第二十七話 夢見る少女

 街を襲った魔獣ゴンスケー(俺)がムアニカに退治されてから二日経った。俺が街の破壊を避けたおかげ(?)か直接的な被害はまったく無く、表面上、人々は平穏を取り戻していた。

 しかし、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の部下こと魔獣ゴンスケーの襲来は、街の人々の心に少なくない精神的ダメージを与えていた。街の大通りを歩くと不安を感じさせる会話が嫌でも耳に入ってくる。芝居とは言え、街の人々を脅かした俺は、若干の罪悪感を感じていた。

 そんな憎まれるはずの俺は、クックロビンこと“神使ロビン“の矢に当たり、改心してからにしている。

 しかし、これが最初から仕組まれた芝居だと真実を知っているのは、クックロビンやアリスを除けば誰もいない。神獣となった俺は今や神使ロビンと同じく女神アーリスとか言う面妖な女神の使徒だ。これから、俺たちはムアニカと共に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒す英雄譚リアルロールプレイを紡ぐ手筈となっている。

 なんだか多くの人を騙している様で気が引けるな。

 

 俺が改心(?)してからの二日間、クックロビンはムアニカたち騎士団の連中と作戦会議に明け暮れている。俺も参加したかったけど、元である点が災いしたのか、警戒されて参加させてはくれなかった。やはり神獣になったとしても、人々の疑いは簡単に晴らせないのだ。

 作戦会議にも参加できないため、俺は特にやることがなかった。そのため、無駄に街をブラブラしながら過ごしている。ただ、元であるために、監視の目は付けられている。今、俺の横には、監視役に付けられた少女が警戒して俺を凝視している。

 未だあどけなさが残る少女は短剣を腰に佩いて、俺の一挙手一投足にビクついている。警戒と言うより怯えていると言う表現が正しいと思う。なんで、こんな子供を俺の監視役に付けたのだろうか。

 少女は俺の行動のことあるごとに短剣の柄に手掛け、俺に敵意よりも恐怖の色合いが強い視線を送る。別に何かする訳でもないにな……

 俺の思いなど伝わるはずもなく、彼女の所作に俺は言い様の無い罪悪感を覚える。

 俺たちにとって、街を襲った行為は芝居でも、魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の恐怖に駆られている人々には笑える話ではなかったと、改めて思い知らされる。


 心の澱を吐き出すかのように、軽く嘆息すると、少女がまたも短剣の柄に手を掛ける。もはや見慣れた光景だ。少女の挙動を無視して、街頭に立ち並ぶ市場の一つを眺める。そこにはたくさんの食料品が並べられており、リンゴの様な果実が陳列されていることに俺は興味を惹かれた。


「この星にもリンゴってあるんだな」


 誰かに話したつもりでもないのだが、少女は俺の言葉に反応する。その声には少なくない驚きと戸惑いが感じられる。

 しばしのためらいの後、少女が口を開いた。


「魔獣でも……リンゴを食べるの?」

「ん……? そうだな。リンゴは食べるけど、別に好きでも嫌いでもないかな」


 ただの独り言から二人の間につたない会話が始まる。俺の一言に少女が探る様に言葉を返した。


「ねぇ、魔獣は…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は……魔獣とか魔王の眷属は何を食べるの?」

「別にお前たちと一緒だよ。まあ、俺は筋トレのために肉をよく食べるけど」

「それって……人の肉?」

「そんなもん食わないぞ。鶏肉だ。それも“ささみ“か胸肉がオススメだ。あ、胸肉って言っても皮は食べないな」

「肉が好きなんだね」

「肉だけじゃないぞ。筋肉のためには野菜や炭水化物も必要だぞ。炭水化物ダイエットとかあるけど、ありゃダメだ。筋肉が落ちてリバウンドがひどい。やるならば、筋肉を維持して内臓の機能を落とさない食事と運動が大事だ」

「炭水化物? ダイエット? リバウンド?」


 あ、しまった。また筋トレの話になってしまったので、自説を滔々とうとうと喋ってしまった。少女も聴き慣れない言葉が出て困った顔をしている。俺は言葉を取り繕うべく話の修正を試みる。


