第三十話 ピクシム

 翌日、俺たちはピクシムの集落があると言われる火山帯地域まで馬に乗って行くことにした。ピクシムの集落まで馬で丸一日掛かるという。具体的な距離は分からないが、結構な距離だと感覚で分かる。俺は目の前にいる馬──と言っても俺が知っている馬と違い、少し奇妙ななりをしている──に跨り、あぶみに足を掛ける。出発前に少し訓練したとは言え、慣れない馬上は思ったより体が安定しない。ゆらゆらと揺られながら、ムアニカたち一行と旅路を進んだ。


 ジリジリと照らす太陽と火吹き山特有の熱波が俺の体力を削ってくる。肌を露出すると強い紫外線で軽い火傷になるため、白い布を体に巻き付けている。そのため、布で覆われた体に熱がこもって非常に暑い。火傷を防ぐためとはいえ、やりきれない。

 意識を朦朧とさせながら、馬に揺られて数時間が経ったあたりで、小休止が入った。やれやれと思い、馬から降りる。思ったより疲労が大きい。筋トレとは違った疲労だ。近場にあった岩に腰を下ろし、軽く息を吐いた。


「思ったより疲れるなぁ」

「ゴンスケ。お水飲む?」


 アジエが近づき皮袋に入った水を差し出して来た。俺はありがたくいただき、喉の渇きを潤す。


「はあ、生き返るなぁ」

「え? ゴンスケ、今死んでたの?」

「いや、そう言う意味で言ってないんだが……」

「冗談だよ。えへへへ」


 むぅ、からかわれてしまった。最近はアジエが妙にいたずらを仕掛けてくることが多くなった。仲良くしてくれるのは良いが、これは若干舐められているのか?

 ニコニコしているアジエの横で、俺が少し不満顔をしていると、ムアニカとクックロビンが視界に入った。くそ、いつもイチャイチャしやがって。いや、ムアニカがクックロビンにご執心なだけか。どちらにしても、クックロビンが羨ましい。


 俺がジト目で見ていると、視線に気づいたクックロビンが笑顔で近づき、話し掛けてきた。


「やあ、ゴンス……ケーくん。調子はどうだい?」

「ああ、クッ……ロビン。ボチボチだな」


 名前を微妙に弄っているせいか、お互いが本名を言おうとして言い淀む。本名を言ったからといっても俺たちの素性を知る奴は周りにはいない。だが、動画の視聴者は別だ。今は英雄譚リアルロールプレイの最中なのだ。物語性を重視する視聴者からすると、役になりきれてない発言は反感を買う……と、アリスに言われている。まあ、動画が回っていないクックロビンと二人の時は本名を名乗っているのだが。


「あのさ、あれからアリ……アーリスから連絡あった?」

「ゴンスケー! 貴様、アーリス様に対して呼び捨てとは!」

「ああ、ムアニカ、別にいいんだよ。僕らはアーリスの使徒だからね。呼び捨てできる間柄なのさ」

「は、はあ。そうなのですか……」


 ムアニカが若干承服しかねる顔を見せる。事情を知らない彼女ならば仕方があるまい。


「ゴンスケーくん、女神アーリスから連絡があったよ。兵士たちに武器を貸してから“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の軍勢を押し戻したってさ。ダメ押しで高高度爆撃も仕掛けて、相手はもうボコボコみたい」

「ちょ……高高度爆撃〜?」

「アーリスが爆発魔法を貯め込んだ魔法触媒を、魔法を使って高高度から投下したんだってさ。結構な決め手になったんじゃないかな」

「あのさ、その爆発魔法って、どれくらいの威力なんだ?」

「そうだねぇ。魔法触媒一つあたり、半径十メートルくらいは消し飛ばすくらいかな。アーリスはそれを百発くらい用意してたみたいだよ」


 何それ? 魔法の威力が剣と盾に比べてぶっ飛びすぎるだろ!


