第二十三話 物語の始まり
騎士の詰所で起きたひと騒動から二日経った。騎士団長ムアニカは女神アーリスからもらったゴテゴテと光を放つ剣を執務室の壁に飾っている。本来ならば、自衛の剣のみを傍に置けば十分な執務室には不釣り合いだ。悪趣味な光源も違和感に一役買っている。
何故に
……いや、違うな。彼女は“神より賜りし武器“を見る度に奇妙な顔つきしている。なんだかよく分からん物の扱いに困って、とりあえず持っているだけなのだろう。
ここ二日間、魔王“
魔王軍はゴブリン族と魔王国側についた“サン王国“の兵士、それに併呑した“ツワナ王国“、“ソマリ共和国“の人々を“奴隷兵士“に堕とした混成軍団を率いている。負けた相手を“奴隷兵士“にするとは、“
対する“ズールー王国“はトールマンで編成された騎士団を中心に、各国から落ち延びた義勇兵によるブリスル、リトルフットと呼ばれるヒューマン種で編成された軍団だ。
数の上では魔王軍は圧倒的だ。だが、魔王の恐怖により無理やり集められた連中のため、士気は恐ろしく低い。かと言って、ズールー王国も圧倒的な魔王の力を目の当たりにしたためか、必ずしも意気軒昂とは言い難い。
このような状況のため、両軍とも決め手に欠けており、戦線は膠着している。だが、時折姿を見せる“
そんなMovieCherを女騎士ムアニカは単身で斬り結び、打ち倒している。そのおかげか一時は戦線を大きく押し戻した。しかし、新しいファンが現れたせいで今はまた膠着状態に至っている。たかがMovieCher一人を倒したところで、戦いは終わらないのだ。
彼女は妖しく光る剣の鞘を見て、ボソリと呟く。
『あれは一体なんだったのだろうか……』
彼女の声には少なくない疑問が乗っている。そりゃそうか。ムアニカにとって、女神アーリスと名乗る面妖な女が空を飛んで奇行を繰り返した挙句、変な剣を置いていなくなったのだ。誰かに言ったところで理解できる話ではなかった。
しかし、魔法の効果とは言え、ムアニカは一度は“女神アーリス“を信じてしまっていた。過去と現在の心のギャップから、どうしても迷いが生じ、剣を捨てられずにいるみたいだ。
そんな彼女を俺たちは俯瞰して眺めている。今、俺たちがいる場所はアリスの作り出した謎の空間だ。アリス曰く、ここならば衛星で場所を感知されることもなく、生体レーダーといった生き物を感知する機械からも見つかることはないとのことだ。この空間の中で俺たちは撮影用の極小ビットカメラで彼女を覗いているのだ。そして、映像を見ながら、次の作戦の細かな段取りを練っている状況だ。
と、言っても大した作戦というワケではない。アリスの考えた“魔獣“が街を襲い、女騎士ムアニカを追い詰める。そこを女神アーリスの“神使“が助けに入る、という寸法だ。で、“魔獣“は“神使“により改心して“神獣“となって魔王討伐に参加する、という流れだ。
こんな作戦で本当にいいのだろうか、と俺は疑問に思いつつ、届けられた巨大なパワードスーツに目をやる。俺の思いとは裏腹に、アリスは準備万端になったとばかりに自信満々で口を開いた。
「パワードスーツも届いたし、そろそろ魔獣ゴンスケーの登場ね」
「魔獣ねぇ……。なあ、俺が街を襲うってどれくらいすればいいんだ?」
「逃げ惑う人を踏み潰したり、レーザービームを使って建物を破壊しまくればいいのよ」
「却下」
相変わらず物騒なことを言う。それじゃあ、本当に“
俺の無碍な否定をアリスが口を“へ“の字にして文句を言う。
「えぇ〜。それくらいしないと、魔獣としての迫力が出ないじゃない」
「出しすぎだよ、出しすぎ! もっと程々な感じでいいんだよ」
「じゃあ、怪電波を出して街の人を混乱に陥れるのはどう?」
「む……それなら被害が少なそうだな」
「でしょ? ただ、怪電波を浴びた人は発狂して殺し合いを始めちゃうから、後始末が少し大変かもね」
「………もう自分で考える」
俺がアリスの発言に呆れていると、クックロビンが話に入ってきた。
「アリス、僕は今夜が決行の時期だと思うよ。あまり時間を置くと“
「そうね。クックロビンの言う通りだわ。じゃ、ゴンスケ、今夜はよろしくね」
「へいへい。ま、俺はアリスと違って平和主義だからね。住民を追いかけたりしながら程々に怖がらせてやるよ」
「なによ。それじゃぁ、魔獣ゴンスケーの怖さが分からないでしょ。あ、そうだ。ミサイルポッドからミサイルを発射して街を火の海に変えるのはどう?」
俺はアリスの言い分を無視して、どのようにして魔獣役をこなすか、考えることにした。
─
──
───
「ムアニカ団長。明日の遠征の準備ですか?」
