第十一話 ターボ盗賊団

 翌日、俺たちは“アッパライト“を立ち、街の東にある火山洞窟まで向かうことになった。

 惑星ダンジョンの冒険を統括するCDOチーフダンジョンオフィサーであるクックロビン曰く、ターボ盗賊団は火山洞窟を根城にし、行き交う人々を襲っていると言う。

 火吹き山には火山活動で出来た火山洞窟が多数存在する。そこには実験生物のチューブラーベルやレッドサッカーと言った凶暴な生命体が棲息している場合が多く、殆どの人は近寄らない。この状況を利用して、盗賊たちは火山洞窟の一つを根城にしているとのことだ。


 当然ながら、火山洞窟に潜む盗賊たちも実験生物に襲われる可能性はある。だが、盗賊たちはを使って実験生物を忌避させていると言う話だ。


 盗賊も怖いけど、実験生物とか言う未知の化け物とも戦う必要があると思うと、怖さが倍増してきた。

 

 しかし、俺の仲間である二人は全然平気な顔している。むしろ、これから起こる戦いにワクワクが抑えられない、といった顔をしている。


「さあ、ゴンスケ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒す第一歩よ。まずはターボ盗賊団とか言う反社会勢力を倒しに行くわよ。その後は“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に自己犠牲魔法をブチ当てに行くわよ」

「ゴンスケくん、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“のレベルとステータスは偽装されているから、僕にも分からない。だけど、自己犠牲魔法を使えば、必ず倒せるよ。そのためにも、レベルを上げて“ 蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に近づける様にならないとね」


 二人とも、俺が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に自己犠牲魔法とか言う自爆魔法を使う前提で話をしている。冗談じゃない、自分を核爆弾にする魔法なんて誰が使うか。死んでしまうわ。


「僕の事前調査だと、ターボ盗賊団はこの先の火山洞窟をねぐらにしているはずだよ」

 

 クックロビンは空間投影した地図を指差し場所を示す。入りくねった道の先にある洞窟を示すアイコンに大きな赤い点が見える。近くにも小さいながら洞窟があり、それらにも大小の赤い点が見える。


「他の洞窟にも赤い点があるけど、これは何がいるんだ?」

「ああ、それはチューブラーベルやレッドサッカーの巣だね。近づくと巣穴に引き摺り込まれるよ」

「うげっ!」


 昨日、チューブラーベルに火山洞窟へ引き摺り込まれた盗賊を思い出す。ウネウネと動く触手と盗賊が最後に上げた声を思い出して、怖気が走った。


「チューブラーベルは触手の先にある口吻こうふんから、獲物の体液をすする陸上イソギンチャクさ。レッドサッカーも同じく獲物の体液を吸う昆虫型の生物さ。高い咬合力こうがいりょくは鎖帷子程度なら噛み切っちゃうだろうね」


 頭の中でチューブラーベルとレッドサッカーとの戦闘を想像する。き、気持ち悪い……。俺は虫は嫌いなんだ。そんな化け物と戦うなんて考えるだけでも寒気がする。


「実験生物でもレベルアップに必要なデータは採取できるけど、行ってみるかい?」

「いやいやいやいや。俺には山賊退治が似合ってるよ。さあ、クックロビン、先を急ごう」

「そう? 結構、なんだけどなぁ」


 クックロビンの言葉に含まれる裏の意味を俺は深読みせざるを得なかった。絶対、Goodの意味じゃないぞ。


 地図を確認してから数十分、ようやく目的の火山洞窟にたどり着いた。


「ここね。さあ、ゴンスケ、行くわよ」

「洞窟の中は結構広いから、ゴンスケくんの剣なら壁にぶつけることは無い筈だよ。ただ、密閉空間だから火炎系魔法は控えた方がいいかな。一酸化炭素中毒になるかもしれないからね」

「あ、ああ。分かった。気をつけるよ」

「火吹き山にいるのに火炎系魔法を使えないなんてねぇ。ちょっと残念ね」


 俺とは対照的にアリスは緊張のカケラも見せない。盗賊なんかに遅れを取る筈がないと思ってるんだろう。


 洞窟の入り口に立つと奥から人の生活臭を思わせる臭いと酒臭いが混ざった不愉快な臭いがした。

 臭いだけでも人が……それも不潔な人間がたむろしていると俺に分からせる。盗賊なんてやってる奴らだ。まともな衛生観念も持たず、汚れた体を不快とも思わないのだろう。酒の臭いも酒盛りの残滓に違いないと感じさせる。