「はははは、ゴンスケーくん。魔法……と言うより魔法触媒の性能次第ではなんでもできるさ。例えば、エレニウムを使えば、反物質作成や因果律操作もできるさ。ただ、エレニウムはとっても高価だからね」

「エレニウム? ああ、アーリスが使っていた剣もエレニウムブレードとか言ってたな。あれ、どれくらいするんだ?」

「うーん、そうだねぇ……」


 俺の疑問に、クックロビンが誰にも聞かれないためにか顔を寄せて来た。そして、耳元で金額をささやき、俺は驚愕した。


「エレニウムは、1グラムあたり1億クレジットはするかな? アリスが使っているエレニウムブレードなら一兆クレジットはするんじゃないかな?」

「なんだって!? 一兆!?」


 マジか!? アリスの奴、一体何者なんだよ!?


「ははは、のみぞ知るってことかな?」

「ふふふ、ロビン様。アーリス様は神ですよ。ご冗談が上手いですね」


 ムアニカがクックロビンの言葉にコロコロと笑みを浮かべる。うーむ、笑う度に胸が揺れる。なんと言うかけしからん、けしからん体と思うのだが、クックロビンはどう思うのだろうか。しかし、俺のエロい思いなどクックロビンは意にも介さず話を続ける。


「さて、ゴンスケーくん。そろそろピクシムたちの集落だよ。気をつけてね。彼らは人間を嫌ってるからね。僕らが女神アーリスの使いの者として、うまく立ち回らないと交渉は失敗しちゃう」

「ああ。わかってる。使だからな、俺たちは」

「ロビン様、ピクシムたちとの交渉はお任せください。おい、ゴンスケー。女神アーリス様の使いといえどもヘマしたら許さんぞ」

「あ、ああ。分かってるさ。任せてくれよ」


 俺は冷や汗を流して返事をする。くそ、ムアニカの奴、クックロビンと俺への態度が大違いだな。

 二人が去った後、アジエはニコニコにしながら話し掛けてきた。


「へへへ、ゴンスケー。怒られちゃったね?」

「怒られた……と言うより釘を刺されたのか…。だけど、ムアニカの奴、俺にだけ厳しいなぁ」

「そう? お姉ちゃんはズールー王国の第五騎士団団長だからね。団の規律を保つためにも、少しばかり厳しくしないといけないんだよ。でもね、普段はとっても優しいんだ!」

「ふーん」

「それに、今から行く先はピクシムの集落だからね。……この交渉が上手くいくか、気が気じゃないのかも……」


 ピクシム……火吹き山での被差別民だと聞いている。小さな体躯のせいか、周りから馬鹿にされ迫害されている種族とのことだ。如何に火吹き山全体の危機だとしても、長年のわだかまりのせいで、交渉が上手くいくとは限らない。アリスの奴、なんだってピクシムに“神器“を渡したのだろうか。ややこしいことにならなければいいけど……


 俺が少しばかりの不安を感じるいとまに、休憩を終える合図が告げられる。また白い布を深く被り、馬にまたがった。


 それから二時間ほど経ったあたりに、岩ばかりの地形から人の生活を感じられる跡が散見されるようになった。どうやらピクシムの集落が近いみたいだ。やっと目的地か……。


 “ビュゥ“


 突如、風切音が耳側を通り過ぎた。音の先に視線を向けると、地面に矢が突き刺さっていた。な、なんだ!? 

 俺が驚きを隠せずにいると同時に、ムアニカが大声を上げた。


「襲撃だ! 全員、抜剣しろ。敵は弓矢で武装している。密集するといい的だ。散開しろ!」


 ムアニカの命令で一団は散開して岩の影に隠れた。馬をあまり上手く扱えない俺は、モタモタと戸惑ってしまった。ああ、くそ! ちゃんと動いてくれよ。


 “ビュゥ“


 二撃目の矢が馬の足元に届いた。驚いた馬は、大きくいなないて馬体を上げた。


「う、うわぁ!?」

「ゴンスケー!?」


 突然の馬に動きに、俺は振り落とされて背中から地面に落ちた。“ドガ“と言うが背中に響き、息が詰まる。アジエが呼ぶ声が遠くに聞こえる。ぐ、ぐゾォ……や、やばい。息ができない。


「ゴンスケー、今いくよ」

「アジエ! 待て、逸るな」

「で、でも! お姉……団長! このままじゃゴンスケーが!」

「分かっている。ハネス! 出るぞ」

「はっ!」


 ムアニカと副団長のハネスが俺の前に躍り出た。二人は俺を囲む様に立ちはだかる。


 “ビュゥ、ビュゥ“


 第三、四の矢が飛んで来た。しかし、ムアニカとハネスが素早く鞘で矢を弾き飛ばした。すごい、あんな早い矢を弾くなんて、二人は相当強いと分かる。


「卑怯者め、姿をあらわせ!」


 ムアニカの怒声に対しても襲撃者は姿を現さない。そりゃそうだ。誰が隠れて襲撃している奴がワザワザ姿を現す必要があるというのだ。


「団長、私が魔法で探します。世界の理に掛けて……“探知サーチ“!」


 剣をひたいにかざしたハネスが魔法を唱えた。傍目からは何も起こっていない。しかし、ハネスには襲撃者の場所が分かったみたいだ。何もない岩に対して、剣を指して大声を上げる。


「団長! あそこです」

「分かった。くらえ、波動斬!」


 ムアニカがクォンタムブレーカーVer12 Update5を抜き放ち、波動斬を放った。あたりを切り裂く音と共に波動が岩を切り裂いた。それと同時に小さな人影が飛び上がり、地面に転がり落ちた。

 小さな人は転がり落ちても直ぐに体勢を取り直し、短い弓に矢をつがえて身構えた。その人物は周りの岩肌と同じ色の赤黒い服で全身を包み、カモフラージュをしていた。口にも赤黒い布を覆っているため、どの様な表情なのかは分からない。しかし、ひたいの汗から焦りは感じられた。


「貴様、何故私たちを襲う。一体どう言うつもりだ」

「………」


 小さな人は語らない。だが、瞳は憎悪で語っている。構えた弓を弛ませることなく、今直ぐにでも放たんとしている。


「団長、彼……いや、彼女でしょうか。はピクシムです。私たちにあまりいい印象は持っていないでしょう。襲撃してきたのも、私たちが彼らの領地に踏み入ったからではないでしょうか」

「……そうかも知れないな。だが、既に足を踏み入れてしまった私たちを許す気はなさそうだ」

「……その様ですな」


 ピクシムは強い瞳と弓を構える姿勢を崩さない。ムアニカたちも油断せずに相手を見据える。その周囲にいる騎士団の面々も他の襲撃者がいないか警戒を怠らない。

 膠着状態が続く。俺も体を起こして成り行きを見つめる中、は現れた。


「ちょっとちょっとちょっと〜。ちょっと待った〜」


 ん……なんだか聞いた覚えのある声だ。遠くから爆音を響かせて、聞き覚えのある声が近づいてきた。


「アーリス様!? 何故ここに!」


 ……アリスだ。何やらへんてこな機械を背負ってアリスが空を飛んで現れたのだ。機械からは何やらジェットな噴射が溢れている。あれが爆音の正体なんだろうな。


 突如現れたアリスの姿を見て、ムアニカの驚きの声を上げた。当然、ムアニカに限らず、全員が驚愕の瞳を向ける。ピクシムもアリスの姿を見て驚きを隠せなかった。どうやら、彼女(?)もアリスを知っている様だった。そりゃそうか。“神器“を渡す時に村に顔を見せるはずだしな。


「いや、そりゃ仲間同士が争ってたら止めに入るわよ。アマレ、弓矢を下ろしなさい」

「……アーリス様。この者たちは“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の眷属ではないのでしょうか? もしや、アリス様の言っていた救国の英雄とはコイツらですか?」

「そうそう。彼らが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と戦っている人たちよ」

「……このトールマンが?」


 アマレと呼ばれるピクシムが弓を下ろしてムアニカたちに視線を向ける。武器は下ろしたが、憎悪の瞳は下ろす気は無いみたいだ。


「いい、アマレ。村を救ってくれるのは、この人たちよ。ちゃんと協力してね」

「……はい、アーリス様。……おい、トールマンたち。ついて来い。村まで案内してやる」


 アマレが親指を立て、道を示した。その姿を見て、安心したのかアリスが爆音を伴って空を飛んで行ってしまった。何なんだ、一体……

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