第二十一話 幻想
なんで? なんで? 俺の考えって平和的じゃない? お互いが争わなかったら、平和で安心できるのに、なんで否定するの。協力して生きていった方が絶対いいじゃん。
俺は彼らの言っていることがまったく理解できなかった。一体何があるんだ?俺はグルグル回る頭を押さえながら、オークと人間に聞いてみた。
「人間ガ生理的ニ嫌イデス。ダンゴムシ以下デス」
「こんなクソムカつく顔と一緒に生きる? ハッ! 所詮はオークだな、馬鹿丸出しだ」
……あれ? コイツらもしかして、感情で俺の話を全否定しているの? いやいや、ちょっと待ってよ。俺の話を論理的に理性的に聞こうよ。
お互い協力したら、より良い世界になるかもしれないんだよ? もっと安心して暮らせるんだよ?
なのに、『生理的に嫌い』『顔がムカつく』って小学生みたいな理屈をこねないでよ!
俺が頭を抱えていると、アリスがポンと肩に手を置いた。
「ゴンスケ。アンタ、地球の理屈で考えてるでしょ?」
「え?」
「あのねぇ、彼らにはそんな理屈なんかどうでもいいのよ。平和だろうと利益があろうと、嫌いな相手と共存なんて出来ないのよ」
「アリス〜、だけどさ、お互いを分かり合って未来を築くのは理に適ってないのか? 協力すれば、平和になるだろ?」
俺はアリスに疑問を投げ掛ける。“地球の理屈“とは平和で行こう、ってことだ。平和は大事だ。お互いが協力し合えば、平和で豊かになるだろう。なんでそんなことが分からないんだ。俺は理解に苦しんだ。
だが、アリスの次の一言で分かってしまった。分かり合えるにも上限があることを……
「ゴンスケ、アンタ、ゴキブリと同じ部屋で暮らせる?」
「へ?」
「ゴキブリはそれなりに知性があって、会話らしき物ができるとするわ。でも、そんなゴキブリと暮らせる? 彼らはアンタと同じ布団で寝て、同じ食器を使い、同じ料理を分け合うゴキブリよ」
「そ、それって……どう言う意味?」
ああ、俺は分かってしまった。そう、分かってしまった。
人間とオークはそんな仲なんだ。
「私はムリ。絶対ムリ。ゴキブリなんて見ただけで叩き潰しちゃうわ。それくらい生理的に無理なの」
「アリス……俺も分かって来たよ。確かに無理だ。俺も無理だ。そんな生活、耐えられない」
人間にとってのゴキブリがオークで、オークにとってのゴキブリが人間なんだ。これはもう無理だ。遺伝子レベルでの嫌悪感を持っていると言っても過言ではない。……そんな人間を食べてたオークってもしかしてゲテモノ喰い?
「でもさ……争いは無しにしたい。共存は無理でも、お互いが領地を決めて不可侵を決めれば、争いは起きないだろ?」
「そうね。ゴンスケが言えば、オークは守ってくれるわね。人間側も私が言えば、守ってくれるはずよ」
「頼むよ、アリス」
「ま、それくらいいいわよ。おーい、みんな、集まってぇ!」
俺はアグナロック含むオークに領地について協議した。アリスにはシセロたち人間たちとの協議をお願いしている。
オークたちは俺の意見に賛同してくれた。彼らとしては、人間たちの顔も見たくないので、相手が境界を守ってくれるなら賛成だと言ってくれた。
人間たちもオークが約束を守るならば、自分たちも境界を守ると言ってくれた。
オークたちは森、人間たちは草原に生きる道を選んだ。結局、お互いの理解はままならず、目に見える境界で隔離した世界を生きることになってしまった。
オークと人間はお互いを睨みつつ、協定を結んだ。この世界の風習なのか、お互いの腕を切り、血で書いた板にお互いの署名を交わすことで約束は結ばれた。
「なあ、アリス。これで良かったんだよな? これ以上は無理だったんだよな?」
アリスはしばし黙考する。そして、考えがまとまったのか、結論が出なかったのか曖昧な返事してきた。
「そうね。良かったかもしれないし、悪かったかもしれない」
「……そうなのか?」
「この協定は百年、いえ数十年したら誰かに破られるわ。彼らの文明では、未だに記録媒体に紙すら無いのよ。あの板に書いた血文字だって、数年で見えなくなるわ。そうなったら、誰も協定のことも気に掛けなくなる」
