不思議な夢を見ました ~その3


 耳を突くソプラノの声。キレのある滑舌のその声は、振り向かずとも聞けば分かります。妻ありさ(仮名)の声です。このやるかやられるかの絶体絶命のシチュエーションで妻の声が聞こえたら、普通は心強い味方がきた、おれたちの勝利だ!となるはずなのですが……。


「姫、危険です。逃げましょう!」


 なぜかこれはヤバい、見つかってはいけない、と直感するわたし。姫(しつこいようですが、実際はカクヨムの某作者さんのペンネームです)の手を取って逃げようとしたのです。これはひとえに日頃の行いから来る脅迫観念に違いありません。やましいことはない、とは言い切れないところがツラいところです。ありさ(仮名)は怒ると怖いんです。

 何といってもわたしと姫は数年間二人でファンタジー世界を連れ立って旅していました。それだけの時間を一緒に過ごして何もないという方がファンタジーですよね。ありさ(仮名)の性格からしてどれだけ説明しても分かってもらえる可能性は低いです。


「いいえ、話せばわかってもらえるのでは?」


 と姫はごく常識的な提案をしました。


「無理です! 中世西欧風ファンタジーの世界なんて虚構です! 現実はそんなに甘くありません! 逃げましょう、姫」


 ニベもない返答をするわたし。ありさの性格はわたしが一番よく分かっています。しかし、もう滅茶苦茶ですよね。虚構だからファンタジーなんじゃないですか。何を当たり前のことをカッコよく叫んでるんでしょうね、わたし(笑)。

 しかし冷静に考えたら、このわたしの夢の中のファンタジー世界において、わたしとありさ(仮名)は夫婦であるとは限らない。ありさ(仮名)の声に反応して逃げたのはわたしの深層心理の表れなんでしょうか。ここのところも夢占いが欲しいような、欲しくないような。

 それはともかく。中世西欧風の街並みはちづるの一撃でところどころ壊れていましたが、その中をわたしは姫の手を引いて走って逃げました。


「ゆうすけ、私はちづるなんだよ? ちづるを連れて逃げてくれるの?」


 わたしの手を握った姫は、再びちづるの顔に戻ってそう告げました。ただ、その声は付き合い出した頃の穏やかなちづるになっています。行きがかり上、今さらちづるの手を離すわけには行きません。わたしはそのまま手を握ったまま走り続けます。ここでちづるが出てくると、話がさらにややこしいです。


「そんなのどっちだっていい。今は逃げることが先決だ!」


 せりふは勇ましいですが、言ってることはもはやガチキチですよね。わたしは逃げながら「おかしいなあ。たしかありさ(仮名)とちづるは面識ないはずなんだけどなー」とか思っていました。そんなところだけ現実の世界観に即していても困りますけどね。これは夢のファンタジー世界なんですから。


「こら、ゆうすけ、待ちなさい! その女の手を離しなさい!」


 ありさ(仮名)は鋭くわたしに声をかけます。わたしは覚悟を決めて姫の手を離し、姫の目をしっかりみながら言葉を口にしました。なぜか「これは物語のキメぜりふになるなあ」とえらい現実的なことを考えていたのは、半分夢から覚醒してきていたからなんでしょうかね(笑)。


「姫、……ここでお別れです。これまで長い間ありがとうございました。とても楽しかったです」

「ゆ、ゆうすけ……」

「姫と超えた丘も、姫と泳いだ海も、姫と倒した魔物も、すべてがわたしの糧となっています。姫にとってもそうであってほしい。わたしがいなくても、この世界で姫はきっとすてきな物語を紡いでいけるでしょう。どこにいても、我が心は姫の御元に。さらばです!」

「ゆうすけー!!」


 姫の涙の叫び声を振り切って、いや、それはちづるの声だったのかもしれません。わたしはありさ(仮名)がこちらを見下ろしながら仁王立ちする崖に向かって走りました。


「こい、ありさ! こないだのアイドルのCD代、まだ返してもらってないからな!」

「なによ! 先週大事な書類家に忘れていったの届けてあげたじゃない!」


 こうして、我が家の日常の喧嘩のシーンで夢は終わったのでした。


 ◇


 え?


 オチがないって?


 いや、ダメですよ。夢にオチを求めちゃ。


 それと同じぐらい、夢にストーリーの一貫性も求めちゃダメですよね。今回の夢もツッコミどころ満載すぎます。

 そもそもカクヨム作家さんがお姫様(美少女)として登場してきてる時点でアレですし、ちづるが乗り移っているのもまるで意味が分かりません。一番わけがわからんのがありさ(仮名)がラスボスになってて、最終的にわたしとありさ(仮名)の罵倒合戦で幕を閉じるところとか、もうね。しかも最終決戦が魔法対決とか格闘シーンとかでなく、ののしり合いですもん。あまりにもファンタジーじゃなさすぎて……。


 でも、まあ、久しぶりに面白い夢だったのは間違いないです。あまりにも面白かったんで、起きてから朝食の席上でありさ(仮名)に「昨日さ、すげーおもしろい夢見たんだぜ」とかドヤ顔で披露して、通勤電車の中でにやけながらスマホにメモ打ったりしちゃいました。


 まあ、こんな夢を見てにやける程度にはわたしと我が家は平和なんだ、ということでもありますね。


 またいつか楽しい夢を見て、この場でみなさまにご報告できたらなあと思います。


 それまでわたしと我が家と世界と、そしてカクヨム作家のみなさまが平和でありますよう、心から祈ってます。


 おわり

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