エピローグ 火吹き山の英雄譚

「キャァアアアア! ど、動画が……動画が全然撮れてないわぁ⁉︎」


 アリスの絶叫がカフェにこだまする。

 彼女は撮影用のビットやカメラを次々にチェックしては中身のデータを見て、絶望の表情を浮かべる。どのデータも一応は中身があるが、肝心の箇所がすっぽりと抜け落ちているからだ。アリスは、確認を終えた機材を次々に放り投げ、あっという間に機械の山が積み上がった。


 そんなアリスにクックロビンが爽やかな笑みを讃えながら、口を開く。


「おやおや、EMP爆弾で撮影機材が全部故障していたみたいだね」

「“おやおや“じゃないわよ、クックロビン! 折角、あのブサイクゴリラチキン野郎をぶちのめしたのに、こんなオチなんてないわよ!」


 アリスが“どん!“と机を叩く。叩いた勢いで机に置いた黒銀茶に波紋が生じた。おっと、危ない。溢れてしまう。俺は急いでカップを持ち上げ、黒銀茶をすする。


「ゴンスケぇ〜、アンタも呑気に黒銀茶を飲んでる場合じゃないわよ」

 

 “カチャリ“とカップを置いて、憮然としたアリスに向かって口を開く。


「ま、そういうこともあるわな」

「“ま、そういうこともあるわな“、じゃないわよ! 何でそんなに落ち着いてるのよ」

「そうだな。あれじゃないか? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“をぶっ倒せて、満足しちゃったのかもな」

「なんてこころざしが低いのよ。ブサイクゴリラチキン野郎なんて、これから先を考えたら、小さな石ころ程度の問題よ。あんなヤツを倒したくらいで、満足しないでよ」


 憤まんやる方ないアリスは、手に持った撮影機材をギリギリと握り締める。機材はミシミシと音を立てて、少しずつ形が変わっていった。

 機械化骨格マシンアクチュエイターの馬鹿力では、大事な備品を壊しかねない。クックロビンがアリスをたしなめるように、止めに入る。


「アリス。まあ、いいじゃないか。すべてを動画に撮れなかったけど、肝心の“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すところはキチンと撮れてるんだし」

「ムゥ……ま、そこだけが救いね」

「ほら、アリス。大きく深呼吸して。“怒り“なんて言う生理学的現象に身を任せるなんて、キミらしくもない」

「ムゥ……」


 クックロビンの一言に、アリスは不承不承に大きく息を吸い、腹の底からため息を吐き出した。彼女は女性とは思えない程の肺活量で、机に置いてある細々とした物を鬱憤と共に吹き飛ばした。


「ふぅ……ま、そうね。チャンスなんてまだまだあるし。今回はあのブサイクゴリラチキン野郎をブチのめした程度で良しとするわ」


 アリスが落ち着いた顔を見せて、席に着く。やっと怒りが収まった様で何よりだ。しかし、怒りは収まったとはいえども、動画作成に使える素材選びには余念がない。わずかばかりの動画の中、どれがいいのか選ぶため、せっせと撮影機材を確認し始める。


 彼女の商魂逞しさに舌を巻きつつ、俺は黒銀茶を軽く口に含む。小さいながらも会社を経営するには、この様な頑張りが必要なのだろう。ある種、感心の眼差しを向けると、アリスも俺の視線に気づいたのか、機材整理をしながら、言葉を交わしてきた。


「しかし、ゴンスケ、本当に危なかったわね」

「まあ、そうだな。あと一歩で次元砲が発射されるところだったな」

「それもあるけど、私が言いたいことは違うわ。量子ビットアーマーが回復する前に倒せてよかった、ってことよ。次元砲と量子ビットアーマーだと自己修復機能の回復時間にラグがあるのは分かっていたけど、たったの差よ。ハッキリ言って、運が良かったわ」