「……」
「ま、気にする必要ないわよ。所詮は原住民と実験動物の約束でしょ。未開の文明なんて、そんなものよ」
身も蓋も無いことを……。だが、アリスの言うことも分かる。
時代が経つ毎に、板で書いた文字なんて読めなくなるかもしれない。下手すると、板自体だって保たない可能性もある。
記録が無ければ、後は口伝だ。だが、伝聞は情報の完全性を保てない。今はまだアグナロックやシセロ、コレットちゃんも生きている。しかし、彼等もいずれ寿命で亡くなる。ならば、後は当時の事情を知らない人から人への口伝のみだ。人の口から伝わる内に、本来の意味や重要な事項が抜け落ちていく。
結果として、『なぜか知らないが、相手の土地に入っては行けない』点のみが残る。だが、理由無き協定は守るべき意義を失い、いつか誰かが協定を破るに違いない。それが、オークか人か、どちらが先かは分からない。
「そうなのかな……」
俺はオークと人を見る。平和になったはずだけど、人とオークはお互い目を合わせない。彼らの間にある憎しみは部外者である俺には理解できない事柄でしかなった。
だが、一時だろうと、平和には違いない。俺は己が為した行いに達成感を噛み締めることにした。それが、自己満足に過ぎない行為だったとしても……
その時、オークの一団から騒ぎが起きた。その騒ぎは当然ながら、平和を歓喜する喜びの声では無く、新たな紛争の火種となる怒りに満ちた声だった。
俺は意識が現実に引き戻され、騒ぎの先を見る。そこには、俺が倒したグロゴスがアグナロックと言い争っている光景が目に入った。
「族長! オデは納得ガイキマセン。人ド協定ナド、オーグの誇リニ泥ヲ塗ル行為デス。ソレニ、オ父上ノ仇ハ、ドウナサルノデスカ!?」
「グロゴス、オデは“光しもの“ノ言葉ニ従ウ。父ノ仇討チハ残念ダガ諦メタ。オデは
「バカナ! ソンナ昔ノ伝承ナド、何ノ意味がアルノデスカ!?」
「グロゴス、コレは命令ダ。オデの言ウコトが聞ケナイノカ?」
グロゴスは思いっきり、人間との協定に反対している。彼にとって、人間は許せない存在、“光しもの“など大昔の迷信なのだ。だからこそ、アグナロックの考えに納得がいってないと分かる。
それよりも、グロゴスは別の思いがあるように見える。先ほどから俺へ強い視線を向けている。
「聞ケマセン。ソレニ、アノオーグは裏切リ者デスヨ。俺ハアイツにヤラレマシタ。族長は“光しもの“ガ裏切リ者ダトシテモ、信ジルのデスカ!?」
「……信ジル。オデは伝承を信ジル」
「……見損ナイマシタゾ」
グロゴスとアグナロックとの間に亀裂が入った瞬間だった。グロゴスは俺に一瞥をくれると、アグナロックに背を向けて森の中に消えていった。彼はもうこの部族には戻らないだろう。俺の“平和への思い“がオークたちの絆を切り裂いた気がして、やるせない気持ちになった。
───
──
─
人間とオークたちの争いが終わり、俺とアリスは人間たちの村に帰ってきた。人間たちはオークとの不可侵協定により訪れた平和に歓喜した。俺が提案した人間とオークの協力関係は叶わなかったが、人々の喜びの顔を見て少しばかり気分が良くなった。たとえそれが束の間の平和だとしても。
村長は上にも下にも置かぬ態度でアリスを出迎えた。俺への態度もあからさまな敵意から少しだけ軟化した態度のように見える。村長には少なくない不満があるが、許してやることにしよう。
「アリス様、まことにありがとうございました。……そこの光ってるオーク、お前にも感謝してやる。一応、お前も少しだけ協力したらしいからな」
前言撤回。本当に感謝してるんか? このジジイ。
「ま、これで今回も終わりね。じゃ、私たちは帰るから」
「え? アリス様、もう去られるのですか。せっかくの宴の準備が……」
「何いってるのよ。この平和は私がもたらした平和じゃないわ」
そうだ。俺だ、俺。俺の考えなんだからな。アリス、言ってやれ。
「シセロやコレット、それに村人たちのおかげよ。それに、この戦いで死んじゃった人たちもいるわ。祝うなら、その人たちのために祝ってあげて」
俺は? ねぇ、俺は?
