもの大金(?)を手にしたのは大きい。

 しかし、80万クレジットって実際に大金なのか?


「なあ、アリス。80万クレジットって日本円だと、どれくらいだ?」

 

 俺の疑問にアリスは両手を広げて“ヤレヤレ“と言った表情を見せる。


「まったく。経済的交流が無い地球、それも、ど田舎の日本円とか言う地域ポイントと80万クレジットを比較してどうするのよ。購買力平価を測れるワケないじゃない」


 日本円を商店街のポイントみたいに言うな。


「ま、ネクロポリス基準で言うと、80万クレジットあれば数ヶ月は生きていけるわね」


 アリスが顎に手を当て、考えながら答えを返す。数ヶ月くらい、か。あんまり残らないんだな。


「でも、MovieCherとして大成するなら、もっといい装備や道具に投資しなくちゃ。そう考えると、生活費を残して装備を整えるわよ!」


 アリスがガッツポーズをして片目でウィンクした。その後、両腕を曲げて力こぶを作るダブル・バイセップスのポーズを取った。力強いポーズは彼女の見た目とは裏腹な強さを象徴しているのか、ブレない姿勢でビシッとした格好になっている。

 うーん、やるな。だが、この場にボディビルのポージングは如何なものかと思う。やれやれ、この美少女は黙っていれば、本当に可愛いのになぁ……


 俺はアリスの次のポージングを無視して、端末に映る80万クレジットの文字を見る。80万……もし日本円だとしても大金だ。持っていれば生活が豊かになるに違いない。

 だけど、何が出来るかと言うと、こじんまりとした欲望しか満たせない。せいぜい海外旅行に行くか車を買うか、現実の範囲内での想像を満たせる金額でしかない。


 残念ながら、俺が欲しいのは超高速宇宙船で、100億クレジットという途方もない金額の品だ。想像の理外にある物を買うならば、80万クレジットを元手に稼ぐのが妥当だ。


「次の動画、か。そうだな、80万クレジットだけじゃ、治療費も返せないし、宇宙船も買えないしな。それなら、80万クレジットを元手にMovieCher用の道具を買うか」

「そうそう。その意気よ」


 アリスは嬉しそうな表情を見せる。俺がMovieCherとしてやる気なのが嬉しいようだ。 


「まずは、装備を整えましょう」


 アリスはまたもや空間から物質を取り出し、カタログらしき本をドンと机に置いた。


「この本に商品が載ってるわ。さ、まずは装備を選びましょう」

「やけにアナログだな。ネットショップとかそんなモノで注文すると思ってた」

「ふふん。ただのカタログ本じゃ無いわよ。例えば、この刀剣店のページを開いて、この“入店“って買いてある文字を押してみて?」

「こうか?」


 週刊誌の裏に載っているような剣と盾がびっしり載っているページの上部に“入店“の文字があった。俺は言われた通りに文字を押した。


 すると、一瞬で視界が変わり、俺は剣と盾が多数飾ってある店に移動していた。


「お? お?」

「おう、いらっしゃい。兄ちゃん、武器をご所望かい」


 カウンターに座る白髪で薄汚れた前掛けをつけた男から声を掛けられた。男は右肩の三角筋と前腕筋が大きく発達していた。


 ふふふ、筋肉好きなら分かる。恐らくレイズ系の種目を右側だけ高重量でやっていたのだな。三角筋以外に前腕が発達しているのは、高重量の負荷による副産物だ。


「おじさん、なかなか良い肩してますね」

「あん、肩? まあな、毎日槌を振るってるからな。ここにある武器も俺が作った自慢の一品よ。気に入った物があれば手に取ってみてくれていいぜ」


 ダンベルじゃなかった。槌?と言うことは、この人は鍛治師か。そう言われると、男が着けている前掛けも所々焦げた跡があった。

 

「へへへ、驚いた? ゴンスケ」


 空間から割って入って、アリスが俺の目の前に現れた。


「おわっ!? アリスか。びっくりした。お前も来たのか」

「ま、来たってのとは別だけどね。今の私たちはホログラムよ。ボタンを押すことで、原住民のお店に私たちの姿を投影しているだけよ」

「ホログラム〜? じゃあ、俺たちは幻で実際にはここにいないってことか?」

「そうよ。でも、三次元投影ソリッドビューイング技術を使って、指定空間内なら物を触ったり、相手から触れることもできるわ」

「つまり、今の俺たちは実体がある、ってことか?」

「ん〜正解!」


 アリスが変な溜めを作って返答する。なにかの真似だろうけど、俺は知らない。


 変な物真似をしているアリスを放置して、俺は自分の腕を見る。見た感じは完全に俺の腕だ。ホログラムとは思えない。俺は壁に掛かった盾を手に取ってみる。……本当に手に取れた。

 

「すごいな、これ……」

「お! 兄ちゃん、お目が高いねぇ。それは当店で一番のオススメの小盾さ。ちょっと加工が難しい素材を使ってるから高ぇけど、いいもんだぜ」

「え? あ、いや、そうですか。ふーん」


 すごいと言ったのは三次元投影ソリッドビューイング技術のことで、盾じゃないんだけど……まぁ、いいや。


 ついでながら、盾をシゲシゲと見てみる。灰色に輝く金属で、どうも鉄じゃないようだが、なんの素材だ、これ?


