第四十八話 ファイティングファイター

「く、くくく……地球人、大きく出たなぁ? テメェ如きが俺と勝負?」

「ああ、勝負だ。仮にもトップMovieCherである“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“様が底辺MovieCherのゴンスケ如きに負ける訳……」


 言葉を紡ぎながら、俺は筋肉に任せたステップで“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の懐に潜り込む。強力な大腿四頭筋で紡がれた瞬足に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はゴクリと唾を呑む。


「ねぇよなぁ! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんヨォォォ!」

「ぐ……」


 俺がマイクタイソン張りの左ジャブを放つ。上位ランカーのジャブは常人では見切れない速度だ。当然、ヘビー級チャンピオンのジャブなら何をいわんや、だ。

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は顔面に左ジョブを受け、顔を吹き飛ばされる。そして、間髪入れずに、俺の右ストレートがヤツの顔面を撃ち抜く! ……はずが、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は吹き飛んだ勢いのまま、全身を回転して右ストレートをかわす。俺はヤツの動きに反応しきれず、右ストレートを虚空に放った。


「なに⁉︎」

「俺を舐めるなヨォ! 地球人ガァ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が回転の勢いをつけ、強烈な肘打ちを放ってきた。攻撃を放った直後で、俺はまともに防禦ぼうぎょや回避が出来なかった。“ミシリ“と鈍い音を響かせ、ヤツの肘鉄が俺の右肩にめり込み、強い痛みが俺を襲う。


「な、なんだ……と?」


 俺はよろめきながら、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“から遠ざかる。コイツの今の動きは偶然じゃない。俺は肩を押さえて、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を睨む。ヤツは両手を“パンパン“と払い、不遜な態度で俺に言い放った。 


格闘術ファイティングは、どマイナースキルだけどヨォ……、この俺様ならそれなりにおさめてるぜ!」

「……そういことか」


 まさか惑星ネクロポリスで不人気な格闘術ファイティングをコイツが修めてるなんて。

 最新兵器を使ったり、派手なことが好きそうな“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が、地味なスキルを覚えてるとは、予想外だ。


 いや、万一の場合に何かしらのスキルを習得している可能性は予想すべき事柄に違いなかった。それが、格闘術ファイティングに限らず、打撃・斬撃武器ミーリーウェポン系のスキルであろうとも、だ。今更ながら、相手を自分の都合で当て嵌めていた自分の愚かさに腹が立つ。


 俺はヒリヒリする右肩を押さえて、言い放つ。


「へへ……流石、トップMovieCherだな」

「褒めても何もでねぇぞ。もっとも、俺のスキルレベルは3だけどな。テメェ程ではネェ。しかし……」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が身を低くする。これは、もしや……


「テメェと違い、格闘術ファイティング全てのスキルでレベル3だ」


 超低空からのタックルだ。受けるのはまずい。かわすか? いや、撃ち落とす!


「シュッ!」


 俺はローキックを“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顔面に浴びせる。しかし、ヤツは肩を突き出し、防御してきた。だが、ローキックは肩の防御を押し返し、辛うじて“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顔面を捉えた。


 乾いた音がして、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は弾き返される。しかし、即座に体制を整え、また低い姿勢を取る。


「ぐぅ……少し踏み込みが甘かったか」

「はぁ……はぁ……」


 俺は自身の額に流れる汗を拭う。この汗は運動の火照りから出る汗ではない。……冷や汗だ。事態の悪化を悟り、俺は全身から嫌な汗が沸き立つのを感じた。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は俺の動揺具合を睨め付ける視線で観察し、口の端を歪めた。


「さすが“東洋蹴拳道ムエタイ“のローキック“レベル6“なだけある。俺のショルダーブロックでも簡単に防ぎきれない、か。後もう一歩で、お前の足を掴んで関節技サブミッションけられたところだったのにヨォ〜」

「く……」


 マズいな。格闘術ファイティングの中には当然関節技サブミッションも含まれる。レベル3の技能と言うと、国体上位入場者クラスと聞く。とてもじゃないが、掴まれたら勝ち目がない。


「また行くぜぇ〜? 今度は……」


 身を屈め、獲物を狙う姿勢となった。


「うまく行くかなぁ〜!? 地球人!」


 巨体が地面を蹴り猛進してくる。さっきより、速い! またローキック⁉︎ いや、ダメだ。二度の攻撃は読まれてるに違いない。ならば……


 受ける!


