第二十六話 チョロい

 え……まじ?


 俺は額からドッと汗が流れるのを感じる。何、あの剣……この硬いパワードスーツの装甲を簡単にぶった斬るなんて、反則的な威力じゃない? これは舐めていた。完全に舐めていた。


 俺は急激に焦りを感じ、どもりながらアリスに“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“のことを尋ねた。


「お、おい、アリス! な、何だよ、あの剣!? や、や、や、やばい……ヤバすぎるぞ!」

(何よ、今さら。やっと“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の力を理解したの?)

「理解したって言うか、なんだよアレ! 打撃・斬撃武器ミーリーウェポンじゃねぇじゃん! なんだよ、あの剣閃!」

(アレは“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の機能の一つ、波動斬よ)

「波動斬!? なんだそれ!」

(あの武器は電子の持つ波動性を一時的に無効化する剣閃を放つのよ)

「波動性? い、意味が分からん!」

(ふふん、さっきまでの自信はどこに行ったのかしら?)

「わ、分かった! さっきのは謝る! 一体何が起きたんだ!?」

(分かったわ、説明してあげる。物を構成する原子は、陽子と電子で構成されている事は知ってる?)


 う……なんか、物理や化学で習ったような……


(細かな事は省くけど、電子は波のような状態で陽子の周りに存在しているの。でね、“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“は電子の波の状態を無効化して、原子を崩壊して物質を破壊する力があるのよ。だから、どんなに装甲が厚くても意味ないわよ)


 え……何それ? 装甲が無意味? そんなこと出来るの?


 俺の頭の中が現状を捉えきれず混乱が渦巻いた。正直、このパワードスーツなら、どんな相手でも勝てると思っていた。数々の攻撃を弾き返し、魔法だろうともビクともしない硬さに俺は驕っていた。

 そんな傲慢な俺にバチが当たったのか、女騎士ムアニカの持つ剣は強固な装甲ごと俺の自信を斬り裂いてしまった。


 女騎士ムアニカは剣を再び正眼に構え、俺に向き直る。そして憎々しげに言葉を放つ。


「魔獣ゴンスケー、覚悟しろ! はぁあああ!」


 あっかーん! ムアニカが二回目の波動斬を放とうとしている。まずいぞ、このままでは俺の身が危ない。

 あ、そうだ。あの謎の壁を出して守ろう。俺はモニタに向けて大声で命乞いのように叫んだ。


「頼む! 謎の壁で守ってくれ!」


 俺の願いに呼応して、淡白い謎の壁が出現した。よし、この壁ならば……


 “ズガン“

 

 “クォンタムブレーカー Ver12 Update5“から放たれた剣閃は淡白い壁を切り裂き、その先にあるパワードスーツの胴をあっさりと両断した。パワードスーツの腹回りのコックピットに乗っていた俺は、剣閃により、頭頂部の髪を一緒に持っていかれてしまった。

 上下の接合が無くなったパワードスーツは上半分が豪快な音を立てて崩れ落ちる。下半分には髪の毛を失ってフランシスコ=ザビエルの頭になった俺が呆然と姿を現した。そんな俺を見てクックロビンはまたも親指を突き出しGoodポーズを繰り出した。どこがGoodなんだよ!?


 状況についていけない俺に向けて、ムアニカは剣を突き出す。それは、相手への死刑宣告の如き様相を呈していた。


「貴様が本体か! 覚悟!」


 ヒィいいいいイイイイ、覚悟!? 覚悟できてません! 覚悟未完了!


 俺は急いでパワードスーツから飛び降り、走って逃げ出した。ああ、5分前の俺のバカバカバカバカ! 侮らずに戦えば、もう少し善戦できたかも知れないのに! いや、成り行き上、俺は負ける必要があった。だから、遅かれ早かれこうなったに違いない。だとしても、もうちょっとうまい具合に負けられたかも知れなかったのに!


