第二十一話 ズールー王国の女騎士

 ここは惑星ダンジョン“火吹き山“にある一つの国、ズールー王国……トールマンと呼ばれる人間によく似た種族が収める王政国家だ。王国の首都の一角にある騎士団詰所に彼女はいた。

 夜も更け、起きている者も少ないだろう暗闇の中、彼女は書類にペンを走らせている。書類にはこの度の戦争で亡くなった王国の騎士たちの名前と住所、家族構成が書かれているようだ。彼女は騎士団の団長としての責務を果たすべく、亡くなった兵士の家族宛への遺族年金を手配する事務仕事をこなしていた。

 ふと彼女の表情が険しくなる。見知った名前を見つけたのだろう。しばしの時間を置いてから再び彼女はペンを走らせる。


 彼女以外の時間が止まったかの様な静寂の中、時を動かす音がドアから発せられる。彼女は音の方向に一瞥だにせず、無遠慮に“入れ“とのみ発した。

 

 ドアを止める金具が出す小さな音と共に、入ってきたのは屈強な体躯を持つ男であった。男は彼女に深刻な話を切り出すためなのか、軽く息を呑んで言葉を発した。


「ムアニカ団長……」

「なんだ、ハネス。もう夜も遅い。一体なんの用事だ?」


 “ムアニカ“と呼ばれた女性は相変わらず粗雑な紙に羽ペンを走らせながら男に一瞥もくれずに言葉を返した。

 部屋に灯される獣脂で出来た光量に乏しい蝋燭はチラチラと二人を照らしている。灯りに照らし出されるハネスと呼ばれる男の表情は少し眉間にしわを寄せて、不愉快さを感じさせる。それは彼女の態度に不快感を覚えたからではなかったのだろう。むしろ、これから話すに不快感を覚えていたからだった。ハネスは話すべき覚悟を決めたのか、唇の端を少し噛み、ムアニカへの話を続ける。


「カフリア平原で魔王軍と対峙していたサン王国とツワナ王国両軍のことです」

「……いい知らせか?」

「いえ……先ほど早馬があり、サン王国がツワナ王国を裏切り、魔王側に着いたとのことです。ツワナ王国軍は魔王の軍勢とサン王国に挟撃され、ツワナ国王バファナ様はあえないご最後を遂げたとのことです」


 ムアニカが持つ羽ペンの動きが止まる。しばしの沈黙の後、彼女は羽ペンを置き、ハネスに顔を向けた。


「そうか。百年にも及ぶ従属関係でサン王国はツワナ王国へ腹に一物を持っていた。積年の恨みを晴らす好機と魔王軍へ寝返ったのも押して計るべし、だな」

「かもしれません。しかし、魔王軍の強大さに気づき、恭順した可能性も否定はできません。魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はゴブリン共を配下に加え、ソマリ共和国を降した上、我が領地まで侵攻を続けています。加えて、今回のサン王国の裏切りです。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いと言わざるを得ないでしょう」


 憎き相手を褒めるかの様な口調に、ムアニカは強い瞳でハネスを睨み付ける。自身の不用意な発言に気づいたハネスはムアニカに射竦いすくめられて、少し後ずさった。ハネスは自身を弁解するために気後れしながら口を濁らせて言葉を返す。


「いや、あの、失礼しました。あのような邪悪な者を評するなど、いささか粗忽でした」

「構わん。ハネス、貴殿を責めたのではない。話を聞いて、つい憎き魔王の顔を思い出してしまってな……私もまだ未熟だ」


 ムアニカの一言でハネスは軽く息を吐き、安堵のため息をついた。ハネスの様子を見る限り、彼はムアニカに一種の畏れを抱いているようだ。その畏れは彼女への恐怖ではなく、畏敬からくるものだった。彼女に相手にされない、見捨てられることは彼にとって死に等しいことなのだろう。


 ムアニカは椅子を引いて立ち上がり、ハネスの肩に手を置く。


「少し外の空気を吸ってくる。貴公も早く休め。私たちは体が資本だからな」

「は、はい!」


 ムアニカが部屋から出たのを見て、俺たちは作戦決行に移る。


 先程まで、俺たち三人は部屋の隅にある窓から中を覗いて会話を盗み聞きしていた。部屋の中は裸眼ならば殆ど見えない暗がりな上に絨毯や壁に音が吸収され、会話なんてよく聞こえないはずだった。しかし、俺たちはアリスの暗視魔法や集音魔法で部屋の中を十分に感知することが出来るようになっている。便利な魔法だ。俺も欲しい。


 俺たちは暗闇に紛れて、建物の中庭に出る。先程、クックロビンの謎の薬で気を失った兵士の足が茂みから出ていた。隠し方が甘かったことに気づいたので、俺たちは兵士を引っ張り更なる茂みの奥に引き摺り込ませる。

 無駄な仕事をして時間を取られてしまった。早く準備に取り掛からなくては、台無しだ。俺たちは作戦地点である中庭の火神像の近くの壁までたどり着いた。


 辺りを見ると今回のターゲットである女騎士ムアニカはまだ来ていない。俺たちはひそひそ声で最後の段取り確認を行う。


「いい、ゴンスケ。彼女は仕事に疲れたらよく中庭の火神像へ祈りに来るの。そこで私が颯爽と空から現れてからが物語の始まりね」

「分かってるよ。でもさ、なんでワイヤーで吊るすんだ? 科学の力で“ドバーッ“って空を飛ぶ道具はないのか?」

「空飛ぶ道具なんて使ったら、爆音でみんなが起きちゃうわ。それに、そんな爆音と一緒に現れたら私の威厳と荘厳さがなくなっちゃうわよ」


 アリスに威厳と荘厳さなんてあったかな? バイオレンスの塊のくせして、よく言うぜ。俺は少し呆れて別の提案を試みた。


「だとしても、もうちょっといい道具ないのかよ。お前、髪も青いし謎空間から変な道具出すから日本で人気のアイツみたいなことできるだろう?」

「青ダヌキと一緒にしないでよ。他には反重力装置があるけど、バランス取るのが難しいから、却下よ。女神がバランス崩して空から落ちてきたら格好が付かないじゃない」


 確かにそうだな。格好が付かないか……。女神がバランスを取るためにドタバタしてたら威厳もクソもありゃしない。


 俺たちが確認だか雑談だか分からない話をしていると、中庭に向けて歩いてくる足音が聞こえた。


「あ、彼女が来たわ。作戦開始よ。ゴンスケ、頼んだわ」

「分かったよ。アリスも変なことを口走るなよ。“ぶっ殺す“とかさ」

「大丈夫よ。任せて」

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