惑星ダンジョン〜早く地球に帰りたい〜

mossan

プロローグ

早く地球に帰りたい

耀かがやかしき陽光

── 風なびく草原

─── 抜けるような蒼天

──── そして、一人たたずむ少女────


 幻想的な風景に心を奪われ、俺は時間を忘れて彼女に見惚れていた。ああ、この黄金の時間がいつ迄も続けば良いのに……と、俺は願う。そう、彼女の言葉を聞くまでは。


「ははは、雑魚を殺すのって楽しぃ〜!」


 漫画に出てくるサイコキャラのようなセリフを少女が口走る。その物騒な言葉を聞き、俺は正気に引き戻された。

 そうだった、コイツはだった。彼女の本性を思い出してしまい、心の底から嘆息たんそくする。

 

 先ほどまで逆光で見えなかったが、彼女の顔には、幻想的な雰囲気を打ち壊すおびただしい血飛沫ちしぶきで彩られている。この猟奇的りょうきてきなペイントが無ければ、誰しもが“美の女神”と呼んで差し支えない美しさだと言うのに……


 そんな“美の女神”の右手には、血塗られた長身の剣、左手にはねたゴブリンの首があった。自らの勝利を天空の神々に捧げる戦士の如く、彼女は高らかな哄笑を上げている。……どんな蛮族だよ。


 ここは惑星ダンジョンNo1−3α−K3421……初心者向けの惑星ダンジョンだ。俺は最近デビューしたばかりの新米冒険者だ。


 俺が何故にこんなところで、ゴブリンとか言うファンタジー丸出しの化物と戦っているのか、理由は一先ひとまず置いておこう。今は生きて、この星から脱出することが先決だ。

 俺は先ほどゴブリンに斬りつけられた肩の痛みを押さえつつ、口を開いた。


「おい、遊んでる場合じゃネェぞ! このままじゃジリ貧だ。なんとかして脱出ポータルまで戻らないと、全滅だぞ」

「何言ってるのよ。私たちは真の冒険者リアルマンの動画で売ってるのよ。雑魚相手に逃げ出すなんて臆病者マンチキンのすることよ」

「だからと言って、このままだと死んじまうよ。死ぬのが怖く無いのかよ!?」

「やれやれ、とんだ臆病者マンチキンね。おっ、増援が来たわ。よーし、ぶっ殺すわよ〜」


 物騒な発言をして少女が血塗られた剣を握りしめながら、ゴブリン達に斬り込んでいく。何だって、あんなに楽しそうなんだ? 理解に苦しむぞ。


 そんな俺のボヤキに反応したのか、先ほどから俺のかたわらにいた仲間が声を掛けてきた。


「彼女が契約している生命保険は特約が凄いからね。たとい死んでも、死亡リカバーボーナスが付与されるくらいだから、全然平気なのさ」


 “何を言っているんだ、コイツは?“と普通は思うだろう。生命保険があっても“死んだら終わりだ“と地球にいた頃の俺は思っていた。そう、普通の人は誰しもがそう思う。

 

 だが、ここでの生命保険は発想がぶっ飛んでいる。


 死亡したら、遺伝子情報と記憶素子のバックアップからクローンを生成し、生き返らせてくれるのだ。文字通り、に保険が掛けられている。

 

 なお、こんなところにいる俺も、当然ながら、保険を掛けている。死んだら、ちゃんと生き返るし、終わりではない。しかし、今の俺には金が無い。そう、のだ。

 だから、最安値の生命保険しか契約できないし、補償も最低だ。生き返るには生き返るが、その際に不利益デスペナルティを受けてしまうデメリットがある。

 不利益デスペナルティにも様々あるが、一番厄介やっかいなのは、遺伝子情報のコピーミスで身体異常バッドステータスをもらってしまうことだ。


 俺は既に二回死亡している。そのせいで、どことなく体の調子もよくない。これは身体異常バッドステータスに拠るものだろう。


 それに、ご丁寧なことに、死ぬ寸前の記憶を持ったまま生き返ってしまう。おかげで、俺は目をつぶるとオークに頭をカチ割られた記憶とマグマに落ちて体が燃える記憶が蘇ってくる始末だ。


