第九話 盗賊退治

「おう、凡骨ども。まさか、ターボ盗賊団を退治しに行くのか?」


店主が俺たちの見ている紙を覗き込み、口を開いた。そして、店主はエールの入ったジョッキを置くのも忘れ、俺たちの顔をしげしげと眺め始めた。


「お前たち三人でやるのか? 死にたがりの馬鹿なのか?」


無礼な物言いに聞こえるが、俺の脳内チップの誤作動だろう。実際には店主は丁寧に話している筈だ。

 

「大丈夫よ。私たちは見た目以上に強いのよ。それに、魔法も使えるから盗賊くらいワケ無いわ」

「ほう。魔法使いか。小娘ながらやるな」

「チッチッチ。魔法使いじゃ無いわ、魔法剣士よ。剣も魔法もお手の物よ」

「僕は魔法弓手さ。矢に魔法を乗せて放つことも出来る。それに短剣の扱いもお手の物さ」

「ただのクズどもでは無さそうだな。じゃあ、そこにいる脳味噌まで筋肉が詰まっている間抜けは、どんな取り柄があるんだ?」

「え……? 俺?」

「お前に決まってるだろ。脳の代わりにクソでも詰まってるのか?」


 どうしよう。俺には筋肉以外の取り柄もない。見た目通りの筋肉バカです、と言ったらなんて思うんだろう。


「あ、えと。俺は……」

「ゴンスケは見た目通りの筋肉バカよ。でも、この街の道中で盗賊を剣で刺し殺したの。こう、腹をブスリとね。ただのバカじゃないわ」


アリスがジェスチャーを交えて俺をフォローしてくれた。……しかし、これってフォローなのか?最後の一言なんか、筋肉が取れてバカ扱いだぞ。


「やるじゃないか、バカヤロウ。ただのバカじゃねぇってことか」

「あ、いや。へへへ。それほどでも」


 なにヘラヘラ笑ってるんだ、おれは……。ここは毅然とした態度を取るべきだろ。


 だが、店主の言葉は脳内チップの誤作動によるものだし、怒るのは筋違いだ。俺が怒るべき相手は変な紹介をしたアリスに対してだろう。


 俺がアリスに顔を向け、一言言おうとした時、酒場の扉が勢いよく開かれた。そして、慌てた様子で男が捲し立てながら酒場に入ってきた。俺は男の声に機先を制され、言葉をかき消された。


「お、おい! 聞いたか! ターボ盗賊団の"斬り込み隊長"ことレラトの死体が見つかったってよ」

「なんだと! 本当か、クソ野郎」

「ああ、本当に決まっている。腹を刺されて死んでいるところが発見されたんだ」

「腹を……だと?」


 店主が俺をチラリと見る。


「おい、脳筋。お前が殺ったのか?」

「いや、あの。ヤッタと言うか、不可抗力と言うか……」

「やるな、脳筋! 口の悪い間抜け野郎と思っていたが、まさか盗賊団の幹部を殺るなんて、とんだクソ野郎だぜ」

「いやぁ、それほどでも……」


 褒められるのは悪い気がしない。俺は先ほどの怒りも忘れて頬を赤くした。


 男は興奮した様子で話を続ける。


「あとよ、近くには弓使い"百中"のクースの死体もあったんだ。だが、いつも一緒にいる“剛腕“のポソは姿が見えなかったな」

「あ、弓使いを倒したのは私よ。あと、斧を持っていた奴もいたから、チューブラーベルの巣穴に叩き込んでやったわ」

「なんだと…… "百中"のクースだけじゃなく、“剛腕“のポソも殺りやがったのか。おまけにチューブラーベルの巣穴に……エグい殺し方しやがる…」


 アリスの発言に店主が引いてるぞ。やっぱり実験生物に襲わせるなんてヒドい殺し方だったんだ。惑星ネクロポリスの連中は、そんな動画を見て楽しんでるなんて、やっぱりどうかしてるぜ。


「いや、しかし、ゴミどもは強いな。よし、このエールは俺のおごりだ。飲んでくれ」

「さっすが! 話が分かるぅ!」


 店主の気前良さにアリスが手を叩いて喜んだ。店主が三杯のエールをドカンと机の上に置くと、エールから小気味良い発泡の音がした。エールから薫る複雑な甘い匂いが俺の喉を鳴らす。


「じゃ、みんなジョッキ持って」

「おうよ」

「ああ。アルコールも脳を焼かす良い薬だよねぇ」

「じゃあ、明日の冒険の成功を願って……」

「乾杯!」


 俺たちはジョッキを高々と持ち上げ、ガツリとぶつけ合う。木製のジョッキはガラスとは違い、鈍い音がした。俺は喉を潤すため、一気にエールを流し込む。日本の居酒屋みたいに冷えてはいないけど、疲れた俺にとっては最高の飲み物だ。


 あれ? そう言えば、原住民の食事って重金属が含まれているんじゃなかったか?

 原住民の食事には多量の重金属が含まれている。原住民は食事と共に取り込んだ重金属で、脳内チップと似た物質を自動生成していると聞いている。そのため、ただの人間である俺が原住民の食事を取ると重金属中毒になる可能性があるはずだ。

 エールをすべてを飲み干した後に、遅まきながら不安になってアリスに尋ねてみた。


「なあ、アリス。このエールって、その、重金属が含まれてるのか?」

「ええ。そうよ。それがどうしたの?」

「ウェ!? どうしたって、そんなの飲んだら重金属中毒になっちゃうじゃないか!」

「ふふふ、ゴンスケくん。それには及ばないさ。僕は医術の心得もある。本格的な治療はできないけど、簡単な重金属除去メタルアウェイ放射性物質除去ラッドアウェイなら出来るのさ。この食事が終わったら、全員の重金属除去メタルアウェイをやるつもりさ」

「おお、それはありがたい。そうと分かれば、今日は食べて飲むぞー」

 

 俺はもう一杯エールを注文し、ついでに適当な食事を注文した。肉だ、そう。肉を食べるぞ。

 店主がエールと共に肉を持ってきた。骨付きのもも肉だ。普段は胸肉やささみばかり食べてたけど、今日くらいは良いだろう。

 俺はパリパリに焦がした鶏皮ともも肉を口に放り込む。口中に油の旨みと塩味が混ざり合い、絶妙な味わいになる。


「うまぁい! いや〜、たまにはこんな食事もいいなぁ」

「ゴンスケ、いい食いっぷりね。その意気よ。それ位の元気があれば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“もぶっ飛ばせるわね」

「ブフォー!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と聞き、俺は思わず吹き出した。忘れていた。今の今まで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の事をすっかり忘れていた。

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