「とにかく、ちゃんと食べないと体に良くないぞ。肉も野菜も炭水……もとい穀物とかもな。お前、よく見ると結構細いな。それじゃあ、剣を持つのも大変なんじゃないか?」

「……うん。私、姉さんの様になりたくて、騎士団に入ったけど、体も大きくないし、力も弱いから全然剣も上達しないんだ」

「でも、お前も騎士なんだろう?」

「違うよ。私はまだ従士で、騎士のお付きなの。一人前の騎士になるためには、剣術の他にもいろいろ学ばなくちゃいけないんだ」

「そうなのか。じゃあ、騎士見習いってことか。大変だな」


 このズールー王国の騎士制度はよく分からない。だけど、西洋の騎士制度みたいなものだと思われた。西洋の騎士制度では、騎士になるために騎士団に入る必要がある。騎士団に加入して、騎士として必要な様々なことを学んだ結果、騎士に叙任されると聞いたことがある。学ぶ内容は剣術や礼儀作法、それに騎士に必要な教養とかだ。従士というのは、騎士になるために修練している騎士見習いのことなのだ。

 なんで、惑星ダンジョンの住人が西洋の騎士制度みたいな文明を発展させたのかは分からない。思うに、人の考えというのは時間や空間を超えて似通ってるのだろうか。根っこのところは違うかも知れないけど。


 俺がズールー王国の騎士制度に考えを巡らせていると、少女が不思議そうに顔を覗き込んできた。先ほどまで見せていた警戒の色はやわらんでいる。

 

「どうかしたのか?」


 俺の一言に少女がビクリと体を震わす。まだ完全に警戒は解けていないようだ。いや、俺は魔王の手下と言う位置づけだ。簡単に気を許す相手なワケ無いのだ。驚くのは当たり前か。

 そんな状況の中、突然の俺からの声掛けに、少女はアタフタしながら言葉を返した。


「あ、あの、その……話を聞く限りだと、魔獣とか神獣とかも私たちと同じなんだなぁ、って思って」

「そりゃ俺は人間だからな」

「え? そうなの?」


 あ、しまった。神獣そういう設定であることを忘れていた。気を抜いていたためか、うっかり素で答えてしまった。……適当に言い訳するしかないか。

 

「元人間だ。、な」

「元……なの? じゃあ、今は一体なんなの?」

「ああ。神獣だな、一応。アリス……じゃなくて、女神アーリスの使いの使いってことらしいな」


 嫌味たっぷりにを強調させて言い放つ。そんな俺をみて、少女は不思議そうに俺を見つめて口を開いた。


「なんだか他人事みたい」


 う……しまった。アリスへの嫌味がボロとなって出てしまった。俺は気まずい視線を少女に向ける。しかし、少女は疑いの目ではなく、純粋に疑問を持った目で俺を見つめていた。この世に真の邪悪が無いと信じるかの様なまなこを持つ少女は、俺に次の質問を投げ掛ける。


「ねえ、それよりも神獣って何?」


 それは俺にも分からない。だって、適当に決めたんだから。だからと言って、答えも適当にするワケにはいくまい。先程からの俺の失態を少女は気にも留めていない。しかし、何度も繰り返せば、いつか怪しまれる。無難な答えを返すとするか。


「神獣ってのは、その、あれだ。女神の使いみたいな者だ」

「女神ってアーリス様なんだよね。ねぇ、何でアーリス様は女神なの?」

「いや、そりゃ女なんだから女神だろ。女なのに男神だとおかしいだろ」

「私の聞きたかったのはそこじゃ無いの。だって、アグニアスマ様や他の神様は全員男なのに、何でアーリス様だけ女神なの?」


 ヤベぇ、適当すぎた! このままではまずい。俺は咄嗟の言い訳を考えて口に出した。

 

