第三十一話 ドラゴン
アマレに連れられてピクシムの村に俺たちはやってきた。ピクシムの村はお世辞にも豪華と言えず、むしろ見すぼらしいといった言葉が似合った。
ピクシムたちは麻か獣の革で出来た衣服を着込んでおり、粗野な衣服をまとっていた。彼らは火山洞窟の横穴を住居にして住んでいた。横穴には扉の代わりに乾燥した草で出来た
道ゆく人たちに視線を向けると、皆が恨みを込めた目で俺たちを見ている。簾の隙間からも俺たちを見てボソボソと何か話す村人たちの声が聞こえた。どう考えても歓迎されているとは思い難い。
嫌な気分に俺は少し悲しくなった。ムアニカたちも俺と同じ様な感じなのかな、と思ったら、彼らは平気な顔をしている。むしろ、彼らはピクシムたちの着ている服や住居を見て見下した笑みを浮かべている。どう考えてもピクシムたちを蔑んでいるとしか思えなかった。
両者を見て、俺は“ダメだこりゃ“と思った。彼らの態度を見て、長年の対立からお互いを理解しようとする気がないと分かる。堆積した地層と同じで長年積み重なった恨みと侮蔑は簡単には覆せない。こんな状況でピクシムたちの協力をどうやって得ればいいんだ?
「着いたぞ、トールマン共。族長、女神アーリス様の命に従い、トールマンを連れてまいりました」
アマレが連れてきた場所は一際大きな大岩で出来た横穴があった。入り口には他の住居と同じく草の
「トールマン、か。女神アーリス様のご宣託がなければ、誰が協力するものか……」
「ふん、さすが卑しいピクシムなだけあるな。“
「はっ! 大自然の叡智も理解せぬ連中が何を
「ほう……言うではないか。弱きピクシム如きでは我らが力を理解するのは困難だったかな?」
「貴様らは数が多いだけで、真の力など持っておらぬわ。貴様らは数が多いだけの虫けらと一緒よ」
「なんだと! ピクシム風情が!」
「なんじゃ! 図体だけデカいトールマンのくせに!」
族長とムアニカたちとの言い争いが始まった。
おいおいおい、なんだよ。協力どころか今にも本当の争いが始まりそうな状況じゃないか。こんな状況でどうやって“神器“を渡してもらえるんだよ。
俺の心配そうな顔を察したのか、アジエも俺に心配そうな顔を向け、不安そうに俺の服を引っ張り言葉を発した。
「ねぇ、ゴンスケ。なんとかしてよ。これじゃぁ、神器どころか喧嘩になっちゃうよ」
「あ、ああ。でもよ、どうすりゃいいんだ……」
俺に言われても困るなぁ。しかし、このままでは何も進展しない。口々に言い争う集団を見て、俺は口を挟もうとする。しかし、連中は怒声混じりの声で
どうしよう……こうなったら、大声で注意を引いて、止めに入るしかあるまい。
と、思っていたら、横から透き通ったよく通る声が集団の喧騒を切り裂いた。
「ダメだよ、みんな。そこまでにしてね。お互いわだかまりがあるけど、今はそんな時じゃないよ。みんな、僕に注目して」
「ロ、ロビン様! し、しかし……」
「なんじゃ! 貴様は!」
「ムアニカ、それにご老人。僕は“今はそんな時じゃない“って言ったよね。少し聞いてくれないかな?」
「は、はい……申し訳ありません」
「む……」
ムアニカとその配下が急に大人しくなる。クックロビンはニコニコしているが、言外にただならぬ圧を向けていた。あれだ、大人しい奴が怒ると怖い雰囲気、そんな空気がクックロビンから溢れていた。全員が大人しくなったことを見計らうと、クックロビンは口を開いた。
「みんな静かになったね。僕は神使ロビンさ。女神アーリスから聞いてるよね?」
「おお!? 貴方が神使ロビン様か!? こ、これは大変失礼しました」
「みんなが仲良くできるなら、僕は気にしないよ。あ、こっちは神獣ゴンスケーくんだよ」
クックロビンが俺を指して紹介する。急に振られた俺は照れ臭そうに、頭を掻いて自己紹介する。
「あ、へへ、ゴンスケーと言います。よろしく」
「え? ゴンスケー……。お前が? ああ、うん……」
おい! なんだよ、その態度! アリスの奴、俺のことをなんて言ってやがったんだ?