夜遅く、兵舎で“クォンタムブレーカーVer12 Update5“を見ていたムアニカに幼さが残る少女が話しかける。騎士が持つべき剣を佩いておらず、小さな短剣を腰に携えた少女は、不安げな表情でムアニカを見つめる。
ムアニカは視線を少女に向け、厳しい瞳を向けて口を開いた。
「従士アジエか。こんな夜更けにまだ起きていたのか。休むことも仕事だぞ」
「はい、それは分かっております。しかし、ムアニカ団長が起きているのに、私の如き者が先に床に着くなどできるはずがありません」
少女の瞳は責められようとも揺るがなかった。その心根には、尊敬する団長が頑張っているのに、自分も頑張らないなど、怠惰に他ならないと言った思いが込められているようだ。
アジエと呼ばれる少女に見つめ返され、ムアニカは軽く息を吐いて口を開く。
「ふぅ、分かった。では、私も休むことにしよう。団長である私が行軍中に居眠りする訳にもいかんからな。あと、アジエ……」
「はい、何でしょうか。団長」
「二人きりなのだ。他人行儀をする必要もない。家と同じ通りで構わん」
「お姉ちゃん……。うん、分かったよ」
なんと、この二人は姉妹だったのか。俺はパワードスーツ内のモニタ越しに二人の顔を見比べてみる。そう言えば、どことなく顔付きも似ているな。
二人は先ほどまでの堅苦しさが抜け、普段見せるだろう顔と口調で会話している。平和な世の中だ。こんな世界を乱す“
「お姉ちゃん、私たち、どうなっちゃうのかな?」
「ん? “どうなる“、とはどう言う意味だ?」
「この戦争で、たくさんの人が死んじゃった。魔王のせいで色んな国が滅びちゃった。ねぇ、私たち、ズールー王国はどうなっちゃうの?」
少女はひどく不安な顔をして姉を見る。今にも泣き出さんとする妹を彼女は優しく抱きかかえた。
「大丈夫だ、アジエ。私がついている」
「でも……でも……」
「心配するな。私はあの邪悪な魔王の眷属を倒したのだぞ。それに、今の私にはこの剣がある」
そう言うとゲーミングマシンの様に光り輝く悪趣味な剣をアジエに見せる。アジエは姉の胸に顔を埋め、いまだに払拭できない不安を姉に投げ掛ける。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんが言う“女神アーリス“って本当にいるの?」
「ああ、いる。神官様に伺ったところ、ズールー王国の端の街に僅かな伝承が残されていた。あまり有名ではない神の一柱のようだ」
ムアニカの言っている伝承は本当にある。と、いうより二日前の失態の後、アリスが急いで捏造した伝承だ。文献をいじったり、謎の遺物を作ったり、“なんとかシステム“へ強引にアクセスしたりとかして、何とか形にした紛い物だ。歴史とはこの様にして嘘で固められるのか、と俺は嫌な気持ちにさせられた。
当然、
「でも、お姉ちゃんの話を聞く限り、“女神アーリス“様って、少し変だよ。空から飛んできたのはいいけど、口調もおかしいし、地面に落ちた後は走って逃げるなんて。なんで、空を飛んで逃げないの? むしろ、何で逃げる必要があったの?」
「……それは私にも分からない。ただ、あまり人前には出たくなかったのだろう。神とはみだりに人への介入はしない……そう聞いたことがあるからな」
「お姉ちゃん。もしかして、その女神って、魔王の……」
アジエが口を開き掛けた時、ムアニカはアジエの顔を上げさせ、少し厳しめの瞳で見つめる。
「疑うな、アジエ。たとえ怪しかろうと“女神アーリス“様はいらっしゃる。私がその目で見たのだ。アジエはそれでも疑うか」
「ううん。ごめん、お姉ちゃん……」
「いや、お前が疑うのも仕方がないかも知れないな。この神剣“ゴンタ“は、未だに鞘から抜けない。そんな剣を神剣と言われても信じることが難しいものだ」
ムアニカは“クォンタムブレーカーVer12 Update5“を鞘から引き抜こうとする。しかし、彼女の膂力の限りを尽くしても剣はビクともしない。
それもそのはず、遠隔でロックしているからだ。アリス曰く、むやみやたらに剣を扱われては“ありがた味“が無いから、作戦が始まるまで抜けないようにしていると言う。おかげで無駄な不信感を得ることになってしまった。
しかし、その不信感も今夜で終わりだ。なんてったって、“魔獣ゴンスケー“を倒すためにロックが解除されるからな。
そんなことを考えながら、二人の光景を眺めていると、アリスから
(ゴンスケ。クックロビンも配置についたわ。作戦決行よ)
「オーケーだぜ、アリス。さあ、ここからが物語の始まり……“
俺の声に反応して、“魔獣ゴンスケー“ことパワードスーツが伝説の一歩を歩み出した。
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