「そうか? 俺としては、それくらいの時間なら、なんとかなるかな、って思ってたよ」

「何よ、ただの結果論にしか聞こえないわ。大体、何で最後に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“をぶん殴ってるのよ。さっさと剣でぶっ殺しちゃえば良かったのに」

「ああ、そりゃ、俺が“西洋拳闘ボクシング“スキルのワンツーパンチレベル6で猛打してやったからな。最後の右ストレート、綺麗に決まってるだろ?」

「はぁ?」


 アリスが俺の言葉を聞き、口をあんぐりと開ける。その目には、俺への大きな疑問が浮かんでいた。そんな視線を無視して、俺は黒銀茶を机に置き、サイドメニューで頼んだクッキーみたいなお菓子を摘み、口に放り込む。パリパリと小気味良い音がして、胃の腑に落ちた。


 俺が落ち着いた態度でいたせいか、アリスも話の内容を直ぐに理解できなかったのだろう。しばらく、脳内で意味を咀嚼して、驚いた口調で喋り始める。


「ちょ、ちょちょちょっと、ゴンスケ。どう言うこと? 打撃・斬撃武器ミーリーウェポンで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒したんじゃないの? “西洋拳闘ボクシング“? なんでそんなスキルを覚えてるのよ!」

「ああ、これはみんなには内緒にしてたんだった。あのさ、実は……」


 俺はEMP爆弾が発動した後のことを話し始めた。

 打撃・斬撃武器ミーリーウェポンを放り捨て、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と素手で格闘したこと、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も格闘術ファイティングスキルの使い手で苦労したこと、最後の最後で、次元砲を使おうとした“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を素手で圧倒したこと。

 俺の話を聞き、アリスは驚きを隠せない。対して、クックロビンはニコニコと聞いている。最後に、意識を取り戻したアジエと共に、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の上で記念撮影をしたところで、話は終わった。


「呆れた……。まさか格闘術ファイティングで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すなんて……」

「そうだね。ゴンスケくん、いつ“西洋拳闘ボクシング“と“東洋蹴拳道ムエタイ“のスキルを覚えたんだい?」

「ああ、最後の作戦で火吹き山に行くちょっと前かな。今まで撮った動画で貯まった一千万クレジットでヤツを倒すためのスキルを考えていたのさ。その中で、高レベルなスキルとなると、どうしてもこれくらいボクシングとムエタイの一部しか無くてね」

「しかし、一千万クレジットで足りたのかい? レベル6ともなると、如何にマイナースキルでも高額だし、スキルに見合うAgility敏捷性Perception知覚を得るためにレベルアップも必要じゃないのかい?」

「そうだな。だから、スキル習得もレベルアップも痛み止め無しさ。おかげさまで、また変な精神的外傷トラウマを覚えちまった」

「何よそれ! またそんな面白いことしているのに、何で私を呼んでくれなかったのよ」


 アリスが悔しそうに膨れっ面を見せる。以前、俺が痛み止めの施術無しでスキル習得した動画が好評だったのだ。また同じ動画を撮れば、多くのPV数を稼げると思ったに違いない。


 だが、下手に動画を上げると、俺の作戦を相手方に知らせる恐れがある。だからこそ、二人には黙って病院に行ってスキル習得とレベルアップをしたのだ。

 まあ、クックロビンには言っても良かったかな? 彼は俺の苦しむ動画などアップしないだろう。


「そうなのかい? ゴンスケくん。キミも僕と同じ境地に至ったんだね。ああ、同じ場に立ち会いたかった。そして、その苦痛に満ちた表情をMovieChにアップして、同じ喜びをみんなと分かち合いたかったよ」


 前言撤回。コイツはコイツで危険なヤツだと言うことを忘れていた。


 危ない二人は放っておいて、俺は話を続ける。


「ま、今回は動画ポリシー的にグレーだっただろ。俺の機転で、その怪しい部分を誤魔化せたんだ。結果オーライ、だろ?」

「……、じゃぁないわよ! それって、面白い動画になるための要素がギッシリ詰まってるのに、肝心の動画がないじゃない!」


 アリスは撮影機材に映る動画を見せる。そこには幾つもの角度で俺が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“殴り飛ばす映像が映し出されていた。


