第一章 MovieChデビュー
第一話 ひとごろしー
大学からの帰り道、俺は近所のコンビニでプロテインバーとサラダチキンを買って帰る。
一年前から続けている筋トレの成果のため、体が締まってきた感覚がする。最近は鏡の前で自分の筋肉の付き具合に、息が漏れるくらいだ。
以前の俺は誰が見ても貧弱な男だった。しかし、ある時、某動画サイトの筋肉動画を見て以来、筋肉に目覚めてしまった。
食事をしながら今日も動画を見て、配信者と共にポーズを決める。
『パワー』
「パワー!」
いつかあの人みたいになりたいものだ。
食事を終え、いつもの様にジムへ行くために、冷蔵庫からバナナを取り出した。さて、次はプロテインを準備しようとプラスチック製の容器を開ける。
おや? プロテインが切れている。しまった、補充することを忘れていた。
ふぅ、仕方がない。プロテインを買いに行こう。俺は近場のドラッグストアまで行くことにした。昨日の足トレによる軽い筋肉痛に顔を歪ませつつ、靴を履いた。
ドラッグストアまでの道すがら、俺は回想する。やはり筋トレは良い。ひと昔前までは想像もつかなかったが、筋肉は正義だ。今の俺ならば、誰であろうとも相手できる!
………そう思った頃が、俺にもありました。
「イェーイ! ドライブって、たっのしー!」
爆音と共に綺麗な声をした女の子の言葉が耳に入る。それと同時にヤバい言葉も耳に入ってきた。
「そこの車! 停まりなさい! これ以上、暴走運転を繰り返すと発砲します!」
発砲? …って銃を撃つんだよな? 日本で発砲宣言? 何が起きてるんだ?
若干混乱気味の俺の疑問を氷解するかの様に目の前に鉄の塊が襲い掛かる。
車……って、大型トラックじゃないか! 道路を逆走して俺の方に迫ってくる。
「こ、こいつはヤベェぞ!」
轟音と共に、トラックが建物を破壊して俺に向かってきたのだ。
「な、なんで!?」
そう思った瞬間、俺の体は宙に舞った。鍛えた肉体でもトラックには敵わないのだ。……ああ、呆気ない人生だったなぁ…。
───
──
─
……眩い光に包まれ、目を覚ます。頭がぼんやりする。一体何が起きたのだろうか。
茫漠とした意識の中、辺りを見渡すと、医療用の機械らしき物が多数置いてあった。視線を俺の体に落とすと、チューブが俺の体から機械まで伸びていた。
虚ろな意識の中、俺は何が怒ったのか頭の中で反芻する。確か、プロテインを買いにドラッグストアに行こうとして……そうだ! 俺はトラックに轢かれてしまったのだ。
あの状況では、絶対に死んだと思ったが……もしかして、奇跡的に助かったのか? となると、状況から察するに、ここは
事態を察した俺は周囲をキョロキョロ見渡す。医療機械には日本語とは異なるよく分からない言語が記載してある。一体何語だろうか。確か、医療機関ではドイツ語がよく使われると聞いたことがある。ならば、アレもドイツ語か?
取り留めもないことを考えながら、看護師の巡回を待ったけど、誰も来ない。意識を取り戻してから、三十分ほど経っただろうか。
ICUは患者の状態が急変するため、巡回頻度が高いと聞いたことがある。一般的に巡回頻度がどれくらいか分からない。だけど、三十分も放置されている身からすると、不安でしょうがない。
「誰か〜、いませんか〜?」
返事がない。再度声を上げて人を呼んでみる。
「オーイ。俺は生きてますよ〜、意識を取り戻したんです〜」
やはり返事がない。おかしい。不安に駆られ、俺は辺りを見渡す。そうだ、ナースコールだ。ナールコールを探せば、看護師が来てくれるに違いない。
だが、ナースコールらしき物は見当らなかった。
……おかしい。本当にここは病院か? 俺が
「あ! 蘇生できたんだね。おめでとう」
蘇生? ああ、息を吹き返したってことか? そうか、俺は心肺停止までいっていたのか。相当に怪我が酷かったみたいだ。
と、思っていたら、全然違った。
「ごめんねぇ〜。私がちょっと運転ミスっちゃったから、君がバラバラになっちゃってぇ〜」
バラバラ? どう言う意味だ?
