第四十五話 信仰の真相

「かかったわね! “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!」


 アリスが勢いよく空間から飛び出し、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の後頭部目掛けて蹴りを放った。だが、アリスの足は“スカリ“と何もない空間を空振りし、そのまま地面を大きく蹴るに止まった。


「アリス、残念だね。空間操作で君の蹴りは」「ベクトルを変えさせてもらった。しかし、卑怯だね」

「アリスさ〜ん、卑怯ですよ〜」


 ダムディー帽子屋ハッターが口を揃えてアリスに非難を浴びせる。しかし、アリスは指を鳴らして不敵に反論する。


「なーに言ってるのよ。馬鹿正直に反応する奴がバカなのよ。昔からよく言うでしょ? “正直者がバカを見る“って」

「ふん、またお得意の挑発か?」

「挑発? 何言ってるのよ。地球のことわざを言っただけよ」


 やれやれ、アリスのセリフは卑怯な悪役が使うセリフだ。相変わらず地球のことわざの使い方がなってない。

 俺とクックロビンはアリスに加勢するため、次々と空間から飛び出した。俺たちの姿を見た“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は“チッ“と軽く舌打ちする。


「性懲りもなく、また来やがったな、テメェら。せっかくクソ森さん主催のファンの集いで動画映えすると思ったのによ〜」

「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、動画映えしなくて残念だったな。だがな、お前ばかりイイ動画撮られるのはシャクだから、今度は俺たちの動画の番だ!」


 俺の一言に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は鼻で笑う。くそ、イイ気になりやがって。


「地球人よ〜。お前らの動画ポリシーは真の冒険者リアルマン動画、対して俺は虐殺動画ジェノサイドだ。これは大きな違いだぜ?」

「だからなんだ! そんなの動画のポリシーの話だろ!?」

「分かってねぇなぁ。お前たちは打撃・斬撃武器ミーリーウェポン超能力サイキックを応用した中途半端な擬似魔法しか使えない。せいぜいクォンタムブレーカーや量子ビットアーマーくらいが関の山だ。だが……」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は謎空間から“ガチャリ“と次元砲を取り出す。


「俺は最新の兵器が使えるんだぜ? これがどう言う意味か分かるか?」

「うっ、そう言うことか」

「どう足掻いても、俺たちには勝てねぇってことだ! さあ、消し飛べ、地球人!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が次元砲をチャージし始めた。徐々に空間が湾曲し、辺りに喩えようの無い不快な音が響く。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は自信に満ちた勝ち誇った笑みを浮かべ、俺たちに向ける。このままでは俺たちは次元の彼方に消し飛んでしまう。しかし、次元砲が放たれる直前、アリスが素早く魔法を唱える。


「世界の理に掛けて……重力障壁グラビティーシールド!」


 迫り来る空間の歪みを強力な重力が更に空間を捻じ曲げる。俺たちを中心に光をも呑み込む特異点が産まれ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の次元砲を押し留める。周りの空気をも遮断し、光さえ届かない空間では特異点の外で何が起こっているのかさえ理解できなかった。


 ふとアリスの表情を見ると、苦痛に顔を歪ませていた。余程この魔法は負担が大きいのだと分かる。何もできない自分に歯噛みする。

 永遠とも感じられる時間の中、闇が徐々に晴れ、視界がクリアになる。そこには俺たちを中心に半径10メーター近い空間が抉り取られ、ポッカリと穴が空いていた。


「はぁ……はぁ…、どうよ…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! アンタの次元砲くらい、どうってことないわよ」

「負け惜しみか、アリス? お前、もうボロボロじゃないか」

「く……」


 アリスが悔しそうな表情を浮かべる。対して、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はニヤニヤと嫌らしい笑みを崩さない。


「だがよぉ……? お前は油断がならねぇ。策も無しに俺の前にくるなんざ、あり得ねぇ……だからよ、こうするぜ?」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が手招きでダムディー帽子屋ハッターを呼ぶ。巻き込まれない様に離れていた三人は安全と分かるや否や急いで駆け寄って来た。


「なんだい?」「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“」

「お呼びですかぁ〜?」

「ああ。お前らでアリスの能力を封じて、どこかへ吹っ飛ばせ」

「えぇ〜? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんだけで地球人とクックロビンさんを相手にするんですかぁ?」

「ああ、そうだ。別に楽勝だろうが」

「ですよねぇ〜。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんの敵じゃありませんよねぇ〜?」


 帽子屋ハッターの舐めた態度が勘に触る。事実なだけに余計に悔しい。だが、俺の感情など三人には関係ない。ダムディー帽子屋ハッターがアリスに向けて攻撃を仕掛けてきた。


「アリスさーん。また契約魔法で魔法を防がせてもらいますよ〜」

「その後は僕たちとまた別の惑星に行こう」「今度はもっと危険な所に飛ばしてあげる」

「ふ……ふふ…」


 重力障壁グラビティーシールドの疲れから肩で息をしているアリスは、絶体絶命にも関わらず、笑みを浮かべる。その余裕に違和感を持った“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が何か言おうとする。

 だが、それよりも早く、アリスは手にもった回復アンプルをドスリと首筋に打ち、シャキッと姿勢を正し、無詠唱ブレインインターフェース念話テレパシーの魔法を唱えた。


(火吹き山の人々よ! 女神アーリスです。私たちは魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“との最後の聖戦をしています。そのためにも、あなたたちの祈りが必要です。さあ、今こそ世界を! 魔王を倒すため、我に祈りを!)


 突如として脳内にアリスの声がこだまする。対象を絞らず、火吹き山の全生命体にアリスの思念が一斉に伝わる。

 その思いは言語を超え、感情を超え、ただ信仰を持つ者全てに働きかける。絶望の淵に打ちひしがれた人、屈辱にまみれた人、明日への希望を失った人……火吹き山にいる全住人に“女神アーリス“の思いが行き届いた瞬間だった。

 

 この一瞬のためだけに、俺たちはハネスやその騎士団の人々に“女神アーリス“の布教をお願いした。

 “女神アーリス“はこの火吹き山では知名度はほぼ無い。と言うより、一部の人を除き。そりゃそうだ。適当に作ったインチキ女神だからな。

 そんな奴にいきなり“女神だ〜“って突然言われても、多くの人は疑問に思うだろう。


 しかし、ハネスたちはインチキ女神のために、熱心な布教を各地で行った。彼らの想いと人々の明日への希望が、人々の中に“女神アーリス“の思いを萌芽させた。そして、アリスの念話テレパシーが全世界に届いた時……インチキ女神から、へと格上げされたのだった。


 人々の切なる思いがアリスに届く。それは失った明日を取り戻す、未来への希望だ。

 見た限りは何も分からない。だが、俺の脳内チップが妙なうねりを上げているのが分かる。

 しばしの間の後、アリスが全身をたぎらせて、両手を広げて体を逸らせながら高らかに哄笑を上げた。


「ふ……ふふふふ……これはこれは……最ッ高ッにッ! 力がみなぎるわ〜!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は突然の状況に面食らって、しばし言葉を失っている。だが、直ぐに気を取り直し、大声で怒鳴り始めた。


「テメェ、アリス! この星の信仰を書き換えやがったな!?」

「ははははは! これよ、これ! “世界の理“システムの意思が、全て私に直接奔流ダイレクトコネクトしてるわぁ!」


───

──

「信仰を書き換えるって、なんでそんなことするんだ?」

「そりゃ、ダムディー帽子屋ハッター対策のためよ」

「? なんでそれが信仰と関係あるんだよ」

「そりゃ、強力な魔法であの三人を“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“から分断させるためよ」

「あん? 益々わからん」

 

 俺は首を傾げる。一体全体、なんで信仰と魔法が関係あるんだ? それに書き換えるって、書き換えてどうするんだ?

 俺の疑問にクックロビンが答えてくれた。フンワリとした雰囲気は俺の荒ぶりを抑えてくれる。


「ゴンスケくん。僕たちが使う“魔法“は本当の魔法じゃないのは分かるよね?」

「ああ、“超意識科学“……だったか? それがどうしたんだ?」

「正解さ。“超意識科学“は人の思いを物理現象に変換し、様々な事象を起こすのさ。分かるかい? “人の思い“、さ」

「思い、ねぇ……」

「そうさ。不思議だと思わないかい? ただの“人の思い“が現実世界に干渉するなんて」


 言われてみれば、そうだな。そもそも、頭で念じてモノが動くワケがない、と地球にいた頃は思っていた。テレビに出てきた超能力者を見ても“嘘っぱち“としか思っていなかった。


 しかし、現に自分が魔法を使ってみて、“人の思い“が現実に影響を与えることを身を持って知った。だが、地球にいた頃はできなかったのに、なんでココに来てから出来るようになったのか、さっぱり分からない。


 俺の疑問を察したのか、クックロビンが話を続ける。


「魔法を行使するシステム……そう、“世界の理“システムは、人々の脳内チップを相互接続して“人の思い“を増幅しているのさ」

「……惑星ダンジョンの人たちの擬似脳内チップも同じ働きしているのか?」

「そういうこと。“世界の理“システムは数千、数万、数億の脳内チップが連結した超巨大なクラウド型グリッドシステムなのさ。人々がいる限り、思いが続く限り、魔法の力は絶えないのさ」


 壮大な話だ。俺が想像していたシステムって言うと、デッカいコンピューターみたいなモノがあるのかと思っていた。でも、実態は小さなシステムの塊なのか。

 俺やアジエ、ハネス、国王、街の人々……生きとし生ける者が“世界の理“システムを構築し、“人々の思い“を繋いでいるのだ。


 これだけ聞いて、俺は分かり始めた。“信仰を書き換える“とは、どういう意味かと。


「信仰とは、人々の意識が神と呼ばれる形而上の存在に集中する思いの流れを作るのさ。だから、同じ神を信仰する人は同じ思いを共有して強い魔法を使えるようになる」


 クックロビンは両手を広げて笑みを浮かべる。ここからが、話の本題だと言わんばかりだ。


「さて、ここで最初の問いに戻ろうか。同じ神を信仰する人々の思いが魔法を強くするならば、信仰の対象はどうだと思う?」

「……とてつもない思いが集まり、魔法が尋常じゃないくらい強化される、ってことか?」


 クックロビンが“パチン“と指を鳴らす。


「ご明察。ダムちゃんやディーちゃん、それに帽子屋ハッターちゃんを相手にするには、中途半端な魔法では、ダメなのさ。超科学兵器で突破されかねないからね。だから、アリスの“超越魔法“が必要なのさ」

「超越……魔法? なんだそれ?」


 だが、クックロビンは最後まで答えてくれなかった。“後は実際に見てね♪“だとさ。やれやれ、何を勿体ぶってるのだか……だが、俺はこのクックロビンの思わせ振りの態度の意味を真に知ることになるのであった。

──

───

「くくく……くく、くくくく! はははは、これが““の力ってことね。さあ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“、ここからが私の世界の始まりよ〜〜!!」

「ク、クソが! 超越魔法“無垢なる混沌アリスインワンダーランドかよ!」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が怒声を上げる。コイツもアリスの超越魔法とかいう魔法を知ってるのか? 一体、何が起きるんだ?


 アリスが指を“パチン“と大きく鳴らす。……何も起きない。何が起きたんだ? アリスは相変わらず両手を広げて狂笑している。何かをしようとしているとは思えない。


 と、その時、視界の端に白粉おしろいを塗った変な人が走ってきた。


「いかぬ、いかぬ。遅参してしまう」


 白い人は“ダリ“の絵画に出てくるようなグニャグニャになった懐中時計を取り出して時間を気にしている。頭には飛行機の羽根みたいな物が突き刺さっている。


 あまりの奇妙な状況に、俺は言葉を忘れて立ち尽くした。

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