第二十八話 次なる舞台

 それから、更に二週間が経った。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とズールー王国の戦線は膠着状態のまま、まるで動きが無い。時折、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のファンが姿を見せるが、本人の動きが特に無いのも不気味なところだ。

 そもそも“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が魔王とか言う存在になっているのも妙な話だ。アイツの“虐殺動画ジェノサイド“ってのは、他人を使って虐殺させるのも有りなのか? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の仲間である帽子屋ハッターダムディーも表に出ていないのは不思議だ。一体、何を考えているのか。


 俺が考えにふけっていると、声を掛けられた。アジエだ。アジエは額に玉の様な汗を流し、少し荒い息遣いをしている。


「ゴンスケ。腕立て伏せ二十回とスクワット二十回の三セット終わったよ」

「ああ。そうか。じゃあ、今日は終わりだな」

「えぇ〜? まだ大丈夫だよ」

「何言ってんだ。昨日の疲れも残ってるだろ? オーバーワークは体に毒だと言ってるじゃないか」

「でも、私も重い道具を使って“トレーニング“したいよ。そうすれば、ゴンスケみたいに筋肉つくんじゃないかな?」

「ダメだ。お前はまだ体が小さいし、筋肉も無いから自重トレーニングからだ。まずは、最低限の筋肉を鍛えることだ。でないと、怪我するぞ」

「そうなの?」

「そうだぞ。それよりも、お前、昨日、食事少し残しただろう?」

「う……あの緑の野菜は苦手なんだよ〜」

「バカもん! あれこそが筋トレの友、最強の野菜のブロッコリー様だぞ。ブロッコリーを残す奴には筋肉の神様が天罰を下すぞ」

「何それ……筋肉の神様? 火神アグニアスマ様の眷属にいるの?」


 いや、筋肉の神様ってのは、筋トレしている人たちの中にいる謎の信仰対象で、お前たちの信仰対象とは別物だ。

 と、言っても通じまい。俺は言葉を濁して返事を返した。


「……まあ、細けぇ事はいいんだよ。筋肉のためにはブロッコリーを食うんだ」

「えぇ〜」


 アジエは不満気な声を上げる。やれやれ、食事は大事だとあれほど言ったのに、ブロッコリーを残すなんて、言語道断だ。


「ほら、汗疹あせもになるから早く拭け。汗拭いたら食事に行くぞ」

「ブロッコリーが無いといいなぁ〜」

「バカもん!」

「あはは、ごめん、ゴンスケ。それより、ゴンスケも“トレーニング“終わろうよ。一緒にご飯食べよう」

「そうだな。ちょっと待ってろ」


 俺はアジエに言われて、お手製のダンベルを使ったアームカールの五セット目を終える。火照った体から止めどもなく流れる汗を手拭いで拭く。汗は数分間止まず、手拭いが水分で重みを感じる程度になった頃、汗は引いた。

 やはり筋トレは良い。体も心も鍛えられる。ふと見ると、アジエもまだ汗を拭いている。熱を帯びた顔から、トレーニングの効果が見れるのは、良い兆候だ。

 しかし、汗の拭き方は如何なものかと思う。子供だからなのか、男のいやらしい目に当てられたことが無いのか、俺がいる前でも平気で上着をたくし上げ、肌を見せながら体の汗を拭いている。

 しかしながら、クソガキの肌程度で俺は動じない。だいたい、アジエは痩せすぎている。俺の好みでは無い。アリスや女医先生みたいに程よい肉付きが良いのだ。それ以前に俺は子供に興味が無い。

 だが、俺が興味が無いからといって、あまりにも無防備なアジエを放置するのも如何なものか。俺は“ゴホン“と咳払いをして注意をすることにした。


「あ〜、アジエ」

「何? ゴンスケ?」

「その……あれだ。お前、もうちょっと、お淑やかにするのはどうだ?」

「お淑やか……なんで? 騎士は勇猛果敢にするものなんだよ」

「いや、その……あれだ、あれ。そう、お前も女の子なんだから、な?」

「“な?“ じゃ分かんないよ」

「う……いや、お前も女の子だから、男からすると、その、肌を見せるのは、どうかと思うんだけど……」


 くそ、何でこんなガキ相手に俺が言葉を選びながら注意しなければいけないんだ。心なしか、ドギマギしている自分が情けない。そんな俺の顔を見て、アジエは少しピンと来たのか、ニンマリとした顔をして俺を見てきた。


