第二十五話 ヤバすぎ

 ズシズシと地面を踏み鳴らして俺は歩く。俺が歩く度に人々が蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ惑う。あまりウロチョロされると踏み潰してしまわないか不安になる。だが、こんな感じで街中を歩けば、目的の女騎士団長が現れるだろう。現に、魔法騎士団長のシャカとかいう奴が出てきたしな。


 そう言えば、彼女は今、どこにいるんだ? 俺は疑問に思い、いくつかのモニタを開き状況を確認する。パワードスーツから射出された小型のビットカメラは街中を探索している。このカメラが送った映像のどこかにムアニカが映っていないだろうか。俺はいくつかのモニタを確認すると、その内の一つにお目当ての女性が映っていることを確認した。


 ムアニカはどうやら兵舎の廊下にいるようだ。小さな子供もその傍にいる。確か、妹のアジエとか言っていたな。映像を見ると、ムアニカは腰に剣を佩いて街中に出ようとしている。いい感じだ。

 しかし、よく見ると違和感があった。あ、彼女の腰の剣はただの剣だ。あれ?おかしいな。なんで“クォンタムブレーカーVer12 Update5“を持ってないんだ。

 別のモニタを見ると、肝心の“クォンタムブレーカーVer12 Update5“を部屋に置いたままだった。この状況はよくない。


 俺はクックロビンに量子通話装置テレポートテレコム経由で通信する。


「おい、クックロビン。まずいぞ、ムアニカの奴、剣を忘れているぞ。なんとか出来ないか?」

「ああ、任せてくれ、ゴンスケくん」


 俺の一言にクックロビンが即座に意を得たとばかりに動き出す。当意即妙とはこのことだ。クックロビンは配置先の建物の屋上からムアニカのいる兵舎に向けて走り出す。右手に着けた手甲からワイヤーを射出して兵舎の屋上に固定させた。そして、クックロビンはワイヤーを振り子状にして兵舎の窓を盛大に割って突入した。


「なんだ!? 敵襲か!」


 窓の割れる音に反応してムアニカが腰の剣に手を掛ける。傍にいるアジエも姉を真似て短剣の柄に手を置く。二人はいつでも抜刀できる構えを取り、すぐさま音がする部屋まで駆け付ける。

 そこには頭部にガラスが刺さり血だるまとなったクックロビンがいた。クックロビンの異様な姿にアジエはサッと姉の後ろに隠れた。ムアニカも得体の知れない相手に警戒して腰を低くして身構える。


「な、なんだ貴様、何者だ!」

「や、やぁ。僕は……女神アーリスの使い、神使“ロビン“だよ」


 クックロビンこと神使“ロビン“は今にも死にそうだ。だが、彼の表情は恍惚に彩られている。高貴なる変態“クックロビン“にとって今の状況は喜ばしいことなのだろう。


「女神アーリス!? 貴殿は女神アーリス様の使いなのか!」

「ああ、美しき女騎士、ムアニカよ」

「え……」


 クックロビンの一言でムアニカが驚きの表情を見せる。いや、驚きではない。“美しき“と言った言葉に反応したようだ。ムアニカは頬を赤らめながら、クックロビンに言葉を返す。


「か、からかうな! 如何に女神アーリス様の使いだろうと……」

「気高く美麗なる騎士ムアニカよ。魔獣ゴンスケーには腰にある剣など何の役にも立たない。今こそ神剣の力を使うときだ」

「び、美麗だと!? わ、私が……!?」


 次の言葉を言い掛けるムアニカの前にクックロビンは“クォンタムブレーカー Ver12 Up date5“を差し出す。彼女は突然差し出された神剣に言葉を失う。そんな彼女にクックロビンが尚も言葉を続ける。


「僕はアーリスの意思により君の前に現れた。今の君なら神剣を扱える。さあ、勇者ムアニカよ。剣を立てるのだ。今こそ神の名の下に魔王を討ち払いなさい」

 

