第二十話 光しもの

 アグナロックが膝を突き、首を垂れる。シセロたちと戦っているオークたちも遠目ながら族長のアグナロックの負けを把握して、俺たちを見つめて呆然としている。

 シセロやコレットちゃんが息も絶え絶えで俺たちを見ている。どう見ても遠距離戦が得意な二人は、迫りくるオーク三人に押され気味だったようだ。表情には安堵の色が見て取れる。


 アグナロックは語らない。ただ、負けを認めているのか、右肩を抑え、己が身から離れた腕を見ている。


 長きに渡る戦いのため、辺りは日が暮れようとしている。夜のとばりが訪れ、徐々に失う日の光が幕引きを示しているかのようであった。


 勝者と敗者が決定した光景を俺は無言で見守るしかない。


「オレノ負ケだ。ゴロぜ!」


 アグナロックが血が流れ出る肩口を抑えて絞るように声を出す。負けを認めているが、声には凛々しさが残っている。


 俺はアグナロックの潔さにおとこを感じた。オークと人は相容れない存在だが、このまま殺してしまってもいいものか? なんとか共存、もしくはお互いを理解し合う生き方はないのだろうか。


 だが、アリスはお構い無しに剣を構える。


「分かったわ。じゃ、首出して」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って、アリス」


 俺は慌ててアリスを止める。俺の言葉にアリスとアグナロックが視線を向けてきた。

 その視線には、“一体全体、どう言うつもりなのか“と言わんばかりの圧が掛かっていた。


「あのさ、こいつ、生かしてやれないかな?」

「ナッ……キザマ、オレガらオーグの誇リズラ奪オウトイウノガ!? 裏切ルダケジャナク、はずかしメルツモリガ!?」

「そうよ、ゴンスケ。死にたがってる奴なんだもん。サッサと殺してあげようよ。それに、首刎くびはね動画って結構人気あるのよ。視聴数を稼ぐにはもってこいよ」


 なるほど。オークからすると、情けはむしろ侮辱なのか。無駄に生きながらえるより、花火の如く瞬間の生き様を望むなんてな。まさに、おとこだな。

 ……アリスの言い分はロクでも無いから聞かなかった事にしよう。


「ちょっと待ってくれよ。アグナロック、俺はお前を殺したくない。でも、お前をこのままにすると、また人に害をすかも知れないだろ? そうなると、今度こそ殺さなくてはいけなくなる。なあ、なんとか人と共存できないか?」

「人ド……共存? キザマ、オーグのクセシテ人ド共に生ギロと言ウノガ」

「ああ。お前たちは人を喰うらしいけど、人以外食べられないのか? 人以外を食べられるならば、人を襲う理由もないだろう?」

「………別に人がウマイカラ襲ッテイルワケデハナイ。敵対スル相手ダカラ、殺シテ食べるコトで相手ヲ征服スルノダ」


 食べることで相手を征服する?

 確か、アマゾンかどこかでは、征服相手の肉を食べることで、相手を屈服させる風習を持つ部族があると聞いたことがある。

 オークにとって、人間は敵だ。だからこそ、人間を殺して食べることで人間を克服しようとしていたのかも知れない。


 だが、そんな理由で争うのは馬鹿らしく感じた。俺からすると未開の文化で野蛮に感じる。そもそも、相争うのでなく、手を取り合って生きていけないのか。


「なあ、オークと人間が共に生きる世界はないのか?」

「アマイヤヅだ。ソンナコトがデキるワゲがナイ。モシ出来ルナラ、伝説のオーグダケだ」

「伝説のオーク? 何だそれは?」

「フッ……“伝説のオーグ“はオーグを導グ我ラの英雄ダ。伝説のオーグは、ソノ身ヲマバユイ光でツヅマレテおり、我ラを新ジイ世界に導イテクレル存在ダ。伝説のオーグの言ウゴトナラば、俺も従オウ」