「え? ゴンスケ、私の体が見たいの?」

「バババババ、バカ言うな。誰がお前みたいな貧相な体を見たいって言うんだ」

「え〜? でも、ゴンスケ、少し顔が赤いよ。なんでなの?」


 こ、このガキ、大人をからかうとは、中々見どころ……じゃなくて、舐めた奴だ。俺は膨れっ面で反論した。


「これはだなぁ! 筋トレで体が火照ってるんだ。勘違いするなよ!」

「えぇ〜? 本当?」


 アジエが尚もからかう素振りを見せた時、突如、大きく怒鳴りつける声が聞こえてきた。


「アジエ! 何をしている。無闇にソイツに近づくんじゃない!」


 声の主は“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の持ち主、ムアニカだった。ムアニカはクックロビンの腕に自らの腕を絡ませながら、アジエを怒鳴っている。イチャイチャしながら、妹を怒鳴るとはどういう了見だと思うぜ。

 腕を掴まれているクックロビンはニコニコしている。しかし、別にムアニカに腕を絡まれても嬉しそうではなさそうだ。口元は笑っているが、目は笑ってない。

 姉に怒られたアジエは急にシュンとして俺から離れた。なんだか、悪いことをした気になり、俺は悲しい気持ちになった。


 しかし、ムアニカには俺たちの心を分からないのか、怒りの表情で口を開く。


「アジエ、こいつは“魔獣ゴンスケー“だぞ。神獣になったからと言え、気を許すな」

「はい、お姉ちゃん……」

「今は騎士団長として伝えている」

「は、はい! ムアニカ団長!」


 立場を明らかにした言い方からするに、おおやけとしての意見だと分かる。如何に俺が無害な“神獣ゴンスケー“になったとしても、元はの配下という扱いなのだ。元とはいえども、王国の騎士団員が敵対者としている姿は王国の人々からすると、よろしくないのは間違いない。

 騎士の立場でたしなめられたアジエは、姿勢をピンと伸ばして威勢よく返事をした。規律に則った態度で応対するのは、騎士見習いの従士とはいえ、さすがだな、と思った。


 二人のやりとりを黙って見ていた俺に、ムアニカはキツい視線を向ける。う……まだ信用はされてないと一目で分かる。辛いなぁ。

 だが、ムアニカの態度をクックロビンが柔らかい口調で制した。

 

「まぁまぁ、ムアニカ。ゴンスケ君……じゃなくて、神獣ゴンスケーも女神アーリスの使徒になったんだよ。あんまりイジメないで欲しいな」

「は、はい! ロビン様がおっしゃるなら! 流石ロビン様です。元魔王の配下にもお優しいなんて……私、感動です」


 おい、なんだその乙女チックな反応は……。俺と比べて全然違うぞ。俺が憮然としていると、クックロビンがコホンと軽く咳をして言葉を発した。


「ムアニカ、アジエ。僕はゴンスケーと話がしたいんだ。悪いけど、外してくれないかな」

「はい、ロビン様がおっしゃるならば……。アジエ、我々は宿舎に戻るぞ」

「はい、団長」


 クックロビンの人払いにムアニカとアジエは同意して、この場を立ち去っていった。


 二人の背後姿を見送り、残された俺は若干不満顔でクックロビンへ口を開いた。


「まったく、全然信用されないよ。お前はいいなぁ、あんな綺麗な人に言い寄られて」

「そうかい? でも、ゴンスケ君もアジエちゃんみたいな可愛い子が懐いてるじゃないか」

「おいおい、俺は子供には興味ないんだ。勘違いしてもらっては困るぞ。それにしても、ムアニカの奴、未だに俺を信頼してないな。こりゃ、信用を得るのは難しいかな」

「そうかな? 彼女は君を少しは信用してると思うよ」

「本当かよぉ?」


 俺は疑問を隠さず口に出した。そりゃそうだろう。だって、先ほどのムアニカの態度を見ていれば、俺への敵意がまる出した。“信用している“と言われても信じる気にはなれなかった。