 浮かんできた心的外傷トラウマに頭を振り、もう一人の仲間に顔を向ける。この男も結構な美男子で、俺でも思わず見惚れてしまう。いや、いかん、そうじゃない。再度頭を振って男に言葉を返す。


「生命保険に入っていても死ぬ様な痛みは嫌だろ? 何だってアイツは平気なんだよ」

「彼女の強さならゴブリン相手じゃ死なないよ。それに戦闘狂ウォーモンガーアンプルを使ってるから、痛みも感じてないんじゃないかな?」

「だからと言って、付き合わされる俺の身にもなってくれよ。俺は金が無ェから、ロクな装備も持ってないしよぉ……。自慢できるのはミスリル製の盾くらいだぜ」

「まったく困ったものだね」


 男が憂いた表情を見せる。コイツもあの美少女戦闘狂の行動を遺憾に思っているのか……と、思ったら、違った。


戦闘狂ウォーモンガーアンプルを使うなんて僕には考えられないな。痛みを強化アンプルで止めたら、せっかくの機会を逃しちゃうよ。やはり戦闘は痛みを感じないと……」

「は……?」

「ゴブリンの薄汚れた剣で我が身を斬られ、返す刀で相手の喉元を切り裂く……ああ、痛みの中でのたうち回る相手を見下ろす光景のなんと美しいことか……!」

「お、おい……? 何言ってるんだ?」


 恍惚の表情を見せる男を見て、俺は愚痴をこぼす相手を間違えたと悟った。そうだった、コイツはだった。


「それに、怪我した後に首筋に打つ回復アンプルの快感……! ああ、僕も行くよ。さぁ、僕を殺してくれ。僕も君たちを殺すから〜!」


 そう言うと、男は右手に小剣を持ち、美少女と同じくゴブリンの群れに突っ込んでいった。


 一人ポツンと取り残された俺は、呆れ返った表情で二人を眺める。

 二人はゴブリン達を撫で斬りにして血溜まりの中で嬉々とした表情を見せる。何だってあんなに殺しが楽しいんだ? 理解できん。

 

 スプラッター映画を見る感覚で二人の暴れ振りを見ているその時、俺の背後からガサガサと音がした。ハッと振り返ると、緑色の体をした小柄な生命体たちが、茂みから姿を現した。


──ゴブリンだ──


 俺はとっさに腰にいた長剣の柄を取り、鞘から抜き放つ。く、来るなら来い! 相手になってやる。


 ゴブリン達は剣を構えた俺を見て警戒感をあらわにしている。俺も奴らとの距離を保ちつつ、相手の戦力を見極める。


 奴らの人数を数えて見ると、合計で七体……結構いるな。奴らは錆びついた剣とコブのついた棍棒で武装している。後方には歪んだ弓矢や簡易な投石武器を持つ者らもいる。奴らはほとんどが薄汚れた服を身にまとうだけで、防具と呼ばれる類の装備は誰もつけていなかった。


 このゴブリン、一体程度ならばさほど強い相手では無い。むしろザコだ。全体的な身体能力アビリティも子供とさして変わらない。だが、集団で襲い掛かられると決して油断できない相手だ。それに、ここは辺りが開けた平野部だ。多数のゴブリンに囲まれたら、絶対に不利だ。


 流れ出る汗を額に感じながら、俺は剣を握る。今の俺で勝てるだろうか。力には自信があるが、全体的な戦闘経験が俺には無い。だから、仲間達はこの初心者惑星に俺を連れてきてくれたワケだが……当の二人は別の場所でゴブリンの虐殺に夢中でいらっしゃる。肝心な時にいないなんて、くそ…何て自分勝手な奴らだ。


 しかし、ボヤいてもいられない。俺は剣を正眼に構えてゴブリン達に向き合う。戦闘経験的には不安が残るが、俺には最近身につけた“和刀スキルLv1”がある。


 とか言っているが、ゲームのスキルみたいに確実な効果があるわけじゃない。この世界で言うは、人が経験を積んで得られる技術と同義だ。

 

 本来ならば、技術を得るには一朝一夕ではいかない。血の滲むような努力や長い時間が必要なのだ。だが、あるテクノロジーを使えば、努力や時間それらをすっ飛ばして、短期間で体に技術をインプットできる。そして覚えた技術をと称しているだけである。


 このスキルを覚えるには、色々と大変な思いをする。……その時の光景を思い出すと、悪魔が脳内でザルそばをすするかの如き音と痛みのハーモニーが奏でられるので、吐き気をもよおすから止めておこう。

 

 因みに、俺の“ 和刀スキルLv1”とは剣道有段者くらいの技術を持つらしい。最初は疑わしかったが、実際に剣を構えたことでスキルの妙意を実感する。


 剣道など習ったことが無かったが、どの様に構え、足を運べば良いのか理解できる。なるほど……これがスキルか……素晴らしい!


