第二十九話 貸しただけ

 出発を翌日に控えた夜、騎士団の宿舎に前線から急報が届いた。


 ピクシムたちの集落を訪れるための旅支度を終え、そろそろ寝ようかと床についたところ、何やらざわめきを耳にした。電灯など無いこの惑星では、夜もけると辺り一面真っ暗になる。あるのはわずかな星明かりと月の輝きのみだ。暗がりに包まれた街には、昼の喧騒が嘘のように人熱ひといきれを感じられず、冷たい闇が覆っていた。だからこそ、宿舎をざわつかせる声は一層に違和感を生じさせるものであった。


 一体何が起きたのだろうか。支給された蝋燭ろうそくに火を灯し、声の元に足を運ぶ。そこは、いつもムアニカが事務仕事をしている騎士団長の部屋だ。嫌な予感を感じる。ドアをノックして、入室の許可を待っていると、中から訝しがるムアニカの声が聞こえてきた。


「だれだ?」

「あ、俺です。神獣ゴンスケーです」

「……一体なんのようだ?」

「いや、何かざわざわした声がしたから、“何だろうなぁ?“って思って…」

「貴様には関係ない。さっさと立ち去るんだ」


 “けんもほろろ“とはこのことだ。まあ、俺は元“魔獣ゴンスケー“だからな。神獣になったと言われても、信用を簡単に得られるとは思っていない。

 だが、ムアニカの声音を聞くだけでも事は重大であると推察できた。今の状況で重大なことと言えば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のことに違いない。どうやら、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に動きがあったのだろう。

 と、いうところまでしか俺には分からない。これ以上、信頼されていない俺が情報を得るのは困難だ。諦めて寝ることにしよう。


 その時、背後から別の声がした。クックロビンだ。


「あれ? ゴンスケ君も気になったのかい?」

「あ、クックロビンか。そうだよ、こんな夜更けにざわざわしたら、気にならないワケないじゃないか」

「そうだよね。あれ? 中には入らないのかい?」

「いや、それが……」


 と、言おうとした時、扉が勢いよく開いた。扉の前に立っていた俺は、鼻先を強打して、後ろに弾け飛ぶ。開かれた扉には頬を紅潮させたムアニカが立っていた。


「ロロロロロ、ロビン様!? いらしてたのですか!」

「ああ、ムアニカ。なんだか騒がしいな、と思ってね。どうしたんだい? 旅の前日だというのに」

「は、はい! でしたら、話は中で致します。どうぞ」

「分かったよ。じゃあ、ゴンスケ君も中に入って」


 ムアニカが一瞬眉根にシワを寄せる。だが、クックロビンの笑みにコロッと態度を変えて、俺を中に招き入れた。ちくしょう! イケメンはいいなぁ!


 俺はヒリヒリする鼻を押さえて中に入った。部屋の中には、副団長のハネスと幾人かの兵士たち、そして、疲れ切った伝令兵が膝を突いていた。ムアニカはツカツカと伝令兵の元まで行き、肩に手を置き、言葉を掛ける。


「休みたいところを悪いが、もう一度状況を伝えてくれ」

「わ、分かりました。では、我が軍の状況をお伝えします」

「頼む」


 ムアニカの声を受け、兵士は倒れそうな程のくたびれた体を起こし、大きく息を吸って言葉を発した。


「本日、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の軍に眷属が五体現れ、我らに攻撃を仕掛けてきました。彼らは姿を現すと、魔王軍を押し進めて我が軍に正面から突撃を開始しました。あらかじめ配備した弩兵や馬防柵で我々も迎えましたが、眷属が持つ魔法の武器で全て無効化されてしまい、乱戦に陥りました。兵士たちはく戦いましたが、眷属たちの力により、戦線は崩壊し、撤退を余儀なくされました」


 なんだと? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の眷属……ことファンが五人も出てきたのか。今までは一人や二人のところが一気に五人も姿を現すなんて、遂に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の奴、本気を出したのか? 

 話を聞いて、事態の悪化を理解した俺は明日の旅が延期になる可能性を感じた。戦線が押し込まれているならば、ムアニカの率いる騎士団も前線に出ていく必要があると感じたからだ。ムアニカも苦虫を噛み潰した顔をしている。せっかく、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すための旅に出る前夜なのに、ここにきて邪魔されるとは断腸の思いだろう。


「……ハネス、口惜しいが、明日からの旅は……」

「ムアニカ、待って。を口にするには早いよ」


 ムアニカが副団長のハネスに何か言おうと口を開いた時、クックロビンが制した。クックロビンの言葉に一堂がハッとした顔付きになり視線を向ける。皆の表情はクックロビンに何かしらの期待を持つ表情をしている。俺は全員の顔を見て、一ヶ月くらいの期間でクックロビンは相当信頼を得ているのだな、と感じた。


