第四十四話 操作

 未だに火吹き山にいる“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は相も変わらず、下らない動画編集に明け暮れている。奇妙な機械に囲まれた謎の空間で、自身の動画映えする角度を考えながら、唸っていた。

 そんな折、小さな女の子、帽子屋ハッターがパタパタとした足音と共に、現れた。少女は嬉しそうな顔をして“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に駆け寄る。


「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん、ファンからのアゲアゲ動画が投稿されましたよ〜」

「おう、なんだよ、帽子屋ハッター。そんなの珍しくないだろうが」

「そうですよねぇ〜。でも、今日の動画はファン達が一斉に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんを称えてくれる集いの動画ですよ〜」


 帽子屋ハッターが“ブン“と映像を広げる。そこには数多のファンからの応援メッセージ動画が映しだされた。映像はたくさんのファンの動画を個々に分割して表示しており、皆、一様に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を褒め称えている。


「ほう……俺の人気も伊達じゃねぇな」

「そうですよ〜。さすがトップMovieCherなだけありますねぇ〜」

「はははは、褒めても何にもでねぇぞ、帽子屋ハッター

「えへへへへ。バレちゃいましたぁ〜。あ、でもですね、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さん。この動画見てください」

「あん? なんだ」

「火吹き山にいるMovieCherの動画ですよ〜」

「ホウホウ……なんだ、“閃光のクソ森“さんじゃねぇか。何だってんだ?」

「流石、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん。クソ森さんってよくわかりましたねぇ〜。お見事です〜」

「当たり前だろ、同じ虐殺動画ジェノサイド仲間だからな。 なになに……ほう、俺を称えるイベントだと? 中々分かってるじゃないか、クソ森さん」

「ですよねぇ〜? えへへへ」

「よし、いいだろう。出てやるぜ。クソ森さんにはちゃんと伝えろよな。あとダムディーにもチャンと声を掛けろよ」

「はーい、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さ〜ん」


 パタパタと駆けて行く少女の姿をモニターで捉え、俺たちは立ち上がる。よし、作戦決行だ。


───

──

 話は数日前に遡る。アリスの作り出した謎空間で、俺たちはある男を見据えていた。


「ぐ、くそ……誰がお前らの命令など聞くものか」

「ゴンスケにヤられてムカついてたのは分かるけど、単身で私たちに戦いを挑むなんて、無謀ね」


 鋼鉄の鎖で体を締め上げられた“閃光のクソ森“が憎々しげに俺たちを睨む。


「さて、コレからどうするの、ゴンスケ?」

「ふふふふふ、どうしようかなぁ?」


 俺が手をワキワキしながら満面の笑みを浮かべる。その表情を見て、クソ森は怯えた顔を浮かべる。


「ま、まさか……」

「そう、そのまさか! さあ、梅干しヘッドロックの時間だよ! 梅干しヘッドロックの時間だよ!」


 俺は朝の子供向け番組の口調を真似て力こぶを作る。クソ森は“ヒッ!“と声を上げてたじろいだ。


「わ、わかった! 俺が悪かった! だから、それだけは止めてくれ!!」

「ほほぅ? ならば、どうすればいいのか、分かってるのかな?」

「な、何がだ!?」

「お前のMovieChのアカウントとパスワードを教えろ」


 俺の一言に、場にいた全員が呆れ顔を浮かべる。


「え? 何かおかしかった?」

「はぁ、ゴンスケ。今時、知識ナレッジベースのアカウントとパスワードなんて使ってる奴なんているワケないでしょ?」

「はははは! さすが地球人! 原住民並みの技術レベルだな」


 こ、この野郎……


「惑星ネクロポリスは、過去事象タイムロックベースの認証よ」

過去事象タイムロック? 何それ?」

過去事象タイムロックベース認証は、コイツが過去に為してきた事象イベント時間の鎖タイムチェーンで認証・認可する方法よ」

「なんだそりゃ?」

「自分が為してきた過去の行いは全て今に繋がってるのよ。地球人、特に日本人のゴンスケには“因果“って言うと分かるかな?」

「因果……って、まあ、何となく分かるけど、それとMovieChがどう関わるんだ?」

「ざっくり言うとね、MovieChはコイツが過去に仕出かした出来事で認証して、権限を認可してるの。だから、コイツのクローンを作っても遺伝子レベルでは“クソ森“と同じでも時間の鎖タイムチェーン認証上は全くの別人なのよ」

「う、うーん……。要はコイツのMovieChサイトにアクセスするには、どう足掻いてもコイツしかできないってこと?」

「ま、そうね。ただし、普通なら、ね♪」

 