 全身を眩い光で包まれた伝説のオーク? 何だろうか。背後に電飾でも付ければ、俺でも伝説のオークになれるだろうか。

 そうだ。アリスが持つ謎の空間から電飾らしき物を取り出せないだろうか。俺はアリスに顔を向け、自分の案を述べようとする。


 だが、突如として、強烈な吐き気がもよしてきた。しかも頭痛もするし目眩めまいもする。俺はフラフラとよろつき、膝を突いた。


「ウ……気持ちが悪い」

「もう、ゴンスケ。人の顔見て気持ち悪いだなんて……ちょっと、大丈夫⁉︎ 顔が真っ青よ」

「あ、ああ。大丈夫だ。大丈夫、大丈夫……ウぅ」


 俺は猛烈な目眩と共にその場に倒れ込んだ。ダメだ、立ってられない。何だろう、この感じ。もしかして、回復アンプルが間に合わず、失血し過ぎたのか。


 ああ、ダメだ。体が……体が熱い。熱い……熱い! 熱すぎる!


「熱ぅぅぅぅい!!」


 あまりの熱さに俺は飛び上がった。


「ゴ、ゴンスケ! ちょっと、あなた、何それ? 何よ、その体⁉︎」

「オォ……オォ……オ、オ前は…イヤ、アナタ様は……伝説のオーグ、“光しもの“!」


 え? なに? 伝説のオーク? 俺が? 光しものって何? アグナロックの言葉につられて、俺は自分の手を見ると青白い光が立ち上っていた。


「んん⁉︎」


 俺は思わず声が漏れた。光ってる。光ってるよ、俺。眩い光を放つ俺は全身に焼けるような熱さを感じる。一体何が起こってるの?

 混乱する俺の側に、“あっ“と言わんばかりに、何かに気づいたアリスがいた。おい、お前、俺に何したんだ?


 先ほど俺が打った回復アンプルの空きケースをアリスが拾い上げる。アリスは目を凝らしてマジマジと回復アンプルを眺めている。そして、納得がいったのかポンと手を叩いた。


「ありゃぁ。これ、放射性物質配合の回復アンプルだったわ」

「んだと!?」


 俺はアリスの一言に絶叫した。回復アンプルに放射性物質を配合するって、なんでそんなことしてんだ!


「いやぁ、思い出したわ。この回復アンプル、放射性物質を配合して、遺伝子レベルでの覚醒を狙うつもりで開発された物だったの。でも、実際には被曝して重篤じゅうとくな放射線障害を受けるだけで、まったく持って意味が無い代物だったの。私も流行はやりにつられて買ったけど、使わずに仕舞しまったままだったわ」

「にゃにぃ!? おい、俺はそんなヤバイ物を打ったのか?」


 今の俺が光っているのって放射性物質が光っているのか? なんてこった。このままじゃ、俺は被曝して死んでしまう。

 俺が焦りからまたもや不思議な踊りを踊っていると、アリスが笑みを携えて言葉を掛けてきた。


「ああ、大丈夫、大丈夫。ネクロポリスに戻って放射性物質除去ラッドアウェイを受ければ大丈夫よ」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。そうか、よく分からんが、放射性物質除去ラッドアウェイを受ければ大丈夫なのか。


「……多分」

「多分って何ですかぁ!?」


 おい、何だよ、その多分って。やめてくれよ、本当に。


 俺の混乱をよそに、アグナロックは輝かしい瞳で俺を見つめてくる。なんなんだよ、一体!?


「“光しもの“……オーグと人ドノ争イに光とドモに終結ヲ告ゲル救世主メシア……。何ドイウ神々シサダ……」

「? 違うよ、違う! 神々しいのとは違う! これ、放射性物質が出す光だろ!? 暗闇の中だから目立つだけで」


 なんてことだ。放射性物質で青白く光る俺を伝説のオーク“光しもの“と勘違いしているそ。だが、俺の混乱をよそにアグナロックは大粒の涙を流して俺を崇めている。さっきまでの俺への態度が嘘みたいだ。


