第十九話 アリス様、助けてください

「ウラギリモノはゴロず!」

「裏切り者は殺す!」

 

 わぁ♪ 二人とも意見が一致したね。いつもそうなら争いなんて起きないのに。


 ってそうじゃない! そうじゃない。あかーん。このままじゃオークと人間の両方に殺される。


 俺はアワアワして両手を振って否定する。だが、焦りすぎてゆっくり話せない。俺の翻訳機能はゆっくり話さないと通じないんだ。焦れば焦るほど、言葉が速くなってしまう。


「ナニイッデルガワガラン!」

「何言ってるんだ、貴様!」


 またもや二人の声が同調した。ちくしょう! どうすりゃいいのさ、俺。いくら否定しても双方話を聞いてくれない。あかん、涙が出てきた。


 俺は焦りから腕をブンブン振り回し、否定の首振りをしながら足をバタつかせる。はたから見れば不思議な踊りだ。MPを絞り取る効果が無いのが悲しいぜ。

 

 その時、背後からのほほんとした声が聞こえてきた。


「ゴンスケ、あんた何踊ってんの?」

「ア、アリス……さん!?」


 またまた“さん“付けで呼んでしまった。いや、今の俺にとっては“さん“どころじゃない。“様“だ、“様“。アリス様、待ってました。


「アリスさまぁああ!」

「アリス様って……気持ち悪いわね。何があったのよ」

「聞いてくれよぉ。あいつら、俺のいうこと全然聞いてくれないし、俺を殺そうとするし、足が痛いし、もうどうしていいか、俺ワカンねぇよ」


 俺は安堵と不安と痛みが混じり合った感情でアリスに話をする。だが、内容は取り止めもなく出てきてしまい、まったく意味不明な言葉になってしまった。


「何言ってんのよ。もうちょっと落ち着いて……あ、ゴンスケ、足怪我してるじゃない。大丈夫?」

「痛いし大丈夫じゃないよ〜。回復アンプル、回復アンプルくれよ〜」


 俺は涙と鼻水を垂れ流しながら、アリスに懇願する。


「分かった、分かったから。涙を拭いて。えっと、回復アンプル……回復アンプル……と…」


 アリスが何も無い空間をゴソゴソといじっている。もはや見慣れた光景だ。少しの時間の後、アリスが緑色に輝く回復アンプルを取り出した。

 輝く回復アンプルを手にとったアリスは少し困った顔をした。そして申し訳なさそうに俺に言葉を告げる。


「あ〜、ゴンスケ? あのね、普通の回復アンプル切らしていて……だからね、少し特殊な効果がある回復アンプルならあるの。これじゃダメ?」

「と、特殊な効果ってなに?」

「うーんとね、ラベルが剥がれていて分からないの。だからね、打たないと判明しないわ」


 それだけ述べると、アリスは緑色の回復アンプルを手渡してきた。中の液体は前にもらった回復アンプルと異なり、ドロッとした粘性を感じ、どこか毒々しさを感じる。だが、背に腹は変えられない。俺は緑色に輝く回復アンプルをドスリと足に打った。


「おっふ……」


 緑の液体が俺の体に流し込まれる。以前使った回復アンプルの様な多幸感は薄い。だが、もの凄い勢いで傷が修復される感覚は感じられる。回復アンプルの摂取後、俺の足の怪我は完全に治った。