 それだけ言うと、アリスは謎の黒光りする棒を取り出した。


「ただし、何事にも例外はあるわ。ジャジャーン! コレはね、ブラックマーケットで買った“MovieCher“お仕置き棒よ」

「なに、それ? お仕置き棒?」

「そ……それはもしや!?」


 クソ森が心底怯えた表情を見せる。


「このお仕置き棒でクソ森自身を操作しちゃうの。そのために、コイツの脳みそをかき混ぜちゃうから、生物的にコイツは死んじゃうけどね」


 俺は唖然とした。いやいやいやいや……お仕置きどころじゃないぞ。それじゃ拷問棒だろうが。


 クソ森は事態を把握したのか、ガクガクと歯の根を鳴らし、哀願する。


「お、お前! なんでそんな違法アイテムを持ってるんだ! 問題解決員トラブルシューター案件だぞ!」

「大丈夫よ! この空間は虚数座標に位置しているから、問題解決員トラブルシューターに特定されるワケないわ」

「な、なんだと!?」


 アリスが黒光した棒を手のひらでポンポンと叩く。顔には悪意満面の笑みが浮かんでいる。クソ森は瞳孔を大きく見開き、声を上げる。


「ヒィイイイィ! お、お助けを!」


 おいおい……コレじゃ俺たちが猟奇殺人鬼みたいじゃないか。


「うーん、じゃあさ、お仕置き棒で洗脳されるのと、言うこと聞くまで梅干しヘッドロック地獄、どっちがいい?」


 アリスの言葉にクソ森は絶望の表情を浮かべる。どちらに転んでもコイツにとっては最悪な結果なんだな。


「お仕置き棒が……」


 なんと。まさか死に至るお仕置き棒を選ぶとは。梅干しヘッドロックってそんなに極悪な技なのか。


「賢明な判断ね。じゃあ、行くわよ。脳みそグリグリ〜!」

「フギャーーーーーー」


 クソ森の絶叫が聞こえてくる。うげ……聞くだけで嫌な絶叫だ。


──

───

「やあ、クソ森さん。お久しぶりですね」

「ヤア、じゃばうぉーきーSAN。ゲンキデシタカ?」

「? クソ森さん、なんだか変ですね。どうかしたのですか?」

「hahahahaha、“I Can’t find your anther in my memory,Sorry"」

「? 突然どうしたんですか?」

「hahahahaha」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が訝しみながら握手する。操られたクソ森は満面の笑みを浮かべて強く握手する。


「じゃばうぉーきーSANのために、トクベツ会場ヲ用意シテマスヨ! サア、コチラヘ」

「あ、ああ、そうですね。それよりクソ森さん。本当に大丈夫ですか?」

「ਚੰਗਾ」

「え? なんだって?」

「ダイジョウブ」

「はぁ、そうですか」


 怪しすぎるクソ森に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が疑念の目を向ける。かたわらにいるダムディー帽子屋ハッターもクソ森の様子に首を傾げている。


───

──

─ 

 モニター越しに彼らのやりとりを見て、俺はアリスにヒソヒソと耳打ちする。


「おい、アリス。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“達、超疑ってるぞ。大丈夫か?」

「ਚੰਗਾ」

「おい、お前は普通に答えろよ」

「ああ、ごめんごめん。ま、ブサイクゴリラチキン野郎如きじゃ、こんなの分かるワケ……」

「いや、分かるだろ」

「分かると思うよ、アリス」


 俺とクックロビンが口を揃える。こんな異常な相手に気づかない奴がいるものか。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も絶対に疑っているに決まってる。だが、現時点で作戦の中止はない。ちょっとばかりアリスの失点があるが、今のところは順調だ。そう、今のところは……


───

──

「クソ森さん……そういえば、アナタは別動画でアリスと地球人に仕返しに行くとか言ってましたね」

「アア、ソウダッタネ。ソレガドウカシタカイ?」

「ははは、いやね……」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は“ポン“と、クソ森の肩に手を置く。


「アナタ、アリスに操られてませんか? あのクソアマ、大方、アナタを捕まえて、ブラックマーケットで買った洗脳装置でアナタを操ってるんじゃありませんか?」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“がギリギリとクソ森の肩を強く握る。だが、操られたゾンビ状態のクソ森は平気な顔をして“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を見る。


「hahahahahaha……」

「……間違ってたら、後で俺のサイン入りシャツをプレゼントしてあげますよ、"クソ森"さん!」


 それだけ言うと、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は腕を高々と上げ、クソ森の頭を叩き潰した。クソ森は頭をへしゃげながら尚も笑いを止めない。そして、男には似つかわしくない口調で話し始める。


「よく分かったわね、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“。流石、と言ったところね」

「その話し振り、やはりアリスか。どこにいやがる!」

「ふふん。後ろを見てごらんなさい?」


 それだけ言うと、クソ森はガックリと地面に膝を突いて動かなくなった。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はクソ森の一言に釣られて背後を見る。


 ……誰もいない。


 だが、次の瞬間、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の頭上にポッカリと空間が開いた。


「かかったわね! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る