第三話 地球に帰りたい

「……分かった。もう本当に分かった。お前が俺を轢き殺したんだな?」


 美少女を睨み付ける。先ほどからの人を舐めた態度に反省の色が見えない美少女を俺は許せない。人の命を何だと思っているんだ。


「うん。そうなんだ。悪気は無かったの。ゴメンね?」


 美少女が上目遣いで俺に寄ってくる。う……媚びる様な目にドギマギする。しかし、許すワケにはいかない。俺は強い態度で、美少女に向けて口を開く。


「当たり前だ! 殺されて黙っている奴がいるか! ……って殺されたら黙っているしかないか…ってそうじゃなくて!」

 

 あかん! 意味不明な言葉になってしまった。色香に惑わされるな、俺。正気を保て!


「とにかく! お前、少しは悪いと思っていないのか!」


 勢いに任せて俺は声を荒げる。俺の怒声に気圧されたのか、美少女の目が潤んできた。う……何だか悪い気がしてきた。


 ショボンとしている美少女が涙を浮かべて俺の手を握ってきた。おっふ……暖かい……って違う!


 俺が頭を振って邪念を振り払おうとする。気をしっかり持て! 女の武器は涙と聞いたぞ。こんなあからさまな武器に負けるんじゃない、俺!


「ごめんなさい。私、キミの気持ちを考えてなかった。謝っても赦してもらえないかもしれない。それに、君をここに連れてきた理由は他にもあるの」


 …ピト…


 今度は俺の手を取り、ゆっくりと胸に当ててきた。


「……おっふ…」


 思わず声が出てしまった。くそ、色仕掛けか! 騙されるものか! こんな女に騙されてたまるか。


「私、一目見た時から、キミのことが気になってしまったの。ねぇ、私の胸の鼓動、分かる?」


 騙されるな! こんな女の涙に。惑わされるな! こんな女の胸なんかに!! 分ってたまるか! お前の気持ちなんて……正気を保て、俺!


 だが、美少女が更に俺の手を胸に密着させる。潤んだ瞳で俺の顔を見上げる。

 

 くそ、こんな女の…… こんな女の……


「ふっ、もう俺は怒っていないさ。そもそも、あの程度の車を避けられなかった俺が悪いんだ。あなたは悪くない。さあ、涙を拭いて」


 俺は指の腹で美少女の涙を拭う。美少女の頬が上気し、俺の顔を見つめる。ふふ、俺の寛容さに感動している様だ。


「ありがとう。優しんだね」

「ふっ、当たり前さ。俺は体だけでなく、心も鍛えている。さっきの言い方は、その、キミの真意を知りたかったのさ。本心ではない」

「うん。分かっている……ありがとう」


 俺の眩しい笑顔が輝く。ふふふ、どうだい、俺の度量の広さ! 惚れると火傷するぜ! 

 キラキラした目で俺を見る美少女に向けて、くるりと背を向ける。ふふ、できる男は背中で語ると聞いたことがある。ならば、今こそ鍛え上げた自慢の背中を見せるべきだ。俺は腕組みしながら、この逞しい筋肉を見せつけ、更なる男らしさをアピールした。


「チョロいな」

「チョロいわ」


 ん? 美女と美少女が何か言っている。なんだろう?


 クルリと振り向き、二人に顔を向ける。二人は少しビクッとした気がするが、気のせいだろう。


「と、とにかく。ゴメンね?」

「ああ。もちろんだとも!」


 一瞬二人の眉根が寄せられた気もする。なんだろう、妙な感じがする。訝しんで俺が腕組みすると、美少女が手を振りながら慌てて話掛けて来た。


「は、ははは。それよりも、今後のことについて話し合いましょ? じゃ、先生、何かあったらまたよろしくねぇ〜」

「お嬢。程々にしておくんだな」


 美女が美少女をたしなめる言葉を投げ掛ける。そして、クルリと背を向けてサッサといなくなってしまった。

 程々、か……。この美少女は暴走したトラックを運転したり、警察相手に逃走劇を繰り広げたりしている。確かに、美少女には必要な言葉かもしれない。


「じゃ、行きましょう?」


 美少女が俺の腕をとって歩き始めた。左肘に妙に柔らかい感触がする。おっふ……

 

 柔らかい感触と共に病院らしき建物を出る。少しばかり薄暗い建物から出たせいか、眩しい陽光が俺の視界を一瞬奪う。俺は右手で目を覆い、陽光を遮る。


 指と指の間隙から世界を覗こうとするも、強い光は俺の視界を阻害する。しかし、時間が経つに連れて、俺の目は光に慣れてくる。しばらくして、目を庇うのを止め、手を退けると、視界の前に広がる光景は、否応なく俺に地球とは異なる惑星に来てしまったと感じさせた。