 その時、アリスが思いついたのか口を開いた。


「ゴンスケ〜。いいじゃない、このオークがアンタのことを伝説のオークとか言ってるんだから。今ならアンタの言うことを聞いてくれるかもよ」

「あ……なるほど」


 そうだ。アグナロックたちオークにとって、今の俺は伝説のオークであり、彼らの救世主メシアに見えるらしい。ならば、俺の言葉を聞いてくれるかもしれない。


 ならば、救世主それらしく振舞うのみだ。俺は頭の中で『救世主ってこんな感じか?』とイメージしてアグナロックに語り始めた。


「アグナロック。今まで騙してすまなかった。俺はお前を試していた。お前が信頼のおける真のおとこだとな」

「オ、オオ……“光しもの“……オデハ、アナタノ目ニ叶ッタノですか?」

「もちろんだ。さあ、アグナロック。私からお前たちに伝えることがある。生きている者を集めるのだ」


 俺の命令でアグナロックが生き残りを集め始めた。斬り取られた片腕を止血しながら、満面の笑みで俺の頼みを聞いている。オークって異常なほど頑丈なんだな。


 小一時間すると、数十名のオークが俺の前に膝を折った。


「ヒ、“光しもの“……“光しもの“ダ」

「オォ、古ノ伝説ハ真ダッタ!」

「“光しもの“、我ラヲ導キクダサイ」


 皆が俺をたたえている。彼らの中で“光しもの“ってのは相当に大きな存在だったんだな。


 いつの間にかシセロやコレットちゃんも俺たちの側に来て、成り行きを見守っている。ここから先の展開が自分たちの未来につながるとなれば、当然か。


 オークたちは俺の言葉を待っている。一言も聞き漏らさんとばかりに。俺は期待に応えるべく、大きく息を吸って自分の考えを伝える。


「よし。みんな集まったな。聞いてくれ」


 オークたちの視線が俺に集中する。


「お前たちは人間たちとの長きに渡る戦いで多くのものを失った。とても悲しいことだ」


 シセロの視線が痛い。俺の言葉がオークよりになっていることが気に入らないのだろう。だが、俺の話はまだまだ始まったばかりだ。


「だが、人間たちも同様だ。お前たちと同じく多くのものを失った。それは何故か? 分かるか? はい、アグナロックくん」


 俺はアグナロックに指差す。頼むぞ、アグナロック。お前なら俺の期待に沿う答えを出すだろう。


「“光しもの“……理由ハ我らオーグと人間ガ、オ互イヲ憎ミ合ッテイルカラデス」

「正解だ! さすがアグナロックくん」


 俺に褒められて、アグナロックが嬉しそうだ。何だ、意外と可愛いところがあるじゃないか。


「お互いが憎しみ、協力しない世界……非生産的で不毛だと思わないか? さあ、どうだ? シセロくん?」


 今度は人間向けに話した。急に当てられたシセロは困惑気味でこちらを見ている。ダメだぞ、アリスに助けを求めても無駄だぞ。


「シセロくん、聞こえなかったのかな? 不毛だと思わないかな?」

「……チッ……。ああ、確かに不毛だな」

「正解だ! シセロくんは素晴らしい」


 シセロはあからさまに嫌な顔をする。コイツは相変わらずムカつく奴だ。だけど、返事するだけ前よりマシだな。一方のコレットちゃんは首が吹き飛ばんばかりにうなづいている。まったく、妹を見習って欲しい……いや弟、かな?


 オークと人間たちは微妙に言語体系が違う。お互い、なんとなく意思疎通はできるみたいだが、完全ではない。なので、俺はオークが何を答え、人間が何を考えているのか、それぞれに説明した。


 さて、次に述べることが俺の言いたかったことだ。


「ここまで言えばわかるだろう。オークと人間、争うことが不毛だと理解できたよな。ならば、協力して手を取り合って生きていくことはできるんじゃ無いのか? 両方が協力し合えば、より良い世界ができると思うんだ。どうだ?」


 俺の意見は希望の持てる未来への提案だ。オークは人間を食べる種族と思っていたが、別に人間を食べたくて食べてはなかった。食物連鎖とは関係ないなら、人間とオークは理解し合えるのではないか。言語の壁があるが、少しずつ学んで行けばいいのだ。

 俺の考えはとても平和的で生産的だ。皆、理解してくれるだろう。


 だが……


「ヤハリイヤデス。“光しもの“ノご意思デモ受ケ入レラレマセン」

「アホか。所詮はオークだな」


 全否定された。

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