第十八話 族長アグナロック
俺がグロゴスを倒した後、辺りに他のオークがいないか見渡す。四方を見てもオーク、人含めて動く者はいなかった。
先ほど、グロゴスに殺された村人を見る。戦争とはいえ、目の前で人が死ぬ光景は、日本で過ごした俺からすると、衝撃だった。死んだ村人を
俺は、流れ出る血を止めるため、シャツの一部を切り裂き、
この俺が助かる唯一の方法は、アリスを探して回復アンプルをもらう必要がある。
この前、オークに尻をナイフで刺された時、アリスが持っていた回復アンプルだと、瞬時に傷が
剣を鞘に入れ、杖代わりに歩いていく。足の痛みで思う様に歩けない。だが、アリスを探さなければジリ貧になるのが目に見えていた。
重い足取りで集落を徘徊していると、奥の方から怒声が響き渡った。その怒声は凄まじく、辺りの建物を振動させていた。俺はその声量に驚き、身震いした。
怒声の主は何かに対して有らん限りの怒りを向けている。その対象が人間であることは明確だった。
「ギザマラぁ〜ヨグも、ヨグもナガマヲ、トモを、カゾグをゴロじだなぁ! 今度はアグナロッグ様が相手だぁ」
俺は声だけを頼りに状況を推し量る。どうやら、声の主は部族長ことアグナロックだ。周りを
うーん、それにしても、どこかで聞いたことがある声だなぁ。
アグナロックは何者かと対峙しているみたいだ。もしかすると、アリスか? その可能性は大いにある。
アリスは人間側のボスみたいなものだ。オークたちからも青い悪魔と恐れられている。そのボスキャラと部族長が戦いを挑むことは至極当然に思えた。
アリスがいる可能性を感じ、俺は声のする方向に向かうことにした。
足がズキズキと痛む。一歩足を前に出すだけでも俺にとっては至難の技だ。痛みで鈍る思考で、この先の状況を思い描く。
声の先にはアグナロック以外にオークたちも集まっているかも知れない。もし、今の状態でオークと戦う羽目になったら、今度こそお終いだ。だが、今の俺にとって、オークとの戦いを思い描くより、サッサと傷を治した後の未来しか考えられなかった。
重い足を引きずり、声の元にたどり着くと、そこは大きな広場だった。広場には先ほど俺の肩を叩いたオークの他に三人のオークがいた。対して人間側はシセロ、コレットちゃん、他には大きな木の盾と槍で武装した村人が四人ほどいた。
数の上では人間側が有利だが、個の力ではオークが上に見える。その証拠にオークたち四人は平然としているが、人間側は皆が息を切らし、体力の限界が近く見える。村人の中で一番強いはずのシセロも顎が上がっているし、コレットちゃんに至っては片膝をついている有様だ。
オークの内、
そのオークは怒りに満ち満ちた表情で人間たちに怒声を浴びせる。
「どうだ! このアグナロック様の力を! 十年前の父のヨウニハイガヌ」
なんと⁉︎ あいつがアグナロックだったみたいだ。
「くっ、やるな。……流石はオークの族長だけある」
「に、兄さん……アリス様は……どこに?」
あのシセロが少し弱気になっているな。それよりもコレットちゃんの一言が気になる。そうだ、俺もそこが気になっていた。
アリスはどこにいるんだ?
そもそも、アリスがいれば人間側が劣勢にはなっていないだろう。集落に単身で先駆けして、複数のオークたちと一人で斬り結んでいたくらいだし。
「ハナジハオワリダ! イクゾ」
アグナロックの掛け声と共に背後にいたオークたちが一斉に人間側に襲い掛かった。人間側はシセロとコレットちゃんを守る様に四人の村人が前に立ちはだかった。
アグナロックの
陣形が崩れた村人の隙を見逃すオークたちではなかった。アグナロックの後ろにいる三人のオークが隙を見て村人たちに斬り掛かった。
「ぐぁっ!」
「ぐっ、くそ……」
四人の村人の内、二人が凶刃に倒れる。残りの二人も少なくない怪我を負ったのか、腕を抑えて倒れ込んだ。
しかし、人間側もただ受けるだけではなかった。背後にいるシセロの一矢が放たれたのだ。矢は村人たちの間を
その隙にコレットちゃんがオークの一団に何やら投げ込んだ。オークたちは慌てて物体から距離をとり、遅れて大きな爆発音と共に黒煙が上がった。
なんだあの爆発は? あれが魔法かな? そう言えば、アリスが魔法には触媒がいると言っていたな。コレットちゃんが投げつけた物体が触媒なのかな?
それにしても、こりゃあかん。オークたちは実に見事な連携と接近戦を繰り出している。人間側も反撃はしているが、オークの戦闘技術の方が上だ。このままでは負けてしまうに違いない。
俺が戦いの行方をぼーっと見ていると、シセロが俺に気づいたのか大声で怒鳴ってきた。
「おい、オーク! 何を見ている! 支援しろ」
コイツは相変わらず俺を名前で呼ばねぇな。ムカつくので無視しよう。
「ゴンスケさん! お願いです。支援をお願いします」
ハイハイ。コレットちゃんのためなら頑張りますよ。シセロは知らん。むしろやられちまえ。
しかし、頑張ると言っても足の怪我がひどい。こんな怪我で役に立つだろうか。だからと言って助けを求められているのに無視はできない。俺は剣を杖代わりにして広場の中央まで出ていくことにする。
俺が広場まで行くと、アグナロックが俺の方を見てきた。
「オマエ…ザッギノヤツだな? 怪我をしてイルヨウダナ。タタカエルカ?」
「おい、オーク! 貴様、足を怪我しているのか。ちぃ、だがいないよりはマシだ。剣を抜いて戦え!」
アグナロックとシセロの両方が俺に声を掛ける。えっと……どう答えようか。
「いやぁ、あの、その。戦うっていうかなんというか……」
「何をイッデイル! ハヤグ剣を抜いデ戦え!」
「貴様! 怖気付いたか! 早く剣を抜いて戦え!」
二人の声が同時に俺に向かった。いや、あの、ちょっと……どちらからも仲間と思われている。いやぁ、モテる男は辛いなぁ……ってそうじゃない!
「ン?」
「うん?」
流石にアグナロックとシセロが違和感に気づいたのか、お互いの顔を見合わせている。
「オイ! ナンデ、人間がオマエに話ジガゲデいる? どうイウゴドダ? マサカ、ウラギルツモリカ!?」
「おい、オーク。どういうつもりだ。なんでアグナロックが貴様に話し掛けているんだ。やはり、裏切るつもりだったのか!?」
あかん。両方から疑われてる。俺は双方に誤解を解くべく、ゆっくりとそれぞれに事情を伝えようとした。
「いや、ち、違うよ。うん。違う。両方とも勘違いしている。まず、俺はオークじゃないし……」
「ウゾヅゲ!」
「嘘つけ!」
二人とも俺が話し終わる前に全否定してきた。
普段は争っているばかりのくせに、俺がオークだと勘違いしている点は一致している。普段からそれくらい息が合っていれば、争いなんか起きないのに……
俺は見えない涙を流した。
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