第四十三話 最終作戦

「はい、アマレ。新しい神器をあげるから、トールマンの英雄に渡してね」

「はあ……アーリス様。今度は一体何でしょうか」

「ま、良いから良いから」


 アリスから受け取った黒い球体を胡散臭そうにアマレは眺める。この様子を見る限り、ピクシム達がアリスをどう見てるか窺い知れる。アリスは女神役であることを自覚して、もう少し威厳を出して欲しい。


「しかし、女神アーリス様。トールマンの英雄は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に倒されてしまいました。であるならば、英雄とは一体……」


 横にいた族長が不思議そうに尋ねて来る。トールマンの英雄と言えば、女神アーリスに見出された女騎士ムアニカだった。彼女の亡き後、誰が目の前にいるインチキ女神に見出されたのだろうか。それほどの強者が残っているのか、族長は疑問に違いない。


 インチキ女神アーリスことアリスは自信満々で答える。


「そりゃ、ムアニカの妹のアジエに決まってるでしょ? 英雄の名を継ぐ者は肉親なのが王道だし、手っ取り早いでしょ!」

「いや、アリス……お前、もうちょっと言葉を選べよ」


 俺の呆れた言葉を聞き、“あ、そうか“と今更ながらアリスが手を叩く。靴に仕込んだ反重力装置を使い、フッと体を浮かす。そして、背後から謎の光を出し始め、荘厳さを演出して語り始める。


「アマレよ……女神アーリスが命じる。このを新たなる英雄アジエに渡しなさい。これこそが魔王を倒す切り札となります」

「アーリス様。いつも急に態度を変えるのは混乱しますので、程々に……」


 アマレのツッコミを受けてアリスが“ゴメンゴメン“とポリポリと顔を掻く。コイツは反省してるのだろうか。

 

「それよりも、アジエですか。ムアニカは確かに強かったのですが、彼女の妹にそこまでの力はあるのでしょうか。彼女はまだ従士ですし、歳も若い……ムアニカの後継には荷が勝ちすぎるのではないでしょうか」

「アマレよ。心配には及びません。アジエには英雄の素質があります。あのブサイクゴリラチキン野郎に、怒りの鉄槌をぶち当てるのは、アジエしかいません」

「ブ、ブサイク?」

「ああ、気にしない、気にしない。もう直ぐアジエが来るはずだから、任せるわ。じゃあねぇ〜!」


 それだけ言うと、反重力装置で更に上空に浮かび上がり、おぼつかない足取りでフラフラと去っていく。案の定、途中で体勢を崩して、"あぁ〜〜"と、悲鳴を上げながら、森に墜落していった。何やってんだ、アイツ……


 アマレと族長が呆気に取られていると、今度はクックロビンがアジエを連れて来た。横には右腕を無くしたハネスも付いている。


 ハネスは忙しい中、強引に連れてこられたのか、少々不満顔だ。俺たちの姿を一瞥した後、クックロビンに話し掛ける。


「ロビン様、一体ピクシムの集落でどのような用事があるのですか? 良い加減に教えてください」

「そうだね。ずっと内緒だったからね。それはね、アジエに魔王を倒すための神器を渡すためさ」

「え? 私に?」

「アジエに……ですか?」


 突然の指名にアジエが驚きの声を上げる。一方、ハネスは更に不満を募らせた顔をする。


 ハネスの態度はもっともな話だ。アマレも言っていたけど、所詮はアジエは騎士見習いの従士でしかない。そんな相手に女神アーリスの“神器“を渡すなんて、理解し難いのだろう。


 ハネスはいぶかし気に尋ねる。


「ロビン様。何故アジエなのでしょうか。彼女は幼く、まだ騎士でもありません。もっと適した者がいるのではないでしょうか?」

「そうかもね。でも、英雄は力だけじゃないさ。今は亡き……」


 クックロビンが少し言葉を詰まらせる。


「……今は亡き、ムアニカの……彼女の遺志を継ぐ者がアジエだよ」

「団長の……ムアニカ団長の遺志を継ぐ者が、アジエ? 確かにアジエは団長の肉親であり、より近しい者でもありました。ですが、アジエに神器を渡すのは、些か早計ではありませんか」

「だから、君を連れて来たんだ」


 ハネスの発言に、クックロビンは満面の笑みで応える。輝かしい笑みに当てられ、ハネスは一瞬たじろいだ。


「ムアニカ亡き後、王国の騎士団をまとめる役は君しかいない。だから、君や騎士団の人たちにアジエをバックアップして欲しいんだ」

「我々にですか?」

「そうだよ。今から渡す神器は、残念ながらムアニカの血に繋がる者しか使えない」


 嘘っぱちでもあり、本当の話だ。あの"神器"は遺伝子認証で、アジエ以外使えないようにセットアップしてある。血脈とかは関係ない。


「アジエはまだ幼く、力不足だ。だから、君たちに協力して欲しい。どうかお願いだ。ムアニカを守れなかった僕らに最後のチャンスをくれないか」


 クックロビンが右手を心臓に当てて、左手を差し出す変なポーズをとる。あのポーズは火吹き山で最上位の敬意を表敬するものらしい。

 神の使い役のクックロビンから、最大の敬意を受け、ハネスはたじろぎながら、応える。


「ロビン様、お止めください。ムアニカ団長は守られる立場ではありませんでした。むしろ、我々を守って下さる存在でした。我々は、団長の足を引っ張ることしか……できませんでした」