「たったしかないのよ。コレだけの動画じゃサイドストーリーに何があったのか分からないじゃない! ああ、もう!」

「何だよ。衛星からの映像は無いのか?」

「ぅう……クレジットが無くて、安物の偵察衛星しか借りなかったのよ……。おかげで、ほら」


 新たに見せられた動画では、豆粒みたいな映像が映し出されている。俺らしき点が何かを放り出した後、豆粒同士が何やら“ポカポカ“殴り合ってる程度しか分からなかった。


 アリスは映像を見ながら、悲しそうな、恨みがましそうな声で口を開く。


「こんなことなら、借金してでも高性能の偵察衛星を借りるべきだったわ……。それもこれも……ゴンスケ! アンタがちゃんと私たちに説明しないからよ」

「だ、だって、説明したら、動画アップしちゃうだろ? だから秘密に」

「私だって、アップするタイミングぐらい考えるわよ! ムキー!」

「ギャー! い、痛い痛い! 機械化骨格マシンアクチュエーターの力で俺に手四つを仕掛けないで!」


 アリスに両手を掴まれ、俺は膝を折る。そのまま天に祈る様な姿勢で許しを請う。く……相変わらず、とんでもない馬鹿力だ。まあ、コレも機械の力なんだけど。


「まあまあ、アリス。ゴンスケくんも悪気があった訳じゃないんだから、許してあげようよ」

「痛タタタタ! アリスさん、いや、アリス様! クックロビンもそう言ってるから、許してください!」

「グググググ……」

「ほら、アリス。深呼吸、深呼吸、ね?」


 クックロビンがアリスをなだめてくれる。しかし、アリスは聞く耳を持ってくれない。痛い痛い痛い! ごめんなさい、許して!


「おう、お前ら、公共の場で何をじゃれついてんだ? 他人に迷惑だろ?」

 

 聞き覚えのある声……と言うより、一度聞いたら忘れるはずもない声が背後から掛けられる。一瞬だが、アリスの力が収まる。その隙に俺は素早く手を引き離し、アリスから逃れた。

 アリスは先ほどとは異なる表情を見せる。それは、怒りの表情を含みながら、どこか傲岸不遜な意味合いを見せる顔付きであった。そんな表情を見せるアリスの視線の先を追うと、ヤツが…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“がいた。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は青タンの腫らした顔で俺たちを見据えている。暫く睨め付けた後、呆れた声を出した。


「アリスよぉ〜。他の客に迷惑だろ? 少しは考えろよな」

「うっさいわね、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“。一体何の用よ」


 アリスがツッケンドンな態度で返事を返す。その受け応えに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は苦笑する。その顔にはどこか憑き物が落ちたかのような晴れやかさがあった。


「はん。お前じゃねぇよ。そこの地球人に用事があったんだ」

「ゴンスケに?」

「俺に?」


 アリスと俺が同時に素っ頓狂な声を上げる。何だって、コイツが俺に用事があるんだ。疑問に思っている俺たちを置いたまま、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は空いている席に断りも無く、“ドスン“と腰を下ろした。そして、そのまま、足を組みながらマジマジと俺の顔を見据えていた。


「一体何の用だ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“」

「ふん。大したことじゃねぇよ。ちょっとした恨言うらみごとだ。テメェのおかげで、俺の評価はダダ下がりだからな」

「そりゃ残念だったな。何てったって、トップMovieCherが底辺MovieCherに負けるんじゃ、仕方がないことだよな」

「減らず口は相変わらずだな。だが、それは事実だ」


 おや? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツ、ヤケに素直に認めるものだ。てっきり、また怒りの表情を見せるかと思ったのに。一体何があったんだ?