 無様に逃げ出す俺の背後からムアニカの正義に満ちた声が響き渡る。


「待て! 逃げるな、この卑怯者!」

「や、止めて〜、ごめんさな〜い。卑怯者でいいので許してくださ〜い」


 俺は泣きながら走って逃げる。当然、ムアニカは最強の剣を持って俺を追いかける。クックロビンはよく分かってないのか適当に二人を追いかける。ああ、なんと言う奇妙な鬼ごっこだ。

 俺は涙で見えない視界を袖で拭いながら走り出す。背後からムアニカの怒声が響く。ああ、この惑星ダンジョンでは碌なことがない。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とか言うゴリラ野郎に狙われ、今はムアニカと言う美女に狙われている。モテ期到来だ。……嫌なモテ期だな。


「貴様、待て! 逃げるな!」

「すいません、すいません、すいません!」


 俺の謝罪をムアニカは聞く耳を持ってない。逃げ惑う俺にもそろそろ限界が来そうだ。肺が焼けるように熱い。足がガクガクする。

 一方、ムアニカは“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の効果で身体能力が絶大に向上している。息も切らさず涼しい顔をして追いかけてくる。も、もう……だめ……


 と、その時、“ビュゥ“と風を切る音が聞こえた。その音が俺に近づいてくると同時にお尻に痛みが走った。


「イッテェえぇええええええ!」


 あまりの痛みに俺は蹴つまずく。膝を擦りむきながら地面に身を投げ出した俺は、痛みの元であるお尻を触ってみた。すると、そこには一本の矢が刺さっていた。この矢の持ち主は知っている。クックロビンだ。あ、あいつ、俺を攻撃するなんて、ひどい!

 俺は尻に刺さった矢を恐る恐る抜こうとしたその矢先、視界を遮る何かを感じた。……ムアニカだ。

 

 ムアニカは無言のまま憤怒の形相でこちらを見ている。無言の圧迫感は強い。俺は居た堪れなくなり、何かしらを言おうと口を開いた。


「あ……あの…」

「………」

「え、えと。あの、俺、悪気があった訳じゃ……」

「……悪気? 悪気だと?」

「え? いや、その……」


 俺の一言がかんに障ったのか、激しい怒りがより強力に燃え上がったようだ。彼女が剣を持つ手がワナワナと震えている。


「貴様は悪気が無く人を殺すのか? 貴様は悪気が無く人を不幸にするのか?」

「いや、それは、俺じゃなくて、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が……」

「あまつさえ他人のせいにして、自分の罪を認めないのか! 確かに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が諸悪の根源だが、貴様自身に罪がないとは言わさんぞ。貴様のような無責任な輩は断じて許さん! 死ね!」


 ふひゃーーー! だ、ダメだ! ムアニカの奴、聞く耳を持っていない。このままじゃ俺が“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“で真っ二つにされてしまう! クソォ、アリスの言うことを信じていれば、もう少しマシだったかも知れなかった。今更ながら、俺は自分の傲りを後悔した。

 と、その時、クックロビンがムアニカの手を優しく取り、彼女を制した。ムアニカは驚きの表情を見せ、クックロビンこと“神使ロビン“を見る。 


「ロ、ロビン様。何故止めるのですか? コイツは街を荒らし、人々を恐怖に陥れた魔獣ゴンスケーの本体ですよ。生かしておく必要などありません!」

「いや、ムアニカ。彼はもう魔獣ではない。私の放つ矢により、彼の魂は浄化され神獣ゴンスケーになったのだ」

「神獣に!? ロビン様の矢には、そのような効果があるのですか?」

「ああ。現に、彼は自分の行いを悔いて謝っているだろう? だから、彼はもう無害だ。むしろ、我々の仲間になってくれるさ」

「はい……分かりました。ロビン様。さすが、女神アーリス様の神使です」


 ムアニカはあっという間にクックロビンに言いくるめられてしまった。なんてチョロい女なんだ。俺の言うことは全然聞いてくれなかったくせに、イケメンのクックロビンには頬を赤らめて頷いている。


 しかし、俺は命が助かったことを理解し、安堵のため息を吐く。その時、俺の安心を嘲笑うかの様にアリスから念話テレパシーが届いた。


(だから言ったでしょ? 吠えづらくわよって)


 返す言葉がない。惑星ネクロポリスの科学力は俺の理解をはるかに超えていた。しかし、言い換えれば、この剣があればムアニカでも“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒せるかも知れない。

 俺は作戦の実現性を感じ、尻の痛みを忘れて軽いガッツポーズを取った。

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