 クックロビンの言葉につられてムアニカは剣の柄に手を乗せ、鞘から抜き放とうと試みる。すると、今までどんなに力を入れても抜けなかった剣がヌルリと刀身を世界に晒した。その瞬間、彼女の体は眩い光に包まれた。


「こ、これが……神剣……神剣の力!?」

「さあ、ムアニカよ。剣を振るいなさい。私はこの時のために、あなたのために、ここにいるのだから」

「……はい……」


 彼女の頬が完全に紅潮している。さっきまでの男まさりの口調も鳴りを潜めている。……ああ、なんてことだ。彼女はだったのだ。


「お姉ちゃん……すごい……すごいよ、それ!」


 ムアニカの妹であるアジエは光り輝く姉を見て驚きの声を上げる。ムアニカ自身も体の奥底から湧き上がる力に信じられないのか、目を見開いて神剣を見つめている。

 なにやら凄い状況になっているみたいだ。この武器はもしかすると使用者を強化する効果があると思われる。俺がモニタ上でムアニカの状態を見ていると、アリスから念話テレパシーが入った。


(ふふふ、さすがクックロビン。いい仕事するじゃない。さあ、ゴンスケ、出番よ)

「まあ、そうだろうと俺も思うよ。でもさ、なんでムアニカも光り輝いてるのさ。ゲーミングソードを使うと自分も光を放つ義務でもあるのか?」

(なーに言ってるのよ。あれは“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の効果の一つよ)

「効果? なんだそれ? そう言えばあの剣は惑星ネクロポリスで最強の剣とか言ってたな。ただの剣で最強って何か秘密があるのか?」


 俺の疑問に対してアリスが鼻を鳴らして答える。どうやらかなりの自信があるようだ。


(ふふーん。“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の効果の一つよ。それは、使用者の“Abitily“を数十倍に引き上げる効果なの!)

「数十倍……! って、凄いのか?」

(当たり前じゃない。今の彼女は人の意識を凌駕する敏捷性を繰り出し、鋼鉄をも打ち砕く膂力を放ち、数多の人々を導く指導力を見せるのよ。まさに英雄、勇者の力を見せるの。この力があれば、その辺のMovieCherなんざ一撃よ)

「ふーん。そりゃすごい」


 俺は興味無さげの返事を返す。

 今の説明を聞く限り、この剣の力により、人智を超える力を得たみたいだ。しかし、レベルアップの説明の時と同じく、大袈裟に言っている可能性がある。もしアリスの話を間に受けて、ムアニカへパワードスーツの能力全開で立ち向かったら殺してしまうかもしれない。アリスの言う事は話半分で聞いておこう。


 俺の感情が篭ってない返事を聞き、アリスは憮然とした口調で返す。


(なによ、本当のことよ。まったく、ゴンスケは疑い深くなったわね。いいわよ。その身を持って“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“の力を思い知るがいいわ!)

「ま、如何に“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“だろうと、このパワードスーツの前には敵わないんじゃないか? 最も、俺だって役目を理解してるから、程々で負けたフリするけどね」

(……ゴンスケ、後で吠え面掻いても知らないわよ)


 俺の一言にアリスから恐ろしく深いため息が吐かれる。なんだろう。この先、嫌なことが起きる気がする。俺はアリスのため息に少しばかりの不安を覚えた。

 しかし、我が身を包むこのパワードスーツは弓矢にびくともしない万能装甲を備えている上に、強力ないしゆみや爆発魔法も物ともしない謎の防御壁を出す力もある。最新の武器と言っても、たかが剣なんかには負けるとは思えない。


 さて、“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“を持つムアニカはもうすぐ俺を倒しに現れるだろう。それまで悪役を演じることにするか。

 俺が一歩毎に足を踏み出す度に街の住民から恐怖の声音が漏れる。……悪役というのはどうにも性に合わない。仕方がないと思いながら、逃げ惑う民衆と抗う兵士たちを無視して適当にぶらつくことにする。