「正直よぉ〜、策略にはまったとは言え、お前の様な雑魚に負けるなんざ、これっぽっちも思っても見なかったぜ」

「ほう……?」

「EMP爆弾を喰らっても、無様に逃げ惑えば、お前との近接戦は避けれたからな。だけどな、お前が打撃・斬撃武器ミーリーウェポンを投げ捨てたのを見たらよぉ〜……MovieCherとして忘れていた大事なことを思い出したぜ」

「大事なこと?」


 俺が打撃・斬撃武器ミーリーウェポンを捨てたことが何やら“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の中で思うところがあったみたいだ。武器を捨てただけなのに、何を思うところがあったんだ?


「ああ。だってよ、お前、真の冒険者リアルマン動画のくせに、打撃・斬撃武器ミーリーウェポンを捨てるんだぜ。そんな展開、普通は思いつかねぇ。俺は内心舌を巻いたね。“この地球人、“ってな」


 、か。以前アリスからも言われたな。どうやら、俺は動画を知らず知らずに面白くさせるを持っているようだ。ただのケジメ程度で剣と盾を捨てたのに、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“には、俺の行動が動画映えを引き起こすアクションに見えたのだろう。


「如何に動画を面白く見せるか……視聴者をヒリつかせる展開を演出するかを昔は大事にしていたのにヨォ〜。お前のMovieCherの素質に当てられちまったのか、意味不明な格闘戦に乗っちまったぜ。ま、挙句の果てに負けちまったけどな」

「……そりゃありがとうよ」

「皮肉じゃねぇぜ? まさか、お前の格闘技術が、あれ程とは思わなかったしな。おかげで、俺も目が覚めた。ファンのためにも、新たな気持ちでMovieCherとして、やっていけるぜ」


 うーん。複雑な気持ちだ。コイツには因縁が深いから、認められても素直に喜べない。

 正直、コイツへの怒りや恨みは晴らせないし、許せない。火吹き山で死んだ人々やムアニカを思うと、コイツがノウノウと生きているだけでも腹立たしい。


 だが、MovieCherは生命保険で死んでも生き返る、ある意味不死身の存在だ。もしコイツを殺害していたところで、平気な顔して俺の前に現れていたに違いない。


 だからこそ、底辺MovieCherの俺がトップMovieCherの“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すことで、コイツのプライドや実績を打ち砕いてMovieCherとしての立場を貶めることに成功したのだ。


 しかし、如何にコイツの立場を失墜させても、コイツは生きて反省もしていない。モヤモヤするが、惑星ネクロポリスでMovieCherとして生きていくには仕方がないことなのだろうか。

 

 俺が嬉しいような怒ったような複雑な表情を見せると、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は呵呵大笑かかたいしょうし、席を立った。


「ま、火吹き山では色々あったからな。“お互い過去を忘れて切磋琢磨しましょう!“なんて言う柄じゃねぇしな、お前も俺も」

「あ、ああ……」

「だがよ、トップMovieCherになるなら、割り切りも必要だぜ。その内に分かるだろうけどな」

「割り切り……ね。それよりも、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“。お前、もう火吹き山には行かないだろうな?」


 そうだ。これは重要な確認事項だ。俺はコイツのMovieChとしての立場をケチョンケチョンにしてやったけど、それでも懲りずに火吹き山に行かれてしまっては、元も子もない。

 俺の強い瞳に気づいたのか、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は口の端を上げて言葉を返した。


「あん? 少なくとも、俺もあんな無様な姿を晒した火吹き山にはオメオメと行く訳にもいかねぇよ。それに虐殺動画ジェノサイドで最強とか言ってた挙句に、あれじゃぁな……。ま、新しいジャンルの開拓でもしながら、ボチボチやってくぜ」

「……そうか」

「じゃあな、ゴンスケ」


 言いたいことを言って、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は去っていった。最後に俺の名前を呼んだのは、アイツなりに俺を認めた表現なのだろうか。全然嬉しくないけど。


