第二十四話 魔獣ゴンスケー

 俺の操るパワードスーツは一歩、また一歩と歩みを進める。このパワードスーツは俺の思考と音声の両方で動いてくれるから楽でいい。ちなみに、頭の中で適当に思ったことと声で明確に命令したことは区別できるのか気になって、適当にいろんなことを考えてみた。

 すると、ぼんやりとした考えや呟きには反応せず、明確な意思がある声や思考のみに反応してくれた。おお、素晴らしき技術だ。技術力の高さだけは“さすが惑星ネクロポリス“と誉めざるを得ない。


 歩き始めて数分後、街の城壁近くまで到着した俺は、身を隠すために使用していた光学迷彩オプティカルカモフラージュを解除するように命令する。すると、即座に迷彩が剥がれ、4メーター近い巨体が姿を現した。

 突然の巨体の出現に、城壁の歩廊で見張りについていた兵は驚愕して声が出せなかったようだ。騒いでくれなきゃ意味がない。仕方がないので、自分で名乗りを上げることにした。俺はパワードスーツにマイク機能を有効にさせ、ある人物への悪意満載な言葉で名乗り上げた。


「あー、俺は魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の配下の魔獣ゴンスケーだ。魔王ことブサイクゴリラチキン野郎の“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の命令でこの街を襲いに来た。本音を言うと、命令なんかどうでもよくて、アイツの口から出るドブみたいな臭いが嫌だから、これ幸いとこの街を襲いに来たんだぞ」


 ここぞとばかりに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の悪口を混ぜた名乗りを上げてやった。いじめられっ子が掲示板にいじめっ子の悪口を書き込む負け犬の遠吠え感が強い。若干みじめに思えるが、少しばかり気が晴れる。


 兵士は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の単語を聞いて、遅まきながら大声を張り上げた。


「じゃ、じゃ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が攻めてきたぞ〜!!」


 声を上げると同時に別の兵士が敵襲を示す角笛を吹き鳴らす。さて、ここから兵士たちが俺に目掛けて攻撃を仕掛けるはずだ。

 俺はとりあえず作戦を遂行するための障害となるべき箇所を見る。

 まずは城壁にいくつかある尖塔だ。敵が攻めてきた時、兵士たちは尖塔内部にある階段を登って城壁の上部まで上がってくることができる。

 次に歩廊だ。城壁上部では兵士たちが移動しやすいように一定の幅を設けた通路がある。この歩廊を通って、兵士たちは自由に戦場を展開できる。

 最後に固定されたいしゆみだ。かなりの大型で持ち運びには適さない。しかし威力はかなり強力だ。強靭な弦を滑車で弾き、溜まった運動エネルギーを巨大な矢に放出して相手を射殺す。このパワードスーツで受けても大丈夫かな?


 そうこうしている内に尖塔や歩廊を通して、兵士たちが多数攻めてきた。皆、手に手に弓を持っている。さすがにこんな巨体相手に打撃・斬撃武器ミーリーウェポンで挑む者はいない。みな、原始的な投射武器ミサイルウェポン(弓矢)を持っている。


 兵士たちの背後にいる少しばかり身なりのいい男が兵士たちに命令をしている。どうやら指揮官らしい。兵士たちは矢をつがえて指揮官の命令を待っている。俺は兵士たちをジーっと見つめる。早く矢を射って欲しい。そうすれば、パワードスーツの頑強さを試せるからな。


 ……全然射ってくれない。まだかなぁ。ふと兵士を見るとカタカタと膝が震えている。あれ? もしかして怯えてるのか? 指揮官の顔に視線を向けると脂汗をだらだらと流している。恐怖で頭がパニックになっているようだ。弓を放つ指示も忘れ、恐れから我を見失っている。


 こりゃアカン。仕方がない、兵士たちの感情を変えてみよう。俺は兵士たちの恐怖を怒りに変えるために、思いつく限りの罵詈雑言を言い放った。


「ハハハハ、ズールー王国の兵士たちとは何とも臆病者だな。この魔獣ゴンスケーに恐れを為して何も出来ないとは。今からお前たちの街を蹂躙じゅうりんしてやる。燃え盛る街を見て自分たちの怯懦きょうだを恥じるがいいわ!」


 実際には街に火を掛けるどころか適当に住民を追い駆けるだけのつもりだ。全く持って嘘の塊を兵士たちに言い放ってやった。だが、嘘とはいえども効果は抜群だ。この俺の煽り文句に、さすがに怒りを覚えたのだろう。恐怖の顔から怒りに打ち震える勇者の顔に変わり始めた。


「言わせておけば……お前らぁ! 力を溜めろォォ!」

「言われなくても!」

「隊長! 早く指示を!」

「ズールー王国の力を見せつけろ! 放てぇ!」


 兵士たちは指揮官の威勢の良い檄に従い、自らの膂力を蓄えた運動量の塊を“魔獣ゴンスケー“に放った。幾十、幾百の矢が向かってくる。おお、ちょっとこれはヤバいんじゃないかな?