 俺は何とかなるかも知れないと考える。肩の傷は不意打ちでつけられたから、スキルを試す機会に恵まれなかった。だが、今度は違う。真正面からの戦闘だ。やれる!


 俺は相手の動きを慎重に見極め、すり足で近寄る。焦りは無い。スキルの効果なのか、先ほどまでが嘘の様に、俺は自信に溢れている。


 ジリジリと近寄る俺、それに警戒して徐々に後ずさるゴブリン達………眼には見えない戦いが続く。そんな状況に痺れを切らしたのか、ゴブリンの一体が焦った顔をして突撃してきた。


「グギョェエエエェ!」

 

 奇妙な雄叫びを上げてボロボロの剣を振り上げるゴブリンに対して、カウンター気味に俺の面打ちが襲う。


 ”ガツッ”


 鈍い音がして俺の剣が弾かれる。くっ! 相手の頭蓋に当たった様だ。一撃で仕留めるにはいかなかった。

 だが、ゴブリンは頭をパックリ割られ、絶叫を上げてもんどり打つ。致命傷にはならなかったが、戦闘能力を奪うには十分だった。

 これは好機だ。相手の隙を見逃す俺ではない。素早く近づき、剣を上段に振り上げる……


 その時、ゴブリンと一瞬目が合った。相手の目からは恐怖と憎悪…それに、哀願が見て取れた。


「う……」


 一瞬言葉に詰まる。だが、躊躇とまどいはいけない。俺は、そのまま相手の喉元に剣を突き下ろす。


 突き刺した剣を通して、肉を切り裂く嫌な感触が手に伝わる……やはり生き物を殺すのは慣れない。


 血の匂いに不快感を覚えつつ、喉から剣を引き抜き、再び正眼に構えを取る。殺したゴブリンの血が剣先からしたたるのを見て、ゴブリン達の表情に動揺が走るのが分かる。

 

 にじり寄る俺、下がるゴブリン……気が抜けない緊張感で俺は徐々に疲れを覚えて来た。


 ふと一瞬だが、先ほど殺したゴブリンの死体が視界の端にチラリと入る。ゴブリンの苦悶の表情は俺に死への恐怖を想起させる。気を抜けば、俺も同じくゴブリン達に殺される。


 これ以上、死亡による不利益デスペナルティ心的外傷トラウマを植え付けられるわけにはいかない。ゴクリと唾を呑み、剣の柄に力を入れ直す。


 ゴブリン達は俺の剣術に警戒したのか、一向に攻めてこない。その隙に、俺はにじり寄りつつ、徐々に体の位置を変えて太陽を背にした位置に移動した。これでゴブリンたちから逆光の位置をとれた。相手の視界を奪うのも戦術と言うわけだ。


 しかし、位置取りに成功した代償に、暑い太陽が俺の背を焼き始める。装着した鎖帷子くさりかたびらが熱を持ち、徐々に俺の体力を奪って行く。


 息が荒くなるが、剣を構える手を緩めることはできない。俺は早くゴブリン殺しに夢中な変人仲間の二人が戻ってくることを祈る。もし仲間が戻ってくれば、この勝負、俺の勝ちだ。


 だが、俺の目論見もくろみは甘いものだった。俺が額に流れる汗を嫌い、少し顔を背けた時、僅かな隙ができた。目敏めざといゴブリン達はそのすきを見逃さなかった。後方にいたゴブリン達が矢や投石を仕掛けてきたのだ。


「うぉ! 危ねぇ!」


 咄嗟とっさに矢と石をかわすために大きく避けた。しかし、避けるために体を崩して構えを解いた隙を突かれて、ゴブリン達が一斉に俺に向かってきた。


「グギョギョギョギョ!」

「や、ヤベェ! やられる!」

 