「あ、あれだよ、あれ。アリスの奴、華奢なクセして、俺より力が強いから、男と間違われてるんだよ。大体、おかしいだろ、BIG3が400越えの俺より力が強いってさ」

「BIG3って、なに? 後、アリス? アーリス様じゃ無いの?」


 あかーん! 筋肉ネタで墓穴を掘ってしまった。話が明後日の方向に行った挙句、ドツボにハマるとは、俺はなんて間抜けなんだ。

 苦笑いで嫌な汗を流す俺に対して、少女はキラキラとした目で尋ねてくる。先程までの恐怖など微塵もないようだ。少女は純粋な好奇心を俺に寄せている。 

 なんだろうか。この少女には、見栄を張らずに言っても許される気がしてきた。戸惑いながら、俺は言葉を少女に向けて発した。


「BIG3ってのは、ベンチプレス、デッドリフト、スクワットの総重量のことさ。俺はベンチプレスが110、デッドリフトが150、スクワットが140でトータル400のスコアなのさ」

「なに言ってるかぜんぜんわかんない」

「だろうな。だから、見せてやる。そこに岩があるだろ? 俺が持ち上げてやるよ」

 

 俺が指した先には市場から少し外れた先にある広場だ。広場は芝らしき植物で敷き詰められており、その中央にはポツンと大きな岩が取り残されていた。大岩の重量は、パッと見は100キロくらいかな?ま、姿勢さえ気をつければ何とかなるかな。

 しかしながら、少女は岩を見て、驚きの顔を見せて、首を横に振る。


「あの岩? ダメだよ、アレは試しの岩と呼ばれている岩だよ。街の力自慢が何人も持ち上げようとして、腰を砕かれた岩だよ!」


なるほどな。あの岩は確かに重量がるだろう。普通の人なら、腰を悪くして終わるだろう。

 しかし、この俺ならば造作も無い。今こそフィジカルを見せる時だ。


「まあ、見てな」

「本当? どうなっても知らないよ」


 俺は少女の忠告をありがたく受け取る。しかし、聞き入れるつもりは無い。俺の背中を見つめる少女を残して、広場まで歩みを進め、岩に取り付いた。まずは手が掛かる箇所を探ると、幸いにも下部に掴みやすい窪みがあった。この感触ならば上手く力が入るな。よし、いくぞ。俺は腰を低くしてデッドリフトの要領で力を込めた。


「ふんぬ!」


 俺はハムストリングに力を入れて、足の力で岩を地面から引き離す。中腰からは脊柱起立筋を使い、一気に持ち上げた。


「おりゃ!」


 俺は渾身の力で岩を腰と背筋を使って岩を放り投げる。投げると言っても、横に放るだけだ。遠くに投げるには重すぎるな、流石に。

 だが、街の住人には驚きの動きだったみたいだ。“ワァ“と歓声が上がり、拍手が巻き起こった。知らず知らずに注目を集めていた。少女も俺への拍手を送っている。


 俺は手をパンパンと払い、少女の元に戻る。そして、少女に向けて“どうだ“と言わんばかりに力こぶを見せつけた。


「すごい……ねぇ、どうやったら私もあんな力が出せるのかなぁ?」

「トレーニングさ。適切なトレーニングと食事と休息が強い力を作るんだ。簡単なものじゃないがな」

「トレーニング? ねぇ、お願い。私にもその“トレーニング“を教えて。私も力をつけて姉さんみたいな……ムアニカ騎士団長みたいな騎士になりたいの」


 ムアニカの妹である少女“アジエ“は、俺の顔を見つめて頼み込んだ。その瞳には強い決意と姉への憧憬が見てとれた。こんな顔をされて断るワケにはいくまい。


「うん? まぁ、いいか。どうせやることもないしな」

「ありがとう。えと……神獣……ゴンスケー?」

「ゴンスケだ。ゴンスケでいいよ。頭に“神獣“や最後の“のび“もいらない」

「分かったわ。ゴンスケ。あ、私の名前はアジエ。ズールー王国第三騎士団所属のアジエよ」

「よろしくな、アジエ」

「うん。よろしく、ゴンスケ」


 妙な流れになったけど、アジエの信頼を得る結果になった。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すまでの間だけど、少しばかりの罪滅ぼしが出来る気がして、俺の気が晴れていった。

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