「やった! ありがとう、アリス」

「ま、お安い御用よ。それより、中々大変なことになってるみたいね」


 場の状況を一瞥して、アリスは人間側が劣勢であると判断した。相手のオークたちは全員手練れで、人間側はシセロとコレットちゃんくらいしか、まともな戦力がいないのだ。

 もしアリスがこの場に現れなかったら、負けていたに違いない。……その前に俺が両方の陣営から殺されていたかもしれないけど。


 そう言えば、アリスのやつ、何だって出番が遅れたんだ。オークの族長との戦いなんて、一番動画映えするんじゃないのだろうか。

 俺は疑問に思ってアリスに聞いてみる。


「なあ、アリス。今まで何してたんだ。相手はオークの族長だぜ。一番の見せ場にいないなんて、動画としても美味しくないぜ?」

「ああ、ごめんごめん。逃げ惑うオークたちを追いかけていたら、つい楽しくなっちゃってね。気付いたら、みんなとはぐれちゃったんだ」


 逃げ惑う相手を追いかけるって……悪党のセリフだぞ、それは。“ヒャッハー“とか言ってたんじゃなかろうな。

 いや、今更アリスの行動をどうこう言っても始まらない。それよりも、これからが決戦だ。


 ふと広場の中央に目を向けると、アグナロックは俺がアリスと会話している姿を見て、完全に裏切り者と判断したらしい。怒りのためか凄まじい形相をして、打ち震えている。

 対して、シセロはアリスを見て、俺が裏切っていないと判断したみたいだ。アリスが現れたこともあるが、安堵の表情を浮かべている。


 アグナロックは三人のオークたちに命令してシセロたちに背を向けた。

 シセロはアグナロックを追おうとしたが、他の三人のオークに阻まれてしまっている。どうやら、アグナロックは三人のオークにシセロたちの足止めを命令した様だ。アグナロックは背後の人間たちを一瞥もせずにゆっくりとこちらに歩いて来る。


 俺はゴクリと唾を呑む。盾を粉砕した戦槌バトルハンマーの威力を先ほど目の当たりにしたばかりの俺としては、どうしても恐怖を感じざるを得なかった。


 アグナロックは俺たちの目の前で歩みを止め、押し殺した声で話しかける。


「アオイアグマか……ゾレにウラギリモノのオーグめ……」


 重厚な声質は相手へ強い威圧になる。俺は額にじっとりと汗を感じていた。だが、アリスは平然とした顔で対峙している。どういう神経してるんだ、こいつは。


「オマエラはユルザナイ。トクニ、アオイアグマめ。十年前のアノヒを忘レルモノガ。オマエは父のガダキだ!」

「オ、やる? やっちゃう? いいねぇ。私、キミみたいな復讐者リベンジャーは大好きだよ」

「ナメるなよ! アグマめぇ〜」


 アリスのセリフは悪役にしか聞こえなかった。何だって煽りを入れるんだよ。ただでさえ怖いアグナロックの顔が般若の形相を超える顔になってるぞ。


「……イグゾ」

 

 一瞬の睨み合いの後、アグナロックが風をまとうが如き神速で戦槌バトルハンマーを振り下ろしてきた。視界に捉えた戦槌バトルハンマーは俺の反射神経を完全に凌駕りょうがしていた。あまりの速さに脳が追いつかない。俺は何一つ身動き出来ず、戦槌バトルハンマーの流れだけをただ目で追うしか出来なかった。


「シュッ」


 しかし、アリスは違った。素早く剣を抜き払い、アグナロックの腕に切り掛かったのだ。対するアグナロックも流石というべきか、瞬時に腕を引き、剣の軌道から回避する。

 それに伴い、戦槌バトルハンマーは俺の鼻先をかすめただけで、むなしく地面に振り下ろされた。……死ぬかと思った。


「ッグ……」


 おや、アグナロックが腕を押さえている。よく見ると血が流れていた。どうやら、アリスの剣速はアグナロックの動きより少しばかり速かったみたいだ。完全にかわしたと思っていたが、アグナロックの腕をわずかに切り裂いていたのだ。


「ヤルな、アオイアグマめ」

「ヘイヘイ、そんな傷程度で何言ってるの? 掛ってきなさい、この臆病者マンチキン!」


 おぉーい! 煽るな、煽るな、アリスさん。なんて性格してるんだ。意地が悪いぞ。しかし、俺の思いとは異なり、アリスの挑発に対してアグナロックは冷静に返す。


「フッ、オトクイノ挑発か? 父もオマエの挑発にノッデ、スキガデキテジマッダ。ゾゴニオマエにツケコマレダ。同じてつを踏ムドオモウナ!」

「ふーん。やるじゃない。オークは直情型の馬鹿ばかりと思っていたけど、あんたは見所あるわね」


 何と。アリスはわざと相手を煽っていたのか。そうだよな、こんな美少女が性格悪かったら、俺、幻滅しちゃうぞ。……でも、本当にわざとか?


「口惜シイガ、オマエハオレヨリ強イ。ダカラ、我ガ部族に伝ワル必殺ノ奥義で相手シヨウ。コレガ効カナケレバ、オレノ負ケダ」

「お、いいねぇ、必殺技。動画映えしそう」


 アグナロックは必死なのに対してアリスは動画映えしか気にしていない。何だか、温度差の違いが可哀想になってきた。

 アグナロックは戦槌バトルハンマーを横に構え、何やら呟いている。ん? 何だ。精神集中のおまじないか何かか?