 姿勢を崩したまま、手打ちで剣を振るう。


 だが、ゴブリンの一体が粗雑な剣で俺の剣を弾く。“ガツン“と衝撃が走り、弾かれた剣の慣性に振られて、更に姿勢を崩してしまった。なんてことだ。下手ファンブルなことをしてしまったせいで、より不利な状況におちいった。


 焦りから、汗がこめかみを伝う。


 マズい! ……と、思った矢先に、俺の後方から声が聞こえた。


「世界の理に掛けて……豪炎フレイム!」


 美少女からの魔法の援護がきた。詠唱が終わりを告げると、ゴブリン達に死を告げる炎が辺り一面に降り注いだ。


 魔法……とさりげなく言ったが、本質的には魔法じゃない。美少女が放ったは超意識科学を始めとした各種科学が混ざり合った擬似魔法サイエンスマジックだ。


 超意識科学はよく知らないが、人の思考で物理作用を起こす事象を研究する科学──ザックリ言うと超能力サイキック──だ。


 その超能力サイキックに化学、物理学、生物学などなどの科学を詰め合わせることで、あたかも不思議な現象を起こさせる。


 因みに、彼女が使ったは右手に仕込んだ魔法触媒射出器マジックランチャーからガソリンと粘性物質を混ぜ合わせたゲル状の物質に超能力サイキックを使って発火させた代物だ。平たく言うと、火炎放射器だ。


 流石に魔法の効果は凄い。ゴブリン達が一瞬で炎に包まれたのだ。耳をつんざく絶叫と共に肉が焼ける不快な臭いが辺りに充満する。


 焼け焦げるゴブリンたちが一体、また一体と地面に倒れ込む。全てのゴブリンが地に伏した光景を見て、俺は安堵のため息を吐く。緊張から解放された俺は剣を放り投げて尻餅を着く。今ある生を噛み締め、敵の無惨な最後を只々、見つめいていた。 


 だが、美少女戦闘狂は格が違った。


「もう一丁! 世界の理に掛けて……豪炎フレイム!」


 またもや辺り一面を炎が包む。相手は絶命しているのに、なんて奴だと思う。


 と、その時、俺の体に思いも掛けないトバッチリが起きた。


「アッッチィイィイイィイイィ!!」


 豪炎フレイムが俺の背中に掛かったのだ。突如として背中から焼ける痛みが走る。今度は陽の光で背中を焼くと言った比喩表現では無い。本当に炎で背中を焼いているのだ。


 俺は背中の火を消すため横転して地面に転がる。だが、一向に火が消えない。ゲル状の可燃物が全く体から離れてくれないし、燃え尽きる様子もない。何だよ、これ!? カチカチ山かよ!


「あ、ゴッメーン! 勢い余っちゃった」


 勢い余ったじゃねぇ! 早く火を消してくれ! 俺は可燃物と共に燃え盛る鎖帷子くさりかたびらを脱ごうとするが、留め具が邪魔でうまく脱げない。


「ああ……あの身の打ち様…痛いのでしょうね。熱いのでしょうね。僕も味わいたいな。何て羨ましい……」


 男が呑気に何か言ってやがる。羨ましいなら代わってくれ! 死ぬ、死んでしまう!


 頼む、二人とも! 早く俺を助けてくれぇぇえ〜!!

 

………

……

…そんな願い虚しく、結局、俺は焼け死んでしまった。


─── 

── 


『バカス』

『アホス』

『草』


 俺の死に様をアップした動画につけられているコメントが辛辣だ。


 生き返った(?)俺は動画を見て歯軋はぎしりする。


 動画とは何か……この星ではは動画投稿サイト“MovieChムービーチャンネル“に命を掛けた動画を投稿してPV数によるリワードを得る生き方をしている。Youtuberならぬ、MovieCherムービーチャネラーだ。


 MovieChはこの世界……と言うより、直近十光年近い銀河で人気な動画配信サイトだ。


 俺は地球に帰るために宇宙船が必要だ。そのために、MovieChに登録して金を稼ぐ新米冒険者MovieCherってわけだ……


 はぁ……俺が地球に帰れる日はいつのことやら……

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