 ズシズシと響く音と住民の悲鳴、装甲に弾かれる弓矢と魔法の響音の中、ふと俺を呼ぶ声が聞こえる。この声の主を俺は知っている。そう、俺が相手すべきだ。


「魔獣ゴンスケー! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の手先め! 貴様のような輩は神剣“ゴンタ“で斬り裂いてやる!」


 ゴンタ? ああ、“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“のことか。確か、アリスが地面に落ちる時に““とか絶叫してたな。ひでぇ名前だ。

 

 だが、剣の名前は放っておいても、彼女の強さは一眼で分かる。分厚い刀身を正眼に構え、体は全くブレてない。これは強い体幹を持っていなければ、できない。いい筋肉だなかなかやるな

 彼女の瞳は自信に溢れ、どんな相手だろうと己には敵わないといった自信が見て取れた。おお!中々に強そうだ。しかし、このパワードスーツには敵うまい。適当に相手して、程々のところで引いてやろう。


「さあ、ムアニカよ。剣の力を解放したまえ。その神剣ならば、魔獣ゴンスケーなど一撃さ」

「かしこまりました、ロビン様。……ああ、全身に力と知識が溢れくる……。よし、魔獣ゴンスケー! 覚悟しろ!」


 クックロビンの言葉に従い、ムアニカから溢れる光が強さを増す。クックロビンはムアニカの様子を確認しつつ、俺にウィンクして合図を送ってきた。よし、戦闘芝居の開始だ。俺は在らん限りの悪辣あくらつな口調で芝居を打つ。


「ハハハハ、威勢がいいな。俺は魔獣ゴンスケーだ。俺は、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とか言う見るだけで吐き気がするウンコ食った様な口臭を放つブサイクなモヒカンブロイラー野郎のために、死ぬほど面倒ながら来てやったんだ。嫌々ながら来た俺を倒すことができるか!」


 もはや悪気しかない。だからと言って止められない。ああ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の悪口を言うのは気分が良い。

 しかし、悪口を言い過ぎたのか、ムアニカの表情が戸惑いを見せる。む……しまった。これでは上司に不満たらたらの部下が、やっつけ仕事をしに来たと取られても仕方がない。


 俺は“ゴホン“と咳払いして、ムアニカに向き直り、言い放つ。


「さぁ、来い! 勇者ムアニカよ。俺を倒せるものなら倒してみろぉ!」

「やる気があるのか無いのか妙な奴だ……だからと言って、油断はせん! 魔獣ゴンスケーよ。女神アーリス様から賜りし、神剣ゴンタの威力、得と見よ!」


 ムアニカが剣を正眼から上段に構え直す。おやおや、俺との距離が離れているのに、何をしようというのか。彼女は真剣に構えているが、俺としては滑稽だ。


 ……しかし、滑稽なのは俺だった。この後、俺は自分の愚かさを思い知ることとなった。


「くらえ、魔獣ゴンスケー、神剣ゴンタの一刀を!」

「はーい」


 俺の気の抜けた一言を無視して、ムアニカが剣を振り下ろす。しかし、ムアニカと俺の間には100メーター近い結構な距離がある。そんな距離で剣を振ってどうするんだ。俺は彼女の行為を鼻で笑った。しかし……


「はぁああああ! 必殺、“波動斬“!」

「波動?」


 俺が頭の中で疑問を浮かぶよりも早く、“クォンタムブレーカー Ver12 Update5“から妙な光が放たれる。光は振り下ろした剣の形を為して俺目掛けてすっ飛んできた。


「あ」


 ……と言う間に剣閃が到達し、“スカン“と音を立てて、パワードスーツの右手を吹き飛ばした。いしゆみや爆発魔法ですらダメージを与えられなかったパワードスーツは、謎の光により、いとも簡単に切り裂かれてしまったのだ。

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