「どっせい!」

「な⁉︎」


 俺は相撲すもうで言う蹲踞そんきょの構えをして身構える。


「こいや、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! お前の格闘術ファイティングレベル3と大学生活を費やして得た俺の筋肉と、どっちが強いか……勝負だ!」


 “ズドン“と鈍い音がして、二人の体がぶつかり合う。ミシミシと筋肉が軋み合う。


「ぐ……グググ……」

「ち、地球人……テメェ如きに……」


 俺たちは微動だにせず、相手を力任せに押し合う。全身の筋肉が怒張し悲鳴を上げている。

 一見すると、ただ抱き合っている様にしか見えない。だが、俺と“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は、お互いの静止摩擦係数を突破させないために、全身全霊を込めて相手を押し合う。


「じゃ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“……」

「ち、地球人が……」

「アリスから……聞いたぜぇ〜。お前の体には……機械化骨格マシンアクチュエーターが……埋め込んでるんだってなぁ〜?」

「そ……それが……どうした!?」


 ギリギリと歯が軋む。汗がダラダラと流れる。筋肉が悲鳴を上げ、全身が痛くて泣きそうだ。


「アリスのバカ力は……同じく…… 機械化骨格マシンアクチュエーターのおかげだって……ヨォ〜」

「グググ……だから……それが⁉︎」


 俺は足腰に力を入れ、力を振り絞る。俺の足が地面を蹴り、徐々に前へ進む。


「だからヨォ〜、EMP爆弾で機械化骨格マシンアクチュエーターを無効化されたお前が、俺に勝てると……」

「ぬおおおぉおォォ⁉︎」

「思うなよォォおおお!」


 俺は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の腕をかんぬき固めで挟み込み、そのまま脊柱起立筋を使って持ち上げた。


「こ、この技は……ブレーンバスター⁉︎」

「ぐぉおおおお⁉︎ お、重い! ぐあぁ⁉︎」


 力任せに“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を垂直に持ち上げ、背中から叩き落とそうとしたが、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の重さに力尽き、押し潰された。パッと見だと雪崩式のブレーンバスターに見えるが、ただの力負けだ。ぐ……見栄を張るんじゃなかった。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は俺を押し潰して、千載一遇のチャンスなはずだった。しかし、咄嗟に起き上がり、距離を取る。

 どうやら、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は俺の能力を測りかね、思わぬ反撃に警戒しているようだ。見据える視線で俺を観察している。


「……地球人……お前、他に何のスキルを持っている?」

「……さあな?」

「“東洋蹴拳道ムエタイ“のローキックと“西洋拳闘ボクシング“のワンツーパンチが“レベル6“……騙されたぜ。まさか、ブレーンバスターのスキルも覚えてるなんてな」

「勘違いしているようだな、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて相手を見据える。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は、俺の視線に当てられて、ギョッと目を見開く。


「ブレーンバスターは俺が地球で覚えた技だ。惑星ネクロポリスのスキルじゃ無ぇ。俺はなぁ……結構、プロレスが好きなんだよねぇ〜」


 それだけ言うと、ツカツカと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の前まで無防備に歩みを進める。カウンターを警戒しているのか、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は身構えるだけで、手を出して来ない。


「手四つだ。意味が分かるだろ? 相手してやるぜ」


 俺が突き出した手を見て、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のコメカミがピクピクとヒクつく。このポーズは格上が格下に対して取る行為だ。馬鹿にされていると感じ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は怒りで声を荒げる。


「お相手していただける……ってか。舐めやがって、地球人がぁ⁉︎」


 俺の差し出した手を払い除け、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は腰を回転させてミドルキックを放って来た。

 流石に格闘術ファイティングレベル3だけある。素早いキックをかわすことはできない。脇腹にズシリとヤツの足がめり込んだ。


「ぐっ……」


 あばらに鈍い痛みが走る。ヒビが入ったか……。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は、ミドルキックの命中に“ニヤリ“と笑みを浮かべる。


