エピローグ〜MovieCherデビュー〜

 オークランドでの騒動から数日後、今、俺は惑星ネクロポリスの病院にいる。病院にいると言うことは、放射性物質除去ラッドアウェイを治療中だと思うだろう。だが、俺がここにいる理由は違う。


 あの後、残念ながら俺は死んでしまったのだ。MovieCherになって初めての死亡とクローン生成となってしまった。


 なお、気になる死因は被曝死ではない。脳天へ手斧が直撃したことによる脳裂傷だ。

 オークランドには平和が訪れたはずなのに、なんで手斧が飛んできたんだろうか。頭に斧が刺さった前後から記憶が曖昧なため、よく分かってない。理解しているのは、焼けるような痛みとブラックアウトする自分の記憶だけだ。


 病床の傍らには能天気に空間上へスクリーンを広げてMoviechを視聴しているアリスがいた。お見舞いに来たと言っているが、俺を心配する素振りは全く無い。


「アリス。俺が死んだ理由って一体なんだったんだ?」

「え? なに?」 


 コイツ、俺を無視して真剣ガチで動画を見てやがった。俺は憮然とした顔を見せるが、アリスには通じない。

 アリスは耳をピンと弾いた仕草をした後で俺に向き直り、口を開いた。


「で、なに?」

「……あのさ、俺は何で死んだんだ? 俺を殺した奴はいったい誰だ? それに、オークランドはあれからどうなったんだ?」

「そんなにたくさん言われてもねぇ。ま、Moviechを見れば氷解するわよ。丁度、今再生していたの。はい」


 アリスは空間にスクリーンを投影し、Moviechを展開し始めた。目の前に映し出されるスクリーンから高解像度の俺とアリスが映し出され、会話がクリアに聞こえてきた。


『オラァ!』

『キャッ! 何するのよ。オークに頭でも殴られたの?』


 俺がオークランドの正体を知って、エアーちゃぶ台返しをしたところだ。誰が撮ったか知らないが、俺とアリスを上から俯瞰した映像が流れている。


「なぁ、この動画って、いつ撮ったんだ? アリスはカメラを持っていなかっただろ? それに、なんで俯瞰した動画になってるんだ?」


 あ、今度は俺視点でのアリスが映っている。一体どうなってんだ?


「ああ。これね。俯瞰映像は周辺に撮影用ビットを飛ばして映しているの」

「撮影用ビット? そんなの飛んでたか?」

「目で見える大きさじゃないわ。蝿より小さいのよ」


 蝿より小さい? そんな大きさのカメラがあるなんて、流石だな。もはや惑星ネクロポリスの科学力にはちょっとした程度では驚きを感じなくなってきた。


「あとね、一人称視点の動画は私やゴンスケの脳内にあるチップから取り出した映像ね。他には、衛星での撮影や原住民の脳内をハッキングして動画を抜き取ったりしてるわ」

「じゃあ、この映像も俺の脳内チップから取り出した映像か? おかしいな、ちょっとアリスが美化されている気がするけど……」 

「ふふん。それは、ゴンスケが私を実際より綺麗に思ってるからよ。この動画はチップ内で認識した映像になってるから、ね?」


 アリスがウィンクして俺に応える。


 だが、画面が切り替わる度、わずかだがアリスの顔が普段の顔になっている映像が度々映った。おそらくだが、Photoshop空間を歪める能力的なモノを使ったな。

 

「まあ、いいや。それより俺が死んだ場面まで飛ばしてくれよ」

「はーい」


 アリスが指をクリクリして何も無い空間を操作する。何やら丸いチャンネルをいじっている様にも見える。


 アリスの所作により、映像が早送りされる。シセロに矢で射られそうになった場面、村長に唾を吐き掛けられた画面、俺とシセロが会話する画面が次々に流れていった。画像と音声が高速で流れるのに、なぜか脳内ではキチンと理解できる。これは脳内チップの効果なのか……ん?


「ちょっとストップ」

「なに? ああ、シセロとの会話のところ?」

「そうだよ。あのさ、俺、こんなこと言ってないんだけど……」

「そうね。脳内チップが勝手に翻訳したみたい。ま、通じてるんだからいいでしょ?」

「いや、よく無ぇ! 通りで微妙に話が噛み合わないワケだよ」

「ま、過去のことだし、いいでしょ。過ぎたるは及ばざるが如し、ね」

「そのことわざは使い方がちがーう!」

 

 ちくしょう、通りでアリスが半笑いだったワケだ。分かってたなら説明してくれよ。……動画的には面白いかも知れないけど。


 くそ、納得はいかないが、先に進むとしよう。今更どうこう言っても遅いしな。


 動画はアリスがオークの集落を襲うところ、泣き叫び、逃げ惑うオークを楽しそうにアリスが追いかけるところが、アリスの素敵な哄笑と共に高速で流れている。俺はもうドン引きだよ。

 