「僕らは君たちが持つ“神器“が欲しいんだ。それを使って“
「神器……と言うと、アーリス様から預かったあの“玉“ことですかな。あの“玉“は如何にロビン様であろうと、渡しかねます」
「そうなんだ。じゃあ、どうすれば渡してくれるかな?」
「はい、アーリス様からはあの“玉“は村を救う者にしか渡してはならぬと仰せつかっております。なので、ロビン様といえども村の窮地を救っていただかなくては……」
村長が言い淀んでいる。“村の窮地“と言ったけど、何だろうか。また“
「実は、この辺りにドラゴンが出てくるのです」
一同がざわついた。俺も驚きを隠せなかった。“ドラゴン“! ファンタジーに付き物の“ドラゴン“がここにいるのか。
「“
族長の懇願を受けて、クックロビンは笑顔を崩さず族長の両手を取った。
「ドラゴン……ね。ねぇ、そのドラゴンってどんな形をしてたか知ってる?」
「ええ、もちろん知っております。ドラゴンは細長い首と角張った体を持つ、巨大な生物です。口から強力な火を吐いて周囲を焼き尽くしてしまいます」
「そうなんだ……ゴンスケーくん、ちょっとこっち来て」
クックロビンが俺を呼び寄せる。一体何事かと耳を傾けた。
「ちょっと危険かな。この話は……」
「何だよ。やっぱドラゴンって強いのか?」
「うーん、本当にドラゴンだったら、まだ良かったんだけどね。あのね、彼らが言っているドラゴンって、
「自走式火炎放射砲台? なんだそれ?」
聴き慣れない言葉に戸惑い覚える。自走式火炎放射砲台なんて名前、聞くだけでヤバさマックスな響きだ。まあ、ドラゴンもやばいと思うけど。
それに、
「あのね、この自走式火炎放射砲台は、惑星ネクロポリスの自立型決戦兵器さ。昔ね、火吹き山に潜んでいた星間テロリストを壊滅させるために、
「テロリスト〜!? そんなのと戦ったのか? ト、
「
おいおいおい、どこの世界に武装した街の便利屋さんがいるんだよ。冗談は漫画だけにしてくれよ。便利屋ってイメージは合っていたけど、そんなヤバイ連中だとは思わなかったぞ。
「で、でもよ。どうすんだよ、クックロビン。ここで“はい、できません“とは言えないだろ。
「そうだね。でも、自走式火炎放射砲台をただ倒すだけなら簡単だよ。ムアニカが持つクォンタムブレーカーVer12 Update5の波動斬なら、自走式火炎放射砲台の装甲ごと破壊できるよ」
「なんだ、なら……」
「“近づければ“の話だけどね」
クックロビンの言葉の意味が分からなかった。近づくくらいできるんじゃないのか? 何を気にしてるんだろう。
「自走式火炎放射砲台は半径数百メートルを量子レーダーで探知しているんだ。もし、レーダーの探知範囲に入ったら、千度の熱を発する高熱波防御装置で僕ら全員蒸し焼きになっちゃうさ」
「な、何だよそれ……そんなのがあったら近づけないじゃないか」
「うん。普通ならね……。でも、あれを使えば、多分……」
「あれ? 何だよあれって」
俺の疑問にクックロビンが軽くウィンクで応える。彼の言っているあれはよく分からないけど、何か策があるみたいだ。
クックロビンは再び族長の手を取り、笑顔で語りかけた。
「ねぇ、族長さん。ちょっとお願いがあるんだ」
「何でしょうか、ロビン様」
「アーリスの置いていった神器……少しだけど、貸してくれないかな?」
「ムゥ、如何にロビン様の頼みでもアーリス様が村の救世主以外に渡してはならぬと……」
「大丈夫さ。彼女がその救世主さ」
クックロビンが指差す先にムアニカがいた。族長はムアニカを見ると憮然とした顔をして、クックロビンに言い放った。
「ロビン様。あのトールマンは優れた力を持っているかもしれません。しかし、先ほどのワシらへの暴言や侮辱は許せませぬ! それに、
あ〜あ、恐れていたことが起きちゃったよ。如何に世界の危機だからって、憎たらしい相手に“はい、そうですか“って神器をホイホイ渡すワケないもんなぁ。アリスの奴、何だってムアニカたちと仲の悪いピクシムに神器なんて渡したんだよ。