 不快な臭いに眉をひそめながら洞窟内に足を踏み入れる。入り口から先は軽い坂になっており、砂利が敷き詰められていた。俺は足を取られない様に気をつけて足を運ぶ。


「お、おぉ…あ、危ねぇな」

「ゴンスケ、気をつけてね。この砂利は侵入者が駆け込んで来れないための仕掛けなの。あまり急ぐと転んじゃうわよ」

「あ、ああ。分かってるよ」


 俺は慎重に歩を進めて、洞窟内の平地までたどり着く。平地は入り口からわずかな陽光が照らされているだけで、足元の視界は良くない。平地より先は闇に包まれて、照らすモノ無ければ、進めない空間になっていた。


「う……」

 

 一瞬、闇の奥で何かが動いた気配がした。人……?いや、あの動きは人ならざる生き物だ。形容し難い動きに俺の背筋は凍りつく。


「な、なぁ、アリス……。あそこにいるのって…チューブラーベルじゃないか?」

「そうかしら? ちょっと見てくるわね」

「お、おい! 大丈夫かよ」

「平気平気。そこで待ってて」


 俺は頭痛を催す言葉を自ら口にし、アリスの行動を不安がる。なんだか嫌な予感がする……。


 アリスは明かりもつけず、暗闇に入っていく。既に俺の視界からは姿を消している。

 俺は不安になり、傍にいるクックロビンに尋ねてみた。


「なぁ、この洞窟って盗賊のアジトで実験生物はいないんだよなぁ? だとすると、俺が見たチューブラーベルは見間違いかなぁ?」

「そうだね。ここは忌避剤きひざいが撒かれていて、チューブラーベルやレッドサッカーは近寄らないのさ。忌避剤が無ければ、本来この洞窟は化け物たちの巣穴なのさ」

「忌避剤?」

「ああ。さっき入り口でアンモニアとアルコールが混ざった臭いがしてたよね。チューブラーベルやレッドサッカーはこの臭いが大嫌いなのさ」


 なるほど。この臭いは盗賊たちが不潔だから発生した臭いではないのか。勘違いしていたな。


 ……あれ? なんでクックロビンはこの臭いが化け物の嫌がる臭いって知ってるんだ? 不思議に思い、クックロビンに尋ねてみた。


「僕はね、火吹き山のチューブラーベルやレッドサッカーと戦うのが好きなんだ。戦いの最中、彼らに嚙まれると、僕は身悶みもだえしてしまう」

「そ、そうか。よかったな……」

「ある日、僕は思ったのさ。もっとチューブラーベルやレッドサッカーと戦いたい。もっと僕を傷つけて欲しい。そこで僕は彼らをたくさん誘き寄せるための薬を開発したのさ」


 なんと言う変態だ。俺にはクックロビンの考えが微塵も理解できなかった。


「……でも、結果は失敗…。僕の作った薬は彼らが大嫌いな臭いを放ってしまい、逆に彼らを遠ざけてしまったんだ」


 そうか。この忌避剤とはクックロビンが作ったものなんだな。てっきり俺は……

 ?……なんだろう、話の中に違和感がある。そもそも、盗賊たちのアジトになんでクックロビンの作った忌避剤が撒かれてるんだ?


「僕は悲しくなって、薬を投げ捨てたのさ。こんな薬なんて要らない。彼らに嫌われる薬なんて、僕には必要ない。……で」


クックロビンがピシリと地面を指差した。


「捨てたのが


 俺は開いた口が閉まらなかった。コイツは何を言っているんだ?


「おい……それって、言い換えると、お前の撒いた薬品のせいで盗賊たちがここに住み着いたことになるんじゃないのか?」

「その可能性は否定できないね」


 なんてことだ。クックロビンの薬品が盗賊のアジトを作る手助けをしていたなんて! コイツのせいでアッパライトの治安が悪化していたとは街の人の前では口が裂けても言えない。

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