第八話 CDO

「やぁ。君が最近入社した地球人だね。初めまして」

「あ、はい。初めまして。ゴンスケと言います」


 先ほどアリスにビンタされて気を失った男はケラケラと笑いながら俺を見ている。この男の異常性に目を取られていたが、結構な美男子だ。いや、結構なんて物じゃない。相当な美男子だ。

 金髪碧眼の目鼻立ちで、日本人が憧れる西洋系の顔付きをしている。長身で細身ながら筋肉の付き具合を感じさせる体躯は俺とは違う肉体美を見せつける。……なかなかやるな。


 この男、CDOとか言って会社の役員だったな。ということは俺の上司か。アリスは社長だからもっと上か……そんな感じしないけど。

 物腰は柔らかそうだし、いい人みたいだ。……先ほどの異常性が無ければ。


「いい体つきだね、羨ましいよ。僕は全然筋肉が付かなくてねぇ。レベルが上がっても筋力ストレングスだけはダメなんだよ」

「そうなんですか。でも、筋肉はいい食事とトレーニング、それに休息が必要なんですよ。いいですか、そもそも……」

「はいはい、そこまでよ、ゴンスケ。筋肉しか取り柄がないゴンスケに取っては絶好の話題だけど、“クックロビン“はアンタに合わせただけよ。自分の好きな話題に異様に食いつくのはコミュ症の現れよ」


 ぐぅ……嫌な事を言いやがる。


「アリスぅ。ダメだよ、僕の名前を先に言ってしまって……。ゴンスケくん、僕はクックロビン。そう、誰が僕を殺すのか。僕は誰に殺されるのか。痛みは快楽の極上の調味料だよね」

「え……? 何言ってるんですか?」

「ああ、ゴンスケくん。君は肩を怪我しているね。うらやましい、なんて深い傷なんだ」


 クックロビンはうっとりした表情を浮かべ、俺の肩に手を伸ばす。うっ……肩に痛みが走る。


「うらやましい。うらやましいなぁ、その傷は…ああ、なんと痛々しい」


 恍惚とした表情をしたクックロビンは指で俺の傷口を押し込んだ。痛ッターーーーイ!! なにするんだ、コイツ!


「イダダダダダダ! なにすんだ、アンタ! 指、指が! 俺の肩に指が!」

「痛みは快楽そのものです。さあ、ゴンスケくん。痛みを楽しんで」

「ババババババババカなこと言うなよ! 痛い痛い痛い痛い! 手を離してくれヨォ!」

「こらこら、クックロビン。いたずらは止めて回復アンプルをゴンスケにあげてよ。ほら、ゴンスケの奴、泣いてるけど、喜んでいるワケじゃないわ」


 痛みで涙を流す俺を庇うためかアリスがクックロビンを制する。クックロビンはアリスの言葉に“ふぅ“とため息を吐く。そして、ポケットから青白い回復アンプルを取り出した。


「はい、回復アンプルだよ。これ、良いよね?」

「あ、ありがとう。でも、良いって?」


 俺の疑問にクックロビンが爽やかな笑みを浮かべる。俺はクックロビンの手から回復アンプルを受け取りつつ、言葉の意味が分からず困惑した。


「回復アンプルがもたらす多幸感は最高だよね。ああ、僕もアリスに引っ叩かれた頬が痛む。名残惜しいが、この痛みを解放するために回復アンプルを使おう」


 “ドスリ“──クックロビンがポケットから新たな回復アンプルを取り出し、首筋に突き刺した。クックロビンは恍惚の表情を浮かべて快楽の嗚咽を漏らした。


「オォ……オォ…き、気持ちイィいいい」


 あかん……コイツはあかん奴や。


「さあ、ゴンスケくん。君も回復アンプルを。とってもから、ね?」

「あ、ああ。わ、分かってる。ああ、分かってる」


 青の液体が揺らめく筒状の物質を見て、言い様の無い不安を覚える。何度か回復アンプルを打ったので、効能は理解している。理解しているのだが……変態行為あんな光景を見せられては戸惑いを覚えざるを得ない。


「南無三……えい!」


 勢いよくドスリと首筋に回復アンプルを刺す。青い液体が俺の体に流れ込む。それと同時に得も言われぬ快楽が脳を焦がした。


「ンホォオオオオオオ! お薬たまんねぇええぇぇ!」


 回復アンプルの多幸感から思わず変態的な言葉が漏れた。肩の傷はすっかり癒え、もはや痛みはない。痛みは無いが、アリスから突き刺さされる侮蔑の目線が別の意味で痛みを伴った。