 空を行き交う数多の車、雲を突き抜ける程に高層のビル群、中空に浮かぶスクリーン、まったく歩いている素振りが無いのに前に進む人々……明らかになる世界に俺は肘に触れる感触を忘れてしまっていた。


「すげぇ……なんだ、これは?」


 思わず声が漏れる。俺がいた日本とは、いや、地球とは段違いの世界だ。


「ふふふ、驚いた? ここがネクロポリスの中心地、γ√1297街区よ」


 中心地、か。さもありなん。想像を絶する光景は俺の童心を刺激する。子供の頃見たアニメさながらの未来世界が広がっている。


「ねぇ、お腹空かない? ご飯くらい、私がおごるわ。あそこのカフェに行かない? 今後のキミについても話したいし。ネ?」


 何やら見慣れない言葉でかかれている建物がある。よく分からんが、あれがカフェか?


「そうだな。確かに腹減ったな。それに、俺も今後が気になる。地球に戻る方法も知りたいしな」


 意見があったのか、俺と美少女は目の前にあるカフェに入ることにした。


 カフェに入って席に着くと脳裏にメニューが現れた。なんだこれ? 見えないけれど、どんなメニューか分かる。と、言うより日本語で出て来るぞ。


「どうしたの? ああ、地球ではメニューは頭の中には出ないか。好きなものを頭で選んで。そうすれば、注文できるから」


 俺は美少女に言われた通りにメニューを選ぶ。えっと、何があるんだ?


 ──黒銀茶、スパークリングリーチ、赤蛋白焼粉、虹色球体…… ──


 何だか全然分からん。と、言うよりどれが食べ物なんだ。


 得体の知れない物が来ると厄介だ。仕方がないので、まずは飲み物と分かる黒銀茶を頼んでみる。頭の中で黒銀茶を頼むと『よろしいですか?』と声がする。


 俺は『はい』と心の中でうなづいてみた。すると、しばらくして目の前に突如として黒く銀色に輝く飲み物が出現した。


「なんだ、これ! すっげ!」

「ふふん。驚いた? この星はね、脳波を介したブレインインターフェースでいろんなことができるんだ」

「ああ。驚いたよ。これ、どうなってるんだ?」

「それはね、あなたの頭に埋め込んだ脳内デバイス内のセンサーにアクセスしてメニューを表示しているからよ」


 ん……頭にあるセンサー? どう言うことだ?


「生き返る際に頭に埋め込んでおいたの。惑星ネクロポリスで生活する上で、脳内のマイクロチップが無いと不便だからね」


 なんだと⁉︎ なに勝手なことをしているんだ。俺は責める目で美少女を見る。そして、俺が文句を言おうと口を開く前に、美少女が悲しそうな目で見つめてきた。俺は美少女の瞳に胸を打たれ、口を開けたまま言葉を出せなかった。