「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、行っちゃったね」

「あ、ああ。何て言ったらいいのか、複雑な気持ちだよ。アイツとは少なくない因縁もあるし、許せない相手だから……口に出して表現し辛いんだけど」

「まあ、そうだね」

「俺のことより、クックロビンは何も感じないのか? ムアニカはアイツに殺されたんだぜ? お前、ムアニカとは……」


 自分の整理できない感情を、このまま話の核にしたくなかった。これ以上は俺も何を言っていいのか、どう感じるべきなのか口に出せる状況ではなかった。

 それに、俺以上に複雑な感情を持っているのはクックロビンのはずだ。あんなにクックロビンを慕っていたムアニカを“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に殺されたんだ。クックロビンだって、俺と同じく“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に少なくないわだかまりを抱いているに違いない。


 俺は自分の心の整理をクックロビンに託すかのように、話を丸投げしてしまった。


「ムアニカ、か……。思うところはあるけど、僕は別に彼女と何かあった訳じゃないし、彼女の死に思うところは無いよ」

「……おいおい、クックロビン。そりゃあんまりじゃないのか?」


 あんまりにも素っ気ない態度に、俺はクックロビンを人でなしを見る目で見てしまった。

 だって、そうだろう? あんなにもクックロビンを思っていた彼女を、コイツは“別に何も思っていない“と言っているんだ。


 俺の非難の目を見て、感情を読み取ったようだ。クックロビンは軽く息を吐いて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「正直に言うと、MovieCherを生業なりわいとすると、こういう事態は結構あるんだ。惑星ダンジョンは危険な地だし、仲良くなった原住民の人と死に別れたり、行方不明になって二度と会えないことも少なくない」

「……ま、まぁ……そうだな」


 俺はオークランドで会ったシセロやコレットちゃんを思い出す。

 シセロはあれから戦争で死んでしまったし、コレットちゃんは髭面のおっさんになって、別の意味で。俺にも仲良くなった人がいなくなる苦しみは分かる。彼らとはもう二度と会えないのだ……別の姿になったコレットちゃんには会えるけど。


 俺が腕を組みながら、頭を捻っていると、クックロビンが尚も口を開く。


「それに、時間の流れも違うから、一度あった原住民の人たちと二度と会えない場合も多いんだ。惑星ネクロポリスでの一ヶ月が百年に換算される惑星ダンジョンもあるしね」

「そんなに時間差が……なんか、悲しくなってくるな。でもさ、だからと言って」

「だからこそも必要なのさ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はMovieCher同士の仲を指していただろうけど、原住民との仲も同じさ」

「…………」


 俺は二の句をげなかった。この言葉の裏に、クックロビンの感情の裏が読み取れたからだ。

 クックロビンは優しい奴だ。ムアニカを気遣い、労っていた。そして、彼女の死後、彼女について語る時には言葉が詰まる程だった。そんな彼だからこそ、彼女の死は堪えているのかも知れない。本当ならば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“への恨みもあるのだろう。


 だけど、MovieCherとかいう因果な商売をしていると、似た様なケースはまた出てくるだろう。もしかすると、クックロビンは過去に何度も似た目に遭ったかも知れない。

 クックロビンは体を傷つけられるのは大好きだけど、心を傷つけられて平気な男じゃないんだ。そんな彼だからこそ、事実をそのまま受け止めてしまうと、心が擦り切れてしまう。だからこそMovieCherをしているのだろう。


 クックロビンの心の内を理解し、俺は口を閉ざした。俺の勝手な解釈だけど、クックロビンは他の惑星ネクロポリスの住人みたいなゲスじゃない。彼の無言の鎮魂を俺が土足で踏み入っては、ムアニカに失礼だな。


 俺は何も言わずに黒銀茶を口に付ける。それを見て、クックロビンも話すことを止めた。


 だが、アリスだけは別だった。何やら疑問に思ったのか、不思議そうな口調で口を開く。


「そう言えば、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツ、妙なこと言ってたわね。アイツの評価がダダ下がり、て……まだ私、動画をアップしてないわよ」