「すいません、この盾って何で出来てるんですか?」

「お、気に入ってくれたかい? 聞いて驚くな。“ミスリル“だ」

「“ミスリル“!?」


 ミスリルってゲームや小説とかで出てくる架空の鉱物だよな。まさか、現実にあるなんてびっくりした。盾を持ちながら、俺はウキウキしながらアリスに話し掛けた。


「おい、アリス、アリス。いま聞いた? この盾ってミスリルらしいぞ。すげぇな。ファンタジーな魔法鉱物なんて、すっごい強いんじゃないかな? これ」

「ああ、ただのチタン合金の盾じゃない。なに言ってるの?」


 開いた口が塞がらなかった。


「い、いや。さっきこの盾がミスリル製だって……」

「ミスリルってのはチタン合金のことね。ほら、灰色に輝く感じが小説とかに出てくるミスリルっぽいでしょ?」


 俺は愕然がくぜんとした。ファンタジーなんて夢だったのだ。ちくしょう! 俺の夢を返せ!

 だが、アリスの次の一言が俺の心を少し踊らせた。


「まあ、魔法鉱物って言う点はある意味合ってるわ。チタン合金は精神感応テレパス強度も強いし魔法投射兵器マジックランチャーと相性が良いのは確かよ」

精神感応テレパス強度? なんだそれ」

超能力サイキックが物理作用を起こすには、人の精神波が物体に作用する必要があるの。その精神波の作用する度合いが精神感応テレパス強度よ」

「ほーん。精神感応テレパス強度が低いとどうなるんだ?」

「魔法が発動しない、もしくは低威力の魔法になるわ。だから、魔法を使う人は精神波を強化するアイテムや精神感応テレパス強度が高い装備をつけるの」


 この世界のは超意識科学を始めとした各種科学が混ざり合った擬似魔法サイエンスマジックだ。

 あれから調べたが、超意識科学は人の思い精神が質量を持ち、物理作用を引き起こす科学だそうだ。本当かどうか俺には知る由も無い。しかし、オークランドでは人やオークが魔法を使っていたこともあり、実際に目の当たりもした。眉唾まゆつばながら超意識科学の作用を信じることにした。


「チタン合金には精神感応テレパス強度が高いだけじゃなくて、精神波を増幅する効果もあるの。あとでお古の魔法投射兵器マジックランチャーをあげるから、チタン合金の盾を買ってみたら?」

「え? 魔法投射兵器マジックランチャーをくれるのか?」

「ええ。オークランドで約束したでしょ。結構古いけど、十分使えるわよ」


 アリスの“大丈夫“と言う言葉を聞き、頭が痛くなった。俺はオークランドで頭をかち割られてから、“大丈夫“と聞くと頭痛がする体質になってしまった。300万クレジットで、この変な体質も治せるだろうか。


「よし、おっちゃん。せっかくだから、俺はこの盾を買うぜ」

「おう、ありがとうよ。金貨10枚になるぜ」

「き、金貨?」


 おい、クレジットじゃないのかよ。


 俺は情報端末に表示されている80万クレジットを見やる。どうしよう。これで金貨と変えてくれるのか?


「あ、あの。80万クレジットしかないのですが……」

「あん? クレジット? なんだそりゃ」

「で、ですよねぇ〜」


 俺は非常に困った顔をしてアリスを見る。アリスは俺のことを放っておいてショーウィンドウに並んでいる指輪を見ていた。ちょっと、アリスさん、こっち見てください。


 俺はコソコソとアリスに近づき耳打ちする。


「な、なあ、アリスさんよ。このお店、金貨で払えって言ってるんですけど……どうすればいいですか?」

「あ、そうだった。ちょっと端末貸して」


 アリスは俺から端末を受け取り、ポチポチと何か打ち始めた。手元を見ると、何かアプリっぽい物をダウンロードしているみたいだ。


 準備が終わったのか、アリスが俺に端末を返してくれた。端末の画面にはお金の形をしたアイコンが一つ追加されていた。


「はい。このお金のマークをタップしてちょうだい」

「こうか?」


 端末の画面が切り替わり、金額入力画面と為替レートと書いた文字が表示された。


「そうそう。でね、ここに金額入れる欄があるでしょ。この欄に欲しい金貨の枚数を入れると、自動的にクレジットとの為替かわせレートが表示されの」

「こうか?」

 

 言われるがままに入力画面に“金貨10枚“と入力した。すると、為替レートで“20万クレジット“と表示された。


「でね、“換金“ボタンを押すと金貨がテレポートして来るわ」

「こうか?」


 ボタンを押すと、空中から金貨がポトポトと落ちてきた。画面には“ご利用ありがとうございました“と書いてある。なるほど、換金所の役割をこのアプリが持つんだな。


「ま、脳内チップをもっとアップグレードすれば、換金も脳内だけで完結するんだけどね」

「脳内チップのアップグレードか。そうだな、翻訳機能も強化したいし、後でアップグレードしにいこう。とりあえず、盾を買うよ」

  

 俺は金貨10枚をカウンターの男に手渡し、盾を受け取った。俺は盾を手に装着して天高く掲げる。

 この盾と魔法投射兵器マジックランチャーがあれば、俺も魔法が使えるようになるんだ。なんだか嬉しくなって、重要なアイテムを手にしたゲームのキャラクターを真似てみた。


「兄ちゃん、似合ってるぜ。ついでだ。剣も買って行ったらどうだ? これなんて兄ちゃんにぴったりじゃないか」


 商売上手な男から更なる商談を持ち掛けられた。いいでしょう、いいでしょう。俺は男から推薦された武器や防具を手に取り、これから先の冒険に想いを馳せるのであった。

 

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