 “ギン、ガン、ギャン、ゴン“


 金属が金属に当たる音がする。俺が乗っているパワードスーツは兵士たちの矢を尽く弾く。うーん、さすがに惑星ネクロポリス製の兵器だ。たかが弓矢くらいではびくともしない。


「ひ、怯むな! 射て、射て、射つんだぁああああああ!」

「う、うわぁああああ、死ね、死ね、死ねぇえええ!」


 幾度も矢を放つがパワードスーツには効果がない。素晴らしい走行だ。俺は、このパワードスーツで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒したい気持ちに駆られてしまった。しかし、それでは英雄譚リアルロールプレイにはならない。動画のポリシーとは厄介なものだ。


 そんな俺の考えとは関係なく、兵士たちは“魔獣ゴンスケー“に矢を放つ。いくら射っても効果がないと分かっていながら矢を放つ。

 涙を流し、発狂しながら力を引き絞って運動量の塊を放つ。いつしか矢が尽き、膝を突き、兵士たちは絶望に打ちひしがれる。

 その時、兵士たちに檄を飛ばすかのように遠くの歩廊で声が上がった。声の向きに視線を向けると、いしゆみが俺に向けられていた。どうやら、土台を強引に変更して、俺に方向転換させたようだ。

 う…… いしゆみは威力が強そうだ。さすがにちょっとまずいか。何か防御する手段は無いだろうか。そうだ、パワードスーツに防御方法を聞いてみよう。


「あのいしゆみをなんとかしてくれ」


 すると、パワードスーツの表面に重低音を伴って何やら薄い壁が現れた。おお、これは期待ができる。

 俺が謎の壁に気を取られていると、兵士たちが今まさにいしゆみを放とうとしていた。兵士の一人が強く巻いた荒縄を鉈で断ち切ると、“ビュン“と風切り音を伴って巨大な矢が飛来した。


「わ! 危ない!」


 俺は咄嗟に手で顔を覆う。しかし、そんな真似など必要なかった。巨大な矢は“ボヨーン“と気の抜けた音を立ててあらぬ方向に弾かれたのだ。

 この光景を見て、兵士たちは心が折れたのか、全員が矢を放つ手を止め、茫然としている。いや、茫然としているならば、まだいい。何人かは狂気の笑みを浮かべて、こちらを指差しケタケタ笑っている。


「うーん、なんだか可哀想になってきた。これ以上すると玉砕覚悟で突っ込んで来るかもしれない。どうしようか……何か案はあるか?」


 俺はパワードスーツに兵士たちを鎮圧する方法を尋ねる。すると、“催眠ガス“なる言葉が脳内に返ってきた。


「お、いいじゃないか、平和的で。じゃあ、それで」


 俺の一言でパワードスーツから淡白い煙が噴出される。煙に当てられた兵士たちは一人、また一人と眠りに落ちる。いつしか城壁には眠りこける兵士たちで一杯となった。

 敵対者がいなくなったことを確認した俺は大きくジャンプをして街中に侵入した。


 “ドカン“と地面を踏みつける音と共に俺は街の広場に降り立った。突如として響き渡る轟音に街の人々が一斉に目を覚ました。

 建物から民衆が出て、俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべる。よし、今こそが好機だ。俺はマイク越しに人々に向けて言い放つ。


「俺は魔獣ゴンスケーだ。魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“とか言うゴリラの生まれ変わりの命令でこの街を襲いに来た。赤いモヒカン頭でブロイラーみたいなゴミ野郎の命令に従い、この街を滅ぼしてやる」


 もはや“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の部下でなく、悪口を言いふらしに来た奴に過ぎない。しかし、俺の悪口を冗談と受け止める余裕がないのか、民衆は恐慌状態で逃げ惑った。


「きゃあああああ、た、助けてぇえええ!」

「に、逃げろー、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が……魔王が俺たちを殺しに来たぁあああ!」

「えーん、えーん。パパー、ママー」


 集を乱し、潰乱する民衆を見て、俺は少しばかり罪悪感を覚える。魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に怯える人に作戦のためとはいえ、恐怖を与えているからだ。


「あぐぅ! ……痛いよ」


 群衆の中で小さな女の子が転んだ。その背後には大柄な男が少女に気づかずに走る男が近付く。ドスドスと踏み鳴らす足を見て、少女が“あっ“と声に出す。俺も同じく“あっ“と声を出す。危ない、このままじゃ少女が大男に踏み潰されてしまう。俺は咄嗟に少女の前に手を出した。


 “ガツ“と音がして大男は手に弾かれて転げる。男は尻餅をついた後、パワードスーツの手を見て絶叫を上げて反対方向に逃げていった。安心した俺は手を退けると、絶望感と恐怖に塗れた少女が俺を見ていた。


「あ……あ……あ……」


 少女は恐怖で声が出ないようだ。はあ、嫌な役目だ。俺は少女にくるりと背を向け、その場を立ち去った。モニタに映る少女は何が起きたか分からず呆然と俺を見送っていた。

 なんだか偽善的な行為だけど、あの少女を守ることができて少しばかり誇らしい気持ちになった。


 さて、俺の登場によって街は混乱の最中だ。だからといって、建物を破壊する気にはならない。そう言えば、このパワードスーツって、どれくらい強いのかな?疑問に思った俺は、AIに尋ねてみた。


「なあ、このパワードスーツの最強の武器ってなんだ?」


 俺の声に反応して目の前にモニタが現れる。モニタに武器の名前や特徴が書いているようだ。武器の名前は“反陽子キャノン“?