「ここで早って出陣するのは悪手だよ。それこそ“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の思う壺さ」

「し、しかしロビン様…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の眷属が五体も出現したのであれば、私たちも出なければ、王国を守りきれません」


 もっともな意見だと思う。だけど、ムアニカ率いる騎士団が出たからと言って、未来兵器を持つMovieCherに対抗できるか謎だ。クォンタムブレーカー Ver12 Update5を持つムアニカ以外、全滅するんじゃないか? ムアニカ自身も理解しているのか苦しそうな表情をしている。

 だが、クックロビンは涼しい顔をしてムアニカの不安に答える。


「大丈夫さ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の仲間たちは、しばらくの間“女神アーリス“がなんとかしてくれるさ。本来は神は人々の争いに直接介入しない。だけど、神使である僕のお願いなら少しは力を貸してくれるさ」

「ほ、本当ですか? ロビン様。ですが、やはり……」

「ふふ。ムアニカは心配症だなぁ。大丈夫さ。僕を信じて」

「はい。ロビン様が仰るなら、私は信じます」


 ムアニカが頬を赤らめてうなづく。俺は"ハンッ"と、心の中で悪態をついた。ふと見ると、ハネスも少しばかり不満がある顔をしている。お互いクックロビンイケメン野郎に不満があるようだ。コイツとは少し仲良くなれる気がした。


 結局、明日からの旅は延期することなく、行うこととなった。皆が明日の旅路を気にして、床に着こうと解散する中、俺はクックロビンを呼び止めた。別に先程の嫌味を言うつもりではない。俺が気になっているのはアリスがしてくれる“なにか“とは一体何か気になったからだ。俺に声を掛けられたクックロビンは深夜にも関わらず嫌な顔せず答えてくれた。


「なんだい? ゴンスケくん」

「ああ、悪いな。あのさ、アリスがなんとかしてくれるって言ってたけど、一体何をするんだ?」

「そうだね。僕も適当に言っただけだから。今からアリスに相談するつもりだよ」

「……」


 なんと適当なことを口走ったんだ、こいつは。


 ……いや、待てよ。あの場では作戦の都合上、アリスに頼らざるを得なかったのかもしれない。最初から穿うがった見方を止めてクックロビンを信頼してみよう。それに、アリスだったら、力押しで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“ のファンであるMovieCherたちをなんとかしてくれるかもしれない。


「わかったよ。クックロビン。じゃあ、アリスと通信できるか?」

「大丈夫さ。念話テレパシーでつなげてみるよ」


 クックロビンは指をパチンと鳴らして、合図をする。弾ける音が耳に入り、俺の頭を刺激した。その音に釣られて、頭の奥から声が聞こえてきた。アリスだ。


(なに? クックロビン。こんな夜中に)

「ああ、ごめんね、アリス。ちょっと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のファンたちが暴れまわってるらしいんだ。なんとかできないかな?」

(ああ、あれね? 私も情報を得てるわ。大丈夫よ、対策は既に考えてるわ)

「おお、やるな、アリス。で、一体どんな対策なんだ?」

(ふふん。任せてよ。あのね、原住民たちに地球の武器を貸してあげておいたわ)

「地球の武器? 地球産の剣とか盾か?」

AK47自動小銃よ。地球のお土産でまとめて買ったからね。弾薬とかもそれなりにあるから、戦線の押し戻しくらいにはいいんじゃないかしら)


 こ、こいつ……なんて物を貸し与えるんだよ。地球から遥か離れた惑星であの傑作銃が使われるとは、カラシニコフさんも想像だにしまい。

 ん? 待てよ。こいつ、剣と盾の冒険者リアルマン動画が主だと言っておきながら、自動小銃を貸し与えるなんて、動画のポリシーに反してるんじゃないのか?


「おい、アリス。お前、AK47なんてあげていいのかよ。自動小銃なんて、どう考えてもポリシー違反じゃないのか?」

(ふふん。違うわよ。私は。私が使ったんじゃないもの。本当は銃床とかで殴って欲しかったけど、彼らが勝手に使よ)


 無茶苦茶な言い訳だ。弾薬まで与えた上に、絶対に使い方までレクチャーしてるに違いないぞ。そんなのアリかよ!?


(いい? 私は。どう使うのは、原住民次第よ)


 俺がアリスの言い分に呆れるしかなかった。しかし、戦争とはこんな感じかもしれないな、と脳裏では思う。本音と建前をうまく使い分け、自分の正当性を相手に(納得するかしないかは別として)認めさせるものが戦争なのかもしれない。

 ……しかし、銃をぶっ放す火吹き山の住人を想像したら、流石に言い分も無理かもしれないと思い始めてきた。

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