 だが、甘い。

 俺はヤツのズボンを両手で掴み、倒れ込む勢いさながら、体を捻らせる。


「な……⁉︎ こ、これは!」

「ドラゴンスクリューだぜ」


 横回転のモーメントが人体の構造に逆らう力を加える。強烈な力に耐えきれず、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は捻り倒された。巨体が地面に押し倒され、“ドスン“と強い衝撃が響き渡る。

 俺は掴まれるのを恐れ、サッと“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“から距離を取る。だが、思わぬカウンター技を食らったヤツは、俺に反撃する余裕も無く、憎々しげな視線を俺に向ける。


「ご……ごの……地球人……如きが……」


 手を突いて巨体を持ち上げる。だが、その隙を見逃すワケが無い。一瞬で間合いを詰めて、立ち上がる寸前に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顔面へ俺のローキックがクリーンヒットした。


「ごぱ⁉︎」


 情けない声を上げ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が尻餅を突く。俺は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を見下ろし、勝ち誇った顔を見せる。

 しかし、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の瞳はまだまだ光が消えていない。むしろ、より輝きが増している。


「この……トップMovieCherの俺さまが……テメェみたいな……地球人に……底辺MovieCher如きに……」


 今度は全身をバネの様に使い、“ガバリ“と立ち上がる。そして、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は右手を前に出して、威嚇する構えを取る。俺もファイティングポーズを取り、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を見据える。

 俺は和剣レベル1で覚えた摺足すりあしでジリジリとにじり寄り、間合いを詰める。対して、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は不動の構えを見せる。


「さて、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“……」

「地球人如きが……」


 二人の間が詰まる。この距離は、もはやお互いの制空権だ。いつ攻撃が飛んできてもおかしくない。だが、俺はまだまだ距離を詰める。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も構えを崩さない。


「もう間合いだぜ? やらないのか?」

「ふん、地球人。打撃技ストライカーでお前とやり合うのは分が悪いと悟ったぜ。それに、お前は間違えている」

 

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は動かないはずの次元砲を取り出す。


格闘術ファイティングなぞ、所詮はお遊びのスキルだ。真のMovieCherは……」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の声に呼応して、次元砲から低いうねりが響き始める。それを見て、俺はそろそろだと悟る。


「科学こそがすべてなのだぁ! 死ね、地球人!」

「ああ。そろそろ自己修復機能で次元砲が回復する頃だと思ったよ」


 そうなのだ。惑星ネクロポリスの装備は優秀だ。

 

 EMP爆弾で一時的に機能は失うが、時間が経てば自己修復機能で自動的に機能を回復する。装備によって修復時間は異なるのだが、最終的に全快するため、EMP爆弾では一時的な効果無効程度しか威力を発揮しないのだ。

 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も当然ながら、自己修復機能の回復時間を分かっていた。だからこその自信なのだろう。


 だが……


「じゃあよ、次元砲が放たれる前に、俺がお前をボコボコにしてやる。くらえ! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!」


 左ジャブ、右ストレート、左ジャブ、右ストレート、左、右、左、右、左右、左右、左右左右左右……


「オラオラオラオラオラオラオラ!」

「ごぶ……ぶぶぶ……ばばば……ばば……」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顔面に俺のマシンガンパンチが降り注ぐ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「ご……ご……ごの……」

 

 次元砲からエネルギーを集約する音が響く。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「ち、ち……きゅう………じ………ん」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は次元砲を前に突き出し、トリガーを引こうとする。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「………ご! ……と! ……き! ……がぁあああ!……」


 俺の拳が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の動きを圧倒する。次元砲の引き金を引く最後の一押しを、俺の拳が押し返す。


「し……死」

「オラァ!」


 猛烈なラッシュの最後に、渾身の右ストレートが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の顎を撃ち抜く。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は何か言い掛けたが、“ぐるん“と目を白目に剥いた。そして、フラフラと足元をふらつかせながら、前のめりにズシリと倒れ込んだ。


「………」

「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、お前の敗因はたった一つだ。それは、最後の最後に筋肉己の力でなく、科学を信じてしまったことだ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の手から次元砲が離れ、コロコロと辺りに転がる。岩壁にぶつかった次元砲は“ピー“という音とともに、人間の音声で事態を告げる。


『エネルギー充填完了しました。しかし、使用者の意識を検知できません。エネルギーを発散します』


 しばらくうねりを上げた次元砲は、静かに辺りに転がっていった。

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