「と、取り敢えず傷も治ったよ。ありがとう、クックロビンさん」

「それよりも喜んでくれてうれしいよ。回復アンプルはまだまだあるからね。怪我したらイッてね?」

「は、はは。ありがとうございます」

「クックロビンでいいよ。それに敬語も使わなくて結構さ。たった三人の社員だからね。堅苦しいのは無しだよ」


 クックロビンは爽やかな笑みを浮かべる。ここだけ見ると非常にさわやかな好青年だ。好感度以外感じられない。

 

「さあさあ。顔合わせは終わったわね。じゃあ、ゴンスケの歓迎会も兼ねて明日の動画撮影について話しましょ。すいませーん、エール三つくださーい」


 アリスが店主にエールを注文する。この星でもエールがあるんだな。店主を見ると、樽からジョッキにエールを注いでいる。西洋とかのパブもこんな感じなのかな?


「でね、クックロビン。アンタが考えてる明日のプランを教えて。初心者でも攻略できて、動画映えするプランを頼むわよ」

「ふふふ、アリス。面白いプランを考えておいたよ。これさ」


 それだけ言うと、一枚のビラを懐から取り出した。うーん、原住民の言葉で書いてるな。まだ俺の脳内チップは視覚野からの翻訳には対応できてない。何が書いてあるかまったく分からない。仕方がないので、アリスからもらった翻訳機能付きの眼鏡型装置アイウェアを装着して文字を見る。


「なになに……え? 盗賊団の討伐?」

 

 俺は治ったばかりの左肩を咄嗟に押さえる。左肩は街に来る途中、盗賊たちに傷つけられた。今は回復アンプルで傷は癒えたが、先ほどまでの痛みが想起されて嫌な気分になった。


「お、良いじゃない。クックロビン。この星は盗賊たちが多いらしいし、遣り甲斐がありそうね」

「そうでしょ? 僕もそう思うんだ。ゴンスケくんはどう?」

「う……人が相手なのか…?」


 先程、盗賊の腹を突き刺した感触が脳裏に過ぎる。不可抗力とは言え、俺は人を殺めてしまったのだ。手に残る感覚が俺に罪悪感を植え付ける。


「ゴンスケ、何を悩んでるの? あ、そっか。さっきまでゴンスケは童貞だったわね」

「な!」

「ああ、そうなのか。童貞だったなら仕方がないね」

「なな!」


 いきなり失礼な奴らだ。面と向かって何を言いやがる。いや、それより、コイツら俺のプライベートを知ってるのか?いやいや、そんな事は無い! 俺は赤面しながら、反論を口走った。


「どどどど童貞? な、何を言っているのかなぁ? アリスくんは!」

「? 何を慌ててるの? さっき目の前で盗賊を刺し殺したわよね?」

「あれ?」

「ああ、アリス。彼は勘違いしてるよ」

「あ、そっか。童貞ってのはね、殺人経験が無い人のことよ。ゴンスケは不可抗力ながら盗賊を殺しちゃったよね? だから、もう童貞じゃ無い。立派な殺人鬼への第一歩を歩んだのよ」

 

 なるほど……。童貞には、殺人経験の暗喩もあったのか。確かに殺人を経験した俺は、もう童貞では無い。だからと言って、殺人鬼って……。


「おやおやぁ? もしかしたらゴンスケぇ? 別の意味を想像したぁ?」

「う!」

「やめたまえ、アリス。童貞だからと言って何が悪いんだ。地球のことわざにもあるだろ? "三十歳を超えて童貞だと魔法が使える"と。ゴンスケくんは魔法使いになるために努力しているんだ」

「うう!」

「あ、そうなの? だからチタン合金ミスリルの盾を買ったのね。ごめんね、ゴンスケ。魔法使い三十歳まで童貞になるの、頑張って」

「ううう!」


 コイツら、なんてことを言いやがる。魔法使いの話はネット上の伝説だ。ことわざじゃない! それに、三十歳過ぎて童貞でも、実際に魔法が使える訳ないだろ!

 

 しかもクックロビンは悪気が無く、本気で魔法使い三十歳まで童貞を信じてるみたいだ。ピュア過ぎる!

 それよりも、アリスは絶対に悪意がある。半笑いで俺をみている。コイツ、タチが悪いぞ。


「どどどど童貞ちゃうわ!」


 俺の反論は虚しく酒場にこだました。

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