 それから動画は俺が放射性物質入りの回復アンプルを打って光輝き始め、“光しもの“となって平和が訪れたシーンとなり、遂には件の場面になった。


 ───

 ──

 ─


『どうしたの? ゴンスケ。サッサと帰りましょうよ』

『なあ、アリス。あそこの物陰……何かいないか?』

『私が見てきますよ、ゴンスケさん。きっと、ゴンスケさんやアリス様にお礼を言いにきた村人ですよ。挨拶しそびれて、様子を伺っているだけです』


 そう言って、コレットちゃんが茂みに向かう映像が流れた。その光景を見て、俺は何か思い出しそうになる。


 コレットちゃんが茂みを覗き込むと、突然、腕を掴まれて茂みに連れ込まれた。


『コレット!』


 映像は俺の主観で映し出されている。横から轟くシセロの声が悲痛な響きを奏でていた。正面からは俺の驚きの声がこだまする。


『お前、どうしてここに!?』


 茂みの中から現れたのは、小柄な体躯を持つオークだった。そう、こいつを俺は知っている。グロゴスだ。

 

 グロゴスは四天王とか言われていて、それなりの強さのオークだった。部族の中でも結構な地位にいたのだろう。そのためか、部族自体に強い誇りを持っていた。だからこそ、族長のアグナロックが決めた人間との不可侵協定を受け入れられず、部族を飛び出したのだ。


 そのグロゴスがどうしてここにいるんだ?


 グロゴスは俺を睨め付けて恨みがましく口を開く。


『裏切リモノメ……貴様サエイナケレバ、族長ハ騙サレナカッタ。貴様サエイナケレバ、我ガ部族ハ偽リの平和に欺カレルコトはナカッタ。貴様サエ! 貴様サエイナケレバ!』


 グロゴスは左手にコレットちゃんを抱え、喉元には短剣を突きつけている。下手に刃向かえばコレットちゃんに危害を加えるつもりなのは一目瞭然だった。


『ゴンスケ、あれってアグナロックと言い争ってた小さなオークじゃない。アンタにすっごいガンつけてるけど、何したの? 小さいからってカツアゲでもしたの?』

『するかバカ! あいつは俺がぶっ飛ばしたオークの四天王の1人だ。くそ、俺に根を持って、ここまで来やがったんだ』

『ふーん。じゃ、またやっちゃえ。いけ、ゴンスケ。今度はぶっ殺せ!』


 さらっとバイオレンスな発言をされても困る。映像がアリス視点に切り替わり、画面には苦笑いと焦りから歪んだ顔をした俺が映っている。


『バカ言うな。勝てたのだって、マグレに近いんだ。それに、今度はコレットちゃんが人質になってるんだ。手出しができないぜ』

 

 歯軋りして策無しの俺の横にシセロが近づいてきた。


『ゴンスケ、頼む。オークであるお前が説得してくれ。このままではコレットが……』


 シセロの哀願とも取れる声が聞こえる。焦燥した表情は普段の傲岸なシセロとの違いを色立たせ、如何いかに状況が切迫しているかを思い知らしてくる。


 動画が俯瞰に切り替わり、俺が前に歩む姿が映っている。シセロの言う通り、グロゴスを説得しようとしているみたいだ。


『グロゴス、頼む。まずは話をしよう。そのためにも……』

『人質ガ気にナルカ。デハ、返シテヤロウ』

『キャッ』


 グロゴスがコレットちゃんを俺に投げ付けた。前のめりで倒れ込むコレットちゃんを俺が咄嗟に抱き抱える。


『ツイデにコレも……クレテヤル』


 この時、俯瞰だから分かったが、グロゴスは背後に手斧を隠し持っていたことが見て取れた。


「危ない!」


 俺は思わず動画に対して声を出した。そうだ、思い出した。俺はこの後……


『シネ! この裏切リモノメ!』


 グロゴスが隠し持っていた手斧を俺に投げつけてきた。コレットちゃんを抱きかかえる俺には、勢いよく飛んでくる手斧を受け止めることもかわすこともできなかった。

 

『んが!?』

『ゴンスケ!』

『ゴンスケさん!?』

『あ、刺さっちゃった。痛そー』


 俺の額に手斧が生えた。アタタタタ、思い出したら額が痛くなってきた。映像を見ると更に痛々しく感じる。


 シセロとコレットちゃんは俺の変わり果てた姿に心配と驚愕から声を上げる。アリスは完全に他人事だ。


『ハハハハハ、ザマアミロ。裏切リモノメ! ハハハハハ』


 グロゴスは軽業師よろしく村の外壁を飛び越え、颯爽さっそうと逃げていった。シセロが矢をつがえて射掛けるが、既に矢の射程から外れていた。虚しく矢は地面に突き刺さるのみだった。


