第二話 惑星ネクロポリス
意識を取り戻した俺は、無事に退院することとなった。……1000万クレジットとか言う借金を背負わされるオマケ付きではあるが……
着ていた服はボロボロになったとのことで、俺は代わりの服をもらえた。
もらった服はアメリカかどこかの大学名が書いてあるスウェットにいい感じに色落ちしたジーンズ、それに背中に竜が描いてある赤いスカジャンと革のブーツだ。いわゆるアメカジって格好だな。
田舎のヤンキーとも取れる格好だが、個人的にはいい服だと思う。お、このジーンズ、赤タブじゃないか。
服を着替えている最中で気づいたが、先ほどまで俺は全裸だったんだな。色々なところが見られてしまった。今更ながら、少し恥ずかしくなってきた。
着替えを終えて、部屋から出ると、美女と美少女が俺を待っていた。
美女は白衣を着ており、一見すると医者と分かる格好をしていた。だが、白衣の下はミニスカートなので、少し医者としてはTPOに欠けている感じもある。
一方の美少女はホットパンツに肩口が見える白を基調としたシャツを着ている。シャツの中央にはデカデカと“諸悪の根源”と書かれている。名は体を表すとはこのことだ。しかし、そんなシャツはどこで売ってるんだ?
状況を今ひとつ理解できていない俺は、ここがどこで、俺の身に何が起きたのか美少女に尋ねてみる。
「ここは惑星ネクロポリスよ。キミのいた地球から見ると“アルタイル”とか言う恒星を中心とした銀河に位置する場所よ」
想像の斜め上を行く発言が飛び出した。
アルタイルって、地球から十数光年離れた場所だよな。そう、アルタイルって言えば、ひこ星だぞ、ひこ星!
てっきり、日本の秘密の場所、もしくは中国やアメリカとか遺伝子工学が発展している国辺りだと思っていたからだ。
いやいやいや、ちょっと待て。先ほどから想像を超える出来事が起き過ぎて俺はおかしくなっている。
そもそも、先ほどからコイツらの会話がおかし過ぎる。俺を轢き殺したとか、クローン生成して生き返らせたとか、1000万クレジット払えとか……
もしかして、コレってドッキリ番組ってやつ? あのトラックもホログラフとか何かとか?
本当はトラックが当たる直前で俺がビックリしたところで『ドッキリでした〜』とするはずなのに、俺が気絶してしまった……。それで、急遽、生き返ったオチで台本を書き換えたのだろうか。
だとすると、この二人も実は女優か? でも、芸人でも何でもない一般人の俺にドッキリを仕掛けるってどう言う魂胆なんだ?
いや、最近では素人参加型のドッキリもある。なので、何も知らない俺にドッキリを仕掛ける可能性も十分にある。だとしたら、あまりにも悪趣味だろう。
何処かに仕掛け人がいるのだろうか。俺は辺りをキョロキョロしながら伺う。しかし、二人以外に人影は見えない。どこかに隠れているのだろうか? 俺は通路の曲がり角、階段の裏側、植木鉢の背後やゴミ箱の中を調べてみる。だが、残念ながら人およびカメラ含めた機械の類は見られなかった。
疑心暗鬼に駆られた俺は尚も辺りを探る。そんな俺の姿を美女と美少女が
「……ねぇ、先生? あの人、本当に
「ああ、無い。だが、元からアホだった可能性は否定できんぞ。ほら見ろ、植木鉢を持ち上げて何かを探している。大方、エサがあるとか思っているんだろう?」
「うーん。地球人って、それなりに知性があるはずなんだけど……あの人がアホなんじゃないかなぁ?」
背中から馬鹿にされていると分かる発言が飛び交う。いくらなんでも俺を馬鹿にし過ぎだろう。流石に許せないぞ。
裏を探るのはヤメだ。最初から、この二人を問い詰めれば良かったんだ。俺が怒り
俺は瞳に怒りの炎を宿して二人にツカツカと近づく。さあ、二人を怒鳴りつけてやろう。そうすれば……ん?
その時、窓越しから外の光景が目に入る。その光景とは、透き通る様な青空、輝く一筋の光、そして空中を飛び交う多数の車であった。
「は?」
俺は呆然としてしまう。確かに、空飛ぶ車は実現に向けて開発中と聞いている。だが、まだ完全実用化には至っていないはずだ。一部の好事家が所有しているのみと聞いている。
そのはずなのに、窓の外では空飛ぶ車が飛び交っている。一体どう言うことだ?
呆然とする俺を見て、二人がまた何か言っている。
「そうだな。だが、
「うーん。そう見たいね。しまったなぁ、アホを助けちゃったんだ…お金、ちゃんと返してもらえるかな?」
「大丈夫だ。いざとなったら、動物園に売り飛ばそう。地球人は珍しい。高値で売れることだろう」
とてつもなく無礼かつ物騒な話をしている。俺の扱いが酷すぎないか?