「アリス様、ですが……」
「じゃ、私たち用事があるから帰るわね。早くしないとゴンスケが被曝死しちゃうし」
そうだった! 俺のチンケな承認欲求を満たすより、急いで惑星ネクロポリスに戻って
なんだか吐き気もするし、めまいもする。気のせいか体の動きが悪くなると共に、輝きも鈍くなってきた気がする。俺の体力と輝きが連動しているのも変な話だが。
名残惜しんでいる村長を後にして、俺とアリスは村の出口まで戻った。そこには、息を切らしたシセロとコレットちゃんが待ち受けていた。
二人は村長から俺たちが直ぐに戻らなくてはいけないと聞いたのか、名残惜しそうな顔をしている。息を切らしたのは急いで出口まで駆けて行き、待ち構えていたのだと推察できた。
「アリス様。村長から伺いました。……もうお帰りになってしまうのですか。あなたへの恩返しもできず、我が身の力無さを恥じ入るばかりです」
「アリス様、それにゴンスケさん。お二人の力で村は救われました。本当になんとお礼を言っていいものか……言葉にできません。名残惜しいですが、仕方がありません」
二人は俺たちに感謝の意を述べ、別れを惜しんでいる。いや、シセロは俺に何にも言及していない。相変わらずムカつく奴だ。
シセロは俺の顔を見て、視線を逸らす。そして、訥々と話し始めた。
「あ〜、その。なんだ。おい、お前」
「なんだよ」
「いや、その。あれだ」
俺は素っ気なく返事を返す。先ほどから態度もおかしいし、話も何が言いたいのか分からん。一体何なんだ。
シセロは俺と再度視線を交わす。相変わらずキツい視線だ。だが、キツい視線にも関わらず、何か憑き物が落ちた目をしている。シセロが俺を見る目は以前のように憎しみと差別的な視線では無かった。
「もう、兄さん。ゴンスケさんに失礼でしょ。ほら、最後なんだから」
「あ、ああ。くそっ、分かってる……」
シセロは何やらブツブツと不平を言った後、俺を見据えて話し始めた。
「……おい、お前。……今回は助かった。礼を言う。お前がオークとの仲を取り持ってくれなかったら、この平和は無かった」
「お、おう……」
意外な一言だ。散々嫌っていた俺に対して、シセロが感謝してくるなんて。
「正直、アリス様だけでも良かったが……それだとオークとの争いは止まなかっただろう。今になって思えば、お前の案が最適だったと思う」
「そ、そうか……」
「正直、この協定がいつまで保たれるか分からない。だが、お前の仲立ちが決して廃れること無いように俺も努力する。……ありがとう、ゴンスケ」
「私も努力します。だからゴンスケさん、安心してください」
俺は感動した。なんだよ、アリス。見ろよ、シセロを……コレットちゃんを! こんな人達がいるんじゃないか。平和を愛する人々がいるじゃないか。彼らの様な人間がいるならば、この先も平和が続くに違いないと俺は思った。
しかし、俺がアリスを見ると、呆れた顔つきをしている。なんて奴だ。絶対にこの平和が長く続かないと考えているに違いない。
俺が憮然としていると、門の近くにある茂みが動いた気がした。
「ん?」
「どうしたの、ゴンスケ? サッサと帰りましょうよ」
アリスの台詞には、余韻もクソもない。俺は呆れるばかりだ。いや、そうじゃない。気になるところはそこじゃない。確かにさっき茂みで何かが動いた気がしたのだが……
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