『くそ! あのオークめ。逃したか』

『兄さん、そんなことより、ゴンスケさんが! アリス様、早く回復魔法を!』

『いや、コレもうダメじゃない? おーい、ゴンスケ、大丈夫?』


 俺は完全に目が虚でピクピクしている。はっきり言って、助かるとは思えなかった。だが、俺はアリスの一言に反応して最後の言葉を振り絞った。


『あ、大丈夫、大丈夫……大丈…夫……ッガク』

『ゴンスケさーーーん』


 俺の最後の言葉──大丈夫──


 全然大丈夫じゃなかった。白目を向いて、俺は死んでしまった。もっと気が利いたセリフを吐きたかったが、最後なんてこんなモノかも知れない。


 ─

 ──

 ───

 先ほどから額が痛い。なんだか頭に手斧が刺さったままのような感じがする。


「イタタタタタ! 額が痛い!」

「気のせいよ、気のせい。アンタの場合、パックリ割れた額も治ってるから、幻肢痛ファントムペインなんてあるわけないんだから」

「でも、精神的に痛いんだよ!」


 ああ、目をつむると何故か光景と痛みが蘇る。傷は無いけど額がジンジンする。一体何故?


「あ、そっか。死ぬ直前の記憶まで一緒に復活しちゃったのね。まあ、最安の保険だから仕方ないわね」

「クゾォぉ……。なんてことだよ」

「ま、お金が貯まったら、記憶除去メモリスイープすれば大丈夫よ。とりあえず、体の調子はどう? 大丈夫なら、また冒険よ」

「う……大丈夫って言わないで。あの光景を思い出すから」


 俺は額を抑えて頭を振る。


 ふと見ると、動画はまだ終わっていなかった。俺が死んだ後も動画…基い世界は続く。動画にはオークランドがどうなっていったのか映していた。


『人間ドモ! ヨクモ“光しもの“ヲ!』

『貴様ら、よくもゴンスケを!』


 動画ではオークと人間が大規模な戦争殺し合いを展開していた。一体何故? オークランドは平和になったんじゃなかったのか?

 もしかして、早くも協定が忘れ去られたのか?


「あ、コレね。あの後、オークと人間で“どちらがゴンスケを殺したのか“と言うことで争いが起きたの」

「なんだって!?」

「オーク側は救世主のゴンスケを人間が殺したって思ってるわ。逆に人間側はオークが殺したのを目撃しているから完全にオークを憎んでるわね」

「なんだってそんなことに!?」


 俺は頭を抱えた。俺の死がきっかけで、また争いが起きてしまうなんて。しかも、今度は規模がでかい。辺りの村々が集まったり、部族が統合したのか、あからさまに人間やオークも数が増えている。


 アリスは特に何も感情を示さず、動画を見ながら淡々とした言葉を放った。


「だから言ったでしょ?」

「はぁぁぁああああ……」


 俺はとてつも無く大きなため息を吐いた。こんなにも早く争いが再開するなんて、思いも寄らなかったからだ。


『死ねぇええええ』

『オマエラガ死ネエェエエエエ』


 戦場の声で耳が痛い。動画の中では人とオークが血で血を洗う争いを繰り広げている。


「ま、クヨクヨしないで。次行ってみよ?」

「……そうだな。こんなになっちゃったら、もう、俺に出来ることも無さそうだし。死んだはずの俺がオークランドに行ってもニセモノ扱いされるかもしれないしな」


 と、言ったけど、正直言うと、俺は適当な理由を述べたに過ぎない。俺はオークランドの先行きに絶望し、これ以上何かをする気になれなかったからだ。

 シセロやコレットちゃんには悪いが、俺にはもう何も出来ない、したくない。


 ……そう言えば、その後、二人はどうなったのだろうか。


「……なあ、シセロやコレットちゃんはどうなったんだ?」

「シセロはアグナロックと戦って死んだわ。アグナロックも人間たちに殺されたわ」

「なっ!? そうか……」


 衝撃的な事実だ。だが、あり得る事態だ。だって、戦争なんだから。誰しも無事とは限らない。それがシセロやアグナロックだとしても……


 しかし、シセロは人間側でのリーダー格だったはずだ。今の動画で人間側を率いる男はシセロじゃないのか。ヤケにシセロと似ている気がするが……いや、シセロは弓使いだったから前衛で戦うのはおかしいか。

 人間側を率いるこの男は鉄でできた杖を持って、先陣切ってオークの頭をかち割っている。こんな奴、いたかな?


「この人はコレットよ」

「にゃにぃい!? おい、どう見ても髭面のおっさんだぞ! コレットちゃんはもっと華奢で可愛らしかったろ!?」

「あの惑星の原住民は二十歳を超える辺りで性別を男性か女性か選べるのよ。それまでは、半陰陽で女性でもあり男性でもあるの」


 なんだと!? そこでアリスの一言で合点がいった。俺が眼鏡型装置アイウェアでコレットちゃんのステータスを調べた時、“半陰陽“と出ていたのは、まだ二十歳を超えてなかったからなのか。

 広い宇宙、そんな人たちがいてもおかしくない。おかしくないのだが……


『世界の理に掛けて……身体強化マッスルブースト! オラァ、死ねぇ!』


 魔法を使い、自らの肉体を強化した髭面のコレットは、オークの頭を杖の形にへこませる。俺は呆然とその光景を眺めることしかできなかった。


 〜MovieCherデビュー編 完〜

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