いや、そうじゃない。俺の立場はひとまず置くとしよう。それよりも、あの光景はなんだ?本当に、ここは“惑星ネクロポリス”なのか!?俺は事態を呑み込めず、震える指先で窓を差しながら美少女に尋ねる。
「な、なぁ。あのさ、窓の外に飛んでるのって……車? だよな?」
「ん? ああ、
サラッと流される。美少女にとっては、当たり前のことなのだろう。だが、このさり気ない返事が更に俺の混乱を加速させる。
「え? いや、だって、空飛ぶ車なんて……俺の周りには無かったぞ。な、なぁ? ここは本当に惑星ネクロポリスとか言うところなのか? 一体、ここはどんなところなんだ?」
「えぇ〜? また言わせるの〜? だからぁ、ここは……」
「アルタイルとかそんなんじゃなくて! もっと、こう具体的に!」
「具体的ねぇ〜……」
気怠そうに応える美少女……コイツは加害者のくせに反省の色がない。だが、不思議と怒りが沸かなかった。それよりも、この異常な世界を知りたい気持ちが先行した。
教えて欲しい。ここは一体どこなんだ? 俺は本当に死んだのか? 何が何だか分からない。
いや、本当は俺にも薄々分かって来ている。今までの会話が冗談ではないと言うことを。
だが、分かっていても俺の脳が拒否している。現実と虚構の
アワアワする俺と呆れ顔をする美少女…一向に噛み合わない二人の間を取り持つためにか、美女が割って入ってきた。
「お嬢、コイツはアホでは無さそうだぞ。ただ単に非日常の世界に連れ込まれて混乱しているだけのようだ。もう少し丁寧に説明してやってはどうだ?」
「丁寧かぁ……でも、知識のギャップが大きいと説明が大変なんだよねぇ〜。素直に受け入れてくれないかな? キミ?」
片目でウィンクする美少女が俺の心を捉えようとする。うぅ……これは強烈だ。だが、欲に囚われている場合ではない。
「だ、ダメダメ! ちゃんと答えてくれよ」
「分かった、分かったわよ。もう、仕方ないなぁ……あ、そうだ!」
美少女がポンと相槌を打つ。その仕草は丸で日本人が何かを思いついた時にする動作と同じだった。
美少女は何もない空間で右手を弄びながら、ブツブツと呟いている。何かしているらしいとこまでは分かる。だが、その所作が持つ意味が分からない。
なす術も無く美少女の所作を見つめていると、チョイチョイと美女がコッチに来いと誘ってきた。美少女はあんな調子だし、訳も分からず美女の元まで行き、美少女が何しているか尋ねてみた。
「あ、あの〜。彼女は一体全体何をしているんですか?」
「ああ。お嬢はMovieChを開こうとしているんだ。お前をこちらまで呼んだのはMovieChを見やすくするためさ」
「MovieCh? 一体それは……」
と、言い掛けた時、美少女の手元からスクリーンの様な物が広がった。視界に入ったスクリーンは暫しの間、空中に漂った後、クルクルと回転して勢いよく俺に迫ってきた。
“ぶつかる”と、思った瞬間、スクリーンはそのまま俺の体に吸い込まれる様に吸収された。そして、視界から消えたはずのスクリーンは網膜と内耳を通して直接体に映像と音が流れ込んできたのだった。
──【事故】地球で
変なタイトルがついた動画が再生される。こ、これは一体…なんだ? こんな技術は見たことも聞いたことも無い。いや、世界中の最新技術を俺が全て知ってるワケではない。もしかしたら、知らないだけで、既に実用化されているのか……
んな訳あるか。
俺は理解したくないからなのか、自分を言い聞かせる理由をつけて状況を拒否していた。だが、空中を飛び交う車やこの映像技術を見せられて納得できない訳がない。これだけで、この世界……いや、この星が俺のいた地球よりも遥かに進んだ技術を持っていることが分かる。
今なら、彼女が言っていた知識のギャップの意味が分かる。確かに、こんな世界を口で説明されても分かる訳がない。理解できるはずがない。百聞は一見に敷かず。圧倒的な技術で俺は自分が置かれている現状を分かってしまったのだ。
俺は
その動画は一人称視点で流れていた。視点の主はこの美少女で、車を運転している様である。動画からはエキセントリックな音楽と美少女の『たのし〜』と言う声が流れてきた。
美少女は交通ルールをまったく知らないのか逆走、暴走、大爆走を繰り広げている。目の前に建物があれば強行突破し、制限速度が50キロの道をプラス100キロの速度で走り抜いている。
「ん……? この光景、どこかで……」
動画に映る光景に見覚えがある。何だろう、何か嫌な予感がしたためか、俺は言葉を漏らす。と、同時に動画から俺の悲鳴が轟いてきた。
『うわぁあああ!』
『ドンッ、グチャッ……キキィィイイ』
ブレーキが遅い気もする。
いや、そうじゃない。気にするところはそうじゃない。一番気にするところは今映っている動画の光景だ。その動画の中には、首だけになった俺がいた。それと同時に『あちゃぁ〜、やっちゃった』と言う美少女の声が漏れ聞こえている。
『やっちゃった』じゃねぇ!
そこからの動画は、警察から逃れる美少女の逃走劇が繰り広げられていた……俺の首を抱えながら。
理解し難い光景と状況だが……本当に俺は死んでクローン生成されて生き返ったと理解できた。足元が浮ついた非現実感が伴う。しかし、こんな技術と記録を見せられては、信じない方がどうかしていた。
ドロドロのスープの様になっている思考の中、俺は一体、これからどうなるのかとてつもなく不安になった。
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