「流石に私も悪いことしたかなぁ〜って思ったから、君の体を持って帰って蘇生させたんだよ」
持ち帰った? ……いや、ちょっと待て。なんだか不穏な会話になっているぞ。俺が不安を覚えると、今度は別の声が聞こえてきた。
「体は滅茶苦茶だが、遺伝子的には損傷は無かったからな。それに、脳も無傷だったのが良かった。残された頭部から、彼の遺伝子情報と記憶素子を抽出できたおかげで、無事にクローン生成できたと言うわけだ」
クローン生成? おい、凄く不安になってきた。言葉だけを聞くと、俺は一度死んだのか?
確か、中国とかでは、死んだペットの遺伝子を解析して全く同じ遺伝子を持つペットをクローンした事例があった。
だが、あくまで遺伝子レベルで一緒なだけで、同じ存在ではない。“生き返る”訳ではないのだ。そんなに命なんて単純じゃないんだ。
──ここは、日本か?──
俺の周りから聞こえる言葉を解するに日本語なのは間違いない。しかし、日本ならば、クローン技術なんて倫理に背く技術を行うだろうか。
欧米諸国はキリスト教が政治・文化・生活に深く根差している。だからこそ、命を自由にできるのは神のみの
日本も欧米諸国と仲が良い……と言うより、近年では同じ道を歩んでいる。だからこそ、『人のクローンができましたぁ!』なんて言った日には各国から袋叩きにあってしまう。
そんな日本がクローンを成し遂げている? まさか欧米と
想像がグルグル回る。そんな俺の目の前に件の声の主がヌッと顔を見せてきた。
「フォッ!」
思わず声が出た。美少女だ。トンデモナイ美少女だ。
青い髪と蒼い瞳… …長い
俺の胸を弾ませる超絶美少女が顔を覗き込んでいる。これは夢か幻か? 事態はよく分からないが、一瞬だけど俺は今の現状に感謝した。
驚いて声が出ない俺に疑問を思ったのか、美少女が声を掛けて来る。
「ねぇ、私が分かる? 意識ある?」
「は、はい。分かります。とっても、分かっています。意識もあります」
もはやクローンが云々はどうでもいい。甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
胸のドキドキが止まらない。そんな浮かれた俺の心を更に弾ませることが起きた。もう一人の声の主が俺の顔を覗き込んだのだ。
「ファッ!?」
これ以上のドキドキは心臓が破裂しそうだ。またもや俺の心をかき乱す存在が出てきたのだ。
美女……美女だ。理解し難い美女だ。こんな綺麗な女性は見たことがない。
ミドルヘアーの黒い髪に、切れ長のブラウンの濃い瞳……鼻筋が通っており、紅い唇をしている。またしてもしゃぶりつきたい唇だ。
……おっと、先ほどからいけない想像が
「おい、キミ。私の言うことが分かるか? 何か変な風に聞こえないか?」
「い、いえ。非常にクリアに聞こえてます」
「そうか。間に合わせで使った脳内チップが旧型の廉価版だったから少し不安だったが……ちょっといいか」
美女は俺の額に何やら変わった機械を当てる。熱を測っているのだろうか。何やら額が温かい。
しばらくして何か納得がいったのだろう。美少女に向き直って美女が言葉を返した。
「ふっ…大丈夫のようだ。蘇生は成功したぞ、お嬢。検査の結果、
美少女は気色を浮かべて喜んだ。俺が無事なことがとても嬉しいみたいだ。
「ああ! 良かった。頑張って首を持ってきた甲斐があったわ」
美少女の喜び具合は大きかった。なんだって見ず知らずの俺が無事なことに、そこまで喜んでくれてるんだ?