「ん? そう言えばそうだな。何でだ?」

「気になるわね……ちょっとMovieChを見てみようかしら」

 

 それだけ言うと、アリスは空間に謎のスクリーンを投影させて、MovieChを開く。そして、何やら空間を操作して、動画を検索し始めた。


 そして、検索結果の一つに剣と盾を放り捨て、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を威嚇する俺の動画がピックアップされていた。


「な、なによコレェ! なんで、もう動画がアップされてるのよぉ!」


 アリスが絶叫する。


「あれ? アリス、この動画変じゃないかな。だって、僕たちの動画は最後の部分しかないんだよ。この動画はゴンスケくんと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の戦いが最初から最後まで映っているよ」

「そんなの決まってるわよ! どっかのMovieCherが偵察衛星から出歯亀でばがめしてたのよ!」

 

 出歯亀って……言葉の使い方が違うだろ。それに、別に覗いたからといって悪い訳じゃないと思うけど。俺がポカンとしていると、アリスは俺が事態を理解してないと悟ったのか、説明口調で怒りをぶち撒ける。


「ゴンスケ、分かってないようね。これは肖像権の侵害よ! 勝手にゴンスケやブサイクゴリラチキン野郎の映像を撮って、MovieChにアップするなんて、犯罪よ、犯罪!」


 ブラックマーケットで禁制武器を買っておいてよく言うよ、と俺は思ったけど、黙っておいた。


 しかし、アリスは放っておくにしても、確かに勝手に動画をアップされるのはいい気がしない。動画のPV数も凄まじい勢いでカウントアップしている。本来ならば、このPV数は俺たちの動画が得る筈なのに。


「ん……?」

 

 ふと動画の説明欄を見ると、不愉快な文字が書いてある。


 ──蛇馬魚鬼ジャバウォーキープレゼンツ──


「ななななな! じゃ、じゃ、“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツぅ!」

「これはやられたね、アリス。この動画はゴンスケくんと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の戦いだ。権利は彼にもある。だから、彼が先に動画を上げても文句は言えないね」

「キィいいいいい!」

 

 アリスが撮影機材を粉々に握りつぶした。僅かとはいえ、動画が入っているのに、もったいない。


 しかし、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のヤツ、したたかな奴め。自分の敗北動画をアップしてまでPV数を稼ぐなんてな。いや、自らの手で負け動画をアップすることで潔さをアピールしてるのか? 

 これでは勝負には勝ったけど、試合MovieCherで負けた感じだ。これがアイツなりのってことか。


「アリス。こうしてはいられないよ。僕らも早めに動画を上げよう。少しでもこの流れに乗るんだ」

「そ、そうね。悔しいけど、今の流れを見逃す手はないわ。急いで動画編集してアップするわよ!」


 アリスとクックロビンは、おっとり刀で撮影機材をかき集め、オフィスまで駆けて行った。俺は二人を無言で見送り、黒銀茶に再び口を付ける。


 動画では、俺が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒した後の火吹き山の姿が映っていた。人々は魔王の恐怖が去り、き生きとしている。王国首都の広場には、“女神“アーリスと“神使“ロビン、それに“神獣“ゴンスケーを称えて三体の銅像が建立されていた。人々が崇める像の台座にはと彫られていた。何だか気恥ずかしいな。


「さて、俺もオフィスに行くかな」


 空になったカップを置き、カフェを出る。精算を終えて扉に向かう。扉が開き、街の喧騒が俺の耳を騒がせる。さあ、これからまた新しい冒険の始まりだ。行くぞ!

 

 俺たちが去った席にはまだ動画が映し出されている。もはや誰も見守る人もいない動画には、姉に憧れ、騎士となるべく鍛錬を続ける一人の少女が映し出されていた。


 ──火吹き山の英雄譚編 完──

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惑星ダンジョン〜早く地球に帰りたい〜 mossan @mossann

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