 美少女は消え入りそうな声で俺に話し掛ける。


「怒ってる? 勝手なことして……でも、この星で生きていくには仕方がないことだったの。許してくれる?」

「……ふっ、怒ってなんかいないさ。キミが俺のためにしてくれたんだろ? 怒るなんて筋違いさ」


 目を潤ませる美少女に俺は男の余裕を見せつける。流石に驚いたが、この美少女が俺のためにしてくれたことなんだ。感謝すれこそ怒るなど筋違いだろう。


 俺は額に右手を当て、左手の平を彼女に伸ばして格好をつける。美少女が俺の左手を強く握る。おおぅ。


 ん? 一瞬、不敵な笑みが見えた気がする。気のせいだろう。生き返った反動か目の調子が悪いようだ。


「それよりも、俺は長くはこの星にいるわけには行かない。地球に戻りたいんだ。親も心配しているだろうし、学校もあるからな。どうやったら、地球に帰れるんだ?」

「あぁ……それね」

「ん、どうしたんだ? キミは地球に来てたんだから、俺も地球に帰れはするだろう。キミはどうやって地球に来たんだ?」


 美少女は申し訳なさそうな顔を見せる。何だろうか。少し嫌な予感がする。


「あのね……ちょっと、色々あって、地球までの定期便がしばらく閉鎖されちゃったんだ。だから、その…」

「その、なんだ? 定期便が閉鎖とはつまり?」

「すぐには地球に帰れないの」


 む、そうなのか。何やら事情があるようだな。一体なんだろうか。美少女を見つめると少し気まずそうな顔をしている。


「あのね。あの、実はね。定期便が再開される目処は立ってないの。前にも同じ様なことがあったんだけど、その便は今になっても再開されてないんだ」

「そうなんだ。で、因みに、その便はどれくらい閉鎖されてるんだ?」

「あのね。三十年くらい」

「三十年⁉︎」


 俺は驚きから素っ頓狂な声を上げる。三十年⁉︎ 三十年も地球に帰れないのか? ……おいおい、三十年も経ったら俺は五十歳近くなっちまう。この星で生きていくしかないのか?


 驚きを隠せない俺は美少女を見る。美少女は何だかバツの悪そうな顔をしている。そうだよな、美少女のせいで俺がここにいるんだ。彼女が責任を感じるのも当たり前だ。


「いや、ゴメン。少し声が大きくなってしまった。あ〜、その、うん。気にしないでくれ。キミが悪いじゃない」

「でも、三十年で再開されるわけじゃないんだよ。もしかすると、キミが生きている間に再開しないかもしれないんだよ?」

「大丈夫。大丈夫、さ。はは、まあ、そうなったらこの星で生きていくしかないかな」


 マジかよ。俺、このよく分からないこの世界で生きてくの?いや、よく分からない世界じゃなかった。俺の理解を超えた超科学の惑星ネクロポリスで生きていけるの?

 なんか、1000万クレジットとか借金も背負っちゃってるし、不安しかない。


 いや、前向きに考えよう。最悪の場合、地球に戻ることを諦め、この美少女と共に生きていくのも悪くないかも知れない。不安だらけの現状だけど、この娘と一緒なら生きていける。


 その時、俺の自分勝手な妄想を吹き飛ばす言葉が美少女から投げつけられた。


「あ、私はこの星に市民権があるからいいけど、キミは何もないから、気をつけてね」

「は?」

「もし不法移民と分かったら、その場で強制的に追放されるかもしれないわ。下手に抵抗すると電子銃ブラスターガンで原子分解されるから気をつけてね」

「はぁ?」


 頭がついていけない。この星では俺の生存権が保証されてないのかよ。この娘と一緒に生きるどころか電子銃ブラスターガンでZAPされる可能性すらあるのかよ?


 絶望で打ちひしがれる。


 そんな俺の表情を読み取ったのか、美少女が一つの解決策を提示してくれた。その解決策はなす術もなくなった俺への唯一の手段に思えた。今にして思えば、他にも解決策はあったかもしれない。だが、混乱気味の俺は後先を深く考えず、美少女の提案に乗ってしまった。


 これが正解だったのか、間違いだったのか。それは俺が地球に帰る時に分かるだろう。


「あのね。定期便は開放されてないけど、個人所有の超高速宇宙船ならば地球に行けるわよ」

「なぬ?」

「超高速宇宙船ならね、定期便に関係なく宇宙を航行できるの。この方法なら、いつ再開されるか分からない定期便を待つ必要はないわ」

「そうなのか! ……ちょっと待て。そんな話があるならば、何で最初に言わなかったんだ?」


 美少女が苦笑いを浮かべて俺を向く。何やら言い難いことがあるようだ。だが、この星で不法移民として生きていくことに比べれば、まだマシだろう。


「うん、そのね。超高速宇宙船はとっても高いの。値段がね、その1000億クレジットは下らないの」

「ああ、なんだ。それくらい。1000億クレジットとか……1000億⁉︎」


 とっさに驚いてしまったが、1000億クレジットの価値が分からない。だが、1000万クレジットで人が生き返るくらいなんだ。途方もない金額とだけは分かる。


 俺は絶望した。1000万クレジットすら返す当ても無いのに、どうやって1000億クレジットを集められるだろうか。


 俺は左手で両目を覆い、悲嘆に暮れる。ああ、どないしよぉ……


 目を覆う左手と反して、右手は手持ち無沙汰だった。何とは無しに右手で黒銀茶の入ったカップを持ち、そのまま口をつける。……ムッチャうまい! ナニコレ!?

 驚きから顔を上げる。こんなうまい飲物、初めて飲んだ!


 そんな俺の顔を見て、美少女は少し明るい顔を見せる。どうやら、俺が気を取り直したと思ったのだろう。次に続く言葉が俺に希望を見せる。


「あ、元気でた? あのね、1000億クレジットを稼ぐ方法はあるの」

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