「世界の理にガゲデ……霧影フォッグ

「! 魔法⁉︎」


 アリスが初めて慌てた表情を見せる。いや、それよりも今、魔法って言ってなかったか? オークって魔法使えるのか。

 アグナロックの魔法詠唱らしきモノが終えると、全身から湯気が吹き出し、霧状に湧き立っていた。湯気はいつしか霧となり、アグナロックを覆い隠して視界がぼやける。一体どうなっているんだ。


霧影フォッグ……視覚遮断型の妨害魔法ジャミングよ。まさか魔法で姿を隠すなんてね。少し侮りすぎたわ」


 アリスの呟きとも取れる言葉が漏れる。この状況はアリスも想定だにしてなかったと考えられる。と、言うことは少し、まずい状況じゃないのか。


 湯気はだんだんとアリスと俺も包み込み、あたり一面が霧のように包まれた。手を前に突き出してみると指先が見えなくなった。相当深い霧のようだ。

 ふと横を見ると、いるはずのアリスすら見えなくなっている。これはマズい。この状態で襲い掛かられたら、ひとたまりもない。


「おお、何も見えないぞ。アリス、どこにいるんだ?」

 

 俺は手探りでアリスがいる辺りを探す。ん? 何だか柔らかい物があるな。なんだこれ? と、思っていたら霧から突如拳が飛んできた。

 

「フゲッ!」

「どこ触ってんのよ、ゴンスケ!」


 どこって? 知らないです。でも何だか得した気分だ。俺は顔面を殴られて、そのまま地面にぶっ倒れた。

 地面から拳が飛んできた方を見る。あの辺りにアリスがいることは分かった。おぼろげながら、アリスらしき姿も見て取れた。


 だが、アグナロックはどこだ? 俺が辺りを見回すと、アリスの後方にある霧の中からうっすらと戦槌バトルハンマーが浮かび上がってきた。それと同時にアグナロックの体もぼんやりと輪郭が見えてきた。


「アリス! 背後だ」


 俺は思わず叫んでいた。アリスは俺の声に素早く反応して身をひるがえし、剣を構える。よし、間に合った。これなら戦槌バトルハンマーを迎え撃てる。


 と、思っていたら、アリスは再度反転して戦槌バトルハンマーに背を向けた。俺はアリスが何をしているか分からず、混乱する。


 戦槌バトルハンマーは霧を切り裂いてアリスの脳天を狙う。このままではがアリスに命中してしまう。ダメだ、かわせない。

 だが、戦槌バトルハンマーが命中する前にアリスは何もない空間に剣を振るった。


「グォ…オオオオォ!」


 アグナロックの絶叫と思しき声がこだまする。その声に呼応したのか、戦槌バトルハンマーはピタリと空中で止まり、そして霧散した。俺は一体何が起きたか分からず、呆然とするしかなかった。

 

 しばらくすると、段々と霧が晴れていった。視界が正常に戻った先、俺が見た光景は片腕を切り落とされたアグナロックと赤々とした剣を持つアリスの二人だった。


「まさかあんたがオークメイジだったなんてね。霧影フォッグで身を隠して私を攻撃するなんて、やるじゃない」

「クッ……」

「それに、こっそり幻影分身ダブルも使ってるなんてね。ただの原住民や木端こっぱMovieCher冒険者だったら霧で作った分身と気づかないで死んでたかもね」


 幻影分身ダブル? それも魔法なのだろうか。よく分からないが、言葉から察するに自分の幻影を作り出す魔法なのだろう。確かに、視界がさえぎられている霧の中で使われたら厄介極まりない。しかし、その二つの戦術を見抜くアリスも流石だ。


 アグナロックも必殺の戦術が破られて悔しいと言うより不思議そうだ。


「ナゼ……ワカッタ?」

「簡単よ。あんたの幻影分身ダブルが作った戦槌バトルハンマーには、濃霧にも関わらず、全く水滴が着いてなかったの。で、これはおかしいと思って耳を澄ますと、見当違いの方から息遣いがしたのよね。そこから顔、腕、体の位置を推定して剣を払ったってわけね」

「アノ霧の中で……ソンナ一瞬デ、ソゴマデ……?」


 恐ろしい程の知覚と洞察力だな。この会社、アリスともう一人しかいないと言っていたが、本当に零細企業なのだろうか。MovieCherって、みんなこれくらい出来るのか?

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