　俺、昔から方向感覚には自信があったんですよ。道に迷ったことがほぼない。どこにいても瞬時に東西南北を把握して、現在位置をかなりの精度で推定できる。ですから野山を地図とコンパス持って走り回るオリエンテーリングとか得意ですし、ドライブしててナビなしでも「道を間違える」ことはあっても「道に迷う」ことはほぼありません。

　ところがですね。そんな俺の自信を木っ端みじんに打ち砕いたのが、二十代の終盤から三十代の始めにかけて住んでいた名古屋の街並みなんです。まあ、よく道にガチで迷いました。車運転してるときも歩いているときでも。

　おかしい、なんでこの街はこんなに方向感覚がおかしくなるんだ、と考えてやっと分かりました。

　俺がそれまで住んでいた町、具体的には横浜とか京都とかなんですが、いずれも東京に向かって左手が山、右手が海なんですよね。つまり顔を東に向けると、北側の左手から右手に向かって川が流れる。これが俺の方向感覚の基礎だったんですね。日の出の方向＝東京の方向なわけなんですよ。

　名古屋もてっきりこれに当てはまるもんだと思っていたんです。つまり新幹線のくる方向＝東という感覚。

　ところが名古屋市の地図、見てもらうと分かりますが、新幹線は名古屋市街の南から北西に向かって走ってるんですよ。

　つまり新幹線の来る方向が９０度狂ってるんですよね。俺の中では。しかも川はちゃんと東京に向かって左手から右手に向かって流れているから余計ややこしい。感覚が狂うなんてもんじゃないです。

　名古屋には名古屋駅前以外に栄という繁華街がありまして。これが名古屋駅から新幹線と直角に交わる地下鉄で数駅行ったところにあるんですが。これ俺の感覚だと「東西に走る新幹線と直交する地下鉄に乗って新幹線の右手に行く、ってことは栄は名古屋駅の北側」ってことになるんですが。違うんですよねえ。そもそも新幹線が東西じゃなくて南北に通っていますから、栄は名古屋駅の東側なんですよね。地下鉄の方が東西方向なんです。

　ところが名古屋港はちゃんと位置的に名古屋駅の南側にあるんです。これもトラップなんですよね。新幹線の線路は名古屋から東京に行く場合、まずまっすぐ海に向かって南下して、途中でぐいっと東向きに曲がっています。それでやっと正しい東西方向になるわけなんです。

　この港と駅と線路の関係がどうにも馴染めなくて、いけないですね。以前住んでたころにだいぶ修正したと思ったんですけど、ダメですねえ。ちょっと使わないとすぐ元に戻ってしまいますね。身体が拒否しちゃいます。

　俺が名古屋の街中でとっさに「北を向いて歩いている」と感じた場合、たいがいそれは正しくは東向きです。そしてそういう場合は、「北を向いて歩いているので背中に太陽があるはず、なのになぜか太陽は右手にある」と太陽の位置にまで影響が及びます。北向きで歩いていて右手に太陽が来るのは午前中です。「さっき昼ご飯食べたのにまだ午前中なんだー」と時間感覚まで狂ってきてしまいます。これじゃあ仕事になりませんよ。

　今日も名古屋の街中で盛大に方向感覚狂ってしまって、テンションダダ下がりですよ。もうね、出歩くだけで感覚がおかしくなるんで喫茶店に逃げてきてコーヒー飲んでます。

　名古屋の街中では俺の脳内ＧＰＳはまったく役立たずでホント困ります。別に名古屋の街が悪いわけじゃないんですけどね。