 ほう、なんだか強そうだ。ナニナニ、“反物質化した陽子をぶつけて対消滅で大爆発を起こす。小規模の衛星なら破壊可能“……

 うん、これは使うのはやめておこう。


 と、俺がパワードスーツで遊んでいると、足元でワーワー騒いでいる声がした。街の住民は俺に恐れをなして逃げ出したと思っていたけど、一体誰だ?

 騒ぎの元を見てみると、ローブに身を包んだ集団がいた。彼らは手には木で出来た杖を持ち、腰には何やら筒状の道具を拵えていた。その内の一人がこちらに向けて何か喋っている。俺は集音機能を有効にして彼らの話を聞いてみた。


「魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の手先め! 単身でノコノコ来るとはいい度胸だ。ズールー王国最強の魔道士、魔導騎士団長“シャカ“様の魔法を食らうがいいわ!」


 ぬぉ! 魔法使いが来た。

 

 魔法、と言っても、この世界の魔法は超能力サイキックを科学の力で強化したものだ。

 魔法の力は単独だと効果が薄い。威力を数倍、数十倍に引き上げるために魔法触媒と呼ばれる道具を使う必要がある。

 そのためか、“シャカ“と名乗った男は手に変わった物体を持っている。あれが魔法触媒なのだろう。


「さあ、食らえ! 世界の理に掛けて……爆炎エクスプロージョン!」


 男が放り投げた筒状の物体がくるくると宙を舞い、俺の眼前まで飛んできた。咄嗟に俺は木製の筒を払おうと手を差し出そうとする。その瞬間、“ドズガーン“と空気を切り裂き、地面を揺るがせる轟音が轟き、筒から強い光と爆風が放たれた。


「うわぁああああ」


 強烈な爆風と炎が俺を襲う。あの筒は強力な爆弾だったんだ。魔法の力と相まってなのか、筒には想像以上の破壊力が秘められていた。


 だめだ、流石にこのパワードスーツだとしても、この爆発なら無傷ではいられない。朦々もうもうと黒煙が視界を遮り、モニタからでは外の様子が伺えない。


「だ、大丈夫か!?」


 俺の一言に反応して、モニタにピョコリと“損害状況“という文字と数字が表示された。


“装甲破損率 0.1%……自己修復完了、装甲破損率 0%“


 あれ?全然ダメージが無い。というより、あっという間に回復した。

 黒煙の合間から、魔法使いシャカの自信にあふれた表情が垣間見えた。余程、この魔法に自信があったに違いない。周りのローブの者たちに自信満々で何かを語っている。なんて話してるんだ?どうも集音機能の効きが悪いな。俺はズイと一歩前に出て、聞き取り易いように近づいた。


「どうだね、この私の魔法の……」

「シャ、シャカ様!」


 突如近場に現れた俺の姿に兵士の一人が指差して叫ぶ。自慢げに己の功績をペラペラと話していたシャカは兵士の声に振り向き、言葉を失う。

 

「……い…りょ…くは……な、なに……? な、何故無傷なんだ!」


 何故? と言われても、このパワードスーツの装甲が厚いからだろう。


「く、くそ! お前ら、構えろ! 私に続け!」


 シャカが素早く俺から距離を取り、再び魔法の詠唱を始めル。そして、腰から筒を抜き出した。他のローブの人たちも同様に腰から筒を取り出す。


「世界の理に掛けて……集団魔法…“多重爆風クラスターエクスプロージョン“!」


 俺に向けて多数の筒が投げ込まれる。む、これはまずい。俺は先ほどいしゆみを弾き返した薄い壁を作り出す。俺を守る様に壁が覆われた次の瞬間、多数の筒から閃光がほとばしった。


 辺りを切り裂く強烈な爆発音が俺を包む。光と衝撃が一体となって俺を破壊すべく襲い掛かる!


「わ、わ、わ、危ない!」


 俺が一人焦っていると、またもモニタに“損害状況“が表示された。


“装甲破損率 0%“


 むしろ先ほどより被害が少ない。薄い壁の効果は絶大だ。俺は自身を取り巻く爆煙を手で追い払い、視界を晴らす。その先には驚愕で目を見開いたシャカがいた。


「ば……ばかな……む、無傷、だと!?」


 どうもこれがこいつらの限界みたいだ。強い、強すぎるぞ、このパワードスーツは。さて、これ以上の攻撃が無いならば、さっさと催眠ガスで眠らせてやろう。俺は体から催眠ガスを放出してシャカたち魔法使いを全員眠らせた。


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