 ハネスが下唇を噛んで、言葉を紡ぐ。


「……魔王を倒すためならば……団長の仇討ちのためにならば、私は力を惜しみません。全力で取り組ませていただきます!」

 

 ハネスが強く胸を叩く。彼もムアニカの遺志を継ぐ重要な男だ。彼の協力を得られたのは、今後の作戦成功に大きく寄与してくる。


「ねぇ、ゴンスケ。私が、お姉ちゃんの……ムアニカ団長の後継者で本当にいいのかな?」


 当のアジエ本人はまだ当惑している。彼女は姉が背負っていた重圧を身近で見ていた。だからこそ、未熟な己で大役が務まるのか疑問なようだ。


「ああ、大丈夫さ、アジエ。お前は一人じゃない。俺たちがついている」

「うん……それは分かるけど……でも……」


 あれ? アジエが少し震えている。武者震い…ではないな。これは、恐怖だな。


 アジエの顔を見ると、青ざめた表情を浮かべ、足元が少し震えている。


 そりゃ無理もない。力も無い自分が火吹き山を救う英雄に選ばれたのだ。責任感から来る絶大な重圧からの恐怖だろう。俺は膝を着いて、アジエと同じ目線で言葉を紡ぐ。


「アジエ、安心しろ。お前なら出来る。俺たちやハネスもいる。今度こそ、絶対に成功する!」

「でも……でも……」


 アジエはモジモジとしながら、言い淀む。これは、責任感からの重圧ではないな。一体なんだ?


「でも、でも……あんなに強かったお姉ちゃんでも、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に勝てなかったんだよ。アーリス様の神器があったのに、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に勝てなかったんだよ。私……私…まだ死にたくない。お姉ちゃんの仇は討ちたいけど、まだ死にたくない」


 なるほどな。この震えは純粋な死の恐怖か。自分の中で最も強いと思っていた姉が負けたのだ。アジエの中では“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に勝てるとは思えないのだろう。


 ふと顔を上げるとハネスの顔が渋面を作っている。

 あ、コレはあかんな。ハネスはアジエのことを"騎士にあるまじき"と怒っているのだろう。俺は咄嗟に立ち上がり、弁明しようとするが、先にハネスの口が開いた。


「従士アジエ……」


 ビクリとアジエが身を震わせる。


「……誰だって死ぬのは怖い。正直に言おう。私も先程まで強がりを言っていた。今は神器に選ばれなくて内心、ホッとしている」

「ハネス副団長……」

「今は団長だ。団長なのだが、ムアニカ団長ほど、強がりは出来ないな」


 ハネスが淡々と話し始める。先程の渋面は自分の不甲斐なさを嘆いていた現れなのだろうか。


「ムアニカ団長は心身ともに強いお方だ。正直、自分が団長になって、その強さが骨身に沁みたよ。ムアニカ団長は……彼女は王国の、世界の希望を一身に背負い、戦っていたのか、と。騎士団を率いるだけで精一杯の自分とは大違いだ」


 ハネスは拳を強く握りしめる。


「私は団長を支えたかったのだが……残念ながら、そこまでの力は無かった」


 ハネスがチラとクックロビンを見る。その視線に応え、クックロビンが口を開く。


「アジエちゃん。ムアニカもよく恐怖と重圧で震えていたよ。彼女だって、完全じゃないんだ」

「ロビン様……でも、でも…」

「安心しろ、アジエ」


 ポンと俺がアジエの肩を叩く。


「ブサイクゴリラチキン野郎をぶっ飛ばすのは俺たちだ。お前には、奴の力を封じてもらえばいい」

「え?」

「アジエちゃん。この戦いは君達でなく、僕たちの領域になったのさ。だが、このままでは僕たちに勝ち目はない。そのためにも、アジエちゃんしか使えない、その神器の力で“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の力を封じて欲しいのさ」

「私だけが……使える?」

「ああ、アジエだけが使える神器だ。それでブサイクゴリラチキン野郎をぶっ飛ばすぞ!」


 俺がガッツポーズを繰り出す。


「それに、何があっても、俺がお前を守る。さぁ、行くぜ! ブサイクゴリラチキン野郎を……」


 アジエも負けじとガッツポーズをとる。ハネスやクックロビンも同じくガッツポーズを構える。


「「「「ぶっ飛ばす!」」」」


 俺たちは固い決意を込める。その横で、少し呆れ気味のアマレがつぶやく。


「まったく、魔王をブサイクゴリラチキン野郎呼ばわりか……。だが、悪くない。私も誓おう。ブサイクゴリラチキン野郎を……」


 全員が空高く拳を上げる。


「「「「「ぶっ飛ばす!」」」」」

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