「ゴンスケ君、ムアニカは君の監視役にアジエちゃんをつけただろう? それが、信用している証だと思うよ」

「監視役がいる時点で信用はないと思うがな……」

「そうでもないさ。もし君を本当に警戒しているならば、従者であるアジエちゃんでなく、本当の騎士を監視役にするはずさ」

「うーん、言われてみればそうか」

「かと言って、君を一人にしては騎士団の立場上、好ましくない。そのため、ムアニカは信頼している彼女の妹、アジエちゃんを君につけたのさ。神獣であるゴンスケ君を信用している証としてね」

「ふーん。でも、それは本当か? クックロビンの想定じゃないのか」

「ふふふ、ムアニカ本人から聞いたから間違いないさ」


 そうか。ムアニカ本人の考えか……。クックロビンの奴、すっかりムアニカと仲良くなりおってからに、少し羨ましい。それに、騎士団の面々もクックロビンを信頼していると見える。クックロビンの姿を見ると素早く敬礼で返す程に、信頼を得ているようだ。

 一方の俺はアジエには懐かれたが、まだまだ肩身が狭い。騎士団の連中は俺を見ても視線を逸らすか見なかったことにしていなくなったりと腫れ物に触るように扱われる。


「クックロビンはいいなぁ。周りから信頼を得ていて。俺なんか魔獣役だったから、未だに周りから冷たい態度を取られているよ」

「まあまあ、そう落ち込まないで。それよりも、次の舞台で活躍すれば、ゴンスケ君も信頼を得られるよ」

「次の舞台? やっと騎士団の方針が出たのか?」

「ああ。今度はピクシムたちの協力を得ることになったのさ。彼らが持つ神器を借り受けて、“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すのさ」

「ピクシム? 確か、火吹き山にいる種族の一種だったか?」

「正解さ」


 俺は火吹き山での情報を思い出す。

 確か、“ピクシム“は火吹き山の人種で差別を受けている種族だと聞いていた。高い知性を持ち、清貧と平穏を好む種族だったはず。

 ただ、見た目は非常に小柄で、大人となっても小柄な子供くらいの体格しかない。人権意識なんて皆無な連中からすると、自分より弱く、小さな体は格好の差別対象なのだろう。彼らは迫害から逃れるため、今では火山帯の安定した地域にひっそりと過ごしていると言う。


 そんな連中が持つ神器とは一体なんだろうか。それに、迫害されている人が簡単に神器を貸してくれるのだろうか。

 と、思っていると、クックロビンが作戦の概要を話してくれた。


「ピクシムにはアリスから既に“神器“を渡しているのさ。ピクシムは神器を“英雄に渡せ“とアリスから言い含められている。だから、“魔獣ゴンスケー“を倒した英雄ムアニカがお願いすれば、神器が手に入る、というワケさ」

「なんだ。既にアリスが手を回しているのか。神器っていうからファンタジーっぽいものを想定したけど、惑星ダンジョンのヤバイ兵器か」

「そう言うことさ。今回、彼女に渡す神器は“量子ビットアーマー“だよ。“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“は最強の剣だけど、それだけでは、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の最新兵器には勝てない。そのために、最強の鎧を用意したのさ」

「それが、“量子ビットアーマー“ってことか。しかし、鎧なんかでなんとかなるのか?」


 火山洞窟での“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が使った武器を思い出す。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は高電圧の荷電粒子砲を使い、火山洞窟を破壊しまくっていた。あんな触っただけで蒸発するような高熱のかたまりを鎧なんかで防げるのだろうか。

 俺が不思議に思っていると、クックロビンは優しい笑みで言葉を返した。


「ふふ、大丈夫さ。“量子ビットアーマー“は超強力な電磁バリアや反重力防護膜や重力波シールドを作り出す最強の防具さ。如何に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“だろうとも、簡単には破れないさ」


 ……なんだそりゃぁ? よく分からん防御の効果を聞いて、俺は少し呆気に取られてしまった。


「そういうことで、出発は明後日さ。旅のメンバーはムアニカと騎士が数名、それに僕とゴンスケ君。あ、あとアジエちゃんも一緒だよ」

「アジエもかよ!? 大丈夫か?」

「大丈夫さ。僕もついてるしね。それに、アジエちゃんを連れて行きたい、と言ったのはムアニカの意見さ。彼女に経験を積ませてあげたいみたいだ」


 そうなのか。先ほどの厳しい態度は騎士団長としての立場から取った態度なんだな。本心は妹思いのいいお姉さんなんだ。


 しかし、何だかんだで、次の舞台が整った。待ってろよ! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 絶対にやっつけてやる!

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