あ、そうか。美少女が俺を轢いたって言ってたもんな。それならば、無事なことを喜んでくれるのは道理か。しかし、“首を持ってきた“ってなんだ? 戦国武将か?
それよりも、こんな美少女とお近づきになるチャンスが巡ってきたことに俺は少し嬉しくなった。事故は大変だが、俺は運命の巡り合いに感謝した。もしかすると、これを機に仲良くなって、アレやコレやとか……なんちゃって!
しかし、美女と美少女が交わす会話が、のぼせ上がった俺の頭に冷や水をかぶせてきた。
「では、お嬢。代金として1000万クレジットを頼む」
「あぁ、それは彼にツケといて」
「そうか。分かった」
ん………? ん……? ん?
美少女の言葉に俺は固まる。ツケを俺に? 何で? いや、まあ、事故での治療費ならば俺に来るのは当然か。
でもちょっと待て。先ほど“美少女”が“生き返らせて良かった”と言っていた。それ以外に今までの会話の流れを見る限り、俺がこんな目にあったのは“美少女”のせいじゃないのか?
それに1000万クレジットって、幾らだ? 日本円では無いのならばどこかの
ならば、全てを俺が払うのは納得行かない。俺は慌てて会話に割って入った。
「ちょ、ちょっと待って! 何で俺が払うのさ。話からするとさ、キミが俺を
「うん。そうだよ」
美しく爽やかな笑みを美少女が浮かべる。何でそんなに爽やかな笑顔なんだ。惚れてしまうじゃないか……いや、そうじゃない。今はそうじゃない。
俺は不純な考えを振り払い、話を続ける。
「じゃあ、俺が全部の治療費を払うのはおかしいんじゃないのか? だって、俺がこうなったのはキミのせいだろ?」
「え〜、私がぁ?」
今度はあからさまに嫌そうな顔をする。いや、ちょっと待て。俺がこんな所にいる理由はキミのせいだろう?
可愛い顔してれば、なんでも許されると思ってないだろうな。少し不愉快になってきた。
それに、ここで引くわけには行かない。金が掛かっているんだ。気を引き締めて言葉を続ける。
「そうだよ。キミだよ。分かるだろ? だから、少しは責任を……」
「じゃあ、いいや。すいませーん、この人、処分しちゃっていいですよ」
……は? 処分?
「せっかく生き返らせたのに、こんなこと言う恩知らずの人なんてどうでも良いや」
「そうか。分かった」
美少女の言葉に応えるのか、美女がドリルを持ってきた。
え? え……? …えぇぇええ??
事態の急変に俺は狼狽した。その隙に美女がドリルのスイッチを入れる。
“キュイィイイイン”と言う音と共に、先端が高速で回転し始める。そして、そのまま何物をも
マジかよ! 俺はあまりの状況の変わり様に恐怖から美少女に救いの声を上げる。
「ちょ、ちょちょちょちょ! ちょっと待って」
「ん? 何?」
「わ、分かった。取り敢えず、お金のことは後で考えるから、そのドリルを止めてくれ!」
「後で? うーん。後じゃダメだよ」
なんてこった。問題の先送りが通じない。アワアワしている隙にドリルがドンドン迫って来る。もう迷っている暇はない。
「分かりました! 1000万クレジット払います」
「本当?」
「はい、払います!」
「良かった! じゃあ、止めてあげて」
美少女の一言で美女がドリルを止める。た、助かった……安堵の息を吐く俺に、美少女が聞き捨てならない言葉を言い放った。
「良かった。脅してみるものね」
「まったく、私も危うく殺人を犯すところだった。お嬢、この様な脅しは程々にすることだな」
「えへへへ。ごめんねぇ」
脅しだと? なに? 俺は騙されたのか? それに、美女も片棒を担いでいた?
俺はフツフツと怒りが込み上げる。こいつ……可愛い顔して、なんて性格が悪いんだ。
そんな俺の怒りに油を注ぐ一言を美少女は浴びせ掛けてきた。
「キミの言質も取れたし、踏み倒しは無しね。あ、
ごめんで済んだら警察は要らんわ!
この……
この………
ひとごろし〜〜!
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