俺はため息を吐く。せっかくの
だが、クックロビンはまだ諦めてないなかった。いや、諦めてないと言うより、少し怒っている気がする……。顔は相変わらずニコニコしているが、雰囲気が全然違う。普段大人しく礼儀正しい奴の怒りは雰囲気だけで察することができるのだろうか。
「……ムアニカ。彼らに謝りなさい」
「し、しかし……奴らが最初に私たちを……」
「黙りなさい。彼らを侮辱する言葉を投げたことは事実です。それに、当然、ご老人にもムアニカたちに謝罪してもらいます」
「なんでじゃ! ワシらは……」
「ご老人のトールマンを見下す発言が切っ掛けで言い争いが起きたのです。お互いが相手を思いやれば、この様な事態にはなりませんでした」
「う……」
「では、お互い、謝罪の握手をしましょう」
「くっ……すまなかったな、ピクシムの族長」
「ぅ……ああ、悪かったのぅ、トールマンの女騎士よ」
お互いが苦笑いで握手を交わす。うーん、これって問題の根本的な解決になってない気がする。結局、お互いが嫌っている原因は解決してないしな。言うなれば、喧嘩した子供を学校の先生が強制的に仲直りさせたのと似ている。わだかまりが残るのは必至だな。
「さて、お互い仲直りしたね。では、族長。神器を貸してくれるかい?」
「う……し、しかし、あれは……」
「大丈夫さ。僕を信じて。ね?」
「わ、わかりました……」
族長が渋々住居から神器を持ってきた。クックロビンの奴、綺麗な顔して、やってることは結構悪どいな。
族長が持っていた神器は何やら玉の形をした物体であった。クックロビンは族長から玉を受け取り、ムアニカに渡した。
ムアニカが玉を手にした途端、玉は霧散して跡形もなくなった。
「ああ〜〜〜!! アーリス様の神器があああァ!! トールマン、お主、何をしおったかぁ!?」
「い、いや、私は何も……」
族長が奇声を上げてムアニカに詰め寄る。族長の発狂じみた声に気圧され、流石のムアニカもたじろいだ。そりゃ、女神から預かった大事な物が消えたら絶叫したくなるわなぁ。
そんな族長とムアニカの慌てぶりをクックロビンが優しい声音で抑えた。
「族長、安心してください。神器は無くなっていませんよ。ムアニカ、“量子ビットアーマー展開“と口にしてください」
「は、はい。“量子ビットアーマー“……“展開“!」
ムアニカの言葉に反応したのか辺りが妙な空気に包まれる。先ほどまでジリジリと感じた暑さが何も感じなくなり、むしろ心地よい雰囲気なる。一体何が起きたんだ?
「こ……これは?」
「ロビン様、いったい何が起きたのですじゃ?」
「これが神器“量子ビットアーマー“の力さ。今、ムアニカを中心に微細な量子が皆を守っているのさ。今なら核攻撃の一発や二発くらいなら無傷で守れるさ」
核攻撃を守れるって……ヤベェ装備だな。
「さ、これで準備はできたよ。族長、任せて。ムアニカならドラゴンだろうとなんだろうと倒せるよ」
「本当でございますか? ……トールマンの女騎士よ」
「……なんだ?」
「頼む。ここを追われたら、ワシらは行く先がないのじゃ。貴殿に託す。どうかドラゴンを倒してくれ」
族長の悲痛な声を聞き、ムアニカは沈黙で返す。流れる静寂がしばし続いた後、ムアニカは優しい笑みで返した。
「任せていただきたい、族長。こう見えてもズールー王国騎士団長ムアニカは受けた恩義を忘れん。貴殿から受け取った神器の恩に報いるため、ドラゴンは私が退治してやる」
言い争っていた二人の間に、わずかながら信頼が生まれた気がした。種族の壁を壊すことは難しいが、少しずつ理解していくことは出来る。今日の出来事が明日への